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憂鬱な駄女神  作者: くろ
10/11

駄犬たちの行方


《1》



 街路のプラタナスやマロニエの葉が芽吹き、ブラウニー医院の周辺の小径や路地裏にはスズカケの木やリンゴの木にも若葉色の葉が枝々を彩り、春の訪れを道行く人々へ知らせていた。

 体感的には未だ冬の名残の寒さを感じるけど、鉛色の薄雲が消え、一雨ごとに空が青くなり、何某か動きたくなるような心の逸りを感じていた。


 それもあって瞬間移動の練習を始めてみた。

 ローランド先生が借りてきてくれた特殊スキル事典の書かれていたスキルアップ法の1つ。

 今までに行ったことのある場所を念じてスキルを使うと目的地に到着する。

 技術と年齢が上がって行けば、使用効果も大きくなる。

 今は、スキル使用者(私)と同行者1人での瞬間移動だけど、記された最高移動人数は騎士団の1部隊全員を目的地へ飛ばせたのだとか。(300人前後)

 スキル使用者が触れた物品を目的地に移動が出来ると記されていた。が、一度に移動出来るのは、使用者の体重と同量だって。現在の私の体重は約30kg。10歳女児の平均より少ない。もっと食べるぞっ!


 練習の同行者は、主にローランド先生。

 次に駄犬シュウなのだ。

 一応、護衛らしいので仕方なく。




 そしてダメンズ集団(黒の一族)は、モリさんを中心に15人が娼館イブへと移転。

 イブさんと契約したヴィさんが私費で借りることになった。

 守秘義務のこととかある為、契約時、イブさんにヴィさんが、ヴィンセント王弟殿下だと身バレさせたそうだ。 それからは非常に素直で大人しい女性へと変身したとローランド先生は話していた。



「ヴィも、彼らの下半身問題に頭を痛めてたそうだから丁度良いと言っていたよ。 唐突に22人の見目の良い若い男性たちがホーステッド通りの一区画を中心にナンパを繰返していたから、噂になりかけていたしね。 王城内の使用していない離宮を改装して彼らの寮にする予定だったらしいが、娼館に移転するなら面倒な手続きと余計な費用が掛からず手間が省けたとヴィは笑っていたよ。 王城内の使用人達にナンパ活動を遣られても困っただろうしね。」


 ゴージャス美女イブさん来訪の翌日、肩の力を抜いてローランド先生は、私に明るい声でヴィさんの下した結果を報告した。


 現在、黒犬屋敷に居るのは3匹。


 駄犬2匹は、私の護衛としてブラウニー医院に。

 そして残る二匹は、入団試験に合格したら兄さまと一緒に騎士見習として騎士団寮へ行く。


 こうして年末からの騒動は、一旦落ち着いた。やっと・・・。




 黒犬たちは、ヴィさんから私の知らない役割を銘々与えられているそうなのだが、それは私の知らない話だった。




《2》



 自分では傲慢に生きて来た自覚は無かった。

 それがイブが急襲して来た夜、、、、。

 切々と語られたシュウの独白によって。思い知らされた。


 知らず知らずに己の価値観を是とし、黒の一族が里で培った価値観を否定していたのだ。

 そして物を知らぬ彼らを無意識に見下していたことにも気付いた。


 黒の一族の起源はいつか。

 彼ら一族がどのような出来事を経て、現在のような思想の元、連綿と時を繋いで来たのか。

 我らロゼットの民と変わらぬ歴史を紡いで来たのではないか。

 約200年前までは、ロゼットの王侯貴族たちも純血主義で近親婚を繰返していたのだ。

 さすがに親子での婚姻は無かったが、キョウダイやいとこ同士での婚姻は当たり前に行われていた。 親子間の近親婚が禁じられたのは、息子と結ばれようとした女王が暴走したことによる。


