黒の一族④ モリのイブ
《1》
サロンには、緩やかに巻いたパールピンクの髪を優美に胸元に垂らした女性が黒のレースで作った扇を右手に持ち、左手で弄ぶように開いた扇の先を指先で辿っていた。
思わず目が奪われる胸の谷間を見せ、目に鮮やかな赤いドレスを着た女性が、妖艶な微笑を浮かべて、ソファーに座っていた。
気の強そうな大きな目にゴールドピンクの瞳。その眦の下には魅惑的な泣き黒子。
高い鼻筋にふっくらとした下唇は、濡れているような赤。
ゴージャスデリシャス美女登場。
三十路過ぎに見えちゃうけど、女性の年齢は分らないわ。
貴婦人には見えないけども。
もしかしてローランド先生の恋人かしら?お年頃だものね。
そして、その隣には、この場に似つかわしくない黒の一族の1人モリさんが。
背を丸めて申し訳なさそうにローランド先生を見ていた。
モリさんも黒い長髪を切ってから、サラサラナチュラルヘアーになってシティボーイ、、、じゃなくて年相応のほどほどな青年になっていた。
サロンに入ってこの光景に戸惑う私とローランド先生をスルーしてツカツカと暖炉を背に座っているモリさんとゴージャス美女の近くに行き、背筋を正し、大きく咳ばらいをした駄犬シュウ。
「えーとこの方は日頃お世話になって居る頭のイブさん。で、隣はモリ。で、この二人はヤリ友?あっ、恋人か。すまん、モリ。それで、、、。」
「わたくしが説明しますわ。モリの雇い主がブラウニー医院の院長だとお聞きしましてね。それで田舎から彼らが出て来たので世話をなさっているとか。 それですね、宜しければ今お世話されている方々の一部を当館で預からせていただきたいのです。 直ぐに入館が出来るのは15名程ですけど、もう暫くお待ち頂けるかしら? そちらも色々な盛りの男性ばかりを見られるのは大変でしょう?当然、そちらのお仕事は、今まで通りですのでご安心でしょう?宜しくて。」
うん?
モリさんのヤリ友が、黒い駄犬を大量に引き取って下さるのね。
私の活動範囲のホーステッド通りやエスト通りから減ってくれるの?ラッキー。
これで他人のように遠い親戚と言う設定で、女性を引っ掛けているシーンを目撃する回数が減るかも。
モテ過ぎ兄さまをネタに釣るなんて。全く。
凄いイイ人だわ。
怖い人かもってビビって居たけど流石ゴージャス美女イブさん。
「えーと、モリだけではなく?」
「ええ、そうですわ。モリや他の方たちにも聞きましたけど、アナタは彼らの迸る欲求を封じ込めているとか。ヤレ女性を連れ込むなとか、人妻や未成人は誘うなだとか。閨ごとを他人から強制されるなんて、私なら我慢なりませんわ。 そもそもそのようなことを命令する権利がアナタにございますの? 彼らは持て余した精を独りで宙に放出せねばならない時が、一番虚しく悲しくなるそうですの。 彼らのような素晴らしいテクニックと尽きない精力、そしてこのような素晴らしい容姿。それを飼殺して虚しく時を消費させるだけなんて、宝物を腐らしているだけです。彼らを求める女性は多いのですのよ。わたくしが余すことなく活用させて頂きますわ。 さあ、キリキリ彼らを開放なさい。 モリ大丈夫よ。此れからはわたしくが貴方を守って見せますわ。」
イブさんの言葉を意訳すると、ヴィさんが作った禁止事項何てくそくらえ。
此れからはモリさんたちとエッチするから、ローランド先生は四の五の言いうなってこと?かな。
こら駄犬シュウ。
立った侭腕組みしてウンウン頷いてるんじゃない。
ローランド先生は、左手の握りこぶしの人差し指の腹で顎を持ち上げるようにし、何かを思案しているようだった。
「イブって、もしかして娼館イブのこと?」
「あっ、先生、流石。」
「娼館!?ちょっとモリさんて、そんなお金持ってたの? 今はあなたたち、研修中みたいなモノでしょっ。」
思わず声を出してしまった。
幾らかは知らないけど、ゴージャス美女イブさんと恋人関係になれるまでの金銭なんて持っていないはず。
元々里では、お金なんて必要ないって言っていた。
塩と布地も一応は売買するけど、肉と毛皮の物々交換と変わらないって言ってたし。
