軋み
《1》
赤の熊さんことライは、相棒アーサーと王都を拠点にしていた渡りの小悪党(自称)だったそうで、色々な裏稼業の人から誘いを受けて仕事をしていた。
それが引っ越した場所でとある侯爵にアーサーが目を付けられた。
引っ越した先に居た裏稼業の組織の人たちからもアーサーが狙われる始末で、此の侭王都に居たら危ないと感じ地方へ行こうと考えた矢先、ゴビオン村と言う王都から離れた場所での仕事の情報を手に入れた。
一応ざっと調べてみたが、とある侯爵とゴビオン村との繋がりは無く見えた。
ゴビオン村での仕事の打ち合わせでライ1人が出向いた。
ライの話を聴いていた私たち3人が察した通り罠だった。
痺れ薬を盛られたライは易々と捕えられ、今頃アーサーは、とある侯爵の元へと向かっていると逃げて来た裏稼業の人たちに笑いながら言われている所で、意識が疎らに途切れているそうだ。
トニーさんに押え付けられ赤髭を剃った熊さんは、ぶっとい赤茶の眉と四角い顔をした濃いが愛嬌のある風貌をしていた。
でもオレンジ色の瞳は、澄んでいるのよね。
ちょっと期待していたのだけど、別に髭を剃っても美形にはチェンジしないのね。残念。
ローランド先生は、ライがとある侯爵の名を告げると、苦虫を嚙み潰したような顔をした。
兄さまもちょっぴり眉が動いて「ああ」と呟いて不快感を示した。
私が不思議に思って、首を傾げて兄さまを見ると、僅かに肩を竦めた。
「バローズ元子爵の後妻の実家だ。」
「お、おう。」
いや、知らないもの。
あの人私が居た3階には来なかったし。
使用人に食事を用意するように頼んでも「奥様から禁じられています」の一言で終わりだった。
しかし〔ジーン〕て、どんだけ外部のことに興味がないのだろうか。
ある意味感心する。
「君の相棒アーサーは、侯爵と何か繋がりが?」
「いえ、本人に尋ねてみたのですが、全く知らないと。アーサーが3つくらいの時に下層民地区へ捨てられたので、そちらの縁かと考えたのですが有り得ないと話して居ました。」
「ライさんは、アーサーさんと暮らし始めてどれくらいなのですか?すいません、ちょっと好奇心が。」
「大凡10年くらいですかね。生意気になりました。アハハハ。」
ライは、笑って居るのに泣きそうな眼をしていた。
「因みにアーサーの髪色と瞳の色は?」
「髪は銀色、瞳は、、、綺麗な水色です。」
「ふむ。侯爵家の色と違う気もしますが、母方の血が強い事も侭ありますから、何とも言えないですね。でも現侯爵には男児がいないのも確かで。娘は2人ほどいるしね。」
ロゼット王国は、100年ほど前から王家の許しが有れば、女性でも爵位が継げるようになった。
国として女王制度を採っているのに以外と男尊女卑だった。
「あのー先生は、仕事内容は今は問わないと言ってましたけど、やっぱり訊きたいデス。良いですか?」
「いやぁ。ホントに楽なシノギだったんですよ。 テコイ男爵領にある比較的大きな農業主の娘とゴビオン村の商家の息子との結婚を邪魔して欲しいというもので。 顔を知られてない人間に任せたいと言うモノっす。依頼主がテコイ男爵の令息だったから、おいら1人でやれば大丈夫かと思って。」
「はぁ、貴族同士なんて表立ってないだけで、何処で縁があるか分からないのに。」
「それは何となく聞いたことが。でも、ここのところ人攫いの仕事ばかりが多くて。それがあったから引っ越したのに侯爵に目を付けられちまって。最初から引っ越し先を地方の町に変えてりゃ良かった。」
「そうじゃなくて。まあいい。良くはないが。で、ライはアーサーを探すのか?」
「はいっ。おいらが誰かに必死に助けを求める状況って、アーサーが何かヤバいことになって居ると知ったんですよ。それにおいらはアーサー以外の事で誰かに助けを求めることなんてないんで。」
「ライは自分の事はいいのか?」
「はは。おいらは好きに生きて来たので十分っす。」
きっぱりと言い切ったライの姿に私は共感を覚えてしまった。
だって私が女神ルミナスさまに助けを求めたモノと同種だと感じたのだもの。
そしてライが助けを求めたのは、誰かじゃなくて、女神ルミナスさまですよと教えたくなった。
女神ルミナスさまのことは、昔話として子供用の物語になっている。
ロゼット王国の信仰の対象は、初代ケレス女王だ。
そしてケレス王家の歴代女王。
どのようなことがあって、そうなってしまったか未だ今は分らないけれども。
私は此れから学んで行こう。
そうしたら何時かは知れる日がくるかも知れない。
だって今は未だ私は10歳。
その内、成長して身体だってバインバインユッサユッサのお胸になっ・・・てっ!
そうだ!
