黒の一族③
《1》
ローランド先生から誘われ二階の窓から外を見上げれば、夜空が群青色に染まり、くっきりと浮かび上がる黄色の三日月の美しい風景に見とれた。
冬の青い夜は〔星月夜〕と呼ばれている。
そして階下の小径で青い夜の静けさと不似合いな動きをしている奴を見付けてしまった。
「あぁ。アレは。いつものか。」
「はい、駄犬のシュウが、すいません。」
ブラウニー医院(診察室裏)の南側に隣接した屋敷(隣家もブラウニー医院の持ち家)との間には、人独りがやっと通れる袋小路の小径がある。
昼間でも人通りがないその小径は、駄犬シュウとリクのメス犬とのサカり場となっているのを先日目撃して知った。
いや別に駄犬共が誰とサカろうが良いのだ。
私の部屋から見えない、と言うか、私が目にしない場所なら。
肩を落として項垂れている私の背中を軽く叩いて、小さなティーテーブルが置かれた場所へローランド先生は、慰めるように誘った。
テーブルと揃いの椅子に腰をおろして向かい合い、二人同時に小さく息を吐き出した。
現在、黒の一族はブラウニー医院の2軒先の屋敷で、ヴィさん(王弟殿下)からの指令の元、王都での暮らし方の特訓中である。 ローランド先生が兄さまと私に用意してくれていた家で、この地区の屋敷にしては広い。
二軒と言っても隣家はブラウニー医院と繋がっていて、西隣の一軒は、セオドア叔父さま一家が住んでいる。
王都で暮らし始めて2ケ月弱、里で読み書きを知らずにいた彼らだったが、恐ろしい勢いで知識を習得していった。
そう、知識は。
女性たちと12歳未満の人たちは良いのだ。(彼女らは、南に隣接した屋敷で生活していた。)
近親間での性行為をヴィーさんが禁止した為、9人の女性たちの保護を目的としている。 驚いたことにそれを一番喜んでいたのは、彼女たちだった。
シュウの姉(同腹はキョウダイなのだとか)であるメイは、嬉々とした笑顔で私たちに喋る。
「13歳の初夜式でリクを選んだのは、性格の悪い弟のシュウとは、絶対したくなかったから。リクは、一年間懐妊しなかったワタシとの仮初婚期間が終わっても隙を見つけると襲って来るし、夜は新しい仮初婚の夫ともエッチしないといけないし。結局、リクを言入れて3人の仮初婚の相手とヤっていて、本当にしんどかった。 王都に来てから仮初婚が無くなったし、あんな絶倫野郎たちからも解放されたし、夜に安眠出来るって最高ですよね。」
塩以外完全自給自足の里での生活は、女性の労働力は必要不可欠。
女性は13歳になると家を与えられて、通ってくる夫?を迎える。
懐妊させやすくする里での秘儀を全身全霊を使ってくる夫に必ず失神させられ、翌朝朦朧としたまま、家を整える掃除から始まり、洗濯、そして集落近くの菜園のダンモやニジなどの世話をし、里の全員で食事の準備、食事、片付け。その後は、日によって違うが薬草を干したり、刻んだり(調薬は男の仕事)、近場の山から植物の蔓や日常生活に必要な素材採取をしていると直ぐに夜になる。
通婚の儀一年目は、未だましだった。相手はリクのみだから。
懐妊しなかった二年目からは、夜は夫(リクの兄弟)朝や午後は、リクが作業をしている所を襲ってくる。 メイも物理で反撃するがリクに適う筈も無く、家事の合間に戦闘を行う日々だったと遠い目をして語っていた。「夜は夜で眠れないし。」
そう言えばシュウは「姉のメイは病弱で。」って話していたのだったが。
確かにメイは、細身で生気のない青白い顔色をした。
痛んだ油っ気のない長い黒髪をシュウたちと同じように後ろで1つ括りに結んでいるメイの姿は、妙に目へと留まった。
でも思い返せば9人の女性たちは、皆、疲れ果て生気のない様子だったような。
てっきり里が襲撃に在ったショックのせいだと思っていた。(勿論、長や年長者と呼ばれる方々が殺されたショックは当然あっただろうけど。)
「もうあんな野獣共の顔なんて見たくないわ。」
と、メイは吐き捨てるように言い放ち、シュウとリクたちをゴミを見るような目で睨んでいた。
サロンで、姉弟と恋人(とシュウが思っていた。)リクを呼び、場を設けたのはヴィさんとローランド先生の心使い。
