魂還
《1》
セシルの招きに応じてブラウニー医院の裏に或る屋敷の鍛錬場へ入り、アーサーと出会ってからは、ずっとわたしの衝撃と混乱が続いていた。
アンと瓜二つなアーサーとの邂逅。
やっぱりアンのことを考えて居る時は、僕に戻っちゃうな。
副団長に成った時、「少しは威厳を持たせろ」とガウェルに言われてから「わたし」と言い始めたケド。
アンが僕の今の口調を聞いたら、やっぱり笑われるのだろうなあ。
でも本当にアーサーを見た時の衝撃は凄かった。
僕は、てっきり約束通り15年ぶりにアンが会いに来たのだと、そう思えて呼吸が止まりそうになった。
少し考えれば分かるのに。
僕は、相変わらずアンのことになると、そそっかしくなって、バカになってしまうようだ。
身長がアンと同じくらいだったし、身体の線が少年というより少女みたいだったからね。 アーサー本人には絶対に云えないことだね。 きっとアーサーは後1年も経たずに背も伸びて、身体つきも変わるのだろうな。 それが愉しみでもあり若干寂しいと思ってしまうのが、僕のダメな所だろうなぁ。
でもそっか、そうだよね。
「男の子が生まれたらアーサーって名付けたい」とアンは云っていたよね。
「皆に人気の『騎士アーサー物語』かい?」そう僕がアンに訊ねた。
「うん。物語の大元に成った話なの。 実はホーク家を賜った英雄白銀の騎士の名はアーサーなのよ。 いつの間にか英雄や白銀の騎士、そしてホーク卿って呼ばれる様になって名を呼ばれなくなったのね。 それで大元の短い『アーサー物語』を人々から語り継がれてゆく内に、膨大な巻数の長編になって、ルーク家で伝わっているお話と全く別物になってたわ。 代々ルーク家では、名にアーサーを付けないのだけど、、。 それが少し寂しくて。 だから男の子ならアーサーに、って思って居るの。 わたしは嫁に行く身だから家名も変わるものね。」
アンは、そう話して楽し気に微笑んだけど、結局は僕の所へお嫁に来てくれなかったよなぁ。
なんでアーサーを身籠った侭、僕の前から消えたのか。
ナゼ、生まれる前から付けたいと望んでいた名のアーサーと別々に暮らしていたのか。
どうして亡くなる前にでも、僕に助けを求めてくれなかったのか。
再会を望んでくれていたのに、僕がアンを探すことを手紙でハッキリと拒絶していたのか。
アンの性格からして僕が探している事に気付いたら、脱兎の如く逃げ去って再会すら敵わなくなりそうで、それが一番僕には怖かった。 本当にアンに対して臆病過ぎて嫌になる。 どんな敵より僕はアンに嫌われることが恐かった。 アンは綺麗で心が強くて優しくて暖かい。 僕はアンと出会えたことが運命で、アンに人生の伴侶として受け入れられたことが奇跡で、そしてアンと1つになれたことは女神様の恩寵だ信じている。 今でも此の想いは何一つ色褪せず変わることなく僕の中でいつも巡り続けている。
今だから云うけれど、アンが居なくなる前、体調不良を理由に僕と会わなくなっただろう? 何で僕が無理矢理会いに行かなかったか、アンは分かるかい? 若いアンには、僕がした行為が気持ち悪かったのだろうかと、反省したり落ち込んだり、会えなかったから余計に情緒不安定になって、友人のガウェルを始め周囲にはかなり迷惑をかけてしまった。
アンと1つになれた時は幸せで幸せで、、、天に駆け上っているような幸福感に包まれて泣きたくなるような喜びを初めて体感して、後悔なんてする時が来るとは思って居なかった。
そして2週間ぶりにアンの薔薇がほころぶような笑顔が見れて、早く三日後の安息日が来て欲しいと願っていたのだ。
その日、体調不良で先触れに「会えない」と言付けされた時は、心配で不安になった。 だけど次に会った時はアンと沢山話して幾度も抱き締めようと考えた。
結局、その日は来なかったのだけどね。
そしてアンからの別れの手紙。
僕が、あの手紙を読んだ瞬間は、そう思ってしまったのだ。
天の国から見ていてアンは、僕のことをきっとバカだと思って居るのだろう? アンにそう思われても仕方ないかな。 だって僕も自分のことを大バカだって思っているからさ。
本当にアンに対しては全く余裕なんて僕はなかったのだよ。 アンには、いつも大人の振りをして落ち着いてみせていたけどね。
──────アン、何で死んじゃったのかい?
アンに聞きたいことが──────いっぱいいっぱいあり過ぎて、それにアンのことを他の奴から聞かされたくなくて、、、。ああ、でもアーサーは別だよ。
ははははっ。
相変わらず、僕の心が狭くってごめん。
そしてアーサーを自分の息子だとか上層部会に訴えているって云う、プライドだけはエーデル山脈を超えているクソ野郎。
ローランドは、敢えて口に出さないでいてくれたみたいだが、あのクソ野郎とアンは、、、なんて一瞬でも考えたくない。 大体あのクソ野郎とアンの相性なんて1mmも掠る所がない。 多分僅かでも話したら、それこそアンは地平線の彼方まで逃げ出して行くだろう。
それともクソ野郎は、アンが自分のことを好きだとか勘違いしている?
