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憂鬱な駄女神  作者: くろ
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北の古城の特殊監獄


《1》


騎士団本部にジョエル宰相から通信が入り、急遽、友人である騎士団長のガウェル・ベンウィックは、王居近くに在る宰相室へと急いで向かった。

ガウェルが、騎士団長室を留守にしている間、〔僕〕は団長室で彼の替りを務めることにした。


息子のアーサーと暮らし始めて、昔のように一人称を〔わたし〕から〔僕〕に戻すことにした。 理由は気取らずにアーサーと素で話したいのもあるが、彼が頑張って〔オレ〕を〔ボク〕と言い直してるのを耳にして、何となく一緒に同じように話したくなったのだ。


本当に久しぶりかな。 家に帰るという感覚は、、、12年ぶりくらいか。 仕事を終えると副団長室を退出して、アーサーの居る自分の邸に戻っていくという生活は、、、。 それまで仕事を終えてもずっと副団長室に居て騎士団に常駐していたからね。 引っ越しの時は、意外と多くの私物が副団長室に仕舞い込まれていて、僕自身驚いたし、友人のガウェルにも驚かれた。


「意外だな。 ニコラスは余り物を溜め込むタイプに思えなかったのだがな。」

「いやホントに、僕もだよ。アッハハハ。 悪いなガウェル、手伝ってもらって。 それにセシル、コウとヨウも。」


ご近所さんになる縁という事で、僕から頼み込み、セシルたちに引っ越しの荷物運びを手伝って貰った。職権乱用だとガウェルに怒られるかと思ったが、「セシルたちのことも頼むぞ。」と、騎士団長のガウェルではなく父親の顔で頼まれてしまった。 「勿論そのつもりさ。アーサーの良い先輩になりそうだしな。」僕はそうガウェルに笑って答えた。


セシルはマナ(魔力)量だけでなく剣技の才も素晴らしい。 正に才能の塊というのはセシルのような子を指すのだろう。 若く飛び抜けて美しくそして才もある。 彼のような存在に目が眩む人がこれからもっと増えて行くだろう。 騎士団の中でさえセシルに目が眩んでしまっている者が、極稀に居る位だ。 悪意でない視線には殆ど無関心なセシルを見掛けると心配になってしまう。 コウとヨウがそれとなく良い防波堤を努めてくれているのだが。 これから騎士となれば、セシルはもっと様々な人達の目に留まるだろう。 年配者になる僕やガウェルは、彼の無関心さをツイツイ心配してしまうのだ。 セシルには何に気兼ねすることなくこの場所で才を伸ばして欲しいと願いながら。



そんなことを考えて居た所為か、先日、ジョエル宰相から「違法薬物使用でザカリー・テェズニーを捕縛せよ。」との通達があり、騎士団長のガウェルと一緒に驚愕したのだ。

直ぐにザカリー在住のタイムの町へ部隊を派遣して捕縛に向かわせた。 その時協力してくれたのが、王弟殿下から〔黒犬〕と呼ばれている者たちだった。 ───王居で若い里長と出会い「黒髪黒目で仕草も犬っぽいだろ?」と王弟殿下から紹介されたことがあった。 仕草が犬っぽいかどうか僕には分からないが、彼らの里長が主人と認めて居るのは、セシルの妹ジーンだけらしい。 そして彼らを〔黒犬〕と命名したのはジーンという話だ。────


ザカリーの捕縛協力者は、黒犬と呼ばれる者の内の2人、スイ氏とセン氏だと事情聴取した騎士は云った。


二人はザカリーに尋ねたい事があり、彼の部屋に向かうと禁止薬物〔リヘブン〕の匂いがしたため、ザカリーが心配になり3階建ての部屋を探し回った。すると地下に作られた部屋で10歳位の少年を組み敷いてるザカリーを見つけた。 邪魔されたことで暴れ出したザカリーから少年と自分たちの身を守る為に一旦意識を奪って少年に事情を聞いた。


スイ氏から「オクトー」と呼ばれていた少年は、どうやら此のロゼット王国で、奴隷用として育てられていたという話だった。「「何というコトだ!」」ガウェルと僕は報告を聴きながら同時に叫んだ。 隣国の岩の砦で、奴隷売買に関与していた者の多くの不審死。 そして黒犬と呼ばれている彼らの里の襲撃者の類似した一斉の不審死が起こって以降、下層民区ですら奴隷商の風体をした者達の目撃者の話を耳にしなくなったのに。頭の痛い問題が1つ我々の前に露わになってしまった。


そしてオクトー(仮)に会いに行くと、確かにセシルと面立ちが似ていた。

髪色はセシルが金で、オクトーが黒と全く違い、目は色調の違う青だったが、顔形が良く似ていた。 きっと10歳頃のセシルはオクトーのような綺麗な見目の少年だったのだろうと僕たちは思った。 オクトーは親や親族に会った事がなく、『ロード』と呼ばれていた男性と数人のマスターと呼ばれる男たちと『ロッジ』で育ったらしい。オクトーや他の少年達はザカリーにされるような事はされなかったらしいが、今思えば少女たちは襲われていたと話した。 その無感情な話し方は、益々セシルを彷彿させられた。


王弟殿下から、オクトーの話をセシルやジーンに尋ねることは暫く待って欲しいと、我々に申し入れがあった。 勿論、騎士団長のガウェルや僕に否はなかった。 昨年の砦事件が起きた11月から今は9月、、、まだ約十ヶ月しか時を経ていない。 しかも今回捕縛されたのは、あのザカリー・テェズニーなのだ。 しかも犯されて居たのが、セシルに似た少年等と聞けば、セシル兄妹たちにとって悪夢でしかないだろう。


