銀の鎖
《1》
お嬢にザカリー・テェイズニーとトリスト・ゴブリンの捜索を頼まれ、おいらは娼館ローゼで腰や手の空いている奴らに声を掛け、影糸が使えるソウたち3人には、トリストを探して貰う為に中央(王都)から北東よりにあるゴブリン侯爵領へと向かって貰った。
そしておいらは、スイとセンと一緒にお嬢が、細工物や時計屋だと思っている〔銀の鎖〕へザカリーの足取りを掴むために出向いた。
ローランド先生は、〔銀の鎖〕が、王家の情報屋だと知ってお嬢に教えたかどうか謎だが、ブラウニー医院へキャメロン副団長が初めて訪れた日、突然、懐中時計を買いに薔薇園近くの〔銀の鎖〕へと足を運んだと、お嬢から聞かされて驚いた。
お嬢が買ったと言う鈍い光を放つ銀色のシンプルな懐中時計を手渡して貰い、おいらはスキル使いが余計な細工を仕込んで無いかを調べた。 取り敢えず至って普通の懐中時計だったので、おいらは安心してお嬢に返したけれど。 何というか、お嬢も先生も危機感が薄いと思う。
後は、意外な所だけど王弟殿下のヴィさん。
何かつうと黒犬のおいら達を呼び、色々喋ってから、ヴィさんの気が付いた用件をヒョイっと頼まれることは儘或る。
摂政補佐のマーカスさんの「機密がぁ!情報漏洩がぁ!」と云う悲鳴は、ヴィさんの良いBGMになっていた。
そういやヴィさんは、おいらとリクに影糸を使えるようになって居てビビった。 まあ犯人はリクだから仕方ない。 アイツは人の隙を掴んで入り込むのが上手いからなっと。 おいらは王都に来てからリクの特技を知った。 いやリク自身も王都で自分の特性を知ったのじゃないかと思う。
リクに限らず、おいらたち黒犬の皆をヴィさんは、端から好みだったようなので、いずれ誰彼かの影スキルが移っている気がしている。
「わたしは君たちが大好きだよ。暇だったら一日眺めていたい位だ。」
「「「あざーっす!」」」
ソレは、きっとお嬢が知らなくても良い会話なのだろう。
薔薇の香りに包まれながら、重たい玄関口の扉を開いて、細長い窓がある狭く薄暗い店内に入る。
ネル地のチェック柄のシャツに作業用エプロンを掛けたむさ苦しい顔の店主ギルが『おやっ?』と意外そうな表情でおいらを見た。
ギルは白茶の顎鬚に右手を沿え、カシの木のテーブルと固いベンチチェストが置かれた場所へと、奥の細工工房からウッソリと出て来た。
「今日はヴィからの頼まれ物は無かったぞ?シュウ。」
「嫌、今日は別件。おいら達からの依頼だ。」
「ほう、珍しい。」
「実は探したい奴がいる。出来れば至急でギルに頼みたい。」
「またそれはそれは、、、。で、誰だい?シュウの想い人は。」
「ちっ。」
おいらは舌打ちをして、ザカリー・テェイズニーの名を告げた。
ギルから、おいらの想い人って言われると複雑だ。
おいらたち黒犬は其々に嫁探しをしていた。 現在もだけど。 嫁って云うより、おいら達の子を産んでくれる女って方が早い。 で、ホーステッド区で暮らし始めてちょいとおいら達は、燥ぎ過ぎて目立ってしまった。 その噂を聞き付けた性質の悪い奴らが、ひも付きの女をおいらたちに近付けた。 3人ほど引っかかちまって中の1人は裏稼業のボスの女だと騒がれ出したのだ。
用は金出せってことなんだけども。
騒ぎにしたく無くって、金を払っていた。
仲間は撒いていたつもりだったらしいが、その内お嬢や先生の住むブラウニー医院の存在を嗅ぎつけられた。でもヴィさんがそんな状況を許す筈も無く、ゴミの後片付けを命じられ、渋々おいら達は、ゴミをボコってトニーさんにそいつらを騎士団へ連れて行って貰った。
そしてヴィさんは、「ヤル前に相手の女を調べること!」とハント禁則事項の1つに一文が加えられた。その時にヴィさんから紹介されたのが〔銀の鎖〕だった。
別に身辺が身綺麗でなくとも、お嬢や先生に迷惑が掛からなきゃ良いって考えてたのだが、「甘い!」ってヴィさんに叱られた。その為、〔銀の鎖〕は一刻、黒犬の嫁候補の素行調査部状態になっていた。
とは言っても、大抵は事実婚だが。
婚姻税を支払って公民館に婚姻契約書を出して居るのは、ケイト(先生のイトコ)と結婚したゼツ。それと意外な所では、娼館〔ローゼ〕の女主人イブと結婚したモリくらいだな。
おいらも里の長として孕ませて事実婚を済ませている、一応な。