ない。それはないと思う、絶対に。
アンは、見た目は儚げだが、自分の芯を確り持っていて、嫌なモノは嫌、駄目なコトは駄目と、言葉にも態度にもハッキリ出して示す性格だ。 貴族特有な比喩や迂遠な言い方が苦手なので、ポンポンと素直な物言いをするから誤解する方が難しい。
特に僕がアンと知り合う少し前位から、貴族家や貴族令息からの結婚の申し込みが多かったので、余計に異性との距離を確りと取っていた。 僕みたいに「出会って直ぐにプロポーズされたのは初めてだった」とアンは照れ笑いをしていたのが嬉しかった。
そう思うと、やっぱり結婚の申し込みをアンに受け入れて貰えたのは、奇跡だなと僕は思う。
取り敢えず、アーサーとアンの為にあのクソ野郎と戦うのは決定事項として、早くアーサーともう一度会って色々と話し合いたい。
って、その前にアンと僕とのことを近くで心配してくれていた友人のガウェルに、アンが亡くなってしまっていたことを告げて置かないとな。 また新たに心配をかけてしまうのだろうが、僕に息子がいたことを知ったら、きっと意外に喜んでくれる筈だ。 アイツは親バカな子煩悩だし、これで互いに息子の話で酒が飲めるようになったよな。
明日は、魂還りの日。
出来るならアンに日付が変わった時、僕の傍に来てくれないだろうか。
約15年間アンを待ち続けた僕の為に、、、、。
僕の今夜は、まだまだ眠れそうにない。
《2》
8月16日は、魂還りの日。 大通りには、天の国から還ってくる先祖たち(亡くなった人たち)の魂に供える盛夏の果物や香炉と様々なお香、凝った細工や素材の盛り籠が並べて売られてる魂還りの祭りが催される。
一年に一度天の国へと昇っていた魂が、子孫たちの屋敷の玄関先に置いた、白桃やクコの実を飾り籠に盛った場所へと還って来る。 この時に香を焚いているとモアベター。 そしてその魂が、子孫たちの災いを払って、また天の国へ還って逝く善き先祖の魂たち。
と云うのが、この大陸全土に伝わっている伝承。
この伝承は、各国で信仰されている神々とは関係ないもの、とロゼット王国ではされている。 国によっては、信仰されている神様の性格(神格?)で伝承にアレンジが加えられていたりする。
ロゼット王国では飾っていた白桃でスイーツやジャム、鶏料理と合わせたり、クコの実も料理に使ったりジャム、ドライフルーツにしたりする。
私は、どこか前世のニホン的なこの風習に「暑気払いの一種かな?」と、思わないでもない。
ロゼット王国の供え物は、主に白桃とクコの実だけども、各国で気候が違う為、供え物もその土地の風土に合った物だそうだ。 因みに黒犬たちの黒の一族の里では、この伝承が伝わってなかったとのコト。 ホント不可思議だ。
それにしてもまあ前世くらい旅路が安全なら、各地を巡って魂還りの日の風習の違いを愉しみたいな、と私は考えてみたりする。
そして、この伝承が神々たちの案件でないことに私は何処かホッとしていたりする。
それに確かに伝承のような、人間ひとりひとりに対して細かな心配りが、大雑把な女神ルミナスさまに出来るとも思えないし。
魂還りの日の始まりは、日付の変わる0時頃(珍しいブルームーンの月の位置で大昔は計っていたと言う。)から地上に還って来た先祖(亡くなった人達)たちの魂が、夜の帳が完全におりる午後22時くらいになると天の国へと昇り還って行き、生者にとっての鎮魂の日が終わりを告げる。
そしてこの日を過ぎると晩夏になっていく。
徐々に夜の足が早まり、秋の匂いを空気の中で感じれるようになるのだ。
《3》
日付を跨いだことを確認したニコラス・キャメロンは、腰丈まで壁になっている寝室の窓を開いたまま、藍から黒に変わった空を見詰め、満月の眩いブルームーンに目を細めた。
「アン、、、。」
「会いたかった。」
「今も会いたくて会いたくて会いたいよ。」
厨房で譲った貰った残りのプラムを騎士団食堂のシンプルな四角いプレートに乗せ、洒落者の部下から借りたレッタアーニの樹皮で使ったポプリをそのプレートの隅にチョンと置いた。
古くからある伝承。
魂還りを迎えた日、奇跡的な言い伝えの話にニコラスは縋った。
『どうしても伝えたい事のある魂は、地上に迷わず還れたなら、その言の葉をその者に託すことがある。』
窓の近くに置いたサイドテーブルには、約15年前にニコラスへ届けられた、アンジェリカからの手紙を置いた。
(アンの事だから迷うことはないだろうけどね。)
ニコラスは、そう思いながら何とはなしにアンジェリカの手紙を右手に持ち、もう暗唱が出来、文字の隙間の間隔まで覚えてしまっている一葉を目で追い直していた。
アンジェリカと出会った瞬間からの甘く幸せな記憶がニコラスの脳裏に流れていく──────。
いつの間にか黒から群青に空の色が変わり、ニコラスのテーブルに置かれていた左手の柔らかな感触に気付き見やれば、生き生きとした青々しいハートの形をしたレッタアーニの樹木の大きな葉を手にしていた。
(アン?)
青々とした大きなハート型の葉には。
『大切なニコラスへ アーサーには復讐なんて教えないでね。 わたしの信じたニコラスの正しき騎士をアーサーには教えて上げて。 アーサーとニコラスの元に還れてわたしは幸せよ。 ニコラスとアーサーの大切なアンジェリカより』
青々としたレッタアーニの葉には、銀色の文字が綴られていた。
そして窓から入ってきた一陣の風は、ニコラスの右手から離れていたアンジェリカの過去の手紙を白銀の光の粒子へと変え、空中に溶けてキラキラキラと消えていった。




