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第14話 登校

 なんとか制服への着替えを終えた俺たちは、朝の冷え込む空気の中、神楽家から水鏡みかがみ高校への通学路を歩いていた。

 いや、歩いているという表現は正確ではない。左足と右足が忌まわしい赤い紐で繋がれているため、俺たちは文字通り二人三脚で足を引きずるように進むしかなかったのだ。


「いーち、にっ。いーち、にっ。……ちょっと、少し歩幅が大きすぎるわよ。もっと私に合わせてちょうだい」

「お前が歩幅狭すぎるんだよ。このペースじゃ、一時間目が始まっちまうぞ」

「だからって、無理に引っ張らないでって言ってるでしょ! 足首が擦れて痛いわ!」


 神楽は不機嫌さを隠そうともせず、俺の腕を強く引っ張った。周囲から見れば、仲睦まじいカップルがじゃれ合っているように見えるかもしれないが、実態は互いのペースを巡る果てしない小競り合いだ。

 学校に近づくにつれ、すれ違う生徒たちの数が目に見えて増えていく。普段なら、俺のような無気力で地味な存在など誰も気に留めない。だが今日ばかりは違った。


「ねえ、見て……あの二人」

「嘘でしょ、神楽先輩と……誰あいつ?」

「なんで足結んでんの? てか、近すぎない?」


 好奇の視線と、遠慮のないヒソヒソ声が四方八方から突き刺さってくる。

 隣を歩く神楽は、自慢のストイックなポーカーフェイスを崩さないように必死で前を見据えていたが、その耳の裏が真っ赤に染まっているのは誤魔化しきれていなかった。


 学校で「高嶺の花」として一目置かれ、弓道部のエースとして崇められている彼女にとって、底辺の無気力男である俺とこんな密着状態で登校するなんて、プライドがズタズタにされるような屈辱に違いない。


「……諦めろ。俺だって晒し者になるのは真っ平ごめんだ」

 俺が小声で呟くと、神楽は恨めしそうな瞳で俺を睨みつけた。

「誰のせいだと思っているの。あなたが昨日、あの紐を力任せに引っ張ったりするから……」

「お前のせいでもあるだろ! あんなにカッチカチに固結びするからだ!」


 そんな不毛な口論を続けながら、俺たちはようやく三年C組の教室の前へとたどり着いた。

 スライド式のドアの前に立ち、俺たちは同時に息を呑んだ。このドアを開ければ、クラス中の視線を一身に浴びることになる。


「……行くぞ」

「……ええ。覚悟はできてるわ」


 俺も覚悟を決め、勢いよくドアをガラリと開けた。

 朝の喧騒に包まれていた教室が、まるでビデオの一時停止ボタンを押されたかのように、一瞬にして静まり返った。

 三十三名のクラスメイト全員の視線が、ドアの前に立つ俺たちに釘付けになる。

 そして、俺たちの足首を繋ぐ赤い紐に気付いた瞬間、教室の空気が爆発した。


「はぁぁっ!? 神楽と久慈浦くじうら!?」

「なんでまだ結ばれてんの!? てか、一緒に登校してきたってこと!?」

「体育祭終わったよ? マジでありえないんだけど……!」


 悲鳴にも似た驚きの声が飛び交う中、俺たちは周囲の視線を無視して、指定された席へと向かった。

 担任の高梨たかなしかえで先生が事前に手配してくれていた俺たちの席は、一番後ろの窓側に配置されていた。だが、問題はその配置の仕方だ。

 俺の机と神楽の机が、隙間なくピッタリとくっつけられていたのだ。まるで、小学生の仲良しカップルのように。


「……なんだこの罰ゲームみたいな席」


 俺が呆れて呟くと、神楽は深い絶望の溜息を吐きながら椅子に腰掛けた。


「文句を言わないで。紐で繋がれている以上、机を離したら座れないでしょ」


 俺も渋々隣の椅子に座る。互いの肩が触れ合いそうなほどの距離感。クラスメイトたちが遠巻きにこちらを指差してヒソヒソと騒ぎ立てる中、ガラガラッと勢いよくドアが開き、担任の高梨先生が教室に飛び込んできた。


「はーい、みんな席について! 朝のホームルームを始めますよ!」


 高梨先生はパンパンと手を叩いてクラスの注目を集めると、教壇の中央に立ち、大きく深呼吸をした。その表情は、これから重大な国家機密を発表するかのような神妙さに満ちていた。


「えー、みんなも非常に気になっていると思いますが、久慈浦君と神楽さんの足の紐について、先生から説明があります」


 クラス中の空気がピンと張り詰める。

 高梨先生は、大人たちの緊急会議で決定した「嘘の事実」を、まるで真実であるかのように熱弁し始めた。


「昨日の体育祭の二人三脚で、古い用具を使ったせいで変な結び方になってしまったのは知っての通りです。ですが、問題はその後です! 結び目に彼らの汗が染み込み、さらに保健室へ運んだ際、運悪く化学薬品が不意にこぼれてかかってしまいました! その結果、布の繊維が特殊な化学反応を起こし、紐が変に体へ固定されてしまいました!」


「「「……は?」」」


 クラス全員の頭上に、巨大な疑問符が浮かんだのが見えた。

 無理もない。汗と保健室の薬品で紐が肉体に固定されるなど、三流のSF映画でもボツになるようなトンデモ理論だ。だが、高梨先生は一切怯むことなく、必死の形相で演説を続けた。


「病院で診てもらった結果、無理にハサミなどで剥がそうとすると、足の神経をひどく痛めてしまうことが判明しました! 現在、この特殊な化学結合を安全に解くために、海外から有名な専門医を呼び寄せている最中です! そのため、しばらく時間がかかります!」


 海外の有名な医者ってブラック・ジャックかよ。

 俺は心の中で盛大にツッコミを入れながら、あまりの苦しい言い訳に頭を抱えたくなった。隣に座る神楽は、恥ずかしさのあまり両手で顔を覆い、机に突っ伏して震えている。


「……というわけで、二人はしばらくこの状態で生活しなければなりません! みんなには、しばらくの間、このことを他言無用で内緒にするよう協力をお願いします! 決してSNSなどにはあげずに、彼らを守ってほしいんです! 先生からのお願いです!」


 高梨先生のすさまじい圧と必死の懇願に押され、クラスの連中は「は、はぁ……」「なんかヤバい化学反応なんだな……」と、半信半疑ながらも渋々頷き始めた。生徒思いで熱血な高梨先生がここまで頭を下げているのだから、これ以上詮索するのはやめようという空気が働いたのだろう。


 だが、その教室の中で、ただ一人だけ全く納得していない表情を浮かべている女子がいた。

 俺の斜め前の席に座る、オカルト研究会の部長にして唯一の部員、星野まりもだ。

 重ための黒髪ボブの奥から覗く、探究心に満ちた鋭い瞳が、俺と神楽の足元の赤い紐をじっと観察している。そして、彼女は手元に抱えたタブレットを猛烈な勢いでタップし、何かの文献やネットの掲示板を検索し始めていた。


 ……あいつ、絶対疑ってるな。


 俺はオカルトオタクとしての星野の異様な執念が、さらに騒ぎを大きくさせるのではと、予感がしていた。

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