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煉獄へと至る道

…………………


 ──煉獄へと至る道



「あなたはあなたの犯した過ちを知らずにいる」


 少女の声が響く。


 そうだ。今日はポートリオ共和国で開かれた晩餐会の日だった。


 いや、もうそれには出席したはずだ。では、この聞こえてくる声は──。


「サマエル……」

「そう。あなたの愉快なお友達のサマエルですよ、────さん」


 サマエルだ。サンダルフォンが言うにはこの地獄のような世界に閉じ込めたという、私にまとわりつく大悪魔。この私の行うこと全てを笑っていたぶる、心なき大悪魔。それが私の目の前にいた。


「誰が友達だ。私は貴様のことを友達だと思ったことは一度もない」

「そうですか、それは残念。私はあなたのことをこうも思っているのに」


 私が告げるのにサマエルは心を痛めたとでもいうように胸を押さえて座り込んだ。


「ですが、実際に私はあなたのお友達ですよ。天から見放され、放逐された身分として、同じ仲間じゃあないですか」

「天から放逐された……?」


 サマエルの語る言葉は私の心をとらえる。


「そう。その通り。天から放逐されたものどもが宴。その名は煉獄。私は地獄に近い場所にいるあなたのことを友達だと思っていますよ?」


 煉獄? なんのことだ?


「煉獄と神に許しを得るまでに人々の魂が足掻き、悶える場所。罪を犯した魂が神からの救いを求めてひたすらに這いまわる地獄と天界の境目」


 サマエルは私の心中を察したように語り始める。


「煉獄の炎に焼かれる。それは地獄の苦しみを味わうということ。あなたが今あっているような目に遭わされるのが、煉獄の役割というもの。煉獄から救いを得るにはどうすればいいのか? 免罪符を買うのか? 自分を煉獄に突き落とした神に祈るのか?」


 いやな感じだ。サマエルは嘘は吐いていないように感じられる。だとすると、彼女の語る煉獄とやらは実在し、私はそこで苦しんでいるということなのか。


「だが、煉獄とは死者の行きつく場所のはずだ」

「そうですよ。だからあなたがいるんです。覚えていないんですか? あなたは既に死んでいるんですよ、────さん」


 私が、既に、死んでいる?


「その調子だと覚えていないみたいですね。ですが、あなたは死んだんです。あなたの両親が死んでから7日と経たないうちに死んでしまったんです。ここは死者の国なのですよ、────さん?」


 私は死んでいるのか?


 そう言えばサンダルフォンは言っていた。私を私の望む元の世界には戻せないと。その理由がこれなのか? 私は既に死んでいて、死後の世界にいるからこそ元の世界には戻せないというのか?


「驚かれているようですね、────さん。まあ、無理もない。あなたを導くと豪語した天使は真実を知らせていない。あなたが既に死者であることをひたすらに隠してきた。それはあなたの死んだ理由が──」


 サマエルが何かを口にしようとするのかを私は拒んだ。


 私は耳を塞ぎ、大声を上げてサマエルの言葉を遮った。


「あらあら。そういうことします? そんなことをしても事実は翻らないというのに。全ては既に行われたことであって、今更もがいても意味がないというのに。あなたはそれでも事実を拒みますか?」


 サマエルは私を嘲るように言葉を続け、私を見下す。


「いいニュースを差し上げましょう。今回の新大陸でのゲームの相手はこの私です。私はあなたと遊ぶのを楽しみにしていた。せいぜい期待を裏切らないように努力してくださいね?」


「ふん。貴様の考えなしの攻撃など私が容易く粉砕してやった」


 ゲームの相手はサマエルか。ネクロファージのプレイヤーは誰だろうかと疑問に思っていたが、これではっきりした。私の敵はこの憎らしい悪魔、サマエルだ。


「だけれど、だけれども、あなたが死んだ理由を話せばあなたは意気消沈して戦えなくなりますよ?」

「……私はどんなことがあってもお前を倒す」


 サマエルは私の敵だ。それは間違いない。私を玩具にして楽しんでいる屑野郎だ。そして、ジョンとジョエルを殺した相手でもある。どんなことがあっても私はサマエルを倒さなければならない。