『嫌じゃ。セシルなら兎も角。どうせジーンは嫁には行けぬから安心するがよい。』
『だが最低でも20年は、その体型じゃ。、、、、』
あの駄女神ぃぃぃっ!
最低で20年此の体形ぃぃぃ!
ヒぃぃぃー。
少なくとも30歳までは、この子供体形だとぉぉ。
信じられない、信じない。
いや前世でも恋愛値ゼロに等しかったのに、今世でもだとぉ!
やっぱり前世でアホな死に方をした罰なのかしら?
これって女神ルミナスさまへのクレーム案件よね。
報告重要度は、ヴィンセント王弟殿下が第一だったけど、絶対に20年間子供体形の方が大問題だわ。 第三位のトリセツ希望より重要よ! それに此の体形だと将来仕事も探せない。
私のせいで兄さまが結婚出来無かったら、どうしてくれるのよ。
考えている内にドンドン気持ちがヤサぐれて行くのを止める事が出来なかった。
《2》
あの時、あの白光の輝きに包まれた時、オレはあまりの心地良さで意識がもうろうとなっていた。
ブラウニー医院の玄関ホールでローランド先生から声を掛けられるまで、オレは気絶していたのだと思う。
体感的には、とても長い時間あの光の内に入っていた気がする。
それはそれとして。
砦の奴隷収容所の岩牢でグリードって野郎に命令されて奴らが近付いて来た時、ここで妹のジーンと引き離されるのは嫌だと彼女の細く小さな手を握りしめてしまった。
(ああ、ローランド先生にジーンを紹介する約束をしたのに。ジーンにもあのブラウニー医院の玄関ホールで温かなハーブティーを味わいたい。あそこにジーンと共に戻りたい!)
そう願った時に、眩い光が周囲を突き刺すように照らした。
その輝きは夏の太陽のようで────。
────見知ったブラウニー医院の玄関ホールを目にした時、救われたと思った。
自分の手の中にジーンの手が或る事を感じれた時も、嬉しくて嬉しくて嬉しくて、幼い頃に忘れていた涙が、後から後から溢れて来て止まらなくなった。
本当に救われたと、、、女神様は、お救い下さったのだと。
まさかアレはジーンの願いで。
その代償にあの強大な力を持つスキルをジーンが使わねばならないのかと思うと、単純に喜んでいた自分が情けなく思った。
そして朝食会でローランド先生から秘匿だと聞かされた話を思い出し、オレは余計にジーンを守らなければと覚悟を新たにした。
王家に、国に利用させない為に。
ジーンの純粋な優しさを大人たちに安易に扱わせない。
ローランド先生は、どんなことをしてもジーンを守って下さると誓ったが、、、それでも油断はしたくない。
ジーンが救ったあのライって奴の話は、オレにとってどうでも良いことだった。どちらかと言うとあいつの為にあのスキルを使ってジーンが倒れたかと思うと腹が立つ。
ザクロン帝国圏にいる奴隷商関連の奴が、ジーンの罰を受けて苦しまずに瞬殺されたことを感謝しやがれと思った。 そこでジーンを責めている空気を感じて、思わずローランド先生に殺気を向けてしまった。
今は未だオレには何もかもが足りない。
知識も力も。
愛想のないオレでは、人脈を作る事は努力しても出来ないだろう。
早く強くならなければ。
ローランド先生とライが長話をしている間にジーンの顔色が徐々に悪くなっていった。
暫く我慢していたが、オレは耐えられなくなったローランド先生に休憩を申し入れて、ジーンの細い躰を抱え上げてサロンの長椅子に運ばせて貰った。
その後、ローランド先生は明後日からオレに真っ当な剣術を教える先生を紹介してくれると言った。
ありがたい。
これで先ずは第一歩、進める。
待っていてくれ、ジーン。急いで強くなるから。
《3》
バカにみたいに広い王都は、王家と7大公爵家によって管理されている。
大昔は、全て王家によって管理されていたのだが、女王が結婚して子供が産まれ、降嫁する王族が出て来た。
その内に、次代を継ぐ王女には、夢見のスキル発現が必須だと言う認識が定着し、血統主義の時代となり、力のある家が公爵家となった。
長きに渡り王家の血を継ぐ者を王配にするため、7つの公爵家から順に王配候補を決めて来た。
そして王族を筆頭に貴族たちはスキルの他国流出を防ぐ為、殆どが決められた者同士の国内婚であった。当然、ゆっくりとだが互いの血は濃くなり、近親婚と呼ばれる結婚となっていった。
これ以降、次期女王に夢見のスキルが発現しない時期が現れるようになった。
しかし近親婚の弊害は次代下るごとに出て来た。
一番の問題は、女王の出産人数が減って行き、やがて時代の出生が危ぶまれる様に成り、200年前の女王の夢見のスキルで婚姻相手を知らされる様になった。
