悪い子が狙う悪い奴ら
《1》
アーサー君とキャメロン副団長との親子鑑定スキルの結果は、あっさりと「紛うことなき親子」との判定を受けた。 その後、戻って来た3人(アーサー君、キャメロン副団長、ローランド先生)たちは、私たちの居たサロンで合流し、トニーさんが透明感のあるルビー色の赤ワインをワイングラスに注いで皆に配り『祝・親子記念日』を合言葉に、軽くグラスを上に掲げて乾杯をした。
その日もキャメロン副団長は、午前10時に騎士団へと戻らないと駄目だったので、ワイン一杯だけの祝賀会だった。 少しアーサー君は寂しそうだったけど、キャメロン副団長の照れのない親子のハグで強く抱き締められ、反対に照れまくってアワアワと真っ赤な顔で身体を逸らす美少女なアーサー君は、とても愛らしかった。
「アハハッ。ずっとアーサーにハグしたかったから、ついね。ゴメンゴメン。」
そう言ったニッコニコなキャメロン副団長の柔らかい新緑の瞳は、潤んでいた。
キャメロン副団長は、暖かで優しい目をアーサー君に向け、大きな右の掌で銀色の頭をクシャクシャと撫でてから「行ってきます。」と告げた。 そしてトニーさんが赤褐色のドアを開いた。 そして強い足取りで出て行ったキャメロン副団長の純白の広い背中は、アーサー君の傍に居る時と纏う雰囲気をガラリと変えていた。 そのことに気付いたのは、キャメロン副団長の背を見送っていたトニーさんだけだった。
晩夏のシャワシャワと鳴く騒がしい蝉の声に紛れて、季節が流れていることに私は気付かなかった。
ロゼット王国より外の世界で、戦の準備がひっそりと進められていることにも。
《2》
パラリパラリと気まぐれなお天気雨の日が続き、朝夕の外気温が冷えて来た。
深緑だった街路樹や庭の木々の葉は黄金色に染まり始めていた。
私は、シュウが手渡してくれた胡桃色のウールの少し厚手のショールを肩から羽織り、胸元で金色細工のショールピンで止めた。
「お嬢には、大きいショールだから毛布を巻いているみたいだ。」
「こういう物なの! 良いじゃない、シュウって駄犬の癖に細かいわ。 首筋からすっぽり膝まで暖かいんだからぁ。このライムグリーンのフレアーのワンピースに合せると無敵だし。」
「いやだから毛布だと、、。で、お嬢は何と戦うんですか?」
「うっ、うう。とっても悪い奴よっ!」
「それはそれは。 ちゃんとおいらが手助けっすから、お嬢ひとりで戦いに行かないようにっ! お願いしますよ。」
「、、、うん。考えとく。」
キラリと光った黒水晶のシュウの真剣な目が恐くなって、自室のソファーに座ったまま、飲みかけのカモミールティーの入った白いティーカップを持ち、誤魔化すように慌てて口をつけた。
私は兄さまが帰還したあの日から〔悪い子〕になろうと決意していた。
でもアーサー君の先行きが心配で、ついでに監禁侯爵がアーサー君と一緒に移動スキルの持ち主を探して居ると聴き、落ち着かない日々を過ごして居た。
で、やっと監禁侯爵に天誅が下り、アーサー君はライさんと共に煙草屋さんの右隣にある屋敷で、実父のニコラス・キャメロン副団長と暮らせるようになった。 左隣はローランド先生邸の鍛錬場なので、引き続きクラークさんからアーサー君に剣術指南をして貰えるのだとか。 私もこれで安心かも。
アーサー君たちの暮す屋敷から、イートン通りを挟み向かいに或るのは、だだ広くドデカい建物と敷地。そこは通りの名にもなっている〔貸し馬車屋 ホーステッド〕。 有料で馬を預ってもくれるので、多忙なキャメロン副団長のホーステッド区への引っ越しポイントは、始めから高かったそうだ。
