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憂鬱な駄女神  作者: くろ
34/51

天の国(あまのにわ)へ

後半=わたしにしてはシリアス回


《1》


 鎧戸を閉めるのは流石に暑い夜。

 虫よけのハーブを焚いて薄い煙を窓から出し、ディープブルーの夜空に瞬く星々も見ずに、〔スイ()〕のサロンでは、エールやワインを注ぎ足しながら、男たちはガヤっていた。


「ライさん、どう思うかね? お嬢監修の〔お母さんの元婚約者と偶然会っちゃいました!〕つう、アーサーと父親かも知れない騎士サマとのファーストインプレッションさせる感想は?」

「いやでも、アーサーには、元婚約者とかも知らせないンでしょ?会うのは明日?」

「そうそう。ライさんはドキドキっ?」

「んー。どうっすかねー。アーサーは、明日セシルさんとの模擬剣での練習を楽しみにしてますからね。本物の騎士サマも来るって若干燥いでるっすね。 おいらはまあ変な空気にならなきゃ良いなあと。アイツが凹むと面倒なンで。」


 心配げな様子で短い赤毛を両の指先でガシガシとライは掻き上げ、カップの取っ手を持ち温いエールをゴクゴクと飲み干した。

釣られるようにシュウは紫色のワインを木のカップに注いで、口を付けた。



「しっかしライさんは凄いよ。」

「えっ?シュウさん。何がですか?」

「ちょっ、ライさん止めて下さいよ。人生の師匠のライさんに〔さん〕付けとかされたら座りが悪いよ?シュウで頼っます。シュウでね?ライさん。」

「いやいやだってねぇ。 シュウさんはその年で娼館ローゼをシメてるっしょ?とても呼び捨て何て、無理なんで。」

「〆てませンっ!纏めてンのは自分じゃなくてモリって奴だ。お嬢の言う所の黒犬(黒の一族)の内の一匹な。 おいらはヴィさんの唯の連絡係ってだけ。 だから、シュウで。」



 大抵の人間を呼び捨てにして態度のデカさに定評のあるシュウが、ライとジーンにのみ気遣いマンとなってしまう。 ナゼ、シュウがライを人生の師と呼ぶか知らないライは、シュウの自分への過大評価に焦っていた。

 そこでまた、互いに酒を注ぎ足した。



「はぁ、まあはいっ。で、おいらの何が凄いって?」

「ああ、うん。アーサーって偶にへにゃりって良い笑顔するだろ。特にライさんに。」

「ええ、ホント極たまーに。普段のアーサーは、大抵仏頂面ですよ。 生意気になって。それがシュウ、、何か?」

「いやおいら、アーサーにあの笑顔を見せられて、何度理性を試されたか。 こっちはバクバクしてンのにライさんって平常心っしょ? だから凄いって思ってさ。」

「いやっ!それってシュウだけだわ。なるワケないっしょ!?アーサーって男ですよ?ああ見えて!! 怖っ!シュウって怖っ!大体アーサーが3歳児の頃からおいらは一緒に居るンすよ。そんな気になる筈ないでしょうがっ!」


 酔ってた頭が急に冷え、ライはシュウからただならぬアーサーの貞操の危機を感じた。

 ライの焦り具合を面白く感じたスイは、エール片手に茶々を入れた。



「おお、ライさんてマトモっぽい。そうそう、だからお嬢にシュウは駄犬て言われるんだよ。」

「あぁー、スイはおいらを裏切ンのかよぉ。」

「あのぉ、スイさんシュウって?其方(ソチラ)の方?」

「あはっ。 其方(そちら)何方(どちら)か分からないけど。 シュウを筆頭に基本自分たちは、どちらもイケる口だよ? ライさん。安心して下さい。」

「安心出来るか!!」

「ライさんを尊敬してるけど、好みってのがおいらにもあって。 だからライさんは安心して良いよ。」

「、、、もう寝る。おやすみ。スイさん、シュウ。」

「「やっすー。」」



 こうして〔スイ家(スイカ)〕の夜は更けていく。








《2》

〔※短編※ アンジェリカ・ホークの一生〕





 アンジェリカは、その日、天国から地獄へと、ある男によって叩き落された。


 アンジェリカは()()()()()()()()()()()()()()



 出会った時からニコラスにアンジェリカは、ずっとずっと求婚されていてた。 

 初めてニコラスに出会った日、明るいブラウンの髪に金髪が混り、長い髪を整えて背中で1つに括っている姿はとても品があり、整った容姿で紳士的に明るく接して来た彼をアンジェリカは貴族家の騎士サマだと思っていた。


