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無名の剣士  作者: むー
第一章
4/31

3

(ちょっと、だからってここに連れてきてウチにどうしろって言うのよ?)

(なんとかうまい事言って追い返してくれよぉ……)

(それウチがやることじゃないでしょ! いつものようにガン飛ばして失せろって言えばいいじゃない!)

(そんな事はもう試したんだよぉ……。大体からしてこの馬鹿は真面目にオレのこと剣道部に勧誘してるんだからちょっとやそっとじゃ引きさがないんだよ!)

(それこそウチはどうすればいいのさ!?)

(だから追い返してくれってば!)

(どうやって!?)

(助けてよぉカナえもんー!)

(はぁ!?)


 以上、渚と香奈のテレパシーである。

 さすがに双子の姉妹だからこそできる技で、同席者の瑠璃子にはまったく気付かせてない。

 とは言え、三人が無言で座っていても最高に気まずい。瑠璃子はちらちらと二人の顔を見るだけで申し訳なさそうに俯いてしまう始末である。

 

 さて、どうしてこんな状況になったかと言うと、ホームルームが始まる前にモデル級美少女、瑠璃子が剣道部に勧誘しに来た事から始まる。

 ケーキ屋さんの一件を見たのは間違いないだろうが、まさか真正面から勧誘しに来るとは思っていなかった

 大体からしてケーキ屋さんになるぅと馬鹿にした張本人に剣道やりませんかと声をかけにくるなんて、正気の沙汰とは思えない。無視しようとした。

 だが、渚の特技として、相手の表情をみたらその人の真剣度が分かるというものがある。

 この時の瑠璃子は緊張気味ではあったものの、かなり本気で声を掛けてきたようだった。

 そもそも渚に声を掛けるという行為事態がその真剣さを物語っているようなものである。

 普通の人は尻込みしてしまうほど、渚は話し掛けづらいオーラを出しているのだ。

(当然、意図的に出しているのだが)

 

 最初はいつものように追い返そうとした。だが相手が予想以上に必死で、どうやっても引き下がらないのだ。

 こうなってしまったらさすがの渚もお手上げ状態で、困った挙句に昼休みとなった今、香奈のところに連れて来たのだった。

 そんな状況を知ってか知らずか、とにかく場を和ませようとする香奈。


「そ、それじゃあ朝川さんだっけ? ご飯一緒に食べようか」

「あ、はい」

 

 そう返事をして瑠璃子がお弁当を広げ始めた時、急に渚が大声を出した。


「あっ!!」


 その声を聞いて、びくりとした瑠璃子はお弁当を落としかける。


「俺、弁当忘れた……」


 物凄くしょんぼりと言う渚に吹き出しそうになった。

 瑠璃子は知らないだろうが、渚は今朝の出来事があってお弁当を貰うどころではなかったのだ。しかも朝食も満足に食べてないしでかなりきつい。

 真剣に落ち込み始めるのを見て香奈が取り出した。


「大丈夫。ちゃんと二人分もらってきたよ」

「おおっ! 弁当だ! でかしたぞぉカナ! こんなにできる妹を持ったオレは幸せ者だぁ!!」

「はいはい」


 そう言いながら受け取ると早くもイタダキマスとぱくつき始める。

 そんなやりとりを見ていた瑠璃子が急に言った。


「本当に双子なんですねぇ……」

「「はぃ?」」


 二人分の疑問形である。


「ごめんなさい、別に他意があるわけじゃないんですけど、双子の人達を見たことがなくって、今の二人のやり取りを見てたら本当に仲がいいんだなって思ったんです」

「まぁ悪くはないけどね」

「別に双子だからって事は無いだろう、双子じゃなくたって仲の良い兄弟もいるだろうし、まぁその逆もあるだろうよ」


 少々照れながら言う香奈と、弁当を食べてるおかげか朝の機嫌はどこへやらの渚、それぞれ別の事を言って瑠璃子が続ける。


「いえ、それもそうなんですけど、ほんとに息があってるんだなって」

「ふぅん?」

「それに、声や顔つきまでそっくりなお二人がそうやって並んでると、よくできたお人形のセットみたいで本当に素敵です」

「あ、ありがとう」


 本気で褒めてるのが伝わってくるから恥ずかしくてそれ以上言えなかった。

 真剣度が分かる渚など、知らんぷりを決め込む。


「だから、本当に――――……」

「ああっ! ちょっとまったぁ! そ、そんなことお弁当食べようよ! 朝川さんのお弁当見せてくれないかなぁ!」


 まだ続きそうだったから慌てて話題を変えた。これ以上聞いていると全身じんましんで悶え狂いそうになる。

 ちらっと渚を見ると、渚も頬を掻いているから、同じなのだろう。

 

