黒の一族②
《1》
酒談義から閨談義へと酔っぱらったモリが調子付いた頃、シュウが赤い目をして影のスキルを解き、元いたソファーの前で立ち、サロンのアルコール臭に鼻頭を指でよせた。
「臭いっ!」
「「「お帰りシュウ。」」」
合図をしたわけでもないのに私たちは、一斉にシュウへ出迎えの声を掛けた。
「お、おう。ただいま。」
私は場の空気を読まず、先程、決めたことを告げた。
「明日の朝、シュウが居た山小屋迄飛んでみます。 そこから黒の一族の里まで行って状況を確認して来ようと思います。 連れて行ける同行者は独りなので、里への道を知っている次期長のシュウに頼みたいのですが、良いですか。」
「当たり前です、主。」
「駄目だ、ジーン。もし誰かいたらどうするのだ!」
「居ないと思いますよ。〔罪科の秤〕を使ったので。」
「しかしそれでも麓の村に仲間たちがいたら。」
「うーん。山小屋って山の中腹辺りにあったり、〔女神の救済〕を使って光ったもう一ヶ所は、山小屋から離れた高い山々だったから見張るのは難しいと思うの。」
真っ暗だったけど遠くで光った大きなドーム型の白光。
見張りが居たとしても殲滅されているだろう。
それに収容所などの閉じられた場所でない里での女神スキルの発動だったから、状況を確認して置きたかった。
14歳の彼に親しい里の皆の亡骸を見せてしまうことは残酷だと思うけれど、「当たり前」と強い意志を宿したシュウの眼差しを信じたい。
問題は兄さまなのよね。
そう言えば、本来兄さまだってローランド先生と玄関ホールに居ても可笑しくないのにサロンへ来ないなんてどうしたのだろう?
ローランド先生も兄さまについて何も言わなし。
こういう時なら「セシルを呼んで話し合おう。」って言うはずなのに。
「あのぉ、ローランド先生。兄さまは、未だ玄関ホールですか?」
「い、いや、セシルは今ちょっと、、、。」
「ふぅぅ、暑い。セシルって主の兄だったの?」
「はい。似て居ませんが、正真正銘の兄妹ですよ。モリは酔っ払ってますね。」
「あっ、あの極上の美形な男性かぁ。セシルって人ならコウとヨウ2人と意気投合して、三人でホールから出てったと思う。俺たちが此の部屋に来る30分位前だった、なっ?モリ。」
「そうそう。一族以外の人間とアレが出来るんだと、シュウたちと驚いてた所だったんだ。主が来る前。」
えっ!
まさか!?
私は真偽を確かめる為、ローランド先生の青い両眼をジッと凝視した。
若しや此の黒の一族が兄さまを無理矢理に、そんなことをしたら如何してくれようか。
「ジーン、違うから。ちょっと目が怖いよ。無理矢理とか無いから。先ず、そんなことは僕が許さない。大体あのセシルが、無理矢理なんてこと許す筈ないだろう。 合意の上で話を受けた。」
「もしや兄さまは、一目で恋に落ちたとか?」
「はぁ、セシルが、そんな夢見がちな少年だと思って居るのかい。全くジーンは。」
「だって未だ13歳なのですよ。兄さまはっ!」
「「13歳!!」」
「そうです!なりは大きいですけど、幼気な少年ですよ!」
────ジーンのその言葉を受け、シュウとモリ、そしてローランドは、ホールでの情景を思い返していた。
コウが、セシルの首に腕を回して口づけを求めると、慣れた様子でコウを引き寄せ唇を重ね、舌を絡ませ、セシルは百戦錬磨のコウをウットリさせていた。
幼気って何だと3人三様に自問自答してしまった────。
「まあ、セシルが幼気かどうかは置いて於いて、彼は影スキルに興味を示し、身体を合わせる事で影渡りを体験できるかもと納得し、コウの話に乗ったのだ。 そこで近くに居た影糸使いのヨウが、セシルには影糸を扱える気配を感じると言い寄って、その話にも乗り、3人でセシルの部屋に向かったのだ。 止める私にセシルは、ジーンを守る手段が増えるかも知れません。ですので先生は、見守っていて下さいと言い切った。 私にセシルを止められると思うかい?ジーン。」
「イエ、オモイマセン。」
兄さまは、元騎士のクラークさんと剣の鍛錬を始めて怒涛の強さを見せるようになった。
