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物語の舞台となるここは一応東京ということになっている。とは言っても、新宿、渋谷といった繁華街などと比べると、本当に同じ都なのかと疑わしくなってくる。
まあそれでも駅前には遊ぶところが増え始めて、若い人を見かけることが多くなってきてはいるが、それ以外は閑静な住宅街と畑が続くのどかな街である。
学校までの道のりには様々な木々が生い茂り、十一月のこの時期だと、多彩な色付きを見せて通行人の目を楽しませてくれている。
そんな通学路を、燃やさんばかりの炎を吹き出して歩く美少女がいた。渚である。
朝の出来事がよほど腹に据えかねたらしい。食事もそこそこに家を出てきた。
(実際は朝食どころではないほどぐちゃぐちゃにしてしまったのだが)
「ナギ姉、そろそろ抑えなよ……。もう学校つくよー?」
「うるさいっ! あの糞親父だけは断じて許さん!!」
まさに怒り狂わんばかりの様子に、ただただため息を吐くだけである。
「もう! そんな人を威嚇するような顔してたら友達いなくなるよ?」
「どーでもいいそんなこと! つーか今更俺に近づくもの好きなんかいねーだろう」
「身も蓋もないけど確かに……。改めて見ると周りの空気が案の定だもんね」
そう言いながら香奈は苦笑する。
周りの空気……。
そう、最初から気づいていたのだが、辺り一面こちらに対して凄まじい緊張感が漂っているのだ。
それが学校に近づくごとに強くなり、校門を潜った今となってはあからさますぎるほどである。
ちらちらとこちらを見る者、あえて見ないように意識していたり、ひどい時には指差して笑う者までいる。
実を言うと、過去にもこんな事はよくあった。
双子というのはそれなりに聞いたりするだろうが、やはりめずらしい。
ましてや顔やら声やら体付きやら、挙げれば切りがないほど双子でもここまで似るのかと驚く程瓜二つ。しかも美少女と言うおまけつき。これで目立たないというのは嘘になる。
必然的にいつも注目の的になった。
だがそれも入学してから数ヶ月のことで、半年以上も経っている今となっては普通の高校生である。
「みんなケーキ屋のことは知ってるようだな。オレと一緒にいるとカナまで嫌われるぞ」
楽しそうにくつくつ笑いながら恐ろしいことを平気で言う。
「姉妹で一緒にいて何が悪いのか聞きたいなぁ?」
「じょーだんだよ。じょーだん。入学早々、学校一の人気者になった奴がそう簡単に嫌われる訳ねーだろ」
「問題がそこじゃないでしょう」
「まあ面白いもんだよな。学校一の嫌われ者と人気者が生物学上、姉妹だって言うんだからな。しかも双子だし」
「ナギ姉……。人の話し聞いてる?」
このひねくれ具合には香奈も呆れるばかりである。
そこから二言三言しゃべっていたのだが、香奈は自分の下駄箱を開けて驚いた。大量の手紙が雪崩のように落ちてきたのだ。しかもハートマーク付きで。
「ほらみろ人気者ー。まったく羨ましいねぇ! どうやったらそんなふうになれるんだか!?」
完璧に面白がっている渚である。
今にも大声上げて笑い出しそうだ。
「またか……」
さすがにそれ以上言葉が続かなかった。
携帯電話が普及している現代において、絶命したとも言えるラブレターを大量に見ることができるのは、日本広しと言えども此処だけであろう。
「なんかナギ姉の事はナギ姉、ウチの事とはまた別ですって励ましの手紙みたいよ?」
「みんな優しいねぇ……」
「ナギ姉。これあげる」
「馬鹿かお前は。お前宛の手紙なんだから自分で処理しろって」
「いや……。ナギ姉だったら喜ぶかなって思ってさ」
「はぁ?」
一瞬では言葉の意味がわからなかったが、手紙を受け取って理解した。なんてことはない差出人の半数以上が女の名前だったのだ。
「なるほどねぇ。相変わらず女にもてるわけか」
「全然うれしくないって。あたしゃレズじゃないのですよ」
そう言いながらがっくりと肩を落とす。
「もう何度目なのかも数えてないわ……。大体からして何でウチばかり手紙がくるわけ? 同じ顔のナギ姉にはたったの一枚もこなくない?」
「性格の問題じゃねーの? カナは優しいから」
「そんなこと言ったらナギ姉だって優しいじゃん!」
「どんだけだよ」
おもわず突っ込んでしまった。
