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代償

5/20誤字訂正しました。

翌日、目覚めたら昼過ぎだった。

少々予定は狂ったものの、体調はバッチリ!

記憶の方も問題なさそうなのを確認し、俺は再び鉢の予知に挑む。



今回はおっさんを説得して回復薬を準備している。

鉢に吸われるのが体力なのか魔力なのかは不明だが、回復薬が有効なら鉢を使いたい放題だし、ぜひ試してみたい。



起きた時点でベアドが呼び戻されていて、おっさんと予知の内容についてまとめていた。



それによると、まず、推定逮捕時期がぐっと早まった。

今年の11月くらいから先は要警戒だという。


今までは死の最大半年前を逮捕時期に設定していた。

こっちの世界では裁判から刑の執行まで、それくらいで十分らしい。

長引かせると国が乱れる元になるし、迅速に運ばれる。




今回、俺の死因が死刑じゃないため、逮捕時期を絞り込むことが困難になった。

裁判中か、刑の執行を待つ間に死んだのか・・

似顔絵の俺は、従来より明らかに消耗している。

逮捕前に逃亡して時間を稼いだか、黒刑を回避し別の刑で服役中の可能性もある。


黒刑を回避できたかどうかは、ネレッサの死因次第だが。

ウェイドの死が冬~春以降にスライドしたとして、その時点で妊娠が判明していれば一緒に消された可能性がある。

その場合はネレッサと腹の子どもの殺害の罪が加算されるため、黒刑の回避はより困難だ。


ネレッサがまったく別の理由で死んでいる可能性もあるし、要するによく分からない。



前回の予知では来年の4~5月に逮捕と計算していたが、新回復薬の完成予定は冬だ。

現状では最短で設定しておくことになった。


「つまり、寿命は伸びてるが、タイムリミットは全然延びてないのか・・・」


これにはヘコんだな。




それと、叔母シェイラの死因は刑とは無関係の可能性があるとのこと。


「元から、もう長くないと言われてるからね。2年先まで持つかはわからないんだよ・・」


おっさんは少し寂しそうに言った。

処刑されないに越したことはないが、それはそれで悲しいことだよな。





予知を始める前に、簡単な俺の似顔絵を描いた紙を何枚も渡された。

そこに、昨日見た怪我の状態を覚えている分だけ書き入れていく。


場所やガーゼに意味があるかもしれないし、見比べてみて分かることがあるかもしれないからな。


それぞれの予知を見たのはごく短時間だが、そこそこ詳しく思い出すことができた。

集中してたからだろう。

これから見ていく予知の内容も、逐一メモしていく予定だ。


にしても、おっさんが描いたのかベアドが描いたのかは知らんが、妙に可愛らしい絵がキモい。

口をニッコリさせんなよ。




それと、代償を警戒した2人に、俺の年代ごとの具体的なエピソードをいくつか事前に書き出しておくよう指示された。


予知の後に覚えているかチェックするという。

記憶障害は色んなパターンがあるから、こんなの気休めにしかならないが。



「・・・妻子はいなかったのか?」


書き出した紙を見たベアドが尋ねる。


「え?いないよ。言わなかったっけ?」


「37歳だろ?なぜだ?」


ビックリ、というリアクションがムカつく。

こっちは20代前半でほとんどが既婚になるからな。


「だから、俺は無限美ちゃん一筋だったんだって!女神様と結婚できるかよ?」


「ムゲミの話はもういい。聞いた限りでは、最悪の尻軽女じゃないか」


うんざりという表情で暴言を吐きやがる。


「テメー!ふざけんなよ、無限美ちゃん侮辱しやがって!!それに気安く呼び捨てにすんな!“ちゃん”をつけろ、“ちゃん”を!!」


思わずイスから立ち上がり、デカい声で抗議する。


「人前で足を剥き出しにして躍り狂い、次々男を誘惑しては乗り換えてたんだろ?稀代の尻軽じゃないか」


ベアドは無限美ちゃんとルジンカの顔がそっくりというのが気にくわないらしい。


「だから、文化が違うんだよ!お前の愛するタワワーナのがよっぽど尻軽だからな!何本ティンポッポ食えば気が済むんだよ」


「別に愛してない。それにタワワーナは最後の一線は守ってるぞ。お前のムゲミちゃんと違って」


4巻で紛失したマンティコの実は未だ手元に戻ってないらしい。


