第22話 完璧なサポート
朝食を終え、水鏡高校への登校路。
俺と神楽は、いつものように二人三脚ですり足をしながら歩いていた。
だが、ふと足元に視線を落とした俺は、ある違和感に気がついた。
昨日、夜の庭で心を通わせたことで、俺たちの足首を繋ぐ忌まわしい赤い紐は、数センチほど緩んだ。つまり、物理的にはもう少し歩幅を広げたり、互いの距離を離して歩くことが可能なはずなのだ。
それなのに、俺と神楽は、昨日までの「最も窮屈だった二人三脚の狭い歩幅」で、ピッタリと歩調を合わせて進んでいた。
「いーち、にっ」という掛け声もない。それなのに、左足と右足が、まるで一つの生き物のように完璧なシンクロを見せて、同じリズムでアスファルトを蹴っている。紐はピンと張ることなく、少したるんだまま揺れていた。
「……あのさあ」
俺が声をかけると、神楽も足元を見つめたまま「何よ」と返してきた。
「お前、もっと歩幅広げられるだろ。紐、たるんでるぞ」
「……っ! あ、あなたが私に合わせすぎてるからでしょ。もう少し普通に歩きなさいよ」
「俺はお前に引っ張られないように気を遣ってやってんだよ。お前が広げろよ」
互いに悪態をつきながらも、歩幅のペースは全く崩れない。
物理的な縛りが少し解けたのに、精神的な結びつき――「相手を気遣う心」が強くなったせいで、逆に歩調がピッタリと合ってしまう。
その事実を突きつけられ、俺たちは無言で顔を見合わせた。
朝の爽やかな日差しの中、神楽の白い頬が、ほんのりと桜色に染まっている。俺も耳の裏が熱くなるのを感じて、慌てて視線を前へと戻した。
呪いの紐よりも強烈な「意識」という見えない糸が、俺たちを確実に絡め取ろうとしていた。
+++
その日の放課後。弓道場。
夕焼けの光が差し込む道場の隅で、神楽は昨日とは全く違う、真剣で晴れやかな表情を浮かべていた。
「久慈浦君、いい? 弓道の基本は『足踏み』と『胴造り』よ。下半身を安定させて、上半身をリラックスさせるの。私が弓を引く時、重心が少しだけ前傾するから、あなたは逆方向にわずかに体重をかけて踏ん張ってちょうだい」
「……ああ、わかった」
神楽からの細かな指導を受け、俺は昨日宣言した通り、彼女のスタンスに完璧に合わせるための体勢をとった。
左足を彼女の右足に寄り添わせ、膝のクッションを使って重心を落とす。昨夜の筋トレの成果……が一日で出るわけはないが、応援団時代に何百回と繰り返した演舞の構えが、俺の体に粘り強さを呼び起こしていた。
「いくわよ」
神楽が小さく息を吐き、静かに弓を押し開く。
ミシッ、と竹弓が軋む音が響く。
紐で繋がれた足元から、彼女の筋肉の収縮と、弓を引く強烈な張力が伝わってくる。俺は丹田に力を込め、彼女の動きに合わせてブレを相殺するように体重を預けた。
ビクともしない。
俺の体幹が、神楽のスタンスを完璧なまでに支え切っていた。
「……っ」
神楽の瞳が、的を真っ直ぐに射抜く。
パーンッ!
鋭い弦音と共に放たれた矢は、夕空を切り裂き、見事に三十メートル先の的の中心(星)を貫いた。
「よし……!」
神楽の口から、歓喜の吐息が漏れた。
彼女は振り返り、俺を見上げて、これまでで一番の、花が綻ぶような心からの笑顔を見せた。
「ありがとう、久慈浦君。あなたのおかげよ」
「……っ、おう。これくらい、大したことねえよ」
その無防備な笑顔の破壊力に、俺は思わず視線を逸らして頭を掻いた。照れ隠しに強がってみたが、胸の奥ではかつてないほどの達成感と、彼女の力になれたという喜びが込み上げていた。
しかし、そんな俺たちの良い雰囲気を、ギリギリとハンカチを噛みちぎるような勢いで睨みつけている視線があった。
「くそぅ……っ! 無気力男め、案外やりやがるじゃないの……!」
道場の柱の陰から、後輩の涼風葵が、凄まじい形相でこちらを観察していたのだ。
「舞衣先輩の神聖な隣のポジションを奪うなんて……! でも、先輩の射は昨日よりずっと安定してるし……ああもう、腹が立つけど邪魔はできないっ!」
崇拝する先輩の練習の邪魔になっていない事実と、見知らぬ男が神楽先輩と息を合わせている光景。葵は嫉妬と葛藤に身を捩らせながら、道場の隅で一人悶絶していた。
俺と神楽。
最悪のくじ引きで結ばれ、互いを嫌悪し合っていた俺たちは、インターハイという目標を共有したことで、少しずつ最強の「相棒」へと変わり始めていた。




