甚だ不本意な、、、
《1》
重厚な摂政室の空気をブチ壊して居るのは、此の国の第一王女であるエレノーラである。
眉間に皴を寄せ厳めしい顔つきでエレノーラを見やるのは、彼女の叔父である摂政のヴィンセント王弟殿下御年38歳。 妻も子も或る苦み走った?苦味が走り過ぎたイイ男!かも知れない。
「叔父様! オレンヂ王国との同盟締結して、もう1ヶ月は軽く過ぎていますよね? ワタクシとの約束は、どうなっているのですの?」
前髪とサイドの濃い紫の髪をギシギシに編み上げ、ピカリと光る広いオデコが、チャームポイントなエレノーラは、額に血管を浮かべてヴィンセントへとにじり寄る。
この時、執務机の広さに感謝の念を浮かべるヴィンセントだった。
「ワタクシの便利な、、、いえ、使い勝手の良い、じゃなくて気配りの出来ていた専属メイドのメイをあの腰振りオートマタ―に差し出したでしょう。知っているんですからっ! ワタクシとの約束はスルーする癖にオレンヂのオートマタ―には気配りですか?そうですか?」
「これエレノーラ下品なことを言うのは止めなさい。それにワザとらしいワタクシ発言も似合わないから止めてくれ。 エレノーラとの約束は近々遂行しよう。」
「本当ですの!?やっぱり叔父様ですわね。絶対ですよっ!!」
パアーと一瞬にしてエレノーラは顔面を明るい笑みに変え、鼻歌を歌い出しそうなにこやかな雰囲気を醸し出し浮かれた足取りで、重々しい紫檀の扉を衛士に開けさせ、摂政室を去って行った。
「はぁ。疲れた。」
ヴィンセントは、心からの溜息を吐き出し、補佐のマーカスに渋めの紅茶を頼んだ。
罪人グリードと会ってから益々パワフルになっているエレノーラに、ヴィンセントは自分の老いを感じてしまうのだった。
(それにしても。 本当にエレノーラは夢見のスキルを得ていないのだろうか。 今回のオレンヂ王国の件も何か先を見越している様であったし。 アリスター殿下の危機を、、、まあ危機は防げなかったが、知っている様であった。 そして我らは情報漏洩の線からワーレー侯爵に辿り着いたが、それでもオレンヂ王国の危険者リストの中に居た一人でしかなかった。が、エレノーラはもっと早い段階で気が付いていたようだ、、、。 最早アレは野生の勘なのか? しかし私が焦って判断を下すと姉上が先走ってしまうからなあ。 全くケレスの血の者は気忙しい。)
マーカスがヴィンセント好みの紅茶をティーポットからヘブンリーブルの青い陶器のティーカップに注ぎ、手慣れた仕草でティーテーブルにサーブし、ヴィンセントの着席を待った。
ビンセントは2~3枚の書類を右手に持ち、引かれた椅子へと座り、ヘブンリーブルの青い陶器のティーカップに手を伸ばした。
「殿下、本当に良かったのですか?」
「仕方あるまい。 エレノーラが望んだことだ。」
「しかしエレノーラ様は、殿下が隷属のスキルを使われることをご存じないのでしょう?」
「確かにスキルを使うのは私だが、契約するのはエレノーラと罪人グリードだ。 それを選択するかどうかは、エレノーラが決めることだよ。」
「16歳のエラノーラ様には。難し過ぎるのではないのでしょうか?」
「だがそれを望んでいるのは彼女だよ。 極刑の科を持つ罪人グリードを代償も無しに王族の側に置くなどありえないだろう。 それこそジョエル宰相が許しはしまいよ。」
「はぁ。エレノーラ様は、罪人グリードに何を見たのでしょうか?奴隷売買に手を染めている悪党などに。」
「さあな。何でも罪人グリードの声が良いそうだぞ。エレノーラは。」
「それは何ともはや、、、。」
(エレノーラが、未だ夢見のスキルで視たと言ってくれる方が、私の気も楽だったのだがな。)
エレノーラのことに思いを馳せ、ヴィンセントはマーカスに温く入れさせた渋めの紅茶を口に含み、眉間の皴を更に深くした。
《2》
迷路のような王城の奥にある静謐な空気を閉じ込めたような契約の間。
ここで元老院の大司祭が特殊なスキルで作った3種類の特殊契約書の契約が結ばれる。
・ケレス女王特殊誓約書 初代女王が定めた誓約と制約を結ぶ。女神の誓約とも呼ぶ。
・従属契約書 契約者を裏切れない。行為は縛れるが心は縛られない。
・隷属契約書 契約者と王族に虚偽は語れない。王国法に準拠する。 許可の無い移動の禁止他。
上層部会 ⇒ 王会 ⇒ 女王陛下の認可を経て、元老院で発行。 ⇒ 契約の間で契約 ⇒ 契約完了
ヴィンセント・ロイヤル・ケレス王弟殿下〔摂政〕が使うのは、隷属スキル。
本来は、契約書などは不要だが、幼い頃の反省から覚悟を問うために契約書を作成してから、ヴィンセントがスキルを発動させる。
隷属スキルの契約者は、ヴィンセントが自他を選べる。契約後、非契約者側の左胸に隷属紋が現れる。
ケレス王家直系男子のみに稀に現れる特殊スキル。
直系の王族と女王陛下が許可した者以外には秘匿される特殊スキルである。
《3》
変な王女が俺に付きまとい出して早八か月。
暫く変な王女の気配がなく平和な牢生活を恙なく過ごしていたが、突然王女と摂政に呼び出され契約の間の控室という所へ年齢不詳の宰相に連れて来られた。
室内の暗さは、俺の作った岩牢と変わりないが、空気が澄んでいた。
「さて君は生きたいか?死にたいか?」
威圧を纏った声で重々しく摂政が可笑しな質問をして来た。
そんなモノ決まっている。
生き残るため、俺は面倒なシゴトを片付けてきたのだ。
その所為でスキルを失い、今ここにいるのだが。
変な王女が不安そうな顔で俺をジッと見ていた。
相変わらず、赤い目ン玉が零れ落ちそうな大きさなのな。この変な王女は。
「生きたいに決まっている。」
「その為には、君が犯した罪を清算しなければね。」
真面目な顔して何言ってやがるんだ、摂政サマは。
今じゃ大抵の者が知っているハズだ。
ロゼット王国では、自ら奴隷売買に関わった者は死罪、殊にロゼットの民を商品にした場合は、情状酌量の余地なく極刑だと流布されていやがる。
なのにそれを清算だと?