「じゃあ、5巻以降もマンティコの実はおあずけなのか?それ、エロ本としてどうなんだよ?」


「一応、マンティコの実のレプリカを食い散らかしてるな」


つまらなそうに答えるベアド。


よくある流れだ。

最初お色気要因だったはずのヒロインが、人気が出るなりもったいぶり始め、オッパイとか簡単に見せなくなる。


パンチラとか手ブラとかでごまかしたりしてな。

代わりに脇役が脱ぐからいいんだが。


これは最終巻までとっておいて、フルメンバーで食う流れと見た。


「レプリカって何だ?それ本番に例えるとどの状態なんだよ?」




「・・・オイ、小僧!俺の娘とエロ本の話なんてするな」




地の底から響くような声は、おっさんから出たものだ。

すげー顔でベアドにメンチを切っている。

キャラ変わってるぞ。






とにかく、予知だ。


金庫から取り出された鉢が視界に入ると、俺は居ても立ってもいられなくなる。

やっぱ、俺を呼んでるよ。


飢えた獣のように飛びつくと、吸い込まれるような強烈な手ごたえがあった。

昨日の最後の方がこんな感じだった気がする。



******************************************************

『☆死☆の運命星』 本日5月12日

ルジンカ・フラボワーノ      18歳 →1/1日生まれ  現在16歳

①黒丸     

②黒丸

③黒丸

④ロイル・ノヴァ・アルフェノール 18歳 →3/3日生まれ 現在16歳

⑤黒丸

⑥黒丸

⑦ゼルセース・クルクミー     51歳 →11/11日生まれ 現在48歳

⑧リコピナ・クルクミー      18歳 →8月8日生まれ 現在15歳

→推定死亡(処刑)時期:再来年11/11~12/30  推定逮捕時期:今年11月以降

********************************************************


特に変化はなかった。

俺の似顔絵以外。


今回は、額に完治した傷跡。鼻にガーゼだ。

傷はやはり、文字にも数字にも見えない。


次々見ていくが、ズバリこれだろう、というものにはなかなか出会えない。

なんとなく分かりそうな気もするんだけどな・・


大きな収穫はなく、鉢からの手応えだけが強くなっていく。


17、8回超えた辺りで息が切れ始め、体が重く、頭がクラクラした。

めっちゃしんどいのに、少しも不快じゃない。

むしろ、快感だ。

俺、そんなヤバイ趣味ないんだが。


続けようとしたが2人に止められ、用意していた回復薬を飲み干す。

一番高価な1級回復薬ね。


たちどころに体が熱くなり、少しソファに横になっただけで息切れも倦怠感も治まった。

頭の芯がボーッとする感覚だけが残っていたが、これもじきに消えるだろう。


簡単な記憶のチェックをし、再び鉢に向き直る。


次は15回ほどでフラついたため、また回服薬をあおる。

体はすぐ軽くなるが、頭はますますボンヤリした。


「やっぱ薬だと、自然に休んだ時ほどは回復しないな」


それに、鉢からの手応えがますます強まっている。



「回服薬のせいじゃないかもしれない」


ベアドいわく、触れる度に予知が変わるのは、原因と結果が俺の中で完結しているからだとか。

俺が予知を見ることで、未来の俺が行動を変える。

これの重ね掛けしていることで、一回辺りの負荷が大きくなっているのかもしれない、と推測した。


「だとすると、回復薬の力を借りても無制限には試せない。1回の負荷がルジンカの全体力を超えたらアウトだ」


最悪死ぬ。



「ルジンカちゃん、もうやめよう!!また、次の予知に変わるタイミングを待つべきよ。案外、すんなり分かるかもよ?」


顔色を変えたおっさんが即時中止を訴え始める。


「僕もそれがいいと思う。新しい予知にいつ変わるか分からないが、日々のチェックも必要だ。余力を残しておく必要がある」


「待ってくれよ。もう少しで何か分かる気がするんだよ。それに、一回くらい成功例があるかもしれないだろ?」


俺はまだ止めたくない。

今日で全部終わるかもしれないんだからな。

だが、ベアドは首を横に振る。


「もう、難しいだろ。この状況では」



この未来の俺は、死のかなり前から意識が無いか、体を動かせない状態っぽい。

真新しい傷がないからな。

