若くないヴィンセントの悩み
《1》
宰相補佐で或るマイルズ・バードは、くすんだ赤味のある黄色の真っ直ぐな眉根を寄せて悩んでいた。
重要な仕事を宰相室で終え、王居から幾つもの角を曲がり、円柱のある回廊から外階段を下り、中庭を抜け政務宮のある一階の食堂へと向かっていた。
中庭の白いベンチには、艶やかな長い瑠璃色の髪を風に靡かせ遊ばせている美しい〔瑠璃色王子〕が座って居たからだ。
瑠璃色の髪で遊んでいるのは、風ではなく黒髪黒目のスレンダー美女メイドのメイであった。メイはエレノーラ殿下の元専属メイドだったが、気が付けばアリスター殿下の専属メイドとなっていた。大人しいが気配りの出来る若いメイドで、王城勤務の衛士たちから人気があった。
アリスター殿下の隣に腰を下ろしたメイは、涼やかな笑顔で腕を上げ、 白く細い指を艶やかな長い瑠璃色の髪に絡めているのだ。それだけなのにナゼかエロティックな空気を感じてしまうマイルズだった。
そしてマイルズの悩みはアリスター殿下を目にすると、オレンヂ王国で観た通信映像から流れて来たアリスター殿下の古の彫像のような裸体と鞭のように撓っていた大きな腰の動きが、脳内で自動再生してしまうからだ。
目を逸らしたいと思うのにマイルズの身体は、何かに縫い留められたように動けなかった。
高い背丈。
マイルズは、衣服の上からでも判る逆三角形に鍛えられた逞しい胸板や二の腕や背中に思わず見惚れた。
喉の渇きに口中の唾液を飲み込みマイルズはゴクリと鳴らしていた。
「おいっ!ミロ(マイルズ)どうしたんだ?ボーっとして。」
「、、、嫌、何でもない。ランスは今からエラノーラ殿下の所か?」
近衛騎士のランスローの声で〔瑠璃色王子〕からの呪縛が解けたマイルズは、反射的に声の主へと言葉を返した。
「まぁーな。オヤジからエレノーラ殿下から目を離すなって言われている。下手して戦いに参加しないようにってさ。」
「幾ら何でもソレは無いだろう。オレンジ王国でエレノーラ殿下がハッチャケていたのは、演習だったしな。それにオレンヂ王国での、ある程度の襲撃を王弟殿下とジョエル宰相が、予測が出来ていて安全だったからだろう。 まあ騎士団長にエレノーラ殿下が、迷惑を掛けてしまったのは否めないが。流石に今回はないさ。」
「なら良いけどなぁ。ミロは食事か?」
「ああ、そうだ。 おっ!そうだ、後でランスの休憩時にお袋から差し入れのあったミラベルを持って行ってやるよ。足の速い果物だからな。お袋も何であんなに届けて来たのか、、全く。」
「それはサンキュっ。待ってるよ。じゃぁな。」
「おぅ。」
マイルズは、呪縛を解いてくれたランスローに感謝しながら、ベンチが置かれた花壇前から意図的に視線を外し、石畳で整備された白茶色の小路を足を早めて通り、内からの政務宮入り口を目指した。
《2》
ヴィンセントは頭を抱えていた。
それはベリアノ侯爵が亡くなるにエラノーラが勢いよく摂政室へ乗り込んできた件ではない。
『ヴィンセント叔父様、城内の風紀が乱れておりますわ。エロスター王子と一味のエロスターズの行いを正すため、王城風紀委員を作りましょう。人目を憚らずイチャコラしているカップルに適切な距離を保つように注意できる委員会作るのです。身分を問わずに注意出来る風紀委員会を発足しましょうっ!清らかな私の癒し空間である中庭を取り戻すのですわ。』
『却下だ。』
『なぜですの?ヴィンセント叔父様!』
『貴族令嬢が勤める侍女と違い、未婚率が多かった王城メイドの婚姻が増加した。衛士や下級文官も喜んでおる。エレノーラの癒しより、そっちの方が有難い中庭の活用法だ。 ソレとアリスター殿下だ、エレノーラよ。 お前の場合はアリスター殿下への私怨だろう。見たくない物を見せられたと言う。という訳で、即却下だっ!以上。』
『むっきーぃっ!!叔父様のバーカっ!!』
あの件は、それで終わった筈だ。
そして異母弟のローが、私的に頼み込んで来たと思っているアーサーとキャメロン副団長の親子鑑定スキル(マナ鑑定スキルを)使用の件でも無い。
ベリアノ侯爵死去の報を聞き、直ぐに上層部部長と副部長にキャメロン副団長とアーサーの母親アンジェリカの関係性を伝えた。そして証人となるべき2人の女性の証言を聞かせ、今後の事を考えて親子で或るという証明の必要性を説き、臨時上層部会を求め、満場一致鑑定スキルの使用が認められていた。
この事で、わたしの補佐官マーカスと黒犬のシュウ、そしてジョエル宰相には、死にかけられる程、動いて貰った。 感謝しかない。いや本当に。 (ベリアノ侯爵が予審会で、上申書提出の必要性を訴え、動き出した事柄の話は、また別の機会に。)
呆れた目のジョエル宰相から『昨年の11月でしたっけ? エレノーラ様を始めとした私たち3人に命じられた砦への潜入捜査と人質救出案件。実は此の為だったのですか?王弟殿下。』そう突っ込まれてしまった。