女性と男性の住む場所を分け、どう考えても血が繋がっている恋人同士を別れさせる決断をしたことへの詫びのつもりで。
聞いていたのは、ヴィさんとローランド先生、兄さまと私。
黒の一族の野獣実態に唖然としている私たちを尻目に「何が悪いのか分からん。」と呟き合うシュウとリク。この件以来ヴィさんは、徹底的した黒の一族の男女分離化計画を遂行した。
すると王都の女性から見ると、痩せすぎだと思えていた彼女たちの肉体は少しづつふっくらとして、頬にも血の気が差してきた。
それまで彼女たちは、そうすることが当たり前で何の疑問も抱かず受けれて生きて来た。
そうして王都の慣習や考え方を学びを得た彼女たちは、、、。
「あいつらはやっぱりイカレてたのね。あのゴミ虫変態どもっ!!野獣死すべしっ!」
そう吠えて一致団結しているらしい。
今の彼女たちの夢は、自分が選んだ男性との間に子供を儲けること。
恋や結婚を夢みないのは、彼女たちがやはり黒の一族なのだなと再認識させられたのだった。
問題は、黒の一族の男どもだ。
発端は兄さまだと言うのが、頭の痛い所。
兄さまとコウとヨウが房事を行えるコトを知り、彼らは浮足立った。
何故なら長らく里では、黒の一族は他の一族の者と交わることが出来ないと教わっていたからだ。
「此れは一大事」と言うことで男衆が集まり話し合った。
そして次期長のシュウと友人リクは、皆の期待を一身に受け、他部族の娘と房事が行えるのか検証実験の為、街に繰り出した。
懐には山小屋の死体からパクった小袋が二つ。銀貨21枚と19枚が皮の小袋に入っていた。
シュウたちは、ブラウニー医院で下働きをしている赤毛のライに娘が集まって居そうな場所を尋ねた。
変な所で察しの良いライは、若い野郎が2人で思いつめた顔付をして訊ねてきた内容が内容だ。此れは娼館の場所を聞いて居るのだとピンときてしまった。
王都の裏稼業を渡り歩いてきたライは、娼館に娘たちを卸して来たこともあり、その手の店については詳しかった。
その中の一軒〔イブ〕の女主人は、気風も良く金払いも良い、そして娼婦にも目を配る。おまけにややこしい後ろ盾も付いていない。 本当は居るのかも知れないがライの知る限り表に出て来た事もない。
自分と同じように〔お嬢〕から助け出された坊主たちを下手な所へ紹介出来ない。 紹介するなら〔イブ〕がピッタリだろうと思い、シュウたちを連れてホーステッド通り通りを東に進み、少し狭い通りを2つ過ぎて、南へ暫く歩を進め、馬車が通れない小径の脇に立っている娼館へ連れて行き、女主人のイブにシュウたちを紹介して、ライはブラウニー医院へと意気揚々と戻って来た。「いい仕事をしたぜ。」
大任を果たしたシュウとリクは、夕食前に無事帰還した。
そして何ら問題なく房事が遂行可能だったコトを期待に満ちた表情で、報告を待つ男衆たちに高らかに伝えた。
「「「「「「おおおおおぉぉぉぉぉーー!!!!!」」」」」」
男衆たちの歓声とどよめきが起きた。
「「王都の娘は素晴らしかった。」」
シュウとリクは目を瞑り、噛み締め、味わうように語った。
「まず柔らかい。ムニムニのフワフワだ。指が手がムニムニフワフワに包まれる。そして彼女たちは武器を隠し持って居ないし、隙を見せても反撃してこない。後、王都の娘は感じやすくて、体力を全く使わず懐妊させやすい絶頂に達する。緊迫しない分、オスとしての快楽を堪能が出来た。」
「それは俺もだ。シュウ。」
「「「なんと!素晴らしい!羨ましいぞ!」」」
騒がしい男衆を宥めるように右手を出して、彼らの騒ぎをシュウは制した。
「ただ問題が2つ。」
「1つ目は、娘たちの相手が我ら一族だけでは無い為、他族の者たちの子を宿してしまう可能性が高い。」
「2つ目は、娘と交わる為には銀貨が大量に必要になる。俺とリクは各銀貨5枚。計10枚使用した。残りの銀貨は30枚。頭のイブに尋ねたら、基本は1時間で銀貨1枚と言われた。1時間では足りないと話し、集合時間までの時間を告げると追加で銀貨4枚渡さねばならなかった。一応、お前たちには銀貨1枚づつ渡して置くので、味わいたい奴は言って呉れ。場所を教える。」
