クレーム係アドニス〔帝〕
〔アドニスと呼ばれた男〕って話をいつか書ければ良いなぁ。
《1》
アレキド皇帝の命令でアドニスは、対外用にイドニス皇太子を名乗らされている。 その理由は単純なモノだった。 イドニス皇太子の容姿が妙齢の女にしか見えないからだ。
そしてアレキド皇帝によるイドニス皇太子への牽制でもあった。
幾らイドニス皇太子のスキルで欲に溺れていたとしても、アレキド皇帝は自らの命綱まで手放して居なかったのだ。
老いたとは言え、流石は〔血族殺し〕として恐れらていた鮮血のアレキド皇帝であった。
美しいイドニス皇太子が、隠している殺意を嗅ぎ取る能力までは、溺れている欲の中でも、眠らされて居なかったようだ。
ザクロン帝国のイドニス皇太子から届いた手紙に目を通しながら、アレキド皇帝とイドニス皇太子の関係に頭を巡らせて、アドニスは不快そうに鼻を鳴らした
「我らの皇帝陛下は、生きるのに意地汚くていらっしゃるな、クレオ。」
クレオからの返事は返ってこないことを承知でアドニスは話しかけた。
クレオはイドニス皇太子からアドニスに付けられた監視の目の1つである。 8年前にザクロン帝国の帝城を出立させられた時、アドニスにイドニス皇太子から贈られたのがクレオであった。
「便利なスキル持ちだからアドニスの副官として是非使ってよ。 アドニスの側から離さないようにネ。 サビシイ夜のお供にもどうぞ。 おニイさま?フフッ。」
人に依ってはクラリと来そうな雅やかな笑みを浮かべたイドニス皇太子は、遠慮を装い申し出を辞退しているアドニスにそう言って無理矢理クレオを差し出した。
強面な上に、有るか無いかが分かり難い薄い眉毛をしたアドニスは、『イドニス皇太子の役割と名を押し付けられていなければ女たちが避けて通るだろう』と自覚するぐらいには、鏡を見る度、自分の容貌に辟易していた。
イドニス皇太子からの嫌がらせめいて、アドニスへ付けられたクレオは、それなりに見目の整った若い少女だった。
しかしイドニス皇太子から押し付けられたクレオなぞを、幾らモテず女に飢えていたアドニスであっても抱く気には為れなかった。 それは8年経った今も変わらない。
《2》
アドニスは9年前まで、帝城にあるハレムの一室で、忘れられた皇子として暮らして居た。 それがある日、イドニス皇太子の対外的な身代わりと成れと、アレキド皇帝とイドニス皇太子から命じられ、外へ引っ張り出されたのだ。
イドニス皇太子が、ハレムに数多くいた皇子の中で、身代わりとしてアドニスを選んだのは、イドニスに醜いと憐れまれたその見目のせいだろう。 少年期に盛られた毒の後遺症で眉や頭髪が抜けてしまったのだ。 頭髪は何とか生えたが、眉毛は薄い侭だった。
20歳だったアドニスは、四角い輪郭で立体的な目鼻立ちなのに眉毛が無かった。 そして体格だけは皇帝の血筋か大きかった。 その為、厳つさが一層に際立った。 しかも少ない黒髪を伸ばしオールバックに撫でつけているため、ノーブルさの欠片もない強面の破落戸を見ているようだった。
アレキド皇帝自身が忘れていたアドニスの存在を皇帝の血を引く皇子等と認識が出来る者たちは居なかった。 そしてアドニスは見目が整った者が多い帝国貴族にすら見えなかった。
そのアドニスを表の顔として身代わりに選ぶイドニス皇太子は、飛び切り美しい魅惑の笑顔をアレキド皇帝に見せていた。
《3》
イドニスは皇帝を弑した後、自分が玉座に座る予定だった。
広大なザクロン帝国で、雄々しさを求められる皇太子にイドニスを据える為には、貴婦人のようなイドニスの代わりに対外的な表の顔を務める皇子を選ばねばならない、と皇帝から申し入れがあったのだ。 皇位継承者の名はあくまでも〔イドニス・サン・ザクロン〕とし、帝国の最上層部には皇帝の勅命で知らしめて置く事が決められていた。
皇太子になろうとしていた19歳のイドニスは、皇帝からのその申し入れに頷くしかなかった。