完治した傷や治りかけの傷は、かなり早い段階のものだろう。

逮捕の前後につけて、別の傷で上書きされたのかもしれない。


獄中では傷をつけるためのろくな道具もないし、鏡も無い。

コップの水で顔を確認し、木匙を折ったものか、爪か。

正確な傷を作るのは困難だし、やり過ぎれば消されて終わる。



傷を作った後、直ちに自死すれば伝言を残すことは可能だろう。

でも、道具のない獄中で自殺はハードルが高い。

舌を噛むとかよく聞くが、実際にはよっぽど上手くやらないと簡単には死ねない。


あと、俺には絶対無理だ。

怖すぎるもんな。




とりあえず、もう1セットだけ試して切り上げることになった。



頭がすごくボーっとする。


ガスが頭の中心から外に広がっていくみたいな。

破裂前の風船にでもなった気分だ。

そんな経験したことはないが。


とりあえず、2人には言わないでおく。

もうやめとけって、言われるだけだしな。




さっきと同様鉢に触れる。

不意に始まった眩暈めまいを堪えながら、14回目の予知を目にした。






気づくと池袋の本屋の前に立っている。

手には買ったばかりの『恋の運命星』の入った袋。



ぼんやり立ち尽くしていたらしい俺を、行き交う人々が迷惑そうに避けて行く。

なんか、道が人だらけだ。



なんだ?

日本に戻ったのか?



状況を理解できず、めっさキョロキョロする俺。

頬の肉が揺れる、馴染みの感覚。


思わず自分を見下ろすと、突き出た腹に太い手足。

体も木村広に戻っている。


羽のように軽かったルジンカちゃんの体と比べると超絶重い。

やっぱダイエットするか?


これが夢じゃなければだが・・・



棒立ちになっていると、道路の向こうから見覚えのあるトラックが迫って来た。



俺を撥ねたトラックだ。



一瞬ビビったが、俺はまだ本屋の前。

横断歩道に足も載せていない。


念のため、さらに後退あとじさったが、その前をトラックが悠々と通り過ぎて行く。



よかった。

今度は助かった・・・




ということは、俺は自分の死を回避したのか?


・・・元の生活に戻れるのか?


今までのことは全部夢か?




頭が全く追いつかないが、ここにいても仕方ない。

確か、家に帰る途中だったはずだ。


そうだ、無限美ちゃんの本読まなきゃな!

もう読めないと思っていた。


急にワクワクと嬉しくなってくる。


ケンチッキーをテイクアウトして帰ろう!!

勢いよく歩き出した時だった。




「ヒロちゃん」


背後から呼び止められた。

聞き覚えのある懐かしい声に振り向くと・・



「え・・・?おばあちゃん!?」



驚きで足が止まる。

死んだはずの祖母が立っていた。


日に焼けた皺だらけの顔。

引き結んだ口元。

パーマをあてた白髪、小花模様のブラウスに灰色のテロテロしたズボン。

今じゃ珍しい割烹着かっぽうぎを着ているとこまで、当時の姿そのままだ。


俺が産まれた時から同居してて、小さい頃はずっとくっついていた。

両親が共働きだったし、兄貴と3人でゲームやら、折り紙やら、塗り絵やら、散歩やら。


春は団子、夏はアイスにかき氷に水羊羹みずようかん、秋冬は焼き芋とか今川焼とか買ってくれて、俺は順調にデブっていった。


優しかったけど犬が苦手でさ。

視界に入るたび「ティァ!!」って叫んでメンチ切ってたっけ。


ばあちゃんは俺が中学の時に死んだはずだ。


「ヒロちゃん、ケンチッキー行くの?」


少々かん高い声で早口に尋ねて来る。


「そうだけど・・・本当におばあちゃん!?なんでここに?」


「ケンチッキーなら、もう村田君が行ってくれてるから。おばあちゃんの分もヒロちゃんの分も買って来てくれるよ」


質問には答えず、セカセカと俺を追きながら話すばあちゃん。


「村田って・・?おばあちゃんケンチッキー食うの?」


「そりゃそうよ!ヒロちゃんは食べられないでしょ。これからは、もう」


その時、前方からこちらに向かって走ってくる男がいた。

手にはケンチッキーの袋。


「おーい、木村!」


「村田!?めっちゃ久しぶりだが・・なんで俺のばあちゃんと??」


村田は中学校から高校まで同じで、親しくしてたオタ友だ。

大学が遠方で就職してからは海外赴任になったらしく今は疎遠だ。

俺のばあちゃんと面識あったっけ?