「「「「おおおー!」」」
そして彼らは、娼館の費用を稼ぐ為、王都に在る王領や公爵領の森や林へと狩りに出掛けるようになった。
それが問題となるのは、もう少し先の話。
娼館通いと並行して(銀貨節約の為)彼らは、上は三十路過ぎ、下は十代の女性たちをハントし始めた。
勿論、ガールハントに於ける禁止事項をヴィーさんは作って、黒の一族へ告知した。
1)女性が拒否したら性交、または準じる行為を行わない。
2)既婚女性を誘わない。
3)16歳未満の女性と性交は同意があっても不可。
2番目を付け足したのはロニーパン屋さんの娘ケイトさんの姉(既婚)に数人奴らが言い寄っていたから。バインバインユッサユッサのケイトさんの姉は、ボインボインプルンプルンとしたお胸です。羨ましいことに。
里で引き籠っていた奴らの癖に対人能力バリ高。
山奥に住んでいて都会で暮らし始めたドジっ子イケメンのポジションを武器に勉強の合間にハントな日々。
懐妊させるのが目的の奴らこそ、とっとと仕事を探して結婚すれば良いのに。
私のイケメンフィルターの基準値が兄さまなので、奴らがイケメン集団とか言われると「ええー!」ってモノ申したくなる。
奴らは、そこそこに整っているとか、ほどほどに整っている位だと思う。
そしてクソ寒い2月のムーディーな青い夜に下の小径でコトをイタしていた駄犬シュウ。
「もうヤダ。あのエロ駄犬。本当にシュウとリクを雇っちゃうのですか?ロー先生。」
「まあ、一応は禁止事項を守って居るし。それに彼らへ貸し出して居る屋敷には、女性の連れ込みを禁止しているからね。 衛士に捕まらないレベルならジーンも大目に見て上げよう。」
そうなのだ。
来月、兄さまが騎士団の入団試験を受け、合格したら寮で暮らし始めるので、私の護衛としてシュウとリクを雇うことになったのだ。
シュウたっての希望によって。
私の意志?「ハッハハっ」 乾いた笑いしか出ない。
私が例のスキルを使ったと知れたら、商売を邪魔された組織が報復と見せしめに動くこと請け合いとヴィさんが脅したので、兄さまとロー先生が手を結び、決定事項として二人の護衛が決まった。
で、いつの間にか〔お嬢〕呼び。
主呼びを拒否し捲くってたら、ライを真似て「お嬢」と呼ぶようになった。
「どうせならメイさんたちと一緒に王城勤務をすれば良かったのに。」
そう。
黒の一族の女性陣は、王城で下働きとして勤めることになった。
元々、里で家事などを熟していた為、城での面談後、無事に就職が決まり、3月からは配属先に。 黒髪美少女隊の出陣です。 涼し気な目をした黒髪黒目のスレンダーな美少女たちは、きっとお城でもモテちゃうと思う。 ダメンズから解放された彼女たちの未来は明るいハズ。
「だからそれはメイが一番嫌がる事でしょう?ジーン。」
「そうでした。男どもは使えませんね。エロいだけで。」
「そんなことはないけどね。ジーンは、コウとヨウにセシルを盗られたから彼らに手厳しいのだね。」
「違いますっ!客観的事実で・・・そ、それに兄さまが同意していることなら良いんです。」
「そう?」
「はい。そうです。」
「ふふっ。でも彼らのスキルは凄いから、それについてヴィーは検証させているんだよ。今まで知られて居なかったスキルでもあるしね。特に影糸は面白い。ひとりひとりが違うんだよ。それを始めて会ったあの日、ヨウに目を付けたセシルは流石だと思うよ。 身体能力も高いしね。」
「ホント、今まで対人戦に他国から利用されなくて良かったよ。」
ジーンに聞こえないようにローランドはボソリと呟いた。
もう一杯カモミールティーを注ごうと白いティーポットの取っ手に指を掛け、左手で底を抑えて持ち上げれば、軽くなっていた。
「ロー先生。新しいお茶を入れて来ますね。」
「ああ、私も行こう。どうせならカップごと新しくしよう。厨房に下げる分は持って行くから。」
「でも、悪いっ・・・」
トントンとドアをノックする音に私の言葉が遮られた。
「お嬢、お嬢!急用!!!」
それは駄犬シュウの声だった。
珍しく強張りを帯びた声は、ろくでもない揉めごとをワンと咥えてきた予感を感じさせた。




