オレンジブロッサム
《1》
目を覚ますと私は寝室で少し大きめな自分のベットの上だった。
そして掛布の中で私は、ダメガ、、女神ルミナスさまへの殺人依頼は失敗していたのを思い出した。
ベット近くに置かれたサイドテーブルからは、魔石ランプに灯された黄色の明かりが、夜で或ることを私に知らせていた。
「おはよう。よく眠れたかい?ジーン。」
ザックリとしたウールのガウンを羽織ったロー先生が、椅子から身体を起こして、心配気に空色の目を曇らせ私の表情覗き込み、右腕を伸ばしてベッドで横になって居た私の額に手を当てた。
「はい、おはようございます、ロー先生。 と言ってもランプが点いているし、今は夜ですよね?」
私はロー先生に目覚めの挨拶しながら、掛布を除けてスッキリとした思いで上体を起こした。 女神ルミナスさまの天罰で与えられる死と私自身の個人的な私怨で晴らしたいと思う死とは、取り敢えず違うモノだったみたいデス。 非力な私にさっくり出来そうな〔罪科の秤〕が使えれば、殺される相手に与える苦痛が皆無だから良いアイデアと思っていたのだ。 それに始末する私も楽だし。
女神ルミナスさまは、ロー先生や駄犬たちに相談しろと仰っていたが、ロー先生は兎も角として、駄犬シュウに『ザカリーとトリストの息の根止めたい。』とか言ったら、『畏まりっ!』って二つ返事でスルスルと無音で消えて、サクっと始末してきそうでシュウには話す気になれない。
だって黒の一族って、身体能力は高いけど、エロいだけの人たちだったのだ。(駄犬シュウの言い分では一族の子を作りたかった為、エロくなっただけだとも。)
で、それまで外の世界と縁を持たないで人を傷つけたりせずに、代々続く長い時間を彼らは過ごしてきた存在なのだ。(エロいけども。)
それなのに私が駄犬シュウたちを女神スキルで救ったばっかりに、人を傷付けたり、人の生命を奪う存在になって欲しくないと思ってしまうのだ。
唯でさえ私を女神ルミナスさまの現身だと思い込み、邪険にしても(嫌、実際に邪魔なのだけどね。)懐いてくる駄犬シュウにそんなことをさせたくない、、、。 私のエゴだけどね。 特に私がそのきっかけになりたくないのだ。
思うにシュウたち一族の能力って、スキルを含めて暗殺に持ってこい!なのですよ。
だから何かの弾みで黒の一族がそう言う集団になってしまったら、と考えてチキンな私はガクブル状態になっちゃったりもした。
ヴィさんは、そう言うことを黒犬たちに遣らせないとは思うけど、権力が集まる場所では何がどう転ぶか分からないだろうし、、、。
私として駄犬シュウたちには、エロいだけの駄犬の侭、子孫繁栄に努めてくれたらなって考えている。 偶にヴィさんから「取って来い!」と情報収集のお使いに出されて、〔娼館ローゼ〕で過ごす資金調達出来ていれば、上々だと思っている。 思わず調査力皆無な私はシュウに「ザカリーとトリストの居場所を取って来い!」しちゃいましたケド。
「ジーンは何か心配事かな?」
「まあぁ、、、アハハハっ。 そう言えばロー先生、シュウは? 朝早くシュウに用事を頼んで其の侭だったから。」
「もう直ぐシュウは帰ってくるっすよ、お嬢。」
「あれ? リクも居たの? 全然気が付かなかったわ。」
「相変わらずお嬢は俺にひっでぇ。 一体誰がお嬢を夜着に着替えさせたと思ってンすか。 あっ、そんな変な顔をしなくても大丈夫っスよ。 俺は先生と違って、お嬢のハダカを今見せられても、オスの本能はピクリとも反応しないンで。 流石に俺でも里の5歳児と同じカラダを見せられてムラムラとかナイっすから。 お嬢と〔気〕は最高に合うンすけどねぇ。」
「5歳児とちっ違うわよ! リクのバカ!」
「全然違うだろ! リクっ!」
私はリクに夜着へと着替えさせられたムカつきより、五歳児と同じ身体と言われたショックと怒りが上回った。