オクトーから聞かされた話をスイ氏が纏めた物を読むと、ザカリー・テェズニーは家庭教師で教えた10歳のシオドア・バローズに一方的に熱を上げ、一ヶ月も経たない間に首にされたらしい。 そこから少年達にとって碌でも無いザカリー・テェズニーと云う家庭教師が出来たようだとスイ氏は纏めていた。

豊かな平民の教え子たちに対する性的虐待で訴えられ、王命で王都からの退去命令が出された。  被害児童が平民だったから、テェズニー伯爵家からの陳謝と賠償で、ザカリーは鉱山送りの罰を免れられたのだろう。 14~15年前なら貴族が平民に対して行った罪には、未だ甘かった頃だった筈だ。


それから暫くしてザカリーは、シオドア・バローズ子爵と再会した。

ザカリーにとっては運命の再会だった。

シオドアが望む様にシオドアの偽物であるセシルを罰し、それを見て褒めてくれたシオドアの慈悲深さや美しさをザカリーはオクトーに延々と語ったそうだ。 スイ氏からの但し書きに、この時点で〔リヘブン〕の末期症状が出初めていたのだろうと云うことだった。


そしてザカリーが目覚めそうだった為、面倒事を避けようと強めの睡眠薬をスイ氏は摂取させた。 そのお陰で、未だに深い眠りからザカリーは戻っていない。

末期に成ると他傷自傷行動が激しく顕著になる為、睡眠薬か眠りのスキルを使う以外方法が無いのも、〔リヘブン〕がロゼット王国で禁止薬物に指定された大きな理由の1つでもある。


オクトーという少年の身体にある局所的な裂傷を現在回復スキルを持つ騎士が治療していた。


僕は遣り切れなさに溜息を吐いた。

そして暫くすると騎士団長のガウェルが、慌しい足音で扉の開かれた騎士団長室へと、ジョエル宰相の元から戻ってきた。


そして僕の顔を見るなり、覇気を強く発し厳めしい顔の眉と眦を吊り上げて、唸るような声で告げた。



「トリスト・ゴブリンが王都へ舞い戻っていた。王命違反だ! 直ぐに9番隊と10番隊に集合命令だ。今度こそ、絶対にトリスト・ゴブリンを罪から逃さないぞ。やるぞっ!ニコラス!!」

「、、、、、っ!!応っ!」









《2》





二人の男の待ち人が、今日、騎士団から北の特殊監獄に送られて来た。


儀式めいた気配を纏い、黒の礼装で、ヴィンセント王弟殿下と薬師セオドア・ハーパーが案内された監獄へと向かい、幼気のないセシルとジーンに彼らは思いを馳せて、恙ない祭事の終わりを静かに願っていた。




「この世でわたしが、どうしても許せない事が3つある。 その1つは君のような淀み腐った人間が、未来ある子供たちに自己の勝手な劣情をブツけ、その未来ごと腐らせ地に落とそうとすることだ。 きっとジーンが今回の事を知ったら、〔罪科の秤〕を使い君をザカリー、、、穢れ切った君を殺しに来そうな気がするのだよ。 君なんかにね。 ジーンが、殺意を向ける価値など一片も無いと云うのにね。 わたし自身の手で君に毒を盛っても良かったのだが、、、。」


「王弟殿下が、そのような事をなさっては駄目ですよ。 何のために僕を飼っているのですか。 それに大切な甥のセシルを甚振り続けたコイツを罰するのは、叔父の僕の役目でしょう。 セシルを傷付けた回数分コイツは殺して遣りたいですよ。 でも僕は人を救うのが仕事の薬師なので、苦痛を与えず地獄迄直行させて差し上げますね。 来世があったとしても二度とセシルとジーンとは顔合わせのないよう冥界の1神カロンに祈りを捧げて置きましょう。ザカリー・テェズニーに永久(とわ)の別れを、、、」



北にある古の特殊監獄の1つの監獄で仰向けで眠らされている一人の中年男ザカリー・テェズニー。 真鍮づくりの簡素なベットの近くに運ばれたカートの上に置かれた鈍色のプレートには、小さな黒い片口が1つ。 そして伏せられた黒色の盃が1つ。

祭事で神酒を入れる小さな黒の片口に淡いアイスグリーンの液体が静か満たされていた。


セオドア・ハーパーとヴィンセント王弟殿下は冥界の神カロンに短い祈りを捧げ、セオドアは僅かに開いたザカリーの口の端から、片口を持ち上げアイスグリーンの液体をゆっくりと注ぎ込む。

洩れのないように目の詰まった黒い布で、鼻と唇を覆い、喉仏が大きく動いて、セオドアはザカリーが液体を嚥下したのを確認した。



暫くしてザカリーの肉体は一刻大きく撥ねるように反り、そして見悶えながら、ザカリーは徐々に動きを止めて行った。


ザカリーの顔には苦悶の表情が浮かび上がっていた。



「セオドアは噓つきだね。十分苦しそうだよ。」

「一瞬ですよ?セシルが耐えていた時の長さを考えると、、、。さて、参りましょうか。」

「そうだね。マーカス、後は頼むよ。」

「畏まり居ました。」


広大な王城敷地内にある北の特殊監獄は、一切のスキルが使用できない封沙(ふうしゃ)を使用し、建物全体を覆っている。夜の闇色に染まった木々の合間から、秋の月あかりを浴びて封沙に覆われた古城が白く浮かび上がっていた。

それは白い墓標のようだった。


北の特殊監獄に入った者は、生きて出られた者はいないと言われていた。


ただ夏に独り、グリードと呼ばれた罪人だけは、いつの間にか北の古城の特殊監獄から消えたと云う噂が、古城の守り人の衛士から微かに流れてきた。







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