 黒の一族と我らの違いは、ケレス王家の女王や王女が夢見のスキルを発現するかしないかだろう。

 約200年前の女王が、息女である王女の婚姻相手を夢見のスキルで視た。

 我らの中で、夢見のスキルの力は絶対で、違うことの無い未来である。


 その意識があったから、血統主義の呪縛から我らは解放されたのだ。


 国史を学び、それを知っていた筈なのに。

 知らないことを愚かだと蔑む者にはなりたくないと考えて居たのに。



 俺は悔恨の念を抱き、己に対しての羞恥心で顔を覆い俯かせたまま、口を塞ぎ、独り自戒していた。




 そんな中、一陣の風のようなジーンの涼やかな声が、俺の意識をサロンへと連れ戻してくれた。


 眉尻を僅かに下げ、心配そうな表情で俺の顔をジーンは見る。


 兄のセシル程では無いが、ジーンも表情が動かない少女だった。

 しかし此の頃のジーンは、四カ月近く共に暮らしたお陰か言葉遣いや表情が変わって来た。

 きっとそれは良き変化なのだと俺は信じている。


 偶に「先生のスキルは心を読めるコトじゃないですか?本当は。」と無理に作った笑顔でジーンから問われることがあるが、生憎と俺にそんな便利なスキルの持ち合わせはない。

 俺は唯いつもジーンを見詰めているから分かることもあるのだ。


 トニーからは、「ジーンを見る目付きが妖しいのでお控えください。」と注意されるが。



 愛しきジーンから気持ちを立て直して貰い、王居へと出向いた。そこで娼館イブの件をヴィ(義兄)に話すとあっさり快諾され、俺は若干拍子抜けしたのだった。


 そして黒の一族のリストを見せられた。


 娼館イブへ行った今年25歳になるモリは影渡りが使用出来、此れから加齢により徐々にスキルが使えなくなる恐れがあるそうだ。

 彼には、娼館で彼らのまとめ役とイブとの交渉役を担わせると、その場でヴィが備考欄に追記した。

 その表情は義兄ヴィではなく、摂政ヴィンセント王弟殿下の顔になっていた。


・黒の一族の名の秘匿

・影スキルの秘匿

・ヴィと摂政ヴィンセント王弟殿下の一切の情報秘匿

・ジーンのスキルの秘匿


と、リストの末尾には課せられる秘匿条項を列挙されていた。

 この特殊誓約書にサインされられた時、彼らはケレス王族へ完全に繋がれることとなる。


 ジーンが彼らを黒犬と呼び、半野良と呼んでいたが、言い得て妙だな感心した。

 これで首輪を着けた飼い犬となったのだ。

 ヴィの意識は兎も角これでシーンの守りが強固になると思えば、俺の悔恨も意味があったと考えることにした。


 シュウ以外は、明るい善性の持ち主たちだ。

 此れから比較的容易にロゼット王国へと馴染んで行けるだろう。


 それまで影スキル持ちは8人と報告されていたが、シュウの判断に寄り、モリのスキルの有無が秘されていた。 俺がヴィに先触れを託けた折りに、シュウからヴィへとモリのスキル開示のメモが渡されたそうだ。 シュウからの信頼の無さが浮き彫りにされた気分だった。 仕方がないことではあるが。


 ヴィは、そのリストを指さしながら、右の唇の端を上げ笑みを滲ませて言葉を続けた。


「セシルが、影スキルの片鱗を身に感じるようになったそうだ。 コウとヨウによってね。 まあ私は試したいとも他の人間に試せとも言う気はないが。それに同性同士のそのような関係は、わが国でも大っぴらにされることを好まぬ者の方が多い。 他の国々程、忌避はされておらぬが、それでも臣下たちに試せとは言えぬ。幾ら王族とは言え。」


