リヘブン
《1》
「コレどうすんの?シュウ。王都に持って帰れないのだろ?」
「まっ、取り敢えずはヴィさんに相談して来っから、荷駄車でも借りてスイとセンで放り込んでおいてよ。」
タイムの町中心部で、ザカリーの父親が所有している連棟建ての真新しい集合住宅に、おいら達3人は影渡りを使いザカリーを探しつつ侵入した。
おいらたち3人が地下を改装して作っていた部屋に影渡りで入り込むと、ザカリーは10歳位の黒髪の少年とお楽しみの真っ最中だった。
そこで奴隷紋を施され、ベットで組み敷かれていた少年の顔を見ておいらは唖然とした。
悄然とした表情の黒髪で青い瞳をしたプチ・セシルそのものに見えたからだった。
咄嗟においらは、少年にしがみ付いていたザカリーの延髄を蹴り飛ばし、意識を奪ってしまった。 そしてスイがロゼット王国で違法とされている〔リ・ヘブン〕の匂いを嗅ぎ取った為、おいらはコートに仕込んでいた革ひもでザカリーを拘束し、部屋に転がした。
そしてセンの「コレどうすんの?」って問いである。
おいらはスイとセン後のことを託して、一先ず、ヴィさんの元を目指した。 別に面倒だからと二人にザカリーの部屋の後始末を任せたわけじゃない。 適材適所の役割分担で或る。 スイとセンは薬に関して詳しいのでブツ〔リ・ヘブン〕の押え込み。 そしてスイは初対面の相手に好感を持たれやすいため、悄然とした侭で固まったセシル似の少年の保護である。
それにしても、、、あの黒髪の少年はセシルに似ていた。
お嬢の兄妹は、兄のセシルだけだった筈だよなぁ。 つうか、雰囲気は違うがお嬢の叔父セオドア・ハーパーさんにも顔の作りは似ていた。
どういうことだ?
《2》
陽の光の入らない地下室には、足音消しの分厚アラベスク文様の絨毯が敷かれ、広いベットの壁や周囲には華麗なる曲線を描くコンソールテーブル猫脚のアームチェアー等が並べられ、壁や家具には空間認識がおかしくなりそうな数の鏡が飾られていた。
少年は黒い髪は肩の辺りで整えられ、高級なリネンで作られたフリルの或る白いシャツの前を開かれ、下半身を晒された状態でベットに腹ばいにさせられていた。
スイはアームチェアーに置かれていたエバーグリーンのシルクガウンを取り、悄然とした侭の少年に近付き、肩から羽織らせた。
「うん。君は〔リ・ヘブン〕を盛られてないね。匂いがしない、良かった。ボクはスイ。名前を聴いても?」
「ずっと8番呼ばれていた。この部屋に来てザカリー先生から、シオドア様って呼ばれるようになった。」
スイは驚いて近くに居たセンの顔を見た。
センもセシルに似ている黒髪の少年をマジマジと見つめて、首を竦め、自分の一の腕を両の手の平で、悪寒を宥めるように擦り始めた。
「ゲっ! 気味が悪いね、スイ。 シオドアだってさ。 もしかして幽霊?」
「そんなワケないでしょ、センは。 うーん、どうしようか。ボクはシオドアって名を呼びたくないし。取り敢えず君を呼ぶ時はオクトーって呼んで良いかな? ゴメンね。」
「、、、、。」
スイが『オクトー』と呼ぶことにした黒髪の少年はコクリと無言で頷いた。
センは地下室の部屋を出て、廊下や階段を調べて回り、各部屋の家探しをしながら、書斎や寝室、厨房などに置いてあったメモや手紙を回収して行った。
そして地下室の部屋で、スイはサイドテーブルに置かれた水差しの水の安全性を確かめ、グラスに注いでオクトーへと手渡した。
水を飲み込み人心地つけたオクトーは、鮮やかな青い露草色の瞳を転がっているザカリーに向け、瞬きの回数を激しくさせた。 そのことに気付いたスイは、ベットの一番上に掛けられていた金の刺繍で彩られた水色の掛布を剥がし取り、面倒そうに転がっているザカリーの上から被せた。
ザカリーの存在を布で隠され、瞬きが落ち着いて来たオクトーに、スイはゆっくりと静かな声で訊ねはじめた。
※
オクトーは大きく広い屋敷の中で、将来マスターと呼ばれる人から、使われるために育てられた。 そこにはオクトーと同じような子供が13人~20人いた。 極稀にその子達の中から『上級』呼ばれるスキルに目覚めた子は、『ロード』から褒められてオクトーが生活していた『ロッジ』から卒業が出来た。