 そうして言われた瑠璃子はごめんなさいとお弁当を広げ始める。


「おぉー!」


 綺麗なお弁当だった。

 エビフライや卵焼きなど、メニューはザ・定番という感じなのに彩り鮮やかで、見た目に受ける印象が全く違うのだ。

 そして渚が突然動き出す。


「このエビフライもーらい!」


 そう言って瑠璃子の弁当からエビフライを掠め取り、もうすでに口の中に放り込まれている。

 あっという間の早業だ。


「あぁナギ姉! 勝手に人のお弁当手つけちゃダメでしょ!」


 香奈は本気でたしなめているが、とられた本人は全く平気そうだった。


「気にしないでください。作りすぎちゃったし、みんなに食べてもらえたら嬉しいし」


 そう言ってクスクス笑っているから本当に気にしてないのだろう。


「ごめんねー。うちの馬鹿姉貴が失礼して」

「大丈夫ですよ。それより香奈さんも食べますか? まだまだありますから遠慮せずにどうぞ」

「じゃあこの卵焼き頂戴! ウチのハンバーグと交換で!」

「あっずるい! 俺も卵焼きほしい!」

「ナギ姉はもうダメ! エビフライ食べたでしょ」


 このあとは初対面とは思えないほど和気合い合いと昼食を食べた。

 こうやって他人がまじって食べるお昼は久しぶりだった。


「ふぅー満腹」

「ほんと、おいしかったね。朝川さんはお弁当づくりの天才だ」

「ありがとうございます。香奈さんのハンバーグもおいしかったですよ?」

「ウチのは、親の手作りだけどね」


 そうやって三人が腹ごしらえをすませ、いよいよ本題に入る。


「さて、と。お腹いっぱいになったところで本題に入りましょうか」


 そう切り出したとたん、渚が我関せずといった雰囲気を出す。しょうがないので香奈が進行をする。


「朝川さんは剣道部なんだよね? なんで急にナギ姉に声掛けたの?」

「昨日、テレビで見たんです。そうしたら渚さんが全日本に出てて、しかも優勝しちゃって! すごいなーっておもったんです。同じ年齢で同じ学校に通ってる知り合いが日本一になるなんて!」

「…………」

「だからどうしても一緒に剣道したくて。それに来月大会があるんですけど、先輩が怪我しちゃってうちの部って人数ぎりぎりだから団体戦出れなくなっちゃうって事もあったんです」


 だから経験者で即戦力の部員が欲しかったのだろう。一躍有名な渚に声をかけたのは必然的だったのかもしれない。

 しかし……。


「なるほどね。理由はわかったよ。けど大事な事忘れてるみたいだから言うけど、ナギ姉は剣道の事侮辱したんだよ? それは良いの? そんな奴入れてでも出たい大会なの?」


 姉に対して身も蓋もない言葉だが、この際問題はハッキリさせた方がいいだろう。

 案の定瑠璃子の顔つきが一気に暗くなる。


「知ってますし、良くはないです! でも!」


 そう言って真剣そのものの表情で顔をあげる。


「何か理由があったんですよね? だって日本一になるって簡単なことじゃないはずです! 辛い稽古一杯して強くなって、その結果日本一になって。好きだから続けられたんですよね?」

「…………」


 非常に困った。

 あのテレビのインタビューを見て、瑠璃子の中で何か都合の良い世界が出来上がってしまっているようだ。

 

 まさか『剣道止めたいからとりあえず日本一になりました』なんてとてもじゃないが言えるような空気じゃない。


(どーすんのよナギ姉?)

(んー……。この馬鹿に本当の事言っても信じないだろう? どうしよう?)

(知らないよもう。自分の撒いた種なんだから自分で何とかしてよ!)


 やはりテレパシーで会話する。


「渚さん。剣道部に入ってもらえませんか……?」


 図体はでかいのに、消え入るような、まさに小動物が怯えて泣きそうな声で聞いてくる。


「……」


 ここまで司会をしていた香奈が知らんぷりである。

 会話が続かない。


「あの……」


 勇気をふりしぼったのか、さらに小さい声で話しかける瑠璃子だったのがそれ以上は言葉が続かなかった。

 また俯いてしまう。

 そんな様子を見やって渚はついに頭を掻きむしった!


「あーもう! 俺はケーキ屋になりたいって言ったのになんで勧誘に来るんだよバカ野郎!!」


 まずい渚が怒ったと香奈は思った。とっさに止めに入ろうと思ったが、渚が身振りで止めさせる。


「いいか? 一度だけだ。一度だけ剣道部の稽古に顔だしてやる!」


 そう聞いて驚く香奈とは別に瑠璃子は嬉しそうに顔をあげるが、それに向かってさらに続ける。


「ただし! 一回だ。一回だけ行くが、大会まで出てやるつもりはまったくない! もしそれが嫌なら、その一回でオレをやる気にさせてみろ!」

「やる気、ですか?」

「そうだ」


 泣きそうだった瑠璃子の顔がどんどん引き締まる。


「どうすればいいのでしょうか?」

「簡単な話だ。お前も剣士ならオレに一本入れてみろ、そうしたら認めてやる」


 そんな無茶なと絶望的な表情になった香奈とはうって変わって、瑠璃子は気合が入っていく。


「一本、入れれば良いんですね? 時間制限はどのくらいですか?

「あんまり長ったらしくやりたくはないんだが、お前の馬鹿さ加減に経緯を評して、お前が諦めるまで付き合ってやる」

「私が、諦めるまで、ですね?」

「あぁ、二言はない」


 睨み合ってる二人は気づいて無いだろうが、第三者の香奈は舌を巻く思いだった。

 渚の事はよく知っているから別として、瑠璃子は先程までの泣き出しそうな小動物と同一人物に思えないほどの気迫を発している。

 同席しているこっちまでチリチリしてくる。


「今日の放課後は空いてるか?」

「空いてます。今日やりますか?」

「日にちが経つのはヤダからな、今日やろう」

「分かりました。剣道場でお待ちしています」


 剣道をやめたくてケーキ屋の話しを出したのに、それのせいで剣道をする羽目になるとはこの世の中わからないものだと改めて思った。

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