パニック
《1》
シオドア・バローズ子爵の結審は、全上層部が出席した審議会で、その日のうちに出され、翌日判決を言い渡された。
普通の裁判と違うのは、シオドア・バローズ子爵が貴族であった為だ。
しかも奴隷商に売った実子が証言し、弁論する上層部の人間がゼロだったのも、最短で判決に至った理由。
貴族としての様式美でシオドア・バローズ子爵は、ジョエル宰相から蟄居を言い渡されたが、要は毒杯を賜り、死罪となるのだ。
判決が出た夜。
セシルは密かに摂政のヴィンセント王弟殿下から呼び出され、王城の奥にある王居の摂政執務室へ呼び出されていた。
広く重厚な室内の一角に置かれた応接セットへとセシルは侍従に導かれ、身体が埋まりそうなゆったりとしたソファーへ言われる儘に腰を降ろした。
対角線上に置かれたソファーに座ているのは、威厳あるヴィンセント・ロイス・ケレス王弟殿下だった。
ブラウニー医院で会った時もセシルは、彼ヴィを一角の人物に違いないと確信していたが、まさか王弟殿下であらせられるとは思いもよらなかった。
セシル自身は、審議会前の証言者として上層部の前に立ったが、その時に陪席していたのは、王会として、王配殿下とジョエル・ブレイン宰相の2人だった。
結審と判決の場に立って居れば、最上層部の王会の者として、ヴィンセントが出席していたのをセシルが目にしただろうが。
そのお陰でセシルの心臓は守られた。
「楽に、、、は無理だろうが、わざわざ来て貰ったのだ。紅茶の一杯でも飲みなさい。」
「は、はい。ありがとうございます。先日は知らぬ事とは申せ、御無礼の数か、。」
「其処まででよい。先ずは用件を話そう。」
「はい。」
「セオに、つまり叔父のセオドアに一時的な当主では無くバローズ子爵位を譲る旨を伝えたそうだな。」
「はい。父のしたことはロゼット王国に属する貴族として許されざる犯罪です。その息子が連座の科も受けず、おめおめと爵位を継ぐことなど出来ません。 領民の為、当主が必要となるのでしたら、それこそ正当な資格を持つ叔父上にと。まして叔父上は父に殺され掛けたのですから。」
「本音を申して見よ。セシルよ。」
「えっ、、、は、はい。妹とも話し合ったのですが、オレ、いや、僕たちは貴族として生きてゆくのは、難しいと言う結論に至りました。オレは、僕は、真っ当な貴族としての教育を受けていません。そして、どうしても騎士団に入団したいので、こらからはそちらの方に時間を費やしたいと考えて居ます。それは僕だけでなく妹のジーンも同じ考えだと話して呉れました。 ジーンは父の方針で教育を何一つ与えられませんでした。 日々息を殺して過ごさざるを得ませんでした。 それがブラウニー医院で過ごす内に良く笑うように成り、パン屋のケイトさんを姉の様に慕うようになりました。 妹の為に今の環境を変えてやりたくないのです。 僕は貴族としての責務より、妹との生活を選びたいのです。 折角お時間を設けて頂いたのに、こんな返答で申し訳アリマセン。」
「仕方ないか。」
「はっ?」
「アレが有能過ぎるから、私が今更セオドアを手放せないしな。セシルが跡を継げる成人までの3年間くらいなら代官のつもりでバローズ子爵家へ貸し出すのもやぶさかではなかったが。 そう言えば一応はシオドアの再婚相手に幼い息子が居たな。 まあ彼女は早々に審議会後直ぐに離婚しているがな。 ではセシルは子爵家を抜けることで良いのだな?」
「構いません。」
「全くスッキリした顔で言いおって。了解した。」
セシルに席を辞することを許可したヴィンセントは、生気の戻った表情のセシルを見送り、セオドアが作った親族リストに目を遣り、伝言を沿えてジョエル宰相へ手渡すように補佐官に伝えた。 まるでこうなることが分かっていたかのようなセオドアの用意の良さに、若干不機嫌に成るヴィンセントであった。
《2》
救出されたその日、余りの情報量に脳がハングアップし、湯に浸かりつつバスタブで爆睡した私をざっと目視してローランド先生は、健康状態の診察をしていたらしい。