それもそのはずで、まず百人に聞いたら百人とも香奈とは違う意見を言うだろう。
そのくらい普段の渚は、言葉遣いは粗い、素行も乱暴、おまけに無愛想。
誰も近寄ろうとはしないし、わざわざ渚の方から喋りかけることもしない。
自分でもそのことについて分かっている。
大体からして、友達付き合いをする気が全く無いのだ。
自己評価でどう考えても優しいとは無縁の人間なのだが、香奈からしてみたら優しということらしい。
しかし、今回のケーキ屋さんの一見で渚に対する風当たりはさらに強くなってしまったようだった。
普段からそうなのだから、全国に敵を作った騒動の影響で渚を知っている人間からしてみたら良い見せ物である。
有る事無い事でっちあげて噂し、世間話に花を咲かせるのだ。
今もただ教室へ行くためだけの廊下で、すれ違うたびに渚のことを笑うのだ。
そんな状況でも渚は全く気にしない。
「ああ、そうだカナ」
「ん?」
「今日暇だから練習付き合おうか? 陸上の」
「えっ! ほんとに!?」
「最近ご無沙汰だったしどうよ?」
「もちろんお願いする!」
そうやってえへへと笑う香奈はとてつもなく可愛い。この笑顔でいつもやられてしまう。
その度に、俺はおっさんか!と突っ込むのだが。
「んじゃ放課後な」
「わかった! また後でね!」
そう言いながら別々の教室へ向かう。
さすがに双子で同じクラスにはならなかったのだ。
香奈と分かれるとより一層感じる視線の冷たさに内心苦笑しながら自分の教室を目指した。
さて、今日はどうやって授業を乗り切ってやりますかと考えながら進むと、女の声で遠慮がちに呼び止められた。
「あのぅ、黒神渚さんですか?」
はてな、と思った。
まさか話し掛けづらい雰囲気を纏っている自分に、ましてやこの時期に、こんな堂々と声を掛けてくるような度胸のある奴がいるとは思わなかったのだ。
そう思いながら振り返った渚はちょっと驚いた。
その女はおどおどした声に似合わず、やけに身長が高かったのだ。
スラリと伸びた足、腰の位置が自分とはずいぶん違う。しかもおまけにサラサラの黒髪ロングヘアー。
モデルをやってますと言われればすぐにでも納得できそうな子である。
渚の身長は女子の中でもずいぶんと低いので完全に見上げる形になる。
「たしかに渚だけど、あんた誰で何の用?」
「ごめんなさい! あの、隣のクラスの朝川瑠璃子って言います。いっつも体育一緒にやってるんですけど、やっぱり覚えてないですか……?」
とてつもなくイライラさせる喋り方だ。
そんな事どうでもいいだろうと罵ってやりたくなる。ただでさえ機嫌が悪いのに……。
だが公衆の面前ということもあり、ぐっと堪える。
「で、要件は何?」
「あごめんなさい! えっとそのぅ……」
また言いよどむ。この様子にさらにイライラがつのる。
「おい。用があるなら早く言えよな。こっちだって暇じゃないんだよ」
「スミマセンッ!! えっと! 私剣道部なんですけど、黒神さんをテレビで見て、剣道やってるって知って!」
「……」
え? 今コイツ何て言った?
剣道部?
なんでそんな奴が、俺の前に?
あぁ、ケーキ屋の事を知って喧嘩売りにきたのだろうか?
よーし、いい度胸だその喧嘩買ってやる!
とかテンプレの事を思ったのだが、どうも様子がおかしい。
コイツからそう言った悪意めいたものを一切感じない。
「しかも全日本で優勝できるほどだなんて思いもしなくて! 凄いなって――――……。」
え? むしろ何か褒めてるような気がするんだが……?
ははは、まさかな……?
そんなわけないよな?
嫌な想像が脳裏をよぎる。
喧嘩売ってくるんだったらいくらでも買ってやるつもりでいた。
嘲笑だっていくらでも受けようと思ってたし、いちいち相手にすんのも馬鹿らしい。
そう、あらゆることに想定をして心準備をしていたつもりだった。
つもりだったのだが……。
だからといっていくらなんでもコレは想定外だっつーの!!
ヤバイ! マジでこれ以上話しを聞いてると、想定外の事が本当に起きちまう!
逃げ出したくなってきた。
いや、逃げよう!
と決めた時には遅かった。
「あのっ黒髪さん良ければ剣道部に入ってもらえませんか!?」
…………。
…………。
あー、うん。
まー、うん。
こいつは馬鹿だ。
本気でそう思った。