生家で、剣指南役だったトリストのキモブタ脳筋野郎に甚振られ続けていたのが噓のよう。 能ある鷹は爪を隠す、て言うより完璧に隠し過ぎていた。
兄さまがクラークさんの膝を着かせた様を見て、「女神ルミナスさま、寵愛が過ぎます。」と私は小さく独り言ちた。
身体強化常時発動ってヤバいことだったのだなと思い知らされた。
ローランド先生は、剣を嗜まれるらしいのだけど「完膚なきまでに遣られる図しか見えないからセシルとは打ち合わない。」と私とトニーさんに男らしく宣言した。
私としては、兄さまの意に沿わぬ無理を此れ以上して欲しくなかった。
折角、地獄のような家から解放され、なりたい騎士の道を目指せるのだ。 兄さまには、誰に気兼ねすることなく騎士の道へと邁進して貰いたいのに。
まあ、こんなややこしいスキルを与えられた為、兄さまの心配が尽きないのも分かるけど、駄女神ルミナスさまが気を利かせて、おニューにリニューアルしてくれた身体を大切にして欲しかった。
それに此の女神スキルは、兄さまを助け、今世で一度死んでいた私を生き返らせてくれた女神ルミナスさまへの恩返しだもの。 余り兄さまに気を病んで欲しくないのにな。
兄さまを説得する方法を・・・。
サロンの長椅子で静かになったジーンは、いつの間にか瞼を閉じて微睡み始めていた。
《2》
不慣れな匂いと筋肉質な胸板と腕の感触で驚き私は目を開いた。
私は、腕枕をしている、目の前の存在をマジマジと見た。
キラリと光った黒曜石の瞳を私の視線に合わせた彼はシュウだった。
「シュウは何で私のベットに寝てるの?」
「おはようございます、主。それは向うに着いたら影渡りで里へ行く為かな。歩くと時間が掛る。 本当は色々主と試したかったのだけどな。ロー先生が駄目だって。主が早く13歳になるといいね。」
「ふざけるな!大体、私は瞬間移動があるのよ。方向と目印さえキチンと教えて呉れれば、直ぐに着くの。 このエロガキ、エロ犬。」
「ぷっ。主にガキって言われた。」
「それと主は呼び禁止だってば。」
爽やかな朝の目覚めを感じる間もなく、私は腹立ち紛れにベットと部屋からシュウを叩き出した。
ネル地の夜着から目の積んだウールのビスケット色のワンピースを着て、純白のてるてる坊主マントを羽織り、生成りの長いソックスに女神のサンダルを履き、防寒対策もバッチリ。
部屋のドアの前で待てをしていたシュウを部屋に呼び入れ、瞬間移動を使った。
自分の意志でスキルを使えることにちょっぴし感動。
曇天の下、山の中腹は、針葉樹と落葉樹が入り混じった木々が生えて、山小屋の周囲を囲んでいた。
「ああー、此れ俺たちの足跡じゃない物が残っている。成人の儀じゃない時は、使わないから気付かなかった。ほら其処の獣道みたいな所を下って行くと麓迄行けるんだ。」
「あれって道なの?」
「一応ね。」
シュウによると、今は冬なので雪さえ降らなければ行き来がし易いとか。
私は念の為シュウと山小屋へと入った。
窓は木の板で封じられていたが、木々を組んで作られた山小屋は、あちらこちらから外の光が入って来ていて暗いけど、何とか視界は保たれていた。
直ぐにシュウが囚われていた場所に着いた。
其処には、ゴロツキ風の男が3人倒れていた。
存在自体が生命力を発して居なかったので死体だなと確認が出来た。
傷も苦悶の表情もない綺麗な死体だ。
シュウが死体の男たちを調べて、ちゃっかり金の入った小袋とこの辺りの略図を書いた物を見つけたので、持って行って貰うことにした。
そして外に出て淀みのない空気を冷たさと共に吸い込んで、シュウの指さす巨木迄飛び、そんなことを二度繰り返して、里の中央へと降り立った。
一軒大きな土壁と木材で作られた屋敷があった。
その屋敷を二方向から囲むように小さな木造の焼けて燻った家の残骸が並び、家々や広場、そして山へ向かうために均した道にも鬱陶しい死体の山。
どうやら北の隣国から尾根伝いの道らしき場所を通って来たそうだ。