「まあ、そうですよね。 性癖趣向の問題は政治の埒外でありますからね。 下手に強要などしたら尊厳を傷付けられたと上層部に訴えられかねません。」


「それは困るな。 16歳になるエレノーラと東南の隣国オレンヂ王国のアルスター第一王子との婚約を期に同盟締結がなされる祝事。私事で水を差す訳には行かぬな。」

「とうとう決まったのですね。エレノーラ第一王女殿下が輿入れですか?」

「あの子煩悩な姉上とアルバートが隣国行きなど許すわけあるまい。」

「ではエレノーラ第一王女殿下に夢見のスキルが?16歳ですから、そろそろ発現の時期ですね。」

「いや二人の王女たちは、どちらも未だだ。」

「確かにそれでは他国へエレノーラ第一王女殿下を出せませんね。」


「だが別段王位継承を受けた王女が、必ず夢見のスキルを発現していた訳でもない。 夢見のスキルを持たない女王だっていた。 ただ歴史に名が残って居るのは夢見のスキルにより救国を成した女王だっただけだ。 全く高位貴族の者達なら理解している筈だと言うのにエレノーラやフェリシアにプレッシャーを与え負って。お陰で姉上の機嫌は最悪だ。おまけに砦事件で捕えた首謀者をエレノーラが側近にしたいと言い出す始末。 それが姉上にバレて手に負えない低気圧だ。」


「ふふっ。それはヴィ義兄さんも大変だね。」

「フン!他人事だと思って。 そうそうセシルが寮に行くのと同時にロー(ローランド)へ影糸使いのリクを御前に付けるからなっ!」

「えっ!!それって!」

「下がって良いぞ、ロー。まあ楽しめ、アハハハ。」


 珍しいヴィの笑い声を背中に俺は、摂政執務室を追い出された。

 リクはジーンに付けた護衛だろう。

 先程、影スキルとの強要はしないと、ヴィ自身が口にしていたでは無いですか。


 これでジーンに嫌われでもしたら如何して呉れるのですか。

 ジーンの彼らへの冷たいスタンスは、半端ないのに。

 これって何の罰なのか。


 俺は、日を改めでヴィ義兄さんへ問い質す決意をした。




 さて、三日経ち、娼館の女主人のイブとも契約を成し終え、シュウを始め各個人とも特殊契約を終えた。

 契約を終えたシュウから、不意にボソリと囁かれた。


「俺たちがこの契約にサインしたのは、主であるジーン様が望まれたからです。 努々、それをお忘れなく。」


 背筋がザワリと怖気だった。

 彼を見るといつもの飄々とした15歳の顔付に戻っていた。



《3》



 3月は人事異動の季節。

 王城でも地方の各施設でも。


 それは当然、このブラウニー医院でも。

 セシルたちは騎士団へ行き、ヴィと嫌がらせでリクが俺に付いた。








 3月3日に慎ましやかなジーンの誕生日会を催した。と、言っても「11歳おめでとう!」と祝いの言葉を告げただけの日頃と変わらぬ夕食であったが。

 プレゼントも何もいらないとジーンは頑なに拒否をし、プレゼントを贈られたら家出すると瞬間移動をされそうになった為、セシルと話し合って夕食会のみとなったのだ。

 俺は、無欲過ぎるジーンに感動し、こっそりと陰で涙を拭った。


 セシルは、無表情でジーンの頭を撫で、「オレも誕生日のプレゼントは不要、、、です。正直誕生日の存在ごと消し去りたい。です。」と言った。

 その言葉にジーンはコクリと頷いた。


 そうだった。

 ジーンは、セシルが父親から用意された誕生日プレゼントの話を聴いていたのだった。

 セシルの誕生日祝いだと言って、父親から二人は奴隷商に売られ、その途中で互いが蹂躙されたのだ。あの事件から未だ半年も満たない。 2人が誕生日プレゼントと言う言葉に忌避感を持って当たり前なのだ。 心の傷が癒えるには、未だ未だ時が掛るだろう。