 父のホーク卿が偶に我が家に招く部下である第一部隊の騎士たちの雰囲気が似ていたからだ。

 アンジェリカの父親が所属する第一部隊は、王城勤務で王族と接する部署で或る為、殆どが貴族出身の騎士だったのだ。

 だがホーク家は、貴族の家柄でなかった。

 遠い昔に女王陛下から英雄として〔白銀の騎士〕と言う二つ名と、ホークの姓を賜っただけの騎士家系であった。


 そしてホーク家は、騎士家系であることに誇りを持ち、叙爵の栄養を代々断って来た家柄でも或った。


 だからかアンジェリカは、成人する前に出ていた、父の下にいる貴族家の騎士たちからの求婚の申し込みを、父と話し合い断っていたのだ。



 だから柔らかく笑む魅力的な新緑の双眸を振り切るように、アンジェリカがニコラスから踵を返した時、周囲の話声で彼は平民から騎士になって居たことを知った。

(彼はホーク家の祖先と同じなのだわ。)


 アンジェリカは別段に貴族家の騎士を見下していた訳ではない。

 ただ話してみて自分との価値観の違いを知っただけなのだ。


 そしてニコラスのことを気にしている自分にアンジェリカは気付き、彼は既にアンジェリカにとり、特別な人になっていたのを知った。

 

 アンジェリカより大人である彼が、照れてはにかみながらアンジェリカに会う度、可愛らしい花束と一緒に素直な求婚の言葉を告げてくれた。そのニコラスを愛しく感じ、彼からの求婚に頷いたのは知り会ってから半年経った頃だった。


 成人になる16歳までの1年間は、ニコラスだけでなくアンジェリカにとっても待ち遠しい日々だった。


 婚約前、父であるホーク卿にアンジェリカは、ニコラスのことを打ち明けた。


「彼は騎士として正しい生き方を選べる青年だろう。祝福しよう。但し婚約はアンジェリカの成人後だ。」


 その話をニコラスに伝え、アンジェリカの成人を待ち、正式な婚約を交わしたのだった。




 英雄の血筋の令嬢と行商人の息子の婚約話で外野は色々と騒がしかったが、ニコラスとアンジェリカの2人の日々は、甘やかな思いと祝福に溢れた、幸せなモノだった。


 そんな或るニコラスの安息日の午後。

 彼との触れ合いの最中、互いの肌と熱い呼吸に酔ったようにニコラスとアンジェリカは、互いを求め合ったのだ。

 肉体の戸惑いはあったが、別々だった二人のカラダが深く1つに結ばれたことの幸福な余韻にアンジェリカは浸った。



 あの日。


 ニコラスの任務の都合で二週間ぶりに騎士団の裏門でアンジェリカは、会いたかったニコラスと再会し、久々の抱擁に喜びに震えた。

 それにまだハッキリしないがアンジェリカは、自分の肉体の内に何かを感じていた。

 もう少し待って治療師か薬師に見て貰ったら、ニコラスに芽生え始めた此の喜びを伝えれるようになる。 秋空の中、まだ温もりを残す風が2人の髪を柔らかく乱した。

 ニコラスは新緑の瞳に熱を込め甘やかな笑顔をアンジェリカに向け、鍛えられた右腕を伸ばして、乱れたアンジェリカの艶めいた銀色の髪を愛し気に整えた。

 その笑顔にアンジェリカは、色付いた華が開くように満たされた思いで満面の笑みをニコラスへと向けた。 そこには幸せを約束された二人が暖色の秋の光を浴び、輝いて見えた。




