【ノリ・タンゲレ】案件
《1》
朝の八時にもなると玄関ホールは、扉の上の扇形の窓と斜めの屋根に開いた天窓から、燦燦と太陽の光が降り注いで、明るいって言うより眩しい。 そんな明るい玄関ホールに若干の緊張感を漂わせた家主のローランド先生とポーカーフェイスもとい無表情の兄さま、そしてヘラリとしている駄犬のヨウとガチガチに固まった私が、本日のメインゲストであるニコラス・キャメロン騎士団副団長をお出迎え中です。
キャメロン副団長はニッコニコのイケおじでした。 もしかして騎士団て顔面偏差値試験とかもあるのでしょうか?
柔らかい黄色みのある緑の瞳が優しそうに微笑みを見せ、目尻のよこ皴もオシャンティーで素敵。柔らかそうな香色に金色の髪が混じっている。 全体がホンワカしていて温かそうな人に見えちゃいます。 純白の団服に副団長の立派な階級章が付いていた。
(若い頃はモテたのだろうなぁー。嫌、今もステキですよ。)
「おはようー。お邪魔したよ、セシル。 騎士団副団長を任されておりますニコラス・キャメロンです。 ああ今日はお世話になりますよ。 数回お会いしたことありますよね?えと?」
「ローランド・ブラウニーです。シガナイ治療師を営んでます。そして今は此の医院でセシルと妹のジーン。そして騎士見習のコウとヨウの下宿先かな? えーとキャメロン副団長とお会いしたことがありましたっけ?」
「はい。っといっても挨拶させて頂くのは、これが初めてですが。 セシルが入団試験を受ける前に手続きの要項を聞きにいらした時に事務方とお話してましたね。 それと王城内にいらした時ですかぁ。 数回は髪色と目の色を変えてらっしゃったですよね? 今日ご挨拶をさせていただいて確信いたしました。 髪色違いで似た人が居るなーって思ってたのですよね。アハハハっ。」
「それは、、、どうも申し訳ゴザイマセン。」
「ハハッ。 城内の指定区域外では犯罪でありませんから、ブラウニー先生もお気になさらずに。」
「はっ、ど、どうもです。」
相変わらずニッコニコなキャメロン副団長サマですが、怖っ!
何でしょうか、、、。
キャメロン副団長って、顔面認識スキルとか持って居るのですかね?
微妙に緊張していた先生が、しどろもどろで、額に薄っすら汗が滲んできましたよ。
本当にキャメロン副団長の顔は、ニッコニコなのですけども。
「に、兄さまっ。そろそろ鍛錬場へご案内しては?」
ちょっと先生の助太刀を致しまするっ、あの侭だとガマの油状態になりそうなので。
「あっ!君が名高いセシルの妹さんのジーンちゃんだね? セシルの言う通り可愛らしいね。これからもよろしくお願いするよ。」
「あ、挨拶が遅くなって、ジーンです。兄さまが、、、。兄がいつもお世話になっております。 こちらこそよろしくお願い致します。」
「いやあぁ、小さい児なのにエラいねぇー。 うんうん、頭の良さそうな妹さんだ。」
「はい。 可愛いし頭も良いし。 オレには勿体ないくらいの素敵な妹ですよ。 ジーンは。」
「に、にぃ兄さま、早く鍛錬場へ!! アーサー君も待ってますよっ!」
「ああー、そうだった。」
死ぬ。
恥ずかしさで死ぬる。
私が名高いってどういう意味!?
それにキャメロン副団長は、私を何歳だと思って居るのかしら? 小さい児って言うなって言いたい。
しかし頭が良さそうって初めて言われたわ。
そこはちょっとポイント高いですよ、キャメロン副団長。
しどろもどろに話しながら先生とニッコニコのキャメロン副団長は、玄関ホールの扉を開いて外へと出て行き、兄さまとコウは、その後ろをついていった。
今日は屋敷同士が繋がっている屋内の通路を使わず、ホーステッド通りから右に折れて、イートン通り沿いに或る鍛錬場のある屋敷の玄関から入って行くのだそうな。
でもキャメロン副団長なら某名探偵よろしく隠し通路の存在を見抜いたりして? 何てね。
しっかし疲れた。
なんで挨拶ごときで、こんなに疲労をしちゃうのでしょうか。
鍛錬場には、アーサーと引退した元騎士のクラークさん(兄さまの剣の師匠?)。そしてトニーさんが、今日の件を話すと慌てふためいてフォローに入っていきました。
「ロニーお坊ちゃまは私の忠告を、、、。」
とか何とかプンプンと云って。 先生は其れを聞いて「済まん。」と低姿勢で謝ってましたが。
そしてライさんは、「騎士団の副団長でしょ?おいら知られてるかも、、、。」って、しおしおと弱気になって尻込みするので、 用具置き場の扉を少し開けて鍛錬場の様子を窺うそうですよ。
私は先生が、ちょっくら前に話していた薔薇園の近くの穴場のお店に、レッツらゴォーしちゃおうかと。
〔銀の鎖〕って名で懐中時計や他の細工物を売っているお店なのですよ。
