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第16話 オカルト研究会

 昼休みのチャイムが鳴り響き、俺と神楽舞衣は、逃げるようにして教室を抜け出した。

 午前中の授業中も、クラスメイトたちからの好奇の視線は絶えず俺たちに突き刺さっていた。何より、足首を赤い紐で固定されているせいで、立ち上がるのも座るのも一苦労だ。精神的にも肉体的にも、すでに疲労はピークに達していた。

 俺たちは人気のない旧校舎の裏手へとやってくると、壁に背を預けてズルズルと座り込んだ。


「……マジで、なんなんだよこれ。どんだけ引っ張っても、ハサミで切ろうとしてもビクともしねえし」


 俺は忌まわしい赤い紐を睨みつけながら、深くため息を吐いた。


「本当に……。いつになったら解けるのよ」


 隣に座る神楽も、疲労困憊といった様子で膝を抱えている。

 高梨先生は「化学反応」だの「海外の有名な医者」だのと苦しい言い訳をしていたが、当事者である俺たちは、それが真っ赤な嘘であることくらい百も承知だ。だが、刃物も火も通さないこの紐の異常性を説明できる物理的な理由は、未だに見つかっていなかった。


「あのー、久慈浦くじうら君、神楽さん」


 不意に、背後からボソボソとした声がかけられた。

 ビクッとして振り返ると、そこには重たい黒髪ボブで目を隠した女子生徒が立っていた。常に情報を調べるためのタブレットを抱えている、クラスメイトの星野まりもだ。

 彼女は廃部寸前の「オカルト研究会」の部長であり、唯一の部員でもある。


「星野……? なんだよ、お前も冷やかしならもう今日はもう勘弁してくれ」


 俺が冷たくあしらおうとすると、星野はズイッと顔を近づけてきた。普段は大人しい彼女だが、その瞳の奥にはギラギラとした探究心が燃え盛っている。


「高梨先生の言っていた化学結合の話……嘘ですよね」

「っ……」


 俺と神楽は言葉に詰まった。

 星野は手元のタブレットを操作し、画面を俺たちに突きつけてきた。


「私は、あの赤い紐の正体を知っています。あれは化学反応なんかじゃありません。……ズバリ、『呪い』です」


「……は? 呪い?」


 俺は思わず鼻で笑いそうになった。令和のこの時代に、呪いなんて非科学的なオカルト話があるわけがない。


「冗談きついぞ、星野。いくらお前がオカルト好きだからって……」

「ハサミもカッターも通さず、無理に引きちぎろうとすると肉体側に激痛が走る……違いますか?」

「なっ……」


 誰にも言っていないはずの異常事態のルールを言い当てられ、俺は絶句した。神楽も驚きに目を見開いている。


「詳しいお話は、部室でしましょう。誰かに聞かれたらマズいでしょうから」


 星野はそう言って、旧校舎の奥へと歩き出した。

 呪い。そんな胡散臭い言葉を信じる気にはなれなかったが、万策尽きていた俺と神楽は、藁にもすがる思いで彼女の背中を追うしかなかった。


 +++


 星野に案内されたのは、旧校舎の最奥にある「オカルト研究会」の部室だった。

 ドアを開けた瞬間、カビ臭い空気と、むせ返るようなお香の匂いが鼻を突いた。薄暗い部屋の中には、謎の魔術書や水晶玉、ペンデュラムといった怪しげなオカルトグッズが所狭しと並べられている。

 俺と神楽は、部屋の異様な雰囲気に圧倒されながら、パイプ椅子に二人並んで腰を下ろした。


「実は私、昨日のお二人の様子を見てから、独自に調査を進めていたんです」


 星野はタブレットを机に置き、オカルトの話題になると途端に早口になる癖を発揮し始めた。


「早速、昨日の放課後、市の郊外にある裏山の神社跡地へフィールドワークに行ってきました」

「神社跡地? なんでそんなところに……」

「この学校の古い郷土奇譚集に、大正時代に起きた心中事件の記録があったんです。その事件で使われたのが、神社の古い注連縄しめなわ……つまり、今お二人の足を縛っている『例の赤紐』です」


 星野の口から語られる事実は、あまりにも非現実的で、しかし妙な説得力を持っていた。


「神社の跡地には、耳の遠い元宮司の老人がいました」


 星野は少しだけ表情を険しくして、俺たちの顔を交互に見つめた。


「そのご老人は、こう警告していました。『あの紐はただの縁結びじゃない。共死ともしの覚悟を問う呪いじゃ。上辺だけの恋事こいごとや、嘘偽りの気持ちで触れれば、紐は己の肉を食い破るぞ』……と」


「肉を、食い破る……!?」


 神楽が顔面を蒼白にして、息を呑んだ。

 俺も背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。あの病院で油圧カッターを当てられた時の、神経を直接すり潰されるような激痛。あれが「肉を食い破る」という呪いのペナルティなのだとしたら、辻褄が合ってしまう。


「じゃ、じゃあどうすればいいんだよ!一生このままってことかよ!」


 俺が声を荒げると、星野は両手で制するようにして首を振った。


「呪いの正確な正体や解呪の条件までは、まだわかっていません。でも、うっすらとした仮説なら立てられます」


 星野はタブレットの画面をスクロールさせ、ネットのオカルトスレッドの書き込みを表示した。


「呪いをかけた原因と過去の事例を照らし合わせた結果……『二人が本当に心を通わせる』、あるいは『特定のドキドキする行為をする』ことで、紐が少しずつ緩むという仮説が浮上しました」


「心を通わせる……?」

「ドキドキする、行為……?」


 俺と神楽は顔を見合わせ、すぐにお互いから目を逸らした。

 この、いつも俺を冷たい目で見下してくるストイックな高嶺の花と、心を通わせる?しかも、ドキドキする行為だと?


「つまり、恋人同士がするようなロマンチックなシチュエーションを体験すれば、呪いの紐は解ける方向に向かう可能性が高いということです」


 星野が淡々と告げる結論に、部室は奇妙な沈黙に包まれた。


「……やるしかないわね」


 沈黙を破ったのは、神楽だった。彼女はギュッと拳を握りしめ、悲壮な決意を固めたような顔で俺を睨みつけてきた。


「弓道の練習すらまともにできない今の状況よりはマシよ。さっさとその『ドキドキする行為』とやらをこなして、この忌まわしい紐を解くわよ」

「お、おい、本気かよ……!」

「一刻も早くあなたと離れたいの! さあ、実践あるのみよ!」


 神楽の強烈な気迫に押され、俺たちは「ドキドキする行為」を手っ取り早く実行に移すことになってしまった。

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