「イブさんの要望は賜りました。若干誤解が生じているようですが。彼らに屋敷を貸しているのは、私の叔父。彼らに禁止事項を科したのは、王都に不慣れな彼らがトラブルに巻き込まれない為のものだったのですが。 彼らに新たな住処が出来るのは、私としても喜ばしい限りです。 しかし私の一存では如何ともし難い。直ぐに叔父と話しをしますのでお時間を頂けますか。三日後には必ずそちらへお伺いいたしますので。ですので今日の所はお引き取りを。」
「本当ですわね?娼婦と思って侮っていらっしゃると唯ではおきませんわよ。」
「勿論です。私は女性との約束を破ることは致しません。必ず三日後に。」
「信じて置きますわ。モリまたね。」
「店まで送るよ。女性の夜歩きは危ないから、すぐ隣は貸し馬車屋なんだよ、イブ。 あっローランド先生、お騒がせしました。イブを送ってから帰ります。 シュウ頼むな。」
「はいはーい。」
モリさんは、優しくイブさんの肩を抱いて、歩調を合わせて、サロンのドアから出て行った。
何だか嵐のような人だった。
モリさんも何かイメージが変わったかも。男らしくなった気がする。
不意に訪れたサロンの静けさを侵食するように、ピリピリと緊迫する空気が主人席へと座ったローランド先生から漂って来た。
「シュウ、図ったな。何かイブを煽るようなことを言っただろう。」
「いやあ、単にモリは後4~5年しか生きられないかもって、ボソッと溢しただけ。」
「お前、、、、それは。」
「だって事実だし。勿論黒の一族なんてことは言ってない。 偶々、モリが行った時に女が足りなくて、『わたくしでは駄目でしょうし』って言ったイブをモリが気に入って、それから時間があるとモリは、イブの所へ行くようになって愚痴とか言ってたらしい。」
「なら何でモリだけじゃないんだっ。」
「あのさあ、先生。色々助けて貰っていることを俺らは感謝をしている。それは本心。長たちを埋葬してくれたことも。 でもさ、20歳過ぎている男は、モリを含めて8人居るんだよ。アンタらは社会のマナーとかモラルって俺らの衝動を否定するけど、俺らって物心ついた頃から、如何にして子を成すかを教えられ諭され考えて生きて来たンだ。 俺もそうだが俺たち皆、そう考えて繋いで来た命なんだ。 で、やっと古からの呪縛が解けて、里の者以外と交われることを知った。そう思ったら自分の命を繋ぎたいと思うだろう? 特にもう直ぐ生が終わって行くのかな、と里で考えて居たモリとかはな。 身体がさ、疼くんだよ、どうしようもなく。 女と寝れる場所があるのに行けないなんて不合理だろ。先生。」
「すまない。」
「別に謝って欲しい訳じゃない。俺らが居ると喜ぶ女がいて俺らの身体も喜ぶ。それだけの話だ。 丁度娼館イブに住みたい奴が15人居て、俺もあいつらを止められる気がしなかっただけだ。 此処で無理に押え付けても面倒が増えるだけだ。 里と違って街には何でもあるからな。」
「しかし、ジーンではないが、良く娼館に行ける金があったな。」
「あー、それは襲撃犯の懐にあった小袋を失敬した。書き付けはヴィさんに渡したけどな。後は王都の森で狩りをして肉とか売って稼いだ。別に盗みとかしてないぜ。」
「えーと王都の森とは?」
「ん?王城からかなり離れた北の森と王城近くの北東の森かな。南に向かった奴も居たっけ。」
「駄目!それは狩りをしちゃあ駄目な場所だ。見張りとか居ただろう。シュウ、王都内は基本的に禁猟区だ。森の持ち主は王家と公爵家だ。バレたら首が飛ぶ。速攻中止させろ。 それと3月からは禁猟期間だ。くれぐれも王都と近郊で狩りはするな。」
「ええー。」
「俺がええーっと言いたいわ。取り合ず貸家に行って皆に伝えてこい。」
ローランド先生は、怒鳴ってからソファーの背中に身体を預け、両の手の平を顔に当てた。
シュウは「お嬢またね。」と言ってから、素早くへサロンを出て、消えた。
時計を見ると21時を回っていた。
兄さまが、組手の稽古をしてもらってるトニーさんと、そろそろ隣家の鍛錬場から上がって来る頃かな。
ローランド先生は、駄犬シュウの言い訳タイムを終えてから、しんみりと考え込んでしまっていた。