シュウは、今日も娼館〔ローゼ〕でありんす。 これだから駄犬はブツブツ。
《2》
ニコラス・キャメロン副団長は気になって居た騎士見習い(新兵)セシルの世話人のローランド・ブラウニーに会え、ホッとし肩の力が抜けた。
城内で彼、ローランド・ブラウニーに対しては【ノリ・タンゲレ】(触れてはいけない)が、騎士団内の役付き連中の常識になって居た。 王城内を色違いの髪と目で闊歩しているのをニコラス・キャメロンは幾度か見掛けて声を掛けようとしたのを友人のガウェル・ベンウィック騎士団長が止めたのだった。
しかもニコラス・キャメロンが見掛けたのは王居内である。
(それは幾ら何でも王族の安全を考えれば有り得ない。)
そう考えて口を開こうとしたニコラス・キャメロンに友人のガウェル・ベンウィック騎士団長は、「ヴィンセント王弟殿下関係者であり【ノリ・タンゲレ】案件だ。分かったか?」と、強面の顔の目付きを鋭くしてニコラス・キャメロンに念を押した。
この件は、辞職し退団した元第一部隊長ホーク卿からの申し送りで、「役付き連中に徹底されよ!」とまで言われた英雄白銀の騎士末裔の置き土産だそうだ。
王家からの信任篤かったホーク卿だから知り得た情報だったのだろうと、ホーク卿の義理の息子に成りそこなったニコラス・キャメロンは、ガウェル騎士団長の言葉に頷いてみせた。
王族関係のことは任務で知り得た事以外は触れぬが吉、と云うのが騎士団内での一般の反応だ。 下手に知ると抜け出せなくなるか首筋の後ろが危なくなるとも言われていた。 概ね平民出身のニコラス・キャメロンは、その考えに同意していた。
しかし今年の新兵で優秀な成績で入団した曰く付きのセシルに関しては別だった。
それは極めて美形なセシルの容姿(騒いでいる者も多かったが)のせいでなく、彼を奴隷として売ったのは、現在蟄居中の実父であると審議会でのセシルの上申書を読んで知っていたからだ。
しかもセシルの剣の指導者として実父のシオドア・バローズ元子爵が雇ったのは、騎士団改革の過程で何とか辞任に追い込んだ、トリスト・ゴブリン侯爵第2令息だったのだ。 セシルの上申書では7歳~13歳つまり奴隷として売られるまでトリストを師と仰がさせられていたのだ。
(ホントーに吐き気がするクズだった。)
トリストは侯爵令息として騎士見習い(新兵)の入団試験を受けずに家の力で騎士となった者だ。 それ故に騎士見習いとしての下積みなど皆無。 トリストは騎士の権利として、新兵を使い潰して良い存在だと言動で表す凶悪な騎士だった。
あの頃のニコラスは、何とかトリストを騎士団から追放したくて、「トリストは犯罪者であって騎士ではない。」と社交の場でアピールをしていた位だ。
それに彼の性癖のせいで、精神的にも肉体的にも壊され、騎士の道を諦めた若者が幾人もいた。
トリストは剣の鍛錬の指導と言い、剣術の経験が浅い若い新兵をスキルで作成した特殊な剣で、気絶する迄痛めつけ、そして気絶した新兵を犯すのだ。
下手に意識を取り戻すと再度痛めつけられる為、意識を取り戻しても気絶した振りをして、トリストからなされる儘で時をやり過ごすのだ。
そこで退団した者はまだマシな部類だった。
トリストの恐怖で支配された者は、彼のお気に入りとして、トリストの命じたことに逆らえない侭、彼の望みを叶えるべく奔走するのだ。
ガウェル・ベンウィックが騎士団長となり、やっとトリストの作っていた小さな王国を騎士団内から駆逐する事が出来た。 本当は法の裁きを受けさせたかったニコラス・キャメロンだったが、ゴブリン侯爵家からの圧力の前に、本人の年齢による自主退団を受け入れるしかなかったのだ。
それを何をどうしてどういう経緯で、7歳のセシルの前に、実の父親がトリストを連れて行くのだ。
改革時にガウェル騎士団長と共にトリストの罪を問うとしたら、ゴブリン侯爵家の力で被害者が居なくなってしまったのだ。
そこでスキルで作ったあの特殊な剣をニコラスたちが入手出来ていれば違法性を問うて罪状を明らかにして重たい咎を科せたのに、と悔やまずにいられなかった。
ニコラス・キャメロン副団長として、否、騎士団に関わる者として、トリストの新たな被害者だったセシルを気に止めていたのだ。
そのセシルの新たな保護者が、ローランド・ブラウニーだったのだ。 どうやら揉め事を呼び込むタイプだったセシルと【ノリ・タンゲレ】案件の異質な世話人との関係を懸念せずには居られなかったのだ。
しかし実際にローランド・ブラウニーと会ってみて不安は解消された。
ローランド・ブラウニーは30代と若いが性根が比較的素直で、真正面から切り込んでいくと嘘がつきにくい性格のようだった。 性格の悪さで言えば、自分の方が上だと思いニコラス・キャメロンは、喉の奥から出そうになる笑いを何とか引っ込めた。