それに12歳の頃からスキルを使い、時間をかけて虜にして来たアレキド皇帝が、今更自分を裏切るとはイドニスに思えなかった。
どの道にしろ時期を見てアレキド皇帝を弑することには、イドニスの中で変わることのない決定事項だった。 そして皇帝を弑した後、貴族を纏めるような帝国人好みの美しさを持ったカリスマ性のある人間ではイドニスが困るのだ。
代替品のイドニスを中心にして反旗を翻されては今までの苦労が水の泡になる。 それを憂いて身代わりは、イドニス自身が選ぶことを皇帝に認めさせたのだ。
別段イドニスは、称賛や賛美されることなど望んでは居なかった為、アドニスに皇太子のフリをさせることに否はなかった。 若干、アレキドに不満を持ちつつも。
イドニスは、ただ此の大陸の全てを自分の思い描く版図に書き換えたかったのだ。皇太子になるのは皇帝への道に進む為の合理的な準備期間なのだ。
その為、イドニスは今までも、ハレムに集められた皇帝の妃たちの中で、有効な後ろ盾が或る者達を排除して来た。 そしてハレムで自分の身代わり探しをしていたこの時、目障りな他の皇子を数人見つけた為、イドニスは始末をつけておくことにした。
アドニスという面白いオモチャの使い道を考えながら。
《4》
用件だけを書き連ねたイドニス皇太子の手紙をもう一度読み返し、溜息を吐きつつアドニスは独りごちる。
『なんだかんだあっても、皇帝陛下と皇太子殿下の目的は一致してるのが、何とも言えねぇなぁ。』
此の所、イドニスから次々と送られてくる伝書鳥からの怒りのクレームメールの処理にアドニスは追われていた。
アドニスは、大陸の西方占領指令本部の司令官の役職を〔イドニス皇太子〕の名で与えられていただけだが。 司令官と言っても、ほゞ一方的にイドニスからの命令書(手紙)に従って、人を動かしているだけだった。
現在アドニスは、プランが失敗したオレンヂ王国の後始末を二ヶ月前に終え、次のイドニス皇太子からの指示に従い、エーデル王国へと侵攻するためにエーデル王国の南にあるゼノキス中立王国の王城の一角に滞在していた。
イドニス皇太子のプランが失敗するのは、オレンヂ王国が初めてではない。
アドニスが調べてみると、ワーレー侯爵の自爆のようなものだった為、部下にヤツを見捨てさせた。 そして使えそうなブルーノ第二王子とその一派のフォローをさせることにした。
上手く行かなくなった事の発端は、アドニスの管轄していたメメシス属領地の奴隷収容所の職員を壊滅させられ、オークションからオーダーを受けていた奴隷たち全てが消失してからだ。
そして次の〔黒の一族〕捕獲計画は、ロゼット王国の北側にあるスレエム属領地の山々からロゼット王国へと密かに侵攻するプランと併せて立てられていた大規模なものだった。
きっかけは些細なモノで、奴隷狩りにあった奴が『自分の曾祖父さんは黒の一族出身で、、、』そう言った話がスキルマニアのイドニス皇太子の耳に止まり、始まった計画だった。 時間と費用をたんまりと使ったプランだっただけに、雇っていた傭兵とスキル使い全滅という結果が判ってからのイドニス皇太子とその後始末に追われたアドニスの怒りは半端ないモノだった。
余りの怒りでアドニスは、クレオが渡したアドニス愛用の鞭で、〔黒の一族〕の話を持って来た時、念の為に捕えていた自称〔黒の一族〕の曾孫を名乗った奴隷を激しく打ち据えて殺してしまった程だった。
ついでに失敗の穴埋めとして、イドニス皇太子が種馬としてロゼット王国で飼っていた『シオドア・バローズ子爵の行方を捜せ!』と無茶な命令までアドニスに送ってきた。
『ざけんなっ! イドニス! てめぇーと違って顔の知られてる俺がロゼット王国に入れる訳ねぇだろうが。』
そうアドニスは独り吠えた。 クレオが席を外しているのを確かめながら。
アドニスがイドニス皇太子の指示通り駒を進めていたプランは嫌になる程、次々と頓挫して行った。 その報告を受けたイドニス皇太子の機嫌は最悪だったが、頓挫したプランの後始末を押し付けられるアドニスの怒りも止まることを知らなかった。
