第33話 和雑貨店
俺は腕を組んで記憶を探った。
ストイックで弓道一筋の彼女だが、俺は知っている。彼女の部屋に並べられていた、たくさんの可愛い和小物のコレクションを。
『昔から、こういう小さな飾りが好きなのよ。見ていると心が落ち着くから』
そう言って、ほんの少しだけ照れくさそうに笑っていた彼女の顔が脳裏に蘇る。
「……あっ」
一つの記憶が閃いた。
深夜バイトに向かう途中、近道のためにいつも通っていた裏路地。あそこに確か……
「……ついてこい。ちょっと行きたい場所を思い出した」
「え? どこへ行くの?」
「いいから。お前、絶対に気に入ると思うぜ」
俺は半歩だけ前に出て、彼女をリードするように歩き出した。
繋がれた足がもつれないように、彼女の歩幅に気を配りながら。
少しだけ驚いた顔をした舞衣だったが、やがて「ふふっ」と小さく笑い、俺の隣にピタリと寄り添ってきた。
「分かったわ。案内、お願いするわね」
いつもは彼女が主導側だが、今日だけは俺がこいつを引っ張ってやる。
俺たちは足並みを揃え、賑やかな大通りから一本外れた、静かな裏路地へと向かって歩みを進めた。
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大通りから入り組んだ路地をいくつか抜けると、街の喧騒は嘘のように遠のいた。
たどり着いたのは、古い長屋を改装したような、こぢんまりとした和雑貨の店だった。軒先には風鈴が吊るされ、チリンと涼しげな音を立てている。
「ここ……」
舞衣が小さく息を呑むのが分かった。
「深夜バイトの行き帰りでよく前を通ってたんだよ。中に入ったことはなかったけどな」
店内に入ると、お香のほのかな香りが漂ってきた。棚には色鮮やかなちりめん細工や、トンボ玉の簪、和柄のポーチなどが所狭しと並んでいる。
舞衣の瞳は、みるみるうちに星のように輝き始めた。
「可愛い……っ! 駿、見て、このウサギの置物!」
「おう、そうだな。こっちの手鏡もいいんじゃないか」
弓道場で見せる氷のような表情は完全に消え去り、そこには年相応の、純粋に可愛いものを愛でる女の子の姿があった。
その無防備な笑顔を見ていると、俺の胸の奥がじんわりと温かくなる。
……連れてきて正解だったな。
舞衣がかんざしのコーナーに夢中になっている隙に、俺は店内をそっと物色し始めた。
もうすぐインターハイ予選だ。あいつは大きなプレッシャーを抱え込んでる。何か、少しでもあいつの力になるものを……。
無気力で他人を避けてきた俺が、他人のために真剣にプレゼントを悩んでいる。我ながら可笑しいが、不思議と嫌な気はしなかった。
ふと、ガラスケースの中に陳列されていた小さな布小物に目が止まった。
黒地に、鮮やかな薄紅色の桜の花びらが散りばめられた、ちりめん素材の小さな巾着。
弓道の時に外した指輪や小銭を入れるのにちょうど良さそうなサイズ感だし、何より、凛とした彼女の雰囲気にぴったりだと思った。
「……これ、ください」
俺は舞衣に気づかれないように店員に声をかけ、手早く会計を済ませた。
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店を出た後、俺たちは近くの小さな公園のベンチに腰を下ろした。
長いスカートの中で、俺たちの足は相変わらず結ばれたままだが、木漏れ日の下で肩を並べていると、不思議と窮屈さは感じなかった。
「すごく楽しかったわ。行きつけになりそう。連れてきてくれて、ありがとう」
舞衣が、少し照れたように微笑む。
「あんなに目を輝かせてる舞衣は、初めて見たよ」
俺がからかうと、彼女は「うるさいわね」とふいっと顔を背けたが、その横顔はとても柔らかかった。
俺はズボンのポケットから、さっき買ったばかりの小さな紙袋を取り出し、舞衣の膝の上にポンと置いた。