そもそもヴィさんは、初めからライさんをホーステッド区から逃がす予定などなかった。 アーサー君とライさんの精神的安定のため、二人が別々に暮らす選択がない以上、必然的に引っ越し先はブラウニー医院近隣の屋敷になってしまう。 空気が読めるキャメロン副団長は、不動産屋に早変わりした先生の勧める屋敷にそのまま入ってしまったのだ。 ヴィさんの予定通りに。
そんなこんなで決意してから約三ヶ月近くが経った。
あいつ等を許せそうなら、私はすっぱりあの二人を忘れて、これからを生きていこう、と思っていた。
やっぱり人を殺意を持って殺めるって怖いし、それにそれをやっちゃうと大きく自分が変わってしまう気がした。
そりゃ罪科の秤で、黒犬たちの里の襲撃者たち150名以上の生命をまるっと消しちゃったり。 メメシス属領地の収容所では、寒かったのでサクって悪人を一発消去した。こっちの方は死者数不明だし。
でも女神スキル発動時と違い、特定の奴らを殺そうとしてるのって、大量粛清するより罪深く思ってしまうのだ。 殺られる方からしたら結果は同じ〔死〕だけど。
不図した時間、私はそんなことをグルグル考えていた。
それに私が、ザカリーとトリストを抹殺するのは、兄さまの為などじゃない。 此れは〔ジーン〕だった私の存在のためなのだ。
奴らは、抵抗する術を持てない兄さまを嬉々として蹂躙し続けたのだ。 まるで奴ら自身が、完璧な兄さまの主人かのように振舞い、意の侭に兄さまを動かしていた。
あの野郎(父親)の執務室から見える庭園の位置で、悍ましい饗宴が始まったのは、8歳になっていた兄さまが目に生気を戻し、王都から領主館へと帰って来た9月の頃だった。
幼かった(と云っても5歳)〔ジーン〕には、3階の細い窓から視えていた光景の意味している悍ましさを理解していなかった。 それでも日に日に消えていく兄さまの生気、そして諦観している表情に〔ジーン〕の胸の奥の痛みは増すばかり。 だから女神ルミナスさまに『兄さまを助けて』と祈り続けるようになったのだ。
今でも思う。
あの頃〔ジーン〕の中で、私が前世の記憶に目覚めて居ればって。
どうにもならないことだけど、、、やっぱり私は、奴らの存在を許せない、そう思った。
「さてお嬢は、誰と戦うの? 覚悟が決まった面になったみたいだな。」
私が想いを整理していた中、駄犬シュウには、似合わない真剣な面持ちになっていた。
シュウのその表情に「ぐっ、、。」と、私が息を詰まらせた。 するとシュウは、強く光る黒々とした双眸を細め「フっ。」って笑い、いつもの飄々としたシュウへと戻っていた。
「全くお嬢が、おいらに隠しごとなんて無理なンで、サラリとゲロった方が飯旨になれるゼ。」
私は息を吐いて、飄々といつもの調子に戻ったシュウを見て、、、頷いた。
「、、、、、あのね。先ずは調べたい奴らがいて、、、」
黒い狼から駄犬に戻ったシュウに私はホッとして、奴ら(ターゲット)の名を告げた。
悪い奴らは、ザカリー・テェイズニー伯爵第3令息。そしてトリスト・ゴブリン侯爵第2令息。
《3》
薄い雲が流れて行く中、私は先生と一緒に、のんびり裏の小径を通って、セオドア叔父さまの邸に伺った。
裏木戸からの訪問でごめんなさい。
先生は気にすることなく堂々とした足取りで、私を抱えて真鍮で補強したチェスナットの裏木戸を明け、「セオっ!」って呼びながらつかつかと邸内を歩いていた。
「あら? ロー君先生。今日セオは、王城の方よ。云ってなかったかしら?」
「そう云えばトニーが、、、。」
叔父さまの奥さまであるエイミーさんが、コロコロと可愛らしく笑みながら、廊下を通り、私たちを落ち着いたサロンへ案内してくれた。
上質な白いリネンのテーブルクロスが掛けられ、艶のあるエクセルベージュのセンタークロスの上には、濃紺の陶器の花瓶にオレンジや深紅の夕日色のダリアが飾られていた。
エイミーさんに勧められたソファーに私と先生が腰を下ろすのを待ち、柔らかな声でエイミーさんは用向きを尋ねた。