しかしそれでは不十分だと言うことで、現在、寝室を兼ねている診察室でローランド先生から問診を受けつつ、身体測定を受けている。
身長は勿論、足の裏から足首の長さ、足の甲から膝まで、膝から太腿の付け根までの長さまで測定されている。下着姿なので必然的に素肌へのスキンシップ過多状態。 でも流石に痩せギス10歳の子供体形を自覚しているので、セクハラ!とか思いません。 そこまで自意識過剰になれない。
「怖い夢とか見る?」
「不安だと感じることは?」
「最近泣いた事は?」
「何でもないのに涙が出ることは?」
などなどなど。
ホーススタッド地区のご近所さん紹介をする合間合間に、サラリと似たような質問を織り交ぜて来る。
きっとローランド先生は、砦の奴隷収容所に着くまでの三日間のことを心配してくれているのだろうなあ。
実を言うと申し訳なく思う位に覚えていないのだ。
どちらかと言うと『そちは既に二日前に死んでおる。』ってのが衝撃的過ぎて、汚い男共とのことなど脳の容量確保のため、シュレッダーに掛ってゴミ箱へ入ってる。
流石、女神のお言葉。
塵芥如きの下賤な行いなど消し去ってくれている。
だけど折角気遣ってくれているローランド先生に申し訳ない。
うっ、罪悪感が。
よし、もう気にしていないとハッキリとローランド先生に伝えよう。
「あのー、ローランド先っ」
〔いやだ!助けてくれ!!〕
〔誰か!あの子を!アーサーをお願いだ!〕
悲痛な男性の叫び声が聞こえて──── 唐突に景色が切り替わった。
「何処此処っ!冷たっ!寒っ!!」
素足は積もった雪に埋まり、地面一面が灰色と黒の雪景色。
シュミーズ一枚の身体は、見事に寒いぼが立ち、身が引き千切られそうな寒さ。
眼前には高い直線的な薄灰色の塀。
これってコンクリートの塀だよね。
背後には真っ黒い樹々が広がり森になって居た。
何処かなんて考えて居る暇なんて無いわ。
凍死する。
「救いを求めた人は、ブラウニー医院へ!もし此処に捉えられている人が居れば、全て戻りたい場所へ!女神の救済!・・・女神ルミナスさまぁぁぁ。寒い、私が死ぬ。そして此処は何処?」
強烈な白光が塀の向こうで、巨大な半円状を描き焼き尽くすように輝いた。
前は、光の中に居たから眩しさしか感じなかったけど、何コレ!怖い!
太陽でも半分落ちて来ているの?
これって女神の救済なんだよね?怒りとか攻撃ではなく。
女神スキルの迫力にビビッてワタワタしていると、唐突に瞼が閉じさせられ、周囲の空気が変わった。
凍てつく寒さでは無く、ぬるま湯に頭の天辺から足の先まで、とっぷり使っているような。
『これ、ジーン。女神の力を使っている時は、怒りに任せて猛るな。煩いぞよ。』
「だって女神ルミナスさま、寒くて凍死寸前だったのですよ。私の恰好見えてます?下着姿に素足だったのですよ。足の形取りたいからって靴下と靴を脱いで、裸足で紙の上にペタっペタっ!なんですよ。 そんな時に雪景色の中にポトンって落とされて。酷いです。ルミナスさま!」
『ジーンよ、女神が抜けておるぞ。 まあ、それが天使の役、、、ッゴホゴホッわらわとの約束だろう?忘れたとは言わせぬぞ。』
「いえ、忘れてませんけども。でもせめて着替えるまで瞬間移動するのを待って欲しいかなって。今気づいたらお風呂に入って居た時に呼ばれら真っ裸じゃないですか。お嫁に行けなくなったら女神ルミナスさまは責任取って呉れますか?」
『嫌じゃ。セシルなら兎も角。どうせジーンは嫁には行けぬから安心するがよい。そして瞬間移動は待てぬ。』
「ちょ、ちょっと待って下さい。その言い方は酷く無いですか?幾ら大恩人の女神ルミナスさまとは言え。」
『下界では、其の体形でも娶りたいと言うモノ好きはおるのか?』
「そ、それは今は無理ですけど将来的にはバインバインユッサユッサなお胸に育つ予定なんですー! 10歳なら、此れが標準体型です!若干標準よりちっこくて痩せてますけども。」