血統主義に染まっていた高位貴族は多くいたが、女王の夢見のスキルは絶大だった為、内心で反発していた者も表では受け入れて行くしか無かった。
此の頃から夢見のスキルは、国内の災害や他国からの侵攻だけではなく、次期女王の結婚相手を知らせるようになった。
相変わらず出産する子の人数は少なかったが、次代を憂うことも減り、貴族たちも国外の相手を結婚相手に迎い入れるように為る。
そして前女王の母が、夢見のスキルで視た相手は、ロゼット王国からやや離れた小国の王子であった。
これには流石に反発をするモノも現れた。
しかし断固として高位貴族の反対を退け、その者との婚姻を強行した。
実はこの頃から、ザクロン帝国の奴隷狩りが一気に増え、ロゼットの民が意識的に狙われるようになった。
それまでのザクロン帝国は奴隷制を執っていたが、広くなっていった国内を円滑に収める為、安価な労働力を確保することを主軸に置いていた。
しかしある程度豊かに繁栄して来た為、見せる為の奴隷の需要が上がって行ったのだ。
そんな時代とリンクしたのか、現女王の王配もロゼット王国から少し離れた小国の王子を前女王が夢見のスキルで視たのだった。
弐代続けて他国の王子を夢見のスキルで視て、そして結婚した。
国内は静かに密かに軋んでいた。
《4》
第一王女エレノーラは、現在悩んでいた。
折角、前世からの推しグリードと監獄での初デートが叶ったのに彼は超不機嫌モードだったのだ。
熟考に熟考を重ねて書き上げた劇物を爪の先で叩きながら甘い低音ボイスでグリードは宣う。
「で、何してくれんの?俺様の力になりたいんだろ?王女サマは。」
「ハァ、王族って暇なの?俺様の人生調べ上げて、何がしたいの?」
「要らねぇって言ってるだろ?王女サマのネタなんて。」
「つーか王女サマに何が出来ンの?」
「どうせ臣下やその部下を使いまくって、で、恐らくそれでも如何にもなンねぇのだろ?」
「何が取引だ。裏稼業のネタとか騎士団に絶対売らねぇ。何人手下をあいつらに引っ張られたと思ってやがる。お綺麗な御託ばかり並べやがって。」
「こんな所で茶シバいている間に下層民のガキでも保護してやれば?暇して金だって湯水の如く使ってやがるンだろっ!」
「俺様はてめぇみたいな女は虫唾が走る。」
もう最後のセリフがエレノーラに止めを刺した。
合間合間のヒワイな罵詈雑言は護衛騎士のランスローによって物理にで阻まれた。
それも彼の怒りの血管をもう一段上に浮き上がらせたのだろう。
しかし、その罵詈雑言する魅惑の低音ボイスだった為、エレノーラはうっかりうっとり聞き入ってしまうのだった。
「ツンデレも良いけどツンツンも味わい深し。」
放送禁止用語の連発にランスローが横槍を入れた為、超短時間の逢瀬だったけどエレノーラには有意義だった。
それは文句言いつつもエレノーラの劇物をグリードは大切に持っていてくれたからだ。
まあ、それにグリードの言ったことは、間違っていない。
ゲームシナリオで知っていることを其の侭に認めるわけにはいかないので、グリードの調書と騎士たちが捜査した報告書を読み、推測出来る範囲で手紙を書いたのだ。
持って回った書き方に成るのは仕方ない。
まさか実は南の公爵の令息でしたよね。とか、黒幕は北の公爵で、今南の公爵となっている叔父と手を組んでいましたよ。なんて書ける訳もない。
それは分っていても励まして差し上げたいと思い、情熱に浮かれてペンを走らせてしまったのだ。
それにエレノーラだって、下層民の存在を忘れていた訳では無い。
自分の行動にブレーキを掛けてしまったのは、その役目を負うのはヒロインのフェリシア第二王女だからだ。
此れ以上無自覚に彼女の恋愛フラグを折ってはいけないと。
隠しキャラであるアーサーとの出会いは、フェリシアが15歳になり下層民の児童問題を解決する為にお忍びで出掛けた際に起きるのだ。
隠しキャラアーサーが実質本命と騒がれる程、フェリシアとお似合いなのだ。
今まで幾人かの攻略キャラたちの人格形成を無自覚に歪めてしまい、フェリシアの恋愛トリガーを粉砕したエレノーラなりの償いのつもりだった。
「でもねぇ、下層民問題はロゼット王国の歪みなのよね。税を取らないからと放置しているのも違うと思うわ。 前世で言う所の戸籍が或るのは、中層民くらいまでなのよね。 信仰の対象が女王だから教会がないのも痛い。代わりに成るのが7大公爵が管理している地区の公民館で、主に収穫祭に合わせての税の徴収だものね。 やっぱり2回くらいシナリオイベントが起きないと全体の意識が変わらないのかしら。」
国政と恋に悩むエレノーラ第一王女には、静かなる軋みの音を未だ耳にすることがなかった。
シナリオでは色々と掠っているのに残念である。