ブツブツと「おいらの想い人じゃねぇのに。」とボヤいて居たら、「ザカリー・テェイズニーっていや殺していた方が、世の為に成るって云うクソ野郎じゃねえかっ!」と、吐き捨てるようにギルは喋った。
「そそっ!バローズ子爵家を騒動のどさくさで首に成ってから実の兄からテェイズニー伯爵家を追放になった後の行方を追いたくてさ。」
「ああ、一応は行き先だけはチェック済だ。王都に戻って来られたら面倒だからな。 そういやアイツは王都に戻って来てた筈だぜ。トリスト・ゴブリンだったな、確か。」
「はぁ?王都に?嘘だろう。トリストの野郎は入都禁止だろう」
「そうなんだが、ベリアノ侯爵の馬車で一緒に入って来て、その後はベリアノ侯爵の別邸に引き籠っているみたいだぜ。 どうも北の公爵家の匂いもするしなあ。 見張りや護衛が厳しくて俺たちじゃあ、確かめるのは無理だ。 それに今は、ゼノキス中立王国の国境沿いの山とスレエム属領地当たりにも出張ってるからな。 全然人が足りねぇ。」
「はあ、トリストは王都かよ。ゴブリン領地に行かせたソウたちに連絡しとくか。で、チェックしたザカリーはドコいンの?」
「あの野郎は、王都近郊のタイムの町にいる筈だ。 南の公爵の管轄ちになるな。 両親が末っ子のザカリーを可愛がって、タイムの町で邸やら何やらを買い与えてたみたいだぜ。 まあ最初にチェックした情報だけどな。」
「末っ子って。ザカリーって優に40歳を超えてンだろーよ。ギル。」
「まっ、幾つになっても子は可愛いと思える幸せな親なのだろうさ。」
俺は、ギルにザカリーとトリストのことを毒吐くながら、ギルがテーブルの上に開いて置いた入都禁止名簿のザカリーの蘭をスイに記録させた。
そして俺は金貨1枚を樫の木の固い円形のテーブルに置いて、〔銀の鎖〕の重たい扉を開けた。 明るい光に目を細め、おいらは透明な秋の日差しを浴びつつ、テラコッタ色した赤いレンが敷きの道を歩き始めた。
《2》
お嬢は、おいらに過去のことを殆ど語らない。
『全く呆れるわ。 何も知ろうとしなかったのよね。私って。 ホント信じられない。』
おいらがヴィさんから渡してもらった『猿でも判る初級・ロゼット王国慣習法について』著した上中下の3巻本の中巻を読んでいる隣で、上巻に目を通していたお嬢は、ボソリと独り言を呟いた。
それが本当に悔しそうな声の響きで、幼く見えるお嬢とは、まるで合って居なかった。
でもまあ、おいらとは違うシンドイ想いをお嬢なりにして来たのだろうなと、感じていた。
そしておいらは黒の一族を束ねる長としてヴィさんと契約を交わしたあの日、セシルとお嬢が過ごしてきた過酷な日々と実の父親に奴隷として売られたという話を聞かされた。
『奴隷売買』『奴隷商』その言葉を聞くと里を襲ったあの悲劇の夜を思い出して、日頃は波立たない気持ちが、ザワザワと音を立て揺れるのを感じる。
『こらシュウ、長になる者は〔気〕を立てるな。繋がっている者に影響を与えて狩りが失敗するぞ。』
騒めきかけた〔気〕は、亡き長からの言葉が耳を過って、おいらは思わず息を整え、そして吐き出す空気と共に〔気〕を落ち着けた。
亡き長や年長者達から、おいらが長に指名されたのは割かし早く、13歳の成人の儀を迎える前だった。長になる者は、影スキルを持つ者全てと〔気〕を合わせられなければ為らない。 おいらがそれを為せるようになったのは、殆どが長のお陰だろうと今も思っている。
何となくそんな話をお嬢にした時、『うぐっ、それって幼児虐待だわ、、』とか『女の子の人権がぁ、、』とかボソボソと口の中で、繰り返していたのは聴こえていたけど、おいら的には酷いことをされたなんて思えないし、狩りに失敗して怪我をしたり、真冬に食い物が足りない時の痛さや苦しさを知っているからなあ、そっちの方がシンドイ。 真冬の寒さから守ってくれる長や年長者たちは、暖かくて飛び切り気持ちが良いものだったのにさ。 まっお嬢に此の話をすると酸っぱい顔をするのでしなくなったが。
但し、里の娘たちは、おいらたちの体力が余って、ついつい抱きに行っていたのを本気で疲れ果て、身体が辛くて嫌がっているとは思わなかったけどな。 道理で彼女たちの反撃に殺意を感じたワケだ。
長から常々『嫌がる相手に無理を強いてはいけない』と言い聞かされていたのに。 いやでもおいらって本当に嫌がられていたのか?と云う疑問は残る。何となく?