まあ、私は男の性なんて前世も今世もサッパリなので、ローランド先生のダメージのツボは、モリさんの寿命の所しか分からないけれど。
私は、あの時に黒の一族を助けたいと思ったけれど、奴らの性欲迄は、面倒見る気など到底ならない。
なんだかんだと兄さまとイチャラブしているコウとヨウを知っているだけに。
子作りしたいなら男と交わうな!と、言いたい。
兄さまの子供を私は見たいのに。
それはそうと狩りが出来なく為ったら娼館の費用どうするのだろうか、奴らは。
私が思うに、気が強そうだけど気のいいイブさんを駄犬シュウたちが利用しちゃってるのじゃないかって、要らぬ心配をしてしまう。 自分が連れて来た半野良の黒犬たちが迷惑かけてなきゃあ良いけども。
それにしても奴らのことで、いつまでも落ち込むローランド先生を見ていたくないなぁ。
私だって長たちを無残に殺した黒幕へ冷えた怒りを持ち続けているけど、それはそれである。
「ロー先生、新しいお茶を厨房から貰って来ましょうか?」
「っ、あー。ごめんジーン。少し考え事をしていた。放って於いて悪かったね。」
「いえ、嵐が来ていましたから。」
「ふっ、確かに嵐だったね。もうこんな時間か、、、。はぁ、駄目だな、私は。 葉巻を少し吸ってもいいかい? 冷静にならないとだね。」
「はい、どうぞ。ロー先生の吸う葉巻の香りって好きですよ。」
「それは、ありがとう。しかし早くジーンと酒を飲めるようになりたいな。」
キャビネットからガラス細工のボルトとグラスを持って来て、ソファーに再び座り、煙草ケースから細く巻いた葉巻を一本取り、指に挟んでクルリクルリと指を移動させる手遊びを始めた。
葉巻が指で擦れる度にフワリとシナモンに似た匂いが立つ。
「楽しいと思うんだよね。ジーンと飲むお酒は。 そう言えば食事の時、ワインも口にしないね。」
「はい。食べる物がいっぱいあるので飲むのは勿体ない気がして。それに何となくお酒は未だ早い気がして。」
女神ルミナスさまから、後20年間は育たないと言われたけど、いっぱい食べている努力は報われると信じたい。ワイン何て飲んでる場合じゃない。
別に前世のノリでお酒は20歳になってからって、思っている訳でもない。
ただ酔っ払って、迂闊なコトを喋っちゃうのが怖いのだ。
それでなくても駄女神ルミナスさまのせいで秘密が多い身の上になっているもの。
ボっと魔道具の火つけ石を起動させて、ローランド先生は葉巻の先に火を灯し、二度三度口を付けて、深く吸い込み、煙を吐き出した。
うー、何か大人の男って感じがする。
何だか傍に居ると安心して、全身が緩む感じがしちゃう。
よく考えると兄さまは、美し過ぎて傍に居るとドキドキしちゃうし、実は他の人が居ると緊張してしまう。駄犬は駄犬で、人の気配を読むのが上手くて、気が張っちゃう。
そんなことを思いながらグラス片手に葉巻を吹かすローランド先生を眺めていると、兄さまの後についてコウとヨウがサロンへと入って来て、トニーが飲み物や軽食を乗せたカートを運んで来た。
そして兄さまは当たり前のように私の隣に座って、長椅子をいつもの指定席へと変えた。コウとヨウは、兄さまに触れそうな背後に立った。邪魔くさい。
「お疲れさま、兄さま。今日はちょっと遅かったですね。」
「お疲れ、セシル。」
「どうも。ありがとうジーン。 トニーさんと一緒に厨房へ行き、タオルを濡らして髪の汚れを取って貰っていたんだ。流石に風呂に入るには遅いからね。」
「セシルなら僕が拭いて上げるのに。」
「マスター、それなら僕が。」
「君たちに任せると時間が掛るだろう。それとコウはマスター呼びは禁止だ。今度呼ぶと従者の契約を破棄するから。」
「はい。了解シマシタ。」
「セシル、彼らをどうするの?騎士団には連れて行けないだろう。」
「それが、、、。」
「僕たちも入団試験を受けます。前日まで申し込み可でしたから。」
「げぇー。あなたたちも入団試験受けるの?」
「「はい。」」
「兄さまは災難ね。そうだ。コウとヨウは娼館イブに引っ越すの?今日イブさんが来ていたわよ。」
「はぁ?なんでだよ。とりあえずの主。」
「引っ越す訳ないでしょ!一回試したけどセシルの方が100良い。あんなものに1銀貨はないよ。」