そして私とロー先生のリクへの説教タイムは、シュウがブラウニー医院の玄関ホールから、二階にある私の部屋のドアを開いて「ただいま。」と声を掛けてくるまで続いたのだった。
《2》
私たちは何事もなかったように「お帰り。」と、寝室まで入ってきたシュウを出迎えた。
其の侭、私は寝室を出てシュウと二人で話すつもりでいたけど「先生にも伝えて置きたいことがある。」そうシュウから促され、私たちは首を傾げて一階のサロンへと向かった。
あの二人を〔悪い奴ら〕ってシュウに話したのをロー先生にバラされちゃうかなっと少し焦った。 私はロー先生にブリっ子の振りをしているつもりはないけれど、駄犬シュウやリクに接するような荒い態度を取ったことが無い。
だってロー先生は、私の寄生先の宿主ですからね。
サロンに入り、ロー先生はゆったりとした主人席のソファーに腰を下ろし、私はロー先生の左斜め向かいに置かれた何時もの長椅子に。 そして私の対面のソファーに駄犬シュウ。そのシュウの隣のソファーにリクが座った。 リクの席は、ロー先生に一番近い右向かいでも或る。
そしてタイミングを見計らったようにトニーさんが飲み物と軽食を載せたカートを押してサロンへと入ってきた。
改まった声を作ったシュウは、トニーさんが作ってくれたオレンジブロッサム(ジンとオレンジジュースと水)のロングカクテルを二口ほど飲み込み、ヴィさんからと但し置いて、ロー先生と私に報告を始めた。
「二人は騎士団案件になる。」とシュウから一言断られ、(ウゲ!!)っと私が思ったのは内緒なのです。
元伯爵第三令息だったザカリー・テェイズニー御年44歳は、ロゼット王国では禁止薬物で或る〔リヘブン〕の服用と所持で、現在は逮捕・拘禁中だとか。
〔リヘブン〕は、粉末もしくはお酒に混ぜて体内摂取。高価なモノはポーション瓶に入れられ液体で販売されている。 賭博で勝ったような勝利のファンファーレが薬効の効いている間は続くのだとシュウが説明した。
それは、、、脳内麻薬が出まくっていそうで大変そうだと、私は前世で見た情報番組の記憶を思い出していた。 禁止薬物なのにロゼット王国では、カジノや娼館で媚薬として売られているらしい。
〔リヘブン〕が王国で禁止になった理由は、ジャンキー率が高いから。 服用期間や摂取量で末期に至る時期が変化。 末期に成ると夢幻の住人となり、現実世界への帰還が困難となるそうな。 幻覚の中で生きている為、それを制止する人間を暴力で排除しようとする。 薬が切れるとデンジャーな状態が続くので、安眠させて置くしかないそうだ。 ジャンキーの回復は難しいと云う話。
「但し原料になる原種のカオリイリスは高価な為、末期になるまで入手するのは困難なンすよね、本来は。 植物スキルの種子成長では、薬効が出ないしね。 今はエーデル山脈方面でしか採取出来ない筈だってスイは話していたよ。」
「流石は元伯爵令息だな。籍を外されても金の力はある。」
「薬草や調薬に詳しいスイとセンにザカリーの状態は聞いて欲しい。」と、シュウはロー先生と私に淡々と告げ、ロンググラスに残っていたオレンジブロッサムを飲み干した。
私は、シュウのカクテルの飲みっぷりを見て(キミ14歳でしょうがっ!)そう声に出さずに突っ込んでしまった。 幾らオレンジジュースと水で割っているからと言ってもカクテルってアルコール度数は高いから。 トニーさんから2杯目を作って貰って、シュウはロンググラスを右手で受け取り、見た目オレンジジュースのカクテルをグビリと口にした。 精神的にはオバちゃんの私は、ちょっとばかし心配になった。
そして、ひとりオタオタしている私を尻目にシュウは咳払いをして、トリスト・ゴブリンの話を始めた。
言い難そうな様子で話すシュウのセリフを聞いて、私は唖然としましたよ。
信じられますか? 奥さんっ!