卒業すると痛い思いや苦しいことから解放されると『ロード』から教えられていた。
オクトーは今年の一月に『下級品』として出荷がきまった。
そしてオクトーは荷馬車から降ろされ、船に積み替えられるときに猛烈な勢いで駆け寄って来たザカリーに購入された。 既にオクトーを仕入れる奴隷商から奴隷紋を与えられていたので、揉めたらしいが奴隷商を黙らせる程の金銀を与え、オクトーはザカリーに買われた。
ザカリーに買われてからは、オクトーは地下牢の部屋から出ることがなかった。 王国史と外国語(帝国語)の勉学の時間以外は『ロッジ』での生活より恵まれていた。 一週間に一度は部屋に置かれた湯船に湯を張られ、使用人達が髪や肌の手入れをし、高級な衣服を着せられ食事も毎日与えられていた。
オクトーは、勉学の時以外はザカリーから「シオドア様」と呼ばれ傅かれていたが、勉学の時には、尻や脚を強く鞭打たれ、その後、局部を延々と痛みを感じる程しゃぶられ続け、そして犯されるのだった。
だがザカリーは、此の3ケ月の様子がおかしくなっていた。
『シオドア様の偽物であり、仇のセシルをワタクシめが必ず成敗して差し上げます。 育てられた恩を忘れてシオドア様を貶め、殺した謀反人でございます。 こうしてワタクシが10歳のシオドア様を見付け出すことが出来て、本当に宜しゅうございました。 これぞ女神からワタクシめに授けられた奇跡でしょう。』
ザカリーは恍惚とした表情で、そんな繰り言を延々と喋りながら、狂ったようにオクトーを犯すようになり、両親が雇っていた使用人達は怯えだしていた。
ザカリーの様子が変になって行く以前は、午後からのオクトーに教える勉学の時間以外では使用人達の視線を最低限気遣っていたのだ。 しかし様子に異変が現れはじめた頃には、ザカリーが1人で大声で喋るようになり、目覚めてと同時にオクトーを襲うようになった。 両親がザカリーを止めに入ると反対に暴力を振るい、ザカリーは自分の部屋から追い出した。 そしてザカリーは、目覚めている間中、使用人を気にすることなく喋り続けて、オクトーを狂ったように犯すようになっていたのだ。
この時間はザカリーのクレイジー・タイムの為、使用人達はオクトーひとりを人身御供として地下室に残し、隣にある両親の持つ別部屋に避難していた。
オクトーは『ロッジ』で、買主であるマスターに肯定しか出来ないように教育されて居た為、狂ったようなザカリーのなすが儘だった。
※
スイは、一通りオクトーから聞けることを話して貰い、家探しを終えたセンに顔を向け、目で合図した。
スイはザカリーが意識を取り戻して騒がれると面倒なので、コートの脇ポケットに入れていた粉末の薬草が入った薬包をセンに手渡し、深い眠りの世界へご招待することにした。
「三ヶ月か、、、。 ザカリーは現実世界にもう戻って来れないかもね、セン。」
「狂ったようになるってザカリーは、どれだけ〔リ・ヘブン〕を摂取したのだろうな。 原種のカオリイリスの根茎が主原料だから高価だろうに。 別名フォーチュナードラッグ、ギャンブルに勝った時と同じ快感を得れるって云うね。」
「それを媚薬って騙り売るのだから始末が悪いよね。 カジノと娼館と3点セットで荒稼ぎし過ぎだとセンだって思うだろ?」
「娼館だけで十分気持ち良いのにな。」
スイはセンと軽口を叩きながら、オクトーには優しく衣服を身に着けるように伝え、シュウからの連絡を待って居た。
《3》
シュウは摂政室で、摂政補佐のマーカスにヴィさんを呼び出して貰った。 「忙しい時なのに。」マーカスからそう文句を言われることをシュウは計算積みだった。
そして急ぎ足で摂政室へ戻って来たヴィさんに「大事そうだなぁ。」そう苦い顔で言われて溜息を吐かれるのも。
「そこそこ大変かもね? あのザカリー・テェイズニーが〔リ・ヘブン〕をヤリながら10歳位の奴隷紋を入れた少年とお楽しみ中だった。 スイとセンが今奴の部屋で証拠品と少年を押さえている所。 ザカリーは、、、ゴメン。おいらが反射的に気絶させた。 髪色とかは違うけどセシルに似ていて、遂ね。 悪りぃ。 なあヴィさん、お嬢の兄妹ってセシルだけだよな?」