 まさかその2人を裏門の木立の影から、黒い憎悪の血を滾らせ、覗き見ている男が居たのだ。 そのことに気付く者は、誰も居なかった。





 辻馬車に乗ったアンジェリカは、純白の団服に見送られ、緩やかな長い下りの坂道が続く木々に囲まれ舗装された道を家路へと向かわせていた。

 そこに駆けて来た純白の騎士団の団服を纏った騎士に「ニコラスから」と言われ呼び止められるとは思わなかった。


 「至急話が。」と切羽詰まった様子だったので、御者に声を掛け、アンジェリカは男の同乗を許した。


 まさか鍛えられた騎士の男が、アンジェリカの側に来た途端、首筋の衝撃と一緒に意識を失ってしまうとは、、、。




 身体の痛みと拘束された感覚で、アンジェリカは目覚めた。


 ワンピースと一緒に荒々しくたくし上げられたスカートは捲くられ、下半身は露わにされていた。

 閉じられないように右足は、裂かれたシーツで膝で曲げられ、固く縛られていた。

 腕や手首、そして口は声が出ないように拘束されていた。


 男は名を名乗り、ニコラス・キャメロンの名を連呼し、怨嗟の声と共にアンジェリカを怒気を溢れさせながら犯した。


 エリオット・ベリアノ!それが男の名乗った名だ。

 もうじきベリアノ侯爵となると言う。

 ベリアノ侯爵家の偉大な系譜と富と力を唸るような声でアンジェリカに吠え続けた。


 見開いた眼は、狂気で醜く淀んだ光を発し、アンジェリカを犯しながらも男は彼女を見ていなかった。


 異質な異物に蹂躙されながらも痛みと怖気に耐えて、アンジェリカは男を見続けた。



 ニコラスはこんな怪物と騎士団で、友人のガウェル様と戦っていたのだ、そう思うと自分の無力さにアンジェリカの胸は引き千切られるように痛んだ。



『アン、今は色々大変で、アンジェリカと余り会えなくて済まない。 でも此れは未来の騎士たちのために僕の為すべきことだからね。 頑張るから少し待って。』


 父もニコラスも騎士団での事をアンジェリカには、何も話して居なかった。


 怪物に汚されながら、滲みそうになる涙をアンジェリカは必死で留めようとしていた。



 勝手に満足をした男は、侍従を呼びつけ、金貨の入った皮袋をアンジェリカに投げ渡した。



「血で汚したドレス代だ。持って行くといい。」


 そして男は続けた。


「わたしに純潔を奪われたとニコラスに訴えれば良い。 あの取り繕った笑顔が凍って砕け散るのをみたいものだ。 高々平民の分際でこのわたしに幾度も煮え湯を飲ませた罪だ。 ニコラスに伝えておけ。 わたしは侯爵家の力を使い何としてでもお前の人生を壊してやるとな。 その手始めは君だ、ホーク令嬢。 卑しき平民に身売りする位ならわたしが買って遣ろう。 ニコラスとの婚約が破棄されたらわたしの愛人にして遣ろう。 幾らホーク卿でも婚約中に純潔を失った娘なら侯爵になるわたしに下さるだろう。」



 喋りながらニコラスへの憎しみに再び火が付いたのか彼への怨嗟がアンジェリカの耳を覆った。




 侍従に呼ばれた馬車に乗り、地獄から生きて出れたことで、アンジェリカの意識が働き出した。



(ニコラスに話す? 駄目、それは絶対にダメよ。 あの人のことだもの。わたしのことを考えて闇討ちを仕掛けるわ。 それにそんなことをすれば、あの男は嬉々としてやり返す事でしょう。 それを待って居るようでもあったわ。 今、わたしが大切なニコラスの為にやらなければ成らない事、、、。)


 帰宅後、アンジェリカは部屋に戻り 1人で身体を拭い、部屋着のワンピースに着替えた。

 そして幼い頃からいてくれた専属メイドのエラを呼んだ。


 誰に襲われたのかについてアンジェリカは口を噤み、エラに男から乱暴されたことを話し、密かに女性の治療師を呼んでもらい、傷や内出血の痕を回復スキルで癒してもらった。


 出血は、乱暴にアンジェリカに挿入された所為で傷付いたのだろうと診断された。


 アンジェリカは、純潔を奪えたことを意気揚々として語っていた男を思い出した。 その声を思い出し再び吐き気に襲われて、エラに心配されながらベットで横になった。





 後から気が付いたが金貨の小袋が手荷物の中に入れられていた。

 侍従あたりがご乱行をした主人の口止め料として入れたのだろう。


(それにしてもお父様を知っていて、わたしに手を出して来るなんて、あの男は本当に狂っていたわ。 しかも純白の騎士団服を着て、あのような恥ずべき行為を行うなんて。あんな怪物は塵に変えてしまいたいわ。)



 あの日の事件からエラに心配されながら、アンジェリカは静かに10日間を自室で過ごした。

 一度、ニコラスから会いに行きたいと先触れがあった。 然し会える精神状態になかったアンジェリカは、エラに断って貰った。



(幾らアレが怪物で人間で無かったとしても汚されたことをニコラスには知られたくない。 知ってしまったらニコラスのあの屈託のない笑顔が消えてしまうわ。 わたしといることでニコラスの春のような新緑の瞳が陰ってしまう姿も見たくない。 それに何よりアノ怪物の願った通りになんて絶対ニコラスにさせたくないし、わたしも成らないわ。)



 微熱のあったアンジェリカが、そう心を決めた時、自分の胸部に僅かなハリを感じた。 その違和感を信じて前回呼んだ女性の治療師をエラに頼み、診て貰った。

 アンジェリカの懐妊が分かったのだ。


 そしてアンジェリカは、その治療師に互いに安全に生きて行く為、前回と今回の件を秘密にしておくことを約束させた。

 相手は高位貴族の為、何か在れば平民では太刀打ちできないことを説明した。




 治療師が帰った後で、アンジェリカはあの日何が遭ったのかをエラに話した。

 