土のスキルを使って道を作って来てたとシュウは感情なく話した。
「姿が視えない奴が居て、急に鎖や縄代わりに使っていた蔦に足や腕が絡み取られて捕まった。日がある内なら絶対に負けなかった。それにガキたちを人質に取られたから。」
里で一番に守らなければならないのは、次代に繋ぐ幼い命。
そして捕えられていた30人の若者たち。
シュウが1人で、山小屋に引き摺られて行ったのは、長を助けようとして影スキルを使った所を見られたかららしい。
無残に傷付けられた長や年長者たちの亡骸を目にして息が苦しくなって来た。
「シュウ、ローランド先生に頼んで長たちを弔って貰おう。一先ず帰ろう。ごめんなさい。」
私は、一方的にそう言い放ってシュウに触れブラウニー医院の私の部屋へと飛んだ。
そして血の気の失せているシュウに私の部屋で休んで行くように言い渡し、午前十時前の部屋を出た。
襲撃犯の生存者は0。
スキル持ちすら生存して居なかったのは、自分の意志で堕ちていったからなのか、温情を与えられない程の罪を犯して居たからなのか。
それは分からない。
あの里で外の人とは関わらず、人の世の争いには無縁で、日々自分たちの糧を得、次代を繋ぐことの身に生きて来た人々が、あのような残酷な苦しみを負い、生を終えなければならなかった理由を私も知りたいと思った。
此の暴虐を計画したケダモノを絶対に突き止めて遣ると、怒りが静かに静かに私の血脈へと巡っていった。
《3》
ドアを開いてサロンに入ると、美麗な顔の眉間に皴をよせた不機嫌な兄さまと心配顔のローランド先生、そして何故か王弟殿下、もといヴィさんが無表情でソファーに座って居た。
私は会釈して、そそくさと兄さまの隣へと座った。
もう、この長椅子は、私たち兄妹の指定席ね。
「お帰り、ジーン。いつの間にか出掛けて居たね。」
「少し早く目が覚めたので、サッと。」
「朝の八時に部屋を尋ねたらシュウと消えていた。ジーンと暮らすようになってから心配で私の心臓は弱りっぱなしだよ。」
「ごめんなさい、ローランド先生。それと兄さまも。」
「いやオレは、ジーンが無事なら良い。」
「さて、お前たち3人の朝の語らいは、それ位にしてジーンの話を聴かせて貰おう。」
「はい、はい。」
「生存者は?」
「居ませんでした。ゼロです。」
「襲撃者について何か分かったことは?」
「何者かは分かりませんが、北の隣国から土のスキルを使って山伝に侵入したようだとシュウが言って居ました。此れもシュウの証言ですが、スキル持ちが最低でも3人いたそうです。」
「ふむ。砦の時は、スキル持ちは気絶した者がいたそうだが。」
「(それは女神サマが自分のスキルを使ったからです!)はい。加減が未だ安定しなくて。すみません、ヴィさん。」
「そうか。うむ。確かジーンは未だ10歳だったな。まあ仕方ない。他には?」
「シュウが捕えられていた山小屋から麓へ行く獣道に里の者では無い足跡がありました。それと山小屋で死んでいた襲撃犯が、あの辺りの略図を持って居ました。それは今シュウが持っています。」
「ふむ。やはり計画的だな。長の屋敷に捕らえられた者たちの証言でも襲撃者は150名以上は居たそうだからな。ジーンの報告は以上か?」
「はい。あっ、もう1つ。此れはお願いなのですが、里の者たちの遺体を弔って頂けたらと。 今は襲撃者たちの死体が彼らの近くにあるので何とかしてあげたいと。」
「ああ、それなら騎士団に依頼する予定た。彼らの里の位置も把握できたしな。」
「あ、ありがとうございます。」
「ふっ、ジーンが礼を言うのも変だな。黒の一族は、ロゼット王国民である。ケレス王族や騎士団が弔うのは当たり前で在ろう。 それはそうとジーンが極刑を下した者の死体を見るのは、今回が初めてか?」
「はい、そうです。」
「では、どう感じた?」
「そうですね。綺麗な死体だなと。」
「それだけか?」
「?はい。」
「そうか。先行調査ご苦労だった。朝食でも食べて来るとよい。」
「はい。ありがとうございます。あのう、とても静かなのですが、黒の一族の方々は?」