「え……? 何、これ」
「開けてみろよ」
舞衣が戸惑いながら包みを開けると、中から桜柄の巾着が出てきた。
「これ、さっきのお店にあった……。どうして?」
「もうすぐ予選だろ。お前、一人でプレッシャー抱え込みすぎるからさ。……俺がお前のスタンスを完璧に支えるのは当然として、これはお守り代わりだ。本番中、少しでも気持ちが落ち着くようにってな」
俺が頭を掻きながらそっぽを向いて言うと、舞衣は巾着を両手でギュッと胸の前に抱きしめた。
「……駿」
顔を上げると、彼女のブラックオパールのような瞳が、うっすらと潤みを帯びていた。
「ありがとう……すごく、すごく嬉しい。私、絶対にこの巾着を道場に持っていくわ」
至近距離で見つめ合う。
シャンプーの甘い香りと、夏の風が俺たちの間を吹き抜ける。
「……絶対に、予選通ろうな」
「ええ。私、絶対に負けないわ」
俺たちは、確かな絆で結ばれたことを感じながら、力強く頷き合った。
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「そういえば、星野が今日、図書館の閉架書庫に行くって言ってなかったか?」
帰り道、俺がふと思い出して言うと、舞衣も「そうね、呪いの調査に行くって言っていたわ」と頷いた。
「まだ時間もあるし、会えるかわからないが行ってみるか。何か手がかりが見つかったかもしれないし」
俺たちは再び足並みを揃え、市の中心部にある市立図書館へと向かった。
重厚なレンガ造りの図書館の正面階段にたどり着くと、ちょうど自動ドアが開き、重たい黒髪ボブの女子生徒――星野まりもが出てくるところだった。
彼女の手には愛用のタブレットと、分厚いノートが握られている。
「おーい、星野」
俺が声をかけると、星野はこちらに気づき、階段を降りてきた。
だが、俺たちの姿を上から下までジッと観察した彼女は、歩みを止め、半眼になって深い、深い溜息を吐いた。
「あの……久慈浦君、神楽さん」
星野はタブレットを胸に抱き、ジト目で俺たちを睨みつけた。
「私が埃っぽい閉架書庫で、あなたたちのために大正時代の呪いの文献と血眼になって格闘している裏で……二人でバッチリおめかしして、完全に休日のデートを満喫してるって、どういうことですか?」
「「アッ!?」」
俺と舞衣は同時に奇声を上げ、顔を見合わせた。
確かに、お互いに私服姿で、肩が触れ合うほどの至近距離で並んで立っている。しかも、舞衣の手には俺がプレゼントした可愛い紙袋が、これ見よがしに大事そうに握られていた。
「ち、違うわよ星野さん! これは、その、練習の一環というか……」
「そ、そうなんだ! 親に出かけてこいって追い出されて……たまたまというかなんというか!」
コンマ一秒の狂いもない完璧なシンクロで否定する俺たちを見て、星野はさらに胡乱な目を向けた。
「その見事なハモリ具合が、すっかり出来上がったカップルのそれなんですがねぇ……」
星野の鋭いツッコミに、俺と舞衣は耳の先まで真っ赤にして俯くしかなかった。
だが、星野はすぐに表情を引き締め、手元のタブレットを操作し始めた。
「まあ、いいでしょう。お二人のイチャイチャが呪いの緩和に役立っているのも事実ですから。……それよりも」
星野の声のトーンが、一段低く、真剣なものに変わった。
そのただならぬ雰囲気に、俺と舞衣も赤面を引っ込め、思わず息を呑む。
「見つけましたよ。閉架書庫の奥深くに眠っていた、当時の記録と、忌まわしい手毬歌の完全版を」
「見つけたって……それじゃあ!」
俺が身を乗り出すと、星野はゆっくりと頷いた。
「ええ。この紐の、呪いの本当の歴史……そして、解呪のための『絶対条件』です」
星野の言葉が、梅雨明けの蒸し暑い空気に重く響いた。
俺たちの過酷で、それでいて少しだけ甘かった密着生活が、いよいよ核心へと迫ろうとしていた。