トリストォォーッ! あの脳筋キモデブ野郎は、王都に舞い戻って来て居やがったのですよっ!!
何でも、あの故ベリアノ侯爵とオトモダチだったらしく、奴の王都にある別邸に居やがったそうなのだ。本当に最悪です。ホントどっちもね。
唯一の救いは、兄さまとトリストが、まぐれ会わなかったコトだわ。
騎士団がトリストを捕縛したら、其の侭、北の特殊監獄で拘禁しつつ取り調べを行う為、兄さまがトリストを見ることや顔を会わせることは無いとのこと。
ヴィさんは、トリスト入都の知らせを聞き、内偵をしていたそうだ。
ヴィさんから言わせると、目の上のタンコブである北の公爵の娘婿であり、おまけに仲が良いとされてたベリアノ侯爵が、自領の衛士として抱え込んでいたトリストをどの様に引っ張り出すかを模索していた。
そうこうしている内に、ベリアノ侯爵の上層部会への上申書案件が持ち上がり、ベリアノ侯爵と北の公爵との決裂の目が見えて来て、ついでに北の公爵の力を削ごうと企めば、ベリアノ侯爵は突然死。 突然死の知らせにロー先生は、思わずヴィさんの暗殺を疑ったらしい。
何だか可愛がってる弟に、そんな疑念を持たれるヴィさんが、ちょっぴり可哀そうに思えた。
ヴィさんは、ベリアノ侯爵の別邸から何となく北の公爵の匂いを感じた為、今回のトリストの一件を利用し、別邸に居る使用人全てと、タウンハウスに居る家族や使用人全てから事情徴収を決行することにしたのだとか。
「北の公爵の匂いって何?」
そう思ってロー先生に尋ねたら、「私は分からないが、、、、。」と前置きし、長年に渡り北の公爵家と丁々発止していたヴィさんには分かるのだそうだ。
やっぱり中央で暮らす人々は香しく魑魅魍魎が跋扈している世界で生きて居るのだな、と伺わせるロー先生のセリフでした。
まあ何はともあれ、王命に堂々と背いたのだから、最低でも不敬罪に問われる重罪だそうだ。
そして『王令 トリスト・ゴブリン入都禁止』と王城から各公民館、広場に広く公布されていた為、一都民や地方の領民なら兎も角、貴族や増して王都のタウンハウスや別邸に住む者たちが、トリスト・ゴブリンの件を知らない等と言い逃れるのは厳しい案件。
それに故ベリアノ侯爵は王命を知りながら敢えて背き、王都の別邸に匿っていた。
反逆の意志ありを表明していた(のも同然)のベリアノ侯爵の関係者も、それなりの責任を問われるそうだ。
「てな訳で。お嬢、色々思う所はあるだろうけどさ。 王命違反て重罪を騎士団は始末を付けないと為らないから、邪魔しないでねってヴィさんからの伝言。」
「しませんっ!もう私を何だと思って居るのよ。ヴィさんもシュウもっ!!」
私はブリブリ怒って見せながら、シュウのヴィさんからの伝言を焦った思いで聞いていた。
もしかしてヴィさんには、私の考えてたことを気付かれていた?
ついでに駄犬シュウにも。
うわぁーー。
ジーンて怖い11歳児だとか恐れられていたらどうしよう。
大人し静かな少女で居ようと考えてた私のイメージ戦略がっ!!
子供だからエロい人のことなど分りませんと云うポーズを見透かされて居たら、、、恥ずかし過ぎるっ!