「ああ、ジーンたちが移る予定だった空き家に移動させた。あの人数がブラウニー医院に居たら可笑しいからな。最近はセシルのお陰で閑古鳥が鳴いていた此処に患者が来るように成ったからな。」
「ヴィ、それはワザとだと知っているだろう?」
「ふっ。そうだったかな。」
「では、ありがとうございました。食事へ行って参ります。ここで私は失礼します。」
「ジーン、オレも行こう。」
「はい、兄さま。」
《3》
二日後、騎士団の高速移動の馬車や荷馬車で黒の一族の者が乗り込み、遺体供養の為に里へと向かった。
連れて行ける人数の数は10名に絞られた。
その前日にヴィンセント王弟殿下は、ヴィとして彼らの元へ赴き、里へ帰るか、王都へ残るかと訊ねた。
摂政を務める王弟殿下として、彼らが使う影スキルは有用と認めた。
しかしスキルが有用と言うだけでは、自分の元に置くことが出来ない。 当然、人としても有能でなければ。
その前に、閉鎖した小さな社会でしか生きて居なかった彼らにロゼット王国の一般的な王国と慣習を学んで貰う必要もある。
義弟のローランドからの報告だと、外部との交わりを絶っていた為に近親婚で里を繋いできたと言う。 里では性に対して大らか過ぎ、悦に対して貪欲だとも追記されていた。
ローのことだから、抑えて書いたのだろう。
そんな彼らを育て行くには、彼ら自身も覚悟を持たせたかった。
里へ帰りたいと思う者では、学びが不要になる。
それ故、近親婚を禁止されても、王都に留まりたいと言う者を求めていた。
結果13歳未満の児童6名を除き、31人全てが王都に留まりたいとの強い意志を見せた。
特に自分たちを救ったジーンの為に生きて行きたいと語るのだ。
出来ることなら、その忠誠心はケレス王家へと捧げて欲しかったが、頼るべきものが殺され、自らは他国へ売られるかも知れないと言う恐怖から救い出した者に向かうのは、自然な成り行きなのだろう。
それと黒の一族には、出身を述べる時には、山の民に者であると答えるように言って置いた。
現在黒の一族と言う言葉が出て来るのは、隣国の山間の僅かな山村と、わが国では北の公爵家に残された古い文書のみであった。
その名を知る者は、今回の襲撃者たちの一味か、黒の一族の里に住まう者たちだけである。
北の公爵が治めている麓の村の者たちは、彼らの事を〔山の民〕と呼んでいた。
一年に一度、高い山々から降りて来て美味しい肉や質の良い毛皮を売り、その金で塩と布地を買って行く身目の良い一団は、村人たちからの人気も高かった。
彼らの事を天狗の末裔だと謳っている者も居た。
後を付いて行こうとしても途中で見失い、彼らの住処が不明なため、そう呼ばれ始めたと言う話だった。
今回の件は彼らにとって最大の不幸であったが、ロゼット王国においては幸いであった。
ジーンが、シュウの助けを呼ぶ声でスキルが発動し彼らを救い、王都へ導いた。
若し何事もなく年を経て居れば、彼らの存在を知ることなく、彼ら自らの掟によって滅んでいたのだろうから。
そして我がロゼット王国も約200年前に、女王陛下の夢見のスキルで外国の王家の血を入れる決断をしなければ、似通った道を辿っていた可能性もある。
彼らは、王都で新たな血を受けれ、先達者のいない街育ちの黒の一族を手探りで、目指して生きて欲しいものだ。
さて、慌ただしいばかりの新年の祝賀祭も無事終えることが出来た。
頭が痛い問題は相変わらずだが。
本当に少し前まで才女だと期待していた我が姪、エレノーラ第一王女。
それが頭痛の種だ。
今年成人になり、婚約者が決まろうとしているのに、昨年捕えた罪人〔グリード〕を自分の側近に加えたいなどと言い始めた。
二度ほど彼と面会してみたが、エレノーラが惹かれる理由が全く理解出来ない。
王配殿下とジョエル宰相にも城内で下手な噂が流れないように注意喚起を促して置いたが、効き目が薄い。
どうしてああなって仕舞ったのかを考えて、ヴィンセント王弟殿下は執務室から、冬晴れの薄青い空を眺めた。