「それって高いの?安いの?ロー先生は分かる?(1銀貨≒1万円くらい)」
「おれ、私は、そう言った所に行ったことがないが。高級娼館では紹介者アリで20銀貨くらいからと聞いたことがあるから、安いって言えば安いかな。」
「ふーん。」
「本当に行った事がないからな、ジーン。」
「いえ、別にロー先生を疑ってないですよ。モテていそうだし。パンの値段と比べて、でも比べるものじゃないなと思っていただけです。」
「そ、そうか、ハハハ。そうだ、トニー。ヴィの所へ行く用が出来た。先触れを頼んどいてくれ。」
「はい、畏まりました。」
「とりあえずの主、で、皆は引っ越すの?」
「つうか、コウは、主って呼びたくないなら呼ばないで呉れる? 腹立つから。皆、一律ジーンって呼んでよね。それと引っ越すかどうかは未だ不明。兄さまの部屋に常駐してないで巣に帰れ!」
「これだからガキの嫉妬は。」
「だよね。セシルを自分だけのモノと思ってるし。」
「おい、コウ。ヨウ。ジーンに失礼な言動は許さない。それにオレはジーンのモノだ。君たちは勘違いするな。」
「「ごめんなさい。」」
駄犬シュウも腹立たしいが、このコウヨウコンビも腹立たしい。
18歳と16歳が、10歳の妹相手に嫉妬は辞めて欲しい。妹に勝てる訳にでしょ、フフン。
どうせなら揃って入団段試験落ちてしまえ。
そう言えばコウって18歳だから現在ギリギリの年齢的にはラストチャンスってヤツね。
でも今の騎士団は、実力主義で生れや育ちは問わない筈だから、年齢はあくまでも目安なのだろうな。
生年月日不明の人だっているだろうし。
元騎士のクラークさんや格闘技を教えているトニーさんの評では、兄さまの入団は間違いないと言っていたから心配はしないない。
何て言っても兄さまは女神ルミナスさまのお気に入りだしね。
応援しに行こうかと言ったら、入団希望者同士が戦う一回戦だけ。それに試験会場の人数も多いし、どこで戦ってるか分からないだろうから、家で待って居てくれと言われちまった。
もしかして人混みが苦手ってバレてるのかしら。
私はトニーさんが運んできてくれた林檎ジュースとクラッカーみたいな茶色いケークを齧った。
粉モノを練って成型した日持ちの余りしない物は、どんなものもパンって呼ばれて、加工して日持ちがする物は、ケークと呼ばれている。
チーズやジャムの種類が豊富だから、塩が効いてるケークは中々に美味。
偶に寝起きは、白いご飯を食べたくなるけど、無い物は仕方ない。
それに2年近く飢えていたので、食卓に座って色々と手が出せるのは、拝みたくなる程ありがたい。孤独感を倍増させるアノひもじさを知って居たら、ウンな我儘な気持ちなぞ萎えます。
ポツポツとローランド先生が何か話している声が聞こえた。
「それにしても子供が欲しかったら、やっぱり娼館はだめな気がするよ。 他の男とも寝るだろうし。いや結婚できないわけじゃないが。うーん。やっぱり色々と問題がある気がする。(情報漏洩が特に)」
「あのー、ロー先生。あんまり真剣に悩まなくても良いと思います。所詮は駄犬シュウの言葉ですし、。」
(きっとヤリたいだけだと駄犬たちに思ってしまうのは勘繰り過ぎかなあ。まあ資金の問題が在るし、そこら辺で馬脚を現す時は現すだろう。うん。)
「ローランド様、ヴィさんからお待ちしていると返答があったようです。」
「ああ、分かった、ありがとう。では、私はヴィの所へ行ってくるよ。ジーンはどうするかい?」
「流石にもう寝ます。お腹も一杯になったし。」
「そうか、おやすみ。良い夢を。皆もおやすみ。」
「ロー先生、いってらっしゃい、お気をつけて。」
「ああ、ありがとう。」
「「「いってらっしゃい。」」」
ローランド先生は、気だるげにソファーから立ち上がり、私に微笑みかけてから、気を取り直すようにコートを羽織り、スタスタとドアへと歩き出した。
私は、ローランド先生を見送り、兄さまにお休みの挨拶をした。
兄さまは優しく私の肩を引き寄せ、頬を合わせて呉れた時に首筋が見え、キスマークが幾つも並んでいるのを見てしまったけど、良い子の私は見ない振りをして、サロンを後にした。