摂政の癖に頭が湧いてるのか?
「エレノーラ様、やはりお考え直しを。彼は反省など出来ないタイプの人間でしょう。エレノーラ様の傍に置かれるのは危険過ぎます。 奴隷売買は重罪。 一罰百戒の刑が、結局は多くの者を正しき道へ導くのです。是非ご英断を。」
「ジョエル宰相、それでは約束が違いますわ。 ですわよね?おじうっうぐっ。ヴィンセント摂政殿下。」
変な王女が摂政に睨みつけられて、口籠り唾を飲み込みやがった。
なんだ?
この変な王女の提案か?
俺をこの王女のペットにでもしてぇのか、胸糞悪りぃ。
だがそれでも良いやっ。生き残れるなら。
俺には生き残って落とし前をつけさせたい奴がいる。
俺にこんな人生を歩ませた野郎だ!それだけを願ってここまで生きて来たんだ。
その為なら、変な王女の手でも足でも舐めて遣る。
「君は罪を清算する話を聞いたら、否とは言えなくなる。さて、どうする? わたしはどちらでも良いのだよ。 もう一度尋ねよう。生きたいか、死にたいか。」
「生きたい!」
「了承した。では契約を始めよう。」
契約を結んだ日。
俺は、甚だ不本意な人生を歩むことに成った。
「通称グリード。君の本当の名を話し給え。」
「アルフレッド・ディ・アウステル。」
「、、、ディ・アウステルだとっ! 南の公爵家だなどと!」
「しかし王弟殿下。この契約で虚偽は申せませんよね。まさか、、、。」
「ふぅー、、。(これでグリードが消息不明だった南の公爵令息だと証明できた。良かったぁ。)」
畜生、一生、云いたくなかった名を口に出してしまった。
畜生畜生。
これじゃあ、本当にこの変な王女の足先でも舐めた方がマシだった、くそがっ。
《4》
ヴィンセント叔父様から、約束通りにグリードを救い私の側近にする方法を教えられて、吃驚するしかなかった。
正かグリードと私が隷属の契約を結ぶことになるなんて。
しかもヴィンセント叔父さまが隷属のスキルを使えるなんて。
今までは、そういう特殊契約は面倒な手続き後、元老院が出して契約するものだと思っていたから。
私はヴィンセント叔父様にそう問うと、、、。
「エレノーラは、声が良いからと言う理由で上層部会や王族会、そして元老院で、罪人グリードを王族の側近にする許可が貰えると思っているのか?」
「うっ。で、でも。」
「そう私はエレノーラと約束した。 あの時は、どうしてもエレノーラにアリスター殿下との婚約に頷いて貰わねばならなかったからね。 今ならその理由も分かるだろう?」
「は、はい。 必死に婚約を嫌がって申し訳ありません。」
「まあ、仕方ない。 それでエレノーラはグリードの契約者になるかい? 隷属スキルの。」
ヴィンセント叔父様は紫眼の目を鋭くして、私にもう一度覚悟を問うた。
もしここで、私がグリードの隷属の契約者に成らなければ、彼は此の侭では死罪になってしまう。
岩石のスキルを使用出来ないグリードでは牢から脱することも無理。
幼い彼をこんな道に貶めた叔父と北の公爵は、ヒロインのフェリシア第二王女がロゼット王国を正すまで、彼らはこれからも罪を犯し続けるだろう。
由緒正しい南の公爵を叔父に乗っ取られたままで。
それは、私が絶対に嫌だ。
グリードが罪を贖わなくてはならないのを私だって知っている。
でもそれは、通称グリードとしてではない。
アルフレッド・ディ・アウステルという本当の彼の名と彼の人生で贖うべきなのだ。
彼の仮の人生は、今日で終わり。
私の意志で終わらせる。
その為にきっとアルフレッドから私は恨まれてしまうのだろう。
でももう罪は犯させない。
私は、ヴィンセント叔父様の紫眼の目と確り合わせ、覚悟を持って答えた。
「私、エレノーラ・ロイヤル・ケレスは、通称グリードとの隷属スキルをお受けします。 摂政・ヴィンセント王弟殿下。」