それに幼く小さな妹さんのジーンがローランド・ブラウニーに怯えることなく懐いている様に安心したのだ。 自分の追及からローランド・ブラウニーをジーンが庇って逃がそうとする様子は、何とも微笑ましかった。
ローランドから案内された鍛錬場は個人邸が持っている物としては素晴らしく広さもあり、動きやすさも考えられた、、、、、、、。
ニコラスは、鍛錬場の中央近くで模擬剣を振るう銀髪の少年を見て息が止まった。
汗で濡れた銀色の髪は美しく輝き、、、。
湖水をすくい採って固めたようなアクアブルーの透明な双眸、、、、。
そして銀の眉の形、アーモンド形の目、整った鼻筋や形、動いたためか血色が増した薔薇色の唇、、、会いたくて会いたくて、、、会いたかったアンが、アンジェリカがそこに居た。
あの消え去った時の侭に──────
「アンっ!!」
ローランドの隣を歩いていた途中で足を止めニコラス・キャメロンは、そう叫んでいた。
その声に驚いたアーサーは、銀色に縁どられた目を見開き、アクアブルーの瞳は丸くなった。
「、、、?」
驚いたままだったアーサーは、構えを解いて模擬剣を持ち直し、剣の指南役をしていたクラークを助けを求めるような眼差しで見やった。
「おいっ!ニコ!突然俺が教えている弟子の前で叫ぶなよ。吃驚しているだろーが?ほれ、先ずは自己紹介だろ?」
元騎士のクラークはアーサーの助けに応えて、後輩に当たるニコラスを軽く咎めてみせた。
(まあ、ニコがそうなるのも分かるしな。俺も最初アーサーを見た時、悪い冗談かと思ったからな。)
元騎士のクラークは、騎士団本部が或る裏口の門で、安息日の前日はニコラスへ会いに来ていたアンジェリカを偶に見掛けていた。 いつも卒のない笑顔で悪意ある陰口を捌いていたニコラスが、彼女の姿を見掛けると喜色に溢れた表情で足早に近付き、良い年をしている癖に少年のようにアンジェリカの前で照れている見慣れないニコラスの姿に何度見をしたことか。
自分より4つしか年下でなかったニコラスが、成人前のアンジェリカと仲睦まじくしている様子に、羨ましさ半分でクラークは冷やかして居たものだ。
16歳になったアンジェリカと、やっと婚約出来たニコラスの喜びようが可笑しくて、クラークは腹の底から笑って、二人を「良かったな。」と祝福したのを覚えていた。
(それが僅か8か月後にアンジェリカ・ホークが居なくなってしまうとは。 だがあの頃は山のように色々な噂が出回っていたから何がホントか俺にもサッパリだった。 ニコは噂を吹っ切るみたいに騎士団内や社交の場を走り回っていたからな。 ニコが落ち着いたのはホーク卿が死亡通知をアンジェリカと縁が深い人達に出してからだったな。)
やっと場の状況が少し見えて来たニコラスは、涙で潤む目をアーサーに向け、咳ばらいをした後、唾を嚥下して喉の震えの収まらないままに名乗りを上げた。
「僕は、、わたしは騎士団で、、、ちょうをしてい、る。ニコラスだ、、ニコでもニッキーでもきみの呼びたい名で、、。きみの名を、、、、。」
(ああ、これじゃあまるで初対面でアンに会った時と同じじゃないか。)
「初めまして。おれはアーサーです。苗字は、、、この間、先生から教えて貰ったのだけどホークって言うそうです。アーサー・ホークです。将来は騎士団に入りたいデス。 よろしくお願いしまっうぐっ。す。」
「、、、はは。アーサー・ホークか良い名前だな。もちろん。そっかっー。騎士団に入団したぃ、、、っかっ!そっか。アーサーは今いくつだい?」
「はい。先月14歳になりました。」
「、、、そっかぁー14歳か、、、。」
アンの会いたいのはアーサーだったんだな。
一言、僕に子供ができたと、、いや。其れは今、考えることではない。
確か昨夜僕が読み返したアンの手紙に。
『ニコラスとわたしの道は、ここで一度分かたれるけど、女神様のご加護があれば14~15年後に巡り会えることもあるかしら?
その為にニコラスは為さねばならないことを忘れないで。
わたしも全力でやり抜くから。』
(騎士団に息子が入るのは、アーサーが生まれる前からアンの決定事項だったのだな。ふっ。生きてたら凄そうだな。 、、、、、生きて、いたら、、、。これはアーサーに訊けることじゃないな。)
ニコラスは覚悟を決めて、ローランド・ブラウニーを見た。
アーサーにホークという家名を教えたローランドに確かめなければと、ニコラスは表情と口調を改め身を正し、そしてローランドに数歩近付き、声を潜めた。
「ローランド・ブラウニーさん。お聞きしたい事があります。」




