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無名の剣士  作者: むー
第一章
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1

「私は、ケーキ屋さんに、なるぅ!」

「このやろう……」

 

 いきなり罵倒の言葉で始まった此処は、昨日の全日本剣道選手権の優勝者、渚とその家族が住む黒神家である。


 朝食を取るために渚がテーブルに着いた瞬間だった。

 見計らったように父親の健治が先日のインタビューの真似をしたのだ。

 しかも笑いながら言うのでその言葉も途切れ途切れになっている。


「何回言えば気が済むんだ! この糞親父!!」

「そんな怒んなよ。こんなに面白いことなんて一生に何度あるかわからないんだから。ほらビデオも撮ったんだぞ」


 そう言いながらビデオテープを指差す。証拠がしっかりと残っているわけだ。


「てめぇ……。ぶん殴られなきゃわかんねーのか!!」


 実を言うと、このやり取りは昨日から何度も繰り返されているものだった。

 最初は渚もシカトを決め込んでいたのだが、父親のあまりのしつこさに、さすがの我慢も限界を超えてしまったようだ。

 まあこの二人の喧嘩はよく有る事で、いつも健治がおちょくり渚が買う、そんな図式で一見すると今回もそんな感じに見えるのだが……。今回ばかりはネタを作ってしまった渚が悪い。

 

 というのもすべての発端は昨日に行われた全日本女子権道選手権大会になる。

 全日本と銘打っているとおり、日本一の剣士を決める最高峰の大会なのだが……。

 十六歳になったばかりの渚は初出場ながらあっさりと優勝してしまったのだ。

 もちろん十六歳での優勝は前代未聞の事態で、当然最年少記録になる。

 そんな大記録を打ち立ててしまったのだからこの時の注目度の高さは異常なほどだった。

 まさに全国中が注目したと言っても良いだろう。

 そこで渚は言い放ったのだ

 ケーキ屋さんになりたいと……。

 

 その瞬間、全国の人々が凍りついたのは言うまでもない。

 剣道家の誰もが目標にする日本一の称号を、大したものじゃないと鼻で笑った様なものなのだ。

 さすがにこれは渚が悪い。

 いつも止め役になる母親の真由美も、双子の妹、香奈も知らんぷり状態である。


「大体なんでケーキ屋さんなんだよ。小学生じゃあるまいにパティシエって言えばよかったのに」


 恐ろしく論点がずれている。


「突っ込むところがそこかよ……。単純にあー言っとけばもう竹刀を持つわけにはいかないだろう。めでたく剣道を止めることができるわけだ」


 嬉しそうに言うと同時にパチパチと拍手までしそうな勢いまである。

 そんな渚をよそに両親の方は顔色を変えた。剣道をやめるという言葉は茶番な雰囲気を一変させるには十分すぎたのだ。


「そこを聞かせてもらおうか。なぜ止めるんだ?」

「約束だろう日本一になったら止めて良いって。忘れたとは言わせないぜ?」

「お前じゃないちゃんとパパと呼べ! ああ言ったよ、確かに言った! だがそこじゃない何で止めるんだって事だ。ちゃんとした理由を聞かせてもらわなくちゃ納得できん!!」

「別にお前が納得する必要はないんだがな」

 

 やれやれと言わんばかりの長女を前に、今にも噛み付きそうに唸っている健治。

 両者一歩も引かずに睨み合いが続いていたが、そこに割って入る形で新たに参加する人がいた。


「あなた、少しは押さえてくださいね。それと、ナギちゃん。そんな言い方はあんまりだと思うの。ナギちゃんの事だから心配はしてないのよ。ただ知っておきたいの」


 だからお話して欲しいと言うことらしい。

 このどこか間延びした喋り方で、のほほんとしているのが母の真由美である。

 さすがの渚もこの母には弱い、父母の波状攻撃には対抗できなかったようで、ため息付きながら話しだした。


「つまらないんだよ。剣道なんて」

「つまらない?」

「そうつまらない」

「意味がわからないな。日本一の剣士になってもう目標がないからか?」

「半分合ってるけど微妙に違う。そんなんだったら日本一になる前に止めたいなんて言わないだろ。考えても見ろよ、十六のガキが日本一になろうと思って適当に大会に出たら、何の障害もなく優勝しちまうんだぞ。こんな糞つまんねーことにいつまでもやってられるわけねぇだろ」

 