ヴィさんは驚いた表情をして、鋭い目の紫眼を丸くした。
そして後ろに流した金色の髪を左手で押えて、首を左右に振り、一度息を吐いた。「聞いてないな。」そう短く呟いて、ヴィさんは補佐のマーカスにジョエル宰相から騎士団に連絡させ、タイムの町へと向かわせる手配をさせた。
※
その後、騎士団に深すぎる眠りに落ちていたザカリー・テェイズニーは捕縛され、スイに寄って『オクトー』と呼ばれていた少年は保護された。
スイとセンからは、散々「遅い」と文句を言われたが、「知ったこっちゃねぇ。」そう軽くいなして、タイムの町から、騎乗して王都へ戻ってきた。
仕留めた獲物はおいらの影で運べるけど、生きてる馬って影に入れないんだよな。
帰り道々、二人から狂っていたザカリーの戯言を聞かされ、(滅しても良かったのにな)と思ったが、自制したおいらは大人になったのかも知れん。
騎乗中、ヴィさんから影糸で、おいらに連絡があった。
お嬢には、『セシル似の黒髪の少年のことは伝えず、違法薬物の使用と所持で、騎士団に捕縛され入牢したことをのみを知らせた方が良いのでは』という提案だった。
一瞬、(どうだろ?)って考えたが、ザカリーの戯言である『セシルを成敗』や『女神からの奇跡』なんて台詞を聞いちまったら、お嬢自ら抹殺に行きかねぇなってのに思い至って、おいらはヴィさんの意見を受け入れた。
お嬢がおいらに「殺ってきて」って言ってくれりゃ、簡単な話なのにな。
あんなに1人で考え込んで居ても、お嬢はおいらを頼ってくれねー気がする。
それにしてもオクトーの存在は気になる。
スイは、オクトーが育った『ロッジ』てのが、ロゼット王国内の卸しを兼ねた奴隷生産所に思えると言っていた。 オクトーに母親や父親の記憶は無いらしい。 闘う以外の大抵のことはオクトー1人出来るように教育されて居て、高位貴族は無理だが平民出身の富裕層の家で働ける位のマナーは、スイたちから見て大丈夫のようだった。
それって「おいらより優秀じゃねーか!」と、遂、スイとセンに声を荒げちまった。 「シュウはなあ。」「シュウだものなぁ。」と勝手に納得し合い2人ともニマニマ笑っていたケドさ。 おいらに性格悪いって云うけど二人も十分悪りぃと思う。
スイは25歳に、センは21歳になったのだよな。
色欲にも知識欲にも貪欲で、その癖スイは枯れて見えるから、一族からは『好い人』って思われちゃってるのよな。 まあおいらもスイには良く相談とかするしね。
それとトリスト・ゴブリンの件。
ヴィさんは、当然把握していた。
まあ、そりゃそうだ。 おいらに〔銀の鎖〕を紹介したのはヴィさんだし、店主のギルからの情報は当然行っている。
コッチには、近々、騎士団の隠密部隊と精鋭部隊を踏み込ませれるそうだ。 お嬢にヴィさんから「邪魔しないでね」って云う伝言を預っちまった。
今回、トリスト・ゴブリンの行いは、王命に背く重罪。
唯でさえ11年前騎士団を首になった(表向きは年齢による自主退団)だった上にお嬢兄妹の件(主にセシルに対する虐待)で、ヴィさんが王弟殿下としてゴブリン侯爵に息子トリストのことを耳打ちしてやったのにマルっと無視する形で、女王陛下の命令『トリスト・ゴブリンは王都への入都禁止』に背いたのだから反逆の意志あり表明でしかない。
君主の命令に従わない罪は、王国に対しての反意、武力を伴わなくとも謀反を問われても仕方ない。 それに退団を勧告されたとは言え、トリストは元騎士なのだぜ?
当然、女王陛下に対して不敬罪でもあるので、ロゼット王国として裁きを下すそうだ。
どっちも騎士団案件になっちまったな。
二人の行く先は、北の古城の特殊監獄で、特に元騎士だったトリストを騎士の名を貶めたと親の仇より憎んでいる騎士たちの手で、自分が遣った以上の制裁を受けることに成るだろう。
懸案事項は、ザカリー・テェイズニーが薬物で狂った状態で、罪の自覚がないまま刑を執行されちまうことか。
おいらとスイたちは、群青色に染まった夜の中を、お嬢の待つホーステッド通りを目指して、馬を駆けさせた。