あのう先生、やっぱりトニーさんかリクを先触れで出してた方が、良かったと思うのですよね、私。
セオドア叔父さまは、確かにブラウニー医院の薬師で、お隣さんで、先生のご友人。 加えてあの野郎の実弟なので私の叔父さまでもある。 しかしエイミーさんは私と3回会っただけなのですよ。幾ら叔父さまの奥さまでも。しかも私たちの父親は、セオドア叔父さまを殺そうとしたあの野郎である。 うぅ、思い出すとエイミーさんに申し訳なくなってしまう。
「そうそう、エイミー。実はジーンに秋用の布地を買うから服を仕立てたいのだ。頼まれてくれるかい? 布商がしばらくしたら此処に来れるよう呼んであるから。」
「もう、ロー君先生ったら。隣なのですから予定が決まった時に教えてくださいよ。」
「あはは。済まないエイミー。決まったのは、さっきなんだ。珍しくジーンが冬服なら欲しいと言ってく
れたのが嬉しくて。リクに生地屋に行かせてセオの邸に持って来させるように頼んだのだ。」
先生は空色の目を細めパァーっと照り輝くような笑顔をエイミーさんや私へと向けた。
そうなのです。
今朝、最近お気にの胡桃色の大判ショールに身を包み、私はサロンで先生と朝食を食んでいた。
『そろそろ長袖のワンピースや上着がジーンは必要だね。』
『ですね。流石に半袖は、夕方位から辛くなった気がします。真冬用の衣服は、昨年先生に買って頂いたので要らないですけど。もう少し冷え込むような季節の物は欲しいかも?セオドア叔父さまに頼んでみますね。』
『いやそれなら私も一緒に行って選ぼう。それに彼の妻のエイミーは仕立が出来るからね。楽しみだなぁ。』
てな感じで、私は先生にお子ちゃま抱っこされた。 その姿を見て笑いを堪えているリクに、先生は場所と店名を伝えてお使いに出した。 私は先生の左腕にケツを置きユラユラと膝下を揺らし、様々な形に変わる流れる白い雲を見上げて、セオドア叔父さまの邸に到着したのでした。 裏門から。
暫くすると、小綺麗な格好のおじさんとお付きの行商人みたいな人たちが、リクの先導で防虫効果のある木製の大きなボックスを次々とセオドア叔父さまの邸・ハーパー邸に運び込んできた。
(あの野郎が没してから、死んだフリをしていたエイミーさんは、ハーパー男爵家の籍に復活し、婚姻していたセオドア叔父さまもハーパー姓を名乗るようになった。ハーパー男爵家はエイミーさんの長兄が継いでいる。)
うん。
こうなる予感があったから先生でなく、セオドア叔父さまに9月下旬~10月下旬辺りまで着れそうな衣服を頼む予定だったのに。
並べたてられた大量の布地に思わず私はため息をついた。
そりゃね、リネンやウール・ラシャ・シルクと色味も織り方も様々で美しいけどさ。
結局は、生成りのベージュに野の草花を木版を使って藍色でプリントした布地をチョイス。
「プリント柄で、ドレスを作りたい場合は問屋に来てね。」ってことでした。
どうも私は、茶系や緑系の布地を選びガチだったので、先生の強いプッシュで、鮮やかな赤、ひなげしの花色の上質なリネンと襟や袖口に付ける繊細なレースをチョイスされた。
エイミーさんは、上品に結上げたチョコレートブラウンの後れ毛を揺らして、私と布地の色を真剣に見比べて、光沢を持った金赤と赤瑪瑙のような強い赤色の布地を選んでくれた。
えっと?
私の似合いそうな色って赤?
貴族令嬢っぽくない茶髪茶目な地味っ子の私が?
何だかそのことに大きなショックを受けていた私は、先生とエイミーさんと小綺麗なおじさんたちが、ワチャワチャしながら、次々と私用の布地をチョイスしていたのに気付かなかった。
エイミーさんが紅茶を入れにサロンに立った時、買い上げたカラフルな布地が、大きなボックスから溢れているのを私は、見ないことにした。