 常日頃、憂う素振りもなく生活している2人を見ていたから、壮絶な暴力の被害者であることを忘れてしまう。

 それでも矢張り言葉にしたかった。


「ジーン生れて来てくれてありがとう。生きていてくれて良かった。ありがとう祝わせてくれて。」


 この言葉は、当然セシルの誕生日に彼へも贈る予定だ。

 きっとこれからも何度でも。


 だから傷が癒えるまで、普通の日々に、プレゼントを贈ろう。

 目についたもの、美味しかったもの、似合いそうなものをいっぱいいっぱい。


 ジーンの11歳記念の夕食会の出席者は、ジーン、セシル、俺の3人だ。此れもジーンの希望によるもの。 「駄犬たちやライは邪魔なの。」って言う、俺のお姫様の命令は、絶対なのだ。




 そして七日後。


 当然のようにセシルは騎士団への入団を果たした。


 ついでにコウとヨウも。

「ちっ!」とジーンの可愛い舌打ちも俺は聞いていない、、、、、。



 入団手続き後、帰宅したセシルに珍しくジーンは燥いで、喜びを露わにした。

 セシルは、数か月ぶりに綺麗な青い瞳を潤ませて、喜ぶジーンを両腕で抱え上げて「ありがとう。」と伝えていた。


 一頻りセシルとの健闘を称えるとジーンは玄関ホールのテーブルに置いていた包みを照れ臭そうに手渡した。

 広げられた水色のハンカチにはセシルのイニシャルを金糸で刺繍されていた。

 驚くセシルにジーンは頬を赤らめ、小さな声で、、、。


「ケイトさんから教わったの。怪我をしませんようにって。時間が無くてこんなので・・・」

「ありがとう。オレの一番の宝物が出来た。ジーンだと思って一生大事にする。」

「いえ兄さま、使ってね。絶対!約束よ?」

「、、、、。」



 ああセシルは絶対に使わないだろうなぁー。

 俺だってジーンから貰ったら額縁に飾って使わない自信があるからね。



 そんな穏やかな一時を過ごし、明日の朝から騎士団寮へセシルは入寮することをジーンに告げた。

 ついでにコウとヨウも。


 今日から入寮した奴らも居たらしいけど、王都内に実家のある者や入団試験の為、宿に宿泊していた連中は、騎士団演習所で現地解散したそうだ。


 騎士見習の新兵の間は、5日に1度の休息日があり、騎士になると三日に1度の休息日が貰える。 騎士になると休息日が増えるように思えるが、任務に寄り変則的になる。遅番勤務などもあり休息日は、実質不定期になる。 また部外者にシフトを他言できない為、予定を立てにくい。


 その為か未婚者や離婚者がソコソコいるそうだ。


 騎士となり名誉を得るが、独り身の寂しさも得れると言う下町で囁かれる笑い話。


 それでも貴族や特殊スキル持ちで無い平民が目指さるエリートコースではある。

 当然平民だけでなく、貴族の次男以降は騎士を目指す者が多い。

 

 忠誠心は王族に捧げ、慈悲の心は民へと捧げるのだ。



 そんな彼らが手にするのは、地方の一般的な男爵の一年分と同じくらいの収入が騎士の年棒であったり。 役職が付くとさらに加算される。

 王城での正式なパーティーへと招待される栄誉にも浴する。

 名誉で在ったりする。


 セシルがどのような騎士を目指しているか、だいたい予想が付くけれど、ただまあ強さを競い合いながらも、新たに良き出会いが或る事を祈らずにはいられない。

 7歳の頃から知る彼が、大きな転機を経て、屈託なく笑える日々をジーンの言う女神様にもう一度祈り、願う。


 玄関ホールで短い別れを惜しみ、互いに目を合わせ合う、10歳の少女と13歳の少年に健康と幸を俺は、もう一度願って、ジーンと一緒にセシルたちを見送った。




 3月は出会いと別れの季節だ。




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