「失敗の原因など判ってるだろーがっ! 俺がわざわざ調べさせるまでもねぇーだろっ、イドニスめっ! 狂っているような事が起きるのは、殆どがロゼット民のせいしかねーだろうが。 しかも何で俺がてめーの代わりにロゼット王国へ行き、第一王女に婚約の打診とかしねぇーといけねぇーんだっ!! ゼハァゼハァッ!!!」
ザクロン帝国からエーデル王国に向けた解りやすい宣戦布告で、エーデル王国の王子や第四王女は、イドニス皇太子の予定通りに西の隣国・クローバー王国へと逃げ出した。
後は、ほゞ空き城となったエーデル王国を占領し、現在はエーデル山脈でしか確認されていない原種のカオリイリスを採取させ、薬師の国・ドルゴン王国で捕まえた薬師たちに〔リヘブン〕を作らせる薬師工房を建設させる予定でいた。
アドニスたちの部隊は、妃予定の第四王女をザクロン帝国の威信をかけて、取り戻すため致し方なくクローバー王国にダイナミックお邪魔します作戦だ。
クローバー王国に潜ませていた内通者を使い、ロゼット王国に向かった特使を捕縛させてもいた。
だがしかしココで予定外の事が起きた。
クローバー王国に逃亡していた筈のエーデル王国の第二王子が、ロゼット王国に後学のための視察で来訪し、滞在することになったのだ。 それにどうやらザクロン帝国が侵攻の名目にしている第四王女も帯同しているらしい。
何故「らしい」と云う曖昧な表現になるのか?と、アドニスが報告を読み進めた。
クローバー王国でも、来訪されたとされるロゼット王国でも、第四王女の姿が確認されて居ないからだった。
此れがロゼット王国以外の普通の国であれば、ザクロン帝国軍が「しゃらくせぇ!」と多くの軍勢でクローバー王国と同時侵攻させ、下手に戦争に介入しようとした国ごと滅ぼせるのだが、相手は悪名高きロゼット王国である。
そしてイドニス皇太子の結論が綴られていた。
『アドニス敵情視察の時間だ、ロゼット王国に行け! アドニスだから、どうせ断れるだろう(笑)がオバサン女王にしっかり王女を嫁にくれと挨拶してこいよ! 詳細は、クレオに聞け。 こっちの行動(エーデル王国に侵攻)と合わせてよネ。 9月28日だから。 ついでにロゼット王国に入国したらシオドア・バローズを攫ってきて。じゃあね、愛しのおニイさま。 イドたんより』
イドニス皇太子からのふざけた命令書を破り捨てたい衝動を、無表情でアドニスを眺めているクレオの姿に気付き、アドニスは大きく鼻を鳴らしてその衝動を抑え込んだ。
未だロゼット王国では、僅かに夏の名残を街々の木々の葉に見付けられるが、その一方、アドニスの滞在するぜノキア王城には、エーデル山脈から吹き下ろす北東の冷たい風によって、鉛色の雲が垂れ込め始めていた。
・備考〔ザクロン帝国〕・大陸の北方方面を殆どを支配。現在、大陸を三分の一程の統べている。
・皇帝アレキドもしくはザクロン皇帝5世・60歳(金目金髪→老化により現・黄目白髪)
兄弟親族皆殺しにして若くして皇帝の地位についた。 領土拡大の為、侵攻した隣国や近隣諸国の王女たちを(ハレム)後宮へと連れ帰り妃にした、現在も。
・イドニス皇太子 自称イドたん・28歳☆黒髪金目・美妖精&貴婦人
皇帝はイドニスを嫁にしたかったが♂のため息子(皇太子)にして囲い込み完了。
皇帝との契約で20歳の時、皇太子になる。
最近の悩みは領土拡大プランが次々ポシャってしまうこととお肌の調子が今一つなこと。
・アドニス皇子 イドの代替&イドのクレーム処理係・29歳☆黒髪金目・強面の〇暴系
この8年間の悩みは「イドニア皇太子殿下」そう紹介される度に「・・・・!」と声に為らない反応を返されること。
イドニアとの会話は、本気でライフゲージを削られるため、顔を会わせずメールで交渉を済ませたい。
ストレスフルな苦労人。
「コレって皇子のヤル仕事か?」
が、口癖になりつつある。