「ホント、久々だよな!大丈夫か?お前、ロイルにふられたんだって?」



・・・は?



「あんまり落ち込むなよ。世の中にはもっと巨乳の女がいくらでもいるだろ。それに、俺はハチだと思うな」


「は?そりゃいっぱいいるだろうが・・」


そもそもロイルは女じゃない。


「そうよ。ヒロちゃん、ケンチッキーはバラ園で食べましょうね」



全く噛み合わない会話をしつつ、ばあちゃんが俺の腕をつかみ、人波をかき分けぐんぐん歩いて行く。



わけがわからない。



「お前・・なんでロイルを知ってるんだ??・・って、あれ?」


かたわらを歩いているはずの村田に聞く。

だが、そこには誰もいなかった。


「おばあちゃんもハチだと思うわ」


代わりにばあちゃんが答える。

返事になってない。


「なんだよ?さっきからハチって・・」




足を止めたばあちゃんが振り返る。

ばあちゃんだけじゃない。

その辺にいた通行人全てが、一斉に俺を見た。



全部知ってる奴らだった。


友達、友達の家族、教師、クラスメイト、昔近所に住んでた幼馴染、熟の受付のお姉さん、バイト先の同僚、上司、下宿先の大家さん。

老若男女入り乱れた膨大な人数。



すごく親しかった奴もいれば、バイト先によく来ていた客や、1回会っただけの兄貴の彼女まで。


あまりにも懐かしい面々。

普段は思い出す事もない、忘れていることさえ、忘れているような奴ら。

その一人一人が誰なのか、克明こくめいに思い出すことができた。


それに、よく見ると同じ奴が何人もいる。

小学生くらいの姿だったり、大人の姿だったり。


今よりずっと若いばあちゃんや両親、兄貴もいた。

さっきまで一緒にいた村田も。

ガキの頃の俺も。




ばあちゃんがそっと俺の手を離した。




心臓が早鐘のように鳴る。

悪い予感に胸が押し潰されそうだ。


危険が迫るのを感じ、声を張り上げた。



「逃げろ!おばあちゃん!!みんな!!」



直後、猛烈な風が俺達を襲う。


腕を交差させて目を守り、足を踏んばって耐える。





”じゃあね”





ビュービューと吹き付ける風の音に紛れ、そう聞こえた気がした。



視界に入った腕は白く、細い。

風にあおられ、足元でドレスがバタバタとはためいた。


俺はルジンカに戻ったのか?







風が止む。




腕を下ろした時、俺の周りには誰もいなかった。


誰かいたはずだ。

それも何人も。



でも、思い出せない。



何も。






「返せ!」


「返せ―!」


荒れ狂う喪失感に叫び、めちゃくちゃに走り回る。

辺りがどんどん暗くなり、前が見えなくなっても俺は止まれなかった。



叫び続ける俺の耳に、沢山の声が聞こえてくる。



『ルジンカの花だ』

『泥棒!あの子を捕まえて!あの子のせいで・・』

『ルジンカさん、もう大人におなりなって』

『言われた通りにすればいいんだよ。何も心配はいらないからね』

『お前は妹じゃないだろ』

『私の可愛いチ〇ポッポ』



なんだよ?

こんな時にやめろよ!

そんなことより・・・・



『君の恋は偽物だよ』



―――――!?





叫びながら目覚めた時。

俺から20年分の記憶が消えていた。


マジで。


ブックマークや評価をありがとうございます。

大変励みになっております。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます。何も考えずに入ったら3話も更新されてるのを見て喜びに満ち溢れる気分を感じました。 手紙のやりとりするちびのルジンカとベアド想像してかわいさにほっこりしていたのです…
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