『それは穿ち過ぎだ、ジョエル宰相よ。 希少なマナ鑑定スキル使用者の縁者が奴隷狩りにあったから、救助をエレノーラやジョエル宰相に頼んだだけで。 それにエレノーラが妙にノリノリだったしな。 幾ら何でも、あの白銀の騎士家系のホーク卿の娘アンジェリカと、いつも世話になって居るキャメロン副団長の息子が、こんな縁で見付かるなんて分かる訳がないだろ。 ジョエル宰相は、わたしを何だと思っているのかね?』
『人を喰ってる王弟殿下ですかな?ハハハハっ。』
乾いた笑いをするジョエル宰相に、今度はわたしが呆れた目を返してしまった。
まあ後、2つ~3つ考えなければ為らない案件はあるが、これも通常のことだ。
そうわたしが今頭を抱えている悩みは、同盟国であるクローバー王国からの通信で始まった。
面倒なことに、本当に面倒なことにクローバー王国の王太子妃からの頼みで、現在クローバー王国に滞在中のエーデル王国・ディードヘルム第2王子(17歳)とグレーテル第4王女(16歳)が後学のためにロゼット王国へと来国されるのだ。
既に女王陛下である姉上が決定なさったことなので、わたしに拒否権はない。
王配のアルバートから聞かされた話によると、姉上の夢見のスキルが発動し、視えた事柄に繋がるそうだ。
それは良いのだ。
姉上が夢見スキルで視たことで、その対応に右往左往させられるのはいつものことだ。
殊に夫であるアルバート。 そして弟であり、摂政業務で姉上の補佐のわたしなどは、その為に姉上の居る王城で暮らして居るのだから。
ただ対策を練り対応して、その行動で夢見スキルで視た内容が変わり、良くなることもあれば悪くなることもある。 また対応しても、結局は何も変わらず、姉上が夢見で視た通りになってしまうこともある。
その件については王会でじっくり話し合うことになるだろう。
問題は、エーデル王国の年頃の王子王女が、エレノーラの居る王城に滞在してしまうことなのだ。
エキセントリックなエレノーラが、純朴だと聴く彼らと過ごすことを考えると、わたしの胃の腑は既に重くなってきていた。
吐く溜息も深くなる。
これでエレノーラが16歳の華も恥じらうフツーの王女殿下であるならば、、、良き年頃の第二王子の出現に再度エレノーラへと婚約を期待するのだが、、、。 今のエラノーラは、首輪付きのアレだかアルだかにご執心だ。(そして首輪付きのアルが本当に面倒な奴なのだ。色々な意味で。)
ザクロン帝国と戦争になるやも知れないのに、城内は城内で、エレノーラの言動が嵐を巻き起こす危険な可能性に満ちているのだ。
エレノーラの行動は、単純なことが多いのだが、偶にわたしの予測を突き破り、月まで蹴り上げそうになることもある。
『どうしてそうなったっ!!』
わたしがそう叫んだのは、一度や二度で済むはずもなく、、、一番最初はエレノーラが10歳の頃、暗殺を未遂に防いだことで、、、と考え始めた所でわたしは追憶を打ち切ることにした。
夢見スキルのせいも若干あるが、姉上はエーデル王国との同盟を決め、今回、クローバー王国と共にエーデル王国をザクロン帝国から守ることを王会で決定した。
女王陛下が夢見のスキルで視なくとも、『此れ以上、ロゼット王国北側の国々をザクロン帝国に荒らされるのは堪らない。』と言うのが、王会メンバーたちの率直な気持ちだった。
現在、ロゼット王国の北側に位置する国境替りの山脈と山々に隣接しているのは、四カ国。
わたしたちが北の隣国と呼んでいるのは、東からスレエム属領地(帝国領)、次がゼノキス中立王国、そして同盟国のクローバー王国、北に隣接している国で尤も西は、友好国のワイス王国。 以上の四カ国で或る。
この四カ国の中で、一番領土が大きいのは同盟国のクローバー王国だ。 それでもロゼット王国の4分の1より少し狭いくらいなのだ。
そして新たに同盟国になる予定のエーデル王国は、ロゼット王国から北の隣国と呼ばれているゼノキス中立王国とクローバー王国とに国境を接し、更に北にある小国だった。
本来ならエーデル王国に介入することなく過ごすロゼット王国なのだが、南のオレンヂ王国での騒動に帝国の影を感じたため、無視できない状態だった。
そんな事も在り新たにエーデル王国と同盟を結ぶ話となったのだ。
そして姉上の意向を叶えるため、今回は、、、も!か、ジョエル宰相と宰相補佐のマイルズ・バードの転位スキルには非常に世話になった。
そして頼れるガウェル騎士団長と采配の妙を誇るキャメロン副団長は、勿論のことだ。
加えて、スキルで高速移動が可能な第11部隊たちにも無理をさせることになった。通信隊が所属している。
ただでさえクソ忙しいのに、どこを向くか分からない超マイペースなエレノーラのことを思うと、眉間の縦皴に金貨が挟めそうな程、深くなっていくのだ。
始末の悪いことに、それでドコか分からない所で、別の問題が解決していることもあったりするから、迂闊にエレノーラの言動を制限できない事が、多忙な時期だと我が姪ながらも少々忌々しい。
予想外のことは面白いが、予測の立てられない姪っ子のエレノーラに、近々41歳になるヴィンセントの悩みは尽きない。