「威勢がいいですね。なら、話して差し上げましょうか、────さん。あなたが死んだのはあなたが──」


 サマエルが何事かを語ろうとした時だ。


「そこまでだ、サマエル。それ以上言葉を続けることは許さない」


 サンダルフォンの声が響いた。


「サンダルフォン!」

「ええ。サンダルフォンです、────さん。あなたの罪は全て許されています。後は煉獄の魂を玩具にしているあの悪魔を倒せばいいだけです」


 サンダルフォン。彼女の顔を見ると安心できる。私の存在に疑問を持たずに済む。


「あらあら。またあなたですか、サンダルフォン。ひとつの魂にいつまでも貼りついて暇なんですか?」


「黙るがいい、サマエル。貴様こそ煉獄で罪の許された彼女をいつまでも捕えていて、暇なのか? 煉獄の他の魂からは愛想を尽かされたか?」


 サマエルが呆れたように告げるのに、サンダルフォンが力強く反発する。


「愛想を尽かされる? このサマエル様が? 地獄の国王の一角であり、楽園の蛇と呼ばれたこのサマエル様が人間ごときに愛想を尽かされるとあなたは言うのですか? 笑えない。笑えませんよ、サンダルフォン」


「その大層な肩書も人間相手には無意味だろう。彼女は事実、貴様の肩書程度に怯えたりはしない。彼女は力強くこの場に立っている」


 サマエルが渇いた笑いを漏らすのに、サンダルフォンが挑発的にそう告げた。


「そうでしょうか? あなたは恐ろしくありませんか、この私が。この世界を作り上げた存在として、そしてゲームの相手として」


 サマエルはそのように私に問いかけてくる。その答えはひとつだ。


「お前など怖くはない。私が怖いのはセリニアンやライサ、ローラン、そしてスワームたちが傷つくことだ。それ以外のことはお前がなんであったとしても恐ろしくなどない。お前など怖くはない」


 そう、サマエルの何が恐ろしいと言うのだ。奴は道化だ。ただのゲームプレイヤーだ。それの何を恐れればいいというのだ。私はサマエルなんて恐ろしくもなんともない。そう心に固く誓った。


「では、その大事なものたちを皆殺しにして差し上げましょう。そうすればアラクネアの女王が泣き叫ぶ姿見れるというものです。私は自分の趣味のためには労力を惜しまないタイプなのですよ」


 不味いな。挑発しすぎたか。私はセリニアンにも、ライサにも、ローランにも、スワームたちにもなるべくなら傷ついてほしくはないというのに。


「貴様がそうする前に彼女が貴様を倒すだろう、サマエル。所詮は地獄の底で罪を嘆くだけの存在にすぎない貴様は彼女には勝てはしない」


「おやおや。豪気ですね、サンダルフォン。いつもなら大人しいあなたが珍しい。そんなに彼女のことが気に入りましたか?」


 サンダルフォンが私に代わって告げるのに、サマエルはクスクスと笑った。


「ああ。私は彼女のことが気に入っている。この逆境にあっても立ち向かい続ける彼女が気に入っている。いずれは貴様の胸に銀の短剣を叩きつける彼女のことが気に入っている。他に聞きたいことはあるか、サマエル?」


 サンダルフォンはそう告げて私の方に優し気な視線を向けた。


「天使はひとつの魂に執着してはならないという教えはどうなりました?」

「例外だ。このことは我らが主もお認めになっている」


 サンダルフォンは私を守るようにサマエルの前に立っている。それはまるでセリニアンのように心強い。


「そうですか。なら、好きにするといいですよ。私も好きにさせてもらいますから」


 サマエルはつまらなそうにそう告げると、私たちの前から影になって消えた。


「サンダルフォン。私は死んでいたんだね」

「……ええ。残念ながらそうです。あなたは既に死んでいます」


 私が力なく告げるのをサンダルフォンは否定しなかった。


「私はどうするべきなんだい、サンダルフォン。このままゲームに勝利すればそれでいいのかい? そうすれば死者の行くべき場所にいけるのかい? それとも私が今いる場所が死者のいるべき場所なのかい?」


 私が疑問だった。今いるべき場所が死者のいるべき場所なのか、もっと穏やかな場所があるというのか。


「ここは死者の行きつくべき場所ではありません、────さん。私があなたが本来行くべきだった場所に案内します。一度はサマエルに妨害されましたが、あなたがこのゲームに勝てばきっと」


「やはりゲームには勝たなければならないんだね」


 サンダルフォンが悲し気に告げるのに、私は頷いた。


「いずれ君に導いてもらえるように頑張るよ、サンダルフォン」

「ええ。ですが──」

「人の心を忘れないように、だろう? 分かっているよ」


 私が告げるのに、サンダルフォンが優しく微笑んだ。


「じゃあ、そろそろお別れかな?」

「ええ。暫しの別れを。ですが、いずれまたあなたとは会うことになります。あなたを導くその時に」


 視界が次第にぼやけていき、サンダルフォンの姿は消え、私は目を覚ました。


…………………

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