つうか里の娘で、おいらを嫌っていたのは同腹の姉のメイ。 でもってラン、ミナとはHしていないしな。 別に同腹の姉だからHしなかったってワケじゃあない。 本当に互いに全くその気に為れなかっただけ。 ランとミナも『好みじゃないよね?』『同意する。』と互いに不同意だった為、やらなかったのだが。
長たちは、おいらと姉のメイを仮初婚の相手にしたかったようなのだが、メイはおいらとするくらいならリクが良いとなって、リクを初めての夫にしたのだが、互いに殺し合っているようなHをするようになっていた。 『お前ら仲良いな』と里に居る時は、友人のリクに話して居たのだ。 が、王都に出て来て吃驚した。 ような、、、じゃなくメイからしたら反撃の時、本気でリクを殺そうとしていたとは。 リクは、ああ見えて強いから、メイじゃぁ無理だろうけども。
そう。
Hは、嫌がる相手に無理矢理するモノではない。
山に住む獣だって、無理矢理にオスが乗っかろうとしたら、メスはオスを殺しに来るのが摂理。
それなのにあのセシルを痛めつけて犯すとか、、、。 畜生にも劣る奴っていたのだと、ヴィさんからセシルの上申書を読ませて貰って、二度目になる胃の腑が焼ける経験をした。
それはおいらが経験した2度目の怒りだった。
一度目はおいらが掴まっていた時、『子供を含めて里の者全て奴隷にしてやる』と、笑って言われたあの瞬間だ。『スキルが使えない者は、全員ぶっ殺す。』そう言いながら、拘束されて抵抗が出来ないおいらを3人で蹴り上げてきた。
あの時、身体の内側から焼かれるような痛みで、おいらは女神ルミナス様に救いを求めたのだ。 あの感覚を怒りと呼ぶのだと王都で知った。
そして『兄さま大好きっ子』であるお嬢が、セシルを何年も甚振り続けた『二人を探したい』と、おいらを頼って来たのだ。
お嬢風に言えば「悪い奴ら」かな?
勿論おいらは二つ返事で「イエス!マイ・ロード。」
おいらの影渡りスキルは、ある程度地上のマップを把握して置く必要があるので、スイとセイと一緒に馬で王都近郊辺りに在るタイムの町へと駆ける。
里の山々なら適当に上から目視して、自分の影に潜って移動しても人目を気にせず済むので、好みのタイミングでスキルを解けば、大抵は目的地の地上に出れる。
まあそのせいで、おいらが影スキルを使って居たのを里付近で、見張っていた襲撃者の仲間だったアイツらに見られて、おいらだけ先に掴まり山小屋に拘束され監禁されちまった苦い経験がある。
ヴィさんからも黒の一族の影スキルは狙われやすい為、人目に晒さないように言われている。
おいらは目視した地形やマップは、其の侭記憶して置けるのだ。
そして影に入って目的地を目指せば、瞬時に脳内にあるマップを移動して、スキルを解けば到着している。 スキルを解く前は、一度人の気配を確認しないと駄目だしなぁ。
だからお嬢みたいにヒョイヒョイと気楽に飛ぶってことは出来ない。 おいらの影渡りは、お嬢と比べて意外に地味な移動スキルだな、と思うこの頃なのだ。
でもまあ、一度目視して記憶してしまえば、帰りや二度目以降は、すんなり移動出来るから便利。 それに本来禁止されている筈の王居内にも、結界をすり抜けて影渡りで移動出来た。
摂政補佐のマーカスさんから強いクレームを受けたが、どの道行くのはヴィさんを訪ねて摂政室か、ヴィさんの住む居住宮しか行かないので許して貰った。
つうかリクの影糸を使って「来い」って言うのはヴィさんなので、クレームはヴィさんへとマーカスさんにお願いした。
そんな訳で、王都近郊の町にしては、栄えて賑わっているタイムの町へと着いた。
何かお嬢と行った王都の高級区に似ているな、と思ったら治めていたのは、同じ南の公爵家だった。
「絶対、ここってカジノがあるよな?セン。」
「それだけじゃなさ気だけどね。娼館が多いのは、まあ仕方ないとしても。スイは気に為らないか?」
「流石にこんなに色々な匂いが混じっている中で、リ・ヘブンの匂いってボクに断定は出来ないよ。シュウは、どう?」
「おいらは、センやスイみたいに薬草系の匂いを嗅ぎ分けれる程、鼻は良くないしなあ。 何となく空気の感じがカジノっぽい気がしただけで。王都もそうだったけど南の公爵ってカジノ好き? あっ、そろそろ影渡りで〔銀の鎖〕で見たザカリーの住んでる場所に行けそうだ。」
「馬は、どうしようか、シュウ。」
「おう、あの橋を渡った場所に駅舎があるよ。あそこに預けて行こう?」
「了解ー。」
「しかしそこそこデカイ川だな。」
「だなー。」
広大過ぎる王都を全て把握している訳ではないが、王都近郊の南にこれ程船が行き交う川があるとは、思わなかった。
王都の北か東、東南方面の主な川は記憶していたが。
そんなことを考えながら駅舎で馬を預け、人混みを避け、センとスイを掴んでおいらの影に2人を引き込んだ。