 これからエラに協力してもらわないと安心してこの子が産めないからだ。


(この子は自分だけで産むことを決めた。 ニコラスと結婚して出産したら、いえ婚姻前でもあの男の邪魔が入るに決まっている。 子供が産まれたら自分の子だと何度も周囲に、いえニコラスの耳に届くようにするでしょう。 きっとこの子にも同じようにね。 あの男の狂気にわたしの大切なニコラスとこの子を飲み込ませる訳にはいかないもの。 あの男は勝手に自分だけの勝利に酔っていれば良いわ。 二度とわたしたちの人生には立ち入らせないわ。)



 アンジェリカはエラに協力して貰いながら旅立ちの準備を始めた。




 そして半年後。


 アンジェリカは、あの治療師とエラに用意して貰ったリメンス区のアパルトメンへと出て行った。


 考えあぐねた末、アンジェリカはニコラス・キャメロンに手紙を残して去った。アーサーと呼ぶ子の鼓動を腹部に感じながら。







3年後。


 その日アンジェリカは、悪魔に出会った。

 絶対にこんな下町の平民街で、出会うはずのない男だった。


 合うはずのない目が合ってしまった瞬間、アンジェリカは息子のアーサーを抱えて路地裏へと飛び込み、男と馬車の去るのを待った。

 アパルトメンに辿り着く小径は絶対に馬車では通れない狭さだ。


 「怪物がいるから喋っては駄目よ。そしてアーサーの綺麗な目は閉じていてね。」


 アンジェリカは、自分の震えを止める為、抱き締めたアーサーの耳元で、そう囁いた。



 高級そうな衣服に身を包み、見開いた目を血走らせて男は駆けていた。

 強い狂気だけでなく殺気を放ち、男と擦れ違った道行く者達も怯えて脇へと避けていった。


(殺される殺される。あの殺意は本物だわ。あの悪魔はアーサーを自分の子だと勘違いしているのね。奥様は、あの北の公爵のご令嬢だと聞いたわ。 邪魔になってきっとアーサーを始末されてしまう。)


 アンジェリカは、アーサーの体温に縋りながら、悪魔が消えていくのを路地裏で影に隠れて待った。





 真っ青な顔をしながら、アンジェリカはアパルトメンに戻り、エラに震えながら、悪魔に会った事を話した。

 エラも顔色を変えて、アンジェリカとアーサーを見ていた。


「わたしだけが殺されるならいいの。でもアーサーだけは駄目。 絶対にあの悪魔から守らないと。 この小さな手に剣が握れるように成るまで。」


 そのアンジェリカの声に答えるように「引っ越し先を探してきますね。」 エラはそう伝えて涙ぐんでいた目元を軽く押えて、立ち上がった。






 その夜、鬱々としながらアンジェリカは、微睡み、夢を見て夜明け前に目覚めたのだ。



『────アンジェリカ。アーサーを狂ったあの手から救いたいか?、、、』



「勿論」と答えたアンジェリカにソレは言った。

『、、、下層の民のごみ山に居る赤毛の大男にアーサーを託せ。』と、『その者は命懸けでアーサーを守る者、、、』、、、『アーサーを守る為、その方はアーサーを捨てよ。』、、、。


「あなた様は、女神様でしょうか?」

『今は、、、違う。 我は、この王国のじょ、、、、、、』




二日後、下層民区のゴミ山で、ライはアーサーと出会った。




それから1年半後。




アンジェリカの耳に少し大きくなったアーサーの声が届いた気がして、「ほぅ。」と、最期の息を吐き、エラに見守られて、永い眠りにつき、天の国(あまのにわ)へと旅立った。




アンジェリカ・ホーク 享年22歳位。 ニコラスとの初Hは16歳。 愛称=アン 住リメンス区


ニコラス・キャメロン 現在45歳 14歳のアンにフォーリンラブ 31歳で一発必中アーサー爆誕。

(現騎士団副団長)


アーサー       現在14歳(誕生日7月位)  3歳でライと会う。 13歳シュウとジーンに救出される。

                 


☆乙女ゲーム『この愛をロゼット王国とあなたに』の一応は攻略対象者。 筆者が忘れそうだけどもね。 気を抜くとすぐにBL要因にしちゃいそうだ。



ライ       現在30代 赤毛の大きな熊さん。 オレンジの瞳がポイント。 焔スキル持ち





エリオット・ベリアノ侯爵 現在41歳 26歳で狂気発症 脂が乗り切って拗らせ黒歴史更新中。


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