 この長女の言い分には一理ある。

 どんなスポーツ、武道でも心、技、体が重要視されるものだ。

 全てにおいて極まっていないと、良成績は得られないのだ。

 特に剣道は心を主に置くのだが、渚の場合完璧に動機が不純なのだ。

 剣道を止めたいから日本一になる、ただそれだけで勝ってしまったわけだ。

 逆にいえば止める為にそれだけ真剣だったのかもしれないが……。何度聞かされても納得できるものではないだろう。


 さらにだ。

 この長女(妹もだが)はちょと変わっている点がある。

 身体能力がめちゃくちゃ高いのだ。

 その身体能力の高さを使ってスポーツをすれば目立ちすぎる事は、過去に何度もあった。

 それが具体的に問題になる事件は小学校高学年に入った時に行ったスポーツテストだ。

 名前の通り運動能力の測定を行うイベントで、それまでの姉妹はなんとなく手を抜いていたのだが(ドッジボールとか相手に怪我をさせてしまう可能性があったため)その時はただ記録を取るだけだと説明されたのでちょっと羽目を外してしまったのだ

 そうしたらそうしたで大騒ぎになってしまった。

 記録が同年代の中では収まらず、ずば抜けてしまったのだ。

 学校始まって以来の天才か!? となるまで発展したが、さすがにまずいと思い緊急家族会議を開いたのだ。

 実際には興奮する両親をなだめて、これ以上は目立ちたくないという姉妹の意見を押し通した。

 方針的には今後は手を抜いて行くと決まり”使用上の注意”という物も設けたのだった。

 だが両親はそんな姉妹に多少の期待をしていた。

 有り体に言えば”オリンピック金メダリスト”なんて物も狙えるんじゃないかと。

 その身体能力の高さを使えばどんな競技だって夢じゃないと。

 親からしてみれば諦めきれない、何かしらやらせてみたいと思っていたのだが、そんな時大事件が起きた。

 

 姉妹が二人っきりで買い物をしていた時だ。

 この二人は親の目からみてもそっくりで見分けがつかない(実際そんなことはないのだが)し、両方共美少女ときているのだ。

 二人が並んで歩いていると、とてつもないオーラを発している。そこを狙われた。

 簡単に言えば変質者に襲われたのだ。

 その時はなぜか変質者がへたりこんで動かなくなったおかげで事なきを得たが、それ以来健治も真由美も何とかしてこの姉妹を守ってあげれないものかと考えた末、思いついたのが護身術を身につけさせることだった。

 

 高い身体能力も生かせて一石二鳥に思い、早速あれこれ検討していると、渚は剣道を、妹の香奈は空手をやってみたいと自分達から言い出した。

 今まで習い事をやってみたいと自分達から言い出したこともなかったし、姉妹が別々の事に興味を持つことも珍しいと思ったが、これ幸いとばかりにやらせてみた。

 先述の高い身体能力を活かしてめきめきと上達、二人して最初に通わせた道場の先生よりも強くなってしまった。


 すったもんだあった挙句、渚はもっと強い人がいる道場へ通わせ、香奈は当初の目的である護身術を学べたので別の事をやることになった。

 

 そして、現在に至るのだ。

 親の欲目といわけではないらしく、渚は日本一になってしまった。 


「それだけ渚には才能があるって事だろ。まだまだ先は長いんだ止めるなんて言う必要がない」

「分からない奴だなぁ。才能ありすぎるのが問題なんだ。敵がいないからつまらない。やる意味が無さすぎる。これで分かれよ」


 とてつもなく傲慢な物言いだが、渚を少しでも知っている人なら納得できてしまう。それほどまでに渚は強いのだ。

 しかし、健治にはどうしてもそれがわからないらしい。


「やっぱり納得できん!! 大体からして親が子供の才能あるものをやらせて何が悪い!! お前にはスポーツの、剣道の才能があるんだから剣道やってればいいんだ!!」

「あぁうざってぇ奴だな!! 最初から言ってんだろう、わざわざお前が納得する必要はないんだよ!!」


 まさに堂々巡りもいいとことである。こんな言い合いが続くかと思われたのだが健治が我慢しきれず、つい渚に平手打ちを出てしまったのだ。

 まずいと思った香奈は止めに入ろうとするが間に合わず、そのまま渚へと平手打ちが打ち下ろされたのだった。


 ”しかし、そんな平手打ちをくらう渚ではない”


 その攻撃に素早く反応し、見事に腕を取り、背負う形で床に投げ飛ばしたのだった。

 見事な一本背負いの決まりである。


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