長閑けき顔で、ロー先生とリクの2人が、塩味タップリの固く焼しめた薄いケークにホイップしたサワークリームを付け、蜂蜜酒のアテにポリポリとまったり齧る姿を見つつ、私はタラリと背中に冷や汗をひとり垂らしていた。
《3》
「なんでジーンにあんなことを言った、リク。」
「うん?俺は先生と違って今のお嬢には欲情しないってコトっすか?でも事実だし。」
「ジーンに俺が欲情してるってバレたら如何して呉れるのだ、リク。」
「いつものように俺が先生を慰めますよ。」
リクは丸い大きな黒い目を俺に向け、艶を含ませ楽し気に笑む。 父の形見である瀟洒な寝椅子に転がる俺の下腹部に跨り、リクは腰を下ろした。 それだけで俺の期待が膨れ上げって来始める。 そうなるように俺は、いつの間にかリクから躾けられていた。
リクと出会ってはじめられたマッサージ。 手始めは俺の首筋、両肩そして腰、軈てそこから脹脛、太腿の凝りをリクの手や指先、、それから唇と舌を加えられ、リクは巧みに俺の強張りを解していった。
熟したプラムのようなリクの香りが鼻孔を擽る度、俺の理性が一枚一枚薄く乾いて剥がれ落ちて行くのを俺は、何所か遠くで感じていた。
気にしていないと思い込んでいた心の滓をリクの耳朶を震わせる声が、その淀み固まっていた滓を官能的な刺激で揺さぶり、敢えて俺の心を撹拌していった。
『物の分からぬ子供から訳知り顔の大人にまで父が居ない事を揶揄されたこと。 未成年で俺を産んだ母を好色だと近所の連中に影で蔑まれていたこと。 年に1~2度しか会えなかった父上は、身近な大人たちにない徒ならぬ雰囲気を持っていたこと。 その独特な魅力を持つのが俺の父親だと本当は皆に知らしめたかったこと。 父上と母上の物語のような出会いや、互いの愛のみを求め合っている純粋さも。 俺を守る為に秘していた二人の苦しさを。 それを知った時の俺の喜び。、、、などなどのこと。』
何でもない人生であるかのように薄皮のような理性のヴェールで、隠し淀ませ滓にしていた俺の想いを、リクの熟した官能的な香りと声で露わにした。 そして高まった俺の激情をリクは毎回口の中で受け止め、飲み干してくれた。
そしてリクに撹拌され凪いでいった俺の中心にあったモノは、ジーンと結ばれたいと云う純粋な本能だった。 その本能を押し止める為、理性で固め、滓まで利用していた。 その柔肌に触れる為、俺はジーンの少女としての芽吹きを待って居たのだ。
そのことに気付かさせられた日、俺はリクを抱いた。
(何処かでヴィが予測通りと笑んで居る気がしたが。)
今のジーンには、どうすることも出来ないから、俺自身ですら無意識に幾重にも張り続けていた理性の薄皮をリクはパラリパラリ剥がし落としてしまった。 それと同時に艶を含ませた笑みで、俺を煽り続けていたリクの肉体に、、、俺は陥落してしまったのだ。
「先生のジーンに対する嵐のような強烈な劣情と執着と独占欲は、滅茶苦茶快感なンすよ。 俺に取って。 俺には無い感覚なので、これからもいっぱい味合わせてくれると嬉しっス。 こういうのを共存共栄っつうンですよね。先生。」
柔らかな黒髪をフェイスラインに沿わせて整えている可愛らしい見目のリクは、艶を濃くして大きな目を潤ませ、妖しく笑んで俺をもう一度リクの迷い家(肉体)に誘い込み始めた。 既に俺の期待は激しい暴風となっていた。
(リクとの関係は共依存ってのが正しそうだ。しかし此れってやっぱり浮気になるのだろうか?)