『ほほっ、ちょっとジーンの未来が面白いことに成っておるな。だが最低でも20年は、その体型じゃ。取り敢えず、これを遣ろう。フードを被れば顔を隠せるぞよ。そして女神のサンダル。早く罪科の秤を使ってきやれ。光が収まる前でないと人間には扱い辛いからの。とっとと行きゃれ。 場所はザクロン帝国の属領メメシスよ。』
パチンと耳の奥で弾ける音がした。
あっ、サンダルとフードを掛けてくれたんだ。
って、フードが伸びて、これって顔出し、てるてる坊主じゃん
あっ白光が縮んで来ている。
「〔罪科の秤〕。あ、ヤバい。白光の半円の縮む速度が上がっている。おし、帰る。」
そして灰色と黒と白光の景色が切り替わり、ホッと落ち着く診察室へと戻って来た。
するといきなりガシリと筋肉質な腕に抱き締められた。
ああ、ローランド先生の香りだ、安心する。
「どこ行ってたの?ホント心配したのだよ。ジーンと入れ替わるみたいに気を失った変なオジサンがいるし。ジーン消えるし、セシルは未だ帰って来ないし。ホントにホントにジーンが戻ってきてよかった。」
「ふふっ。変な言葉使い。ローランド先生、ただいま。心配させて御免なさい。」
「お帰り、ジーン。もう勝手に居なく為っちゃ駄目だよ。それと変なモノを拾って来ないように。特に生き物の世話は大変だからね。」
「は、はい。」
そう言ってローランド先生は、床に両膝を着いてギュウギュウと私の身体を抱き締めて来る。
ローランド先生は、一体どうしたのだろう。何も尋ねて来ない。
いえ、質問されたら私が困るけど。
降って来た正体不明のオッサンについてもサラリと流すし。
しかも此のてるてる坊主式純白のマントに付いても、白い不思議なサンダルに付いてもスルーと言うか受け入れてると言うか。
こうも聞かれないと逆に不安になって来るのよね。
そう言えば、女神ルミナスさまから何か言われたような?
うーん。
何か力がゴッソリ抜けてしまったような。
そう言えば、女神スキルを使うのは、初めてだったわ。
トリセツを至急送られたし・・・
眠、、、い、、、。
ふわふわしてローランド先生の香りが心地いい。
抱っこされてるんだ、今。
お父さんて、こんな感じなのかな。
さっきまで激しく脈打っていたローランド先生の胸の鼓動がゆっくりと凪いで来ている。
「お父さん・・・。」
《3》
私は、ジーンを御姫様抱っこして診察室のドアを開き、サロンへ向かって静かに歩き出す。
腕の中のジーンは、重さを余り感じない。
それが余計に儚く消えていきそうに思えて、胸の奥が締め付けられる。
トニーがこちらの様子を察して、サロンのドアを開けてくれた。
長椅子に腰掛けようと抱き抱えていたジーンの小さな身体を動かすと、
「お父さん、、、。」
そう呟いた。
少し開いた両の太腿の上にジーンの上半身を乗せ、トニーが重ねて置いてくれたクッションに腰を痛めないように下半身を乗せた。
すっぽりと頭から被った純白のマント姿のジーンはまるで雪の妖精のようだ。
足先を包み、底は白木を薄く平らに磨いて作られ、木底を外れないように足首と踵をマントと同じ純白のリボンを結んで止めていた。
長い睫毛を閉じて、小さくぷっくらした下唇は、まるでチェリーの様に艶やかだ。 私は、その赤い果実を啄むように軽く幾度も自分の唇で挟む。 反射の様に薄く開いた小さな唇の隙間に舌先だけ忍び込ませ、熱を持った彼女の粘液を僅かでも味わいたくて、少しづつ奥へと私の舌を、、、。
「ロニーお坊ちゃま、亡きお父様と同じ真似はお止めください。全く油断も隙も無い。」
トニーは、背後から私の左肩をがっしりと掴み、ギリギリと親指に力を込めて行く。
「痛い、やめろっ。ジーンが目を覚ますだろっ。分かった、止めるから。」
溜息を吐きつつ指と手の腹への力を抜いて、渋々私の背後から離れて監視するように斜め前に置いていたソファーへと座った。
「おい、そこは俺の席だぞ。」
「わたしにそれを言いますか。それと俺ではありませんよ?ロニーお坊ちゃま。」
「良いじゃ無いか。トニーと俺しか居ないのだ。 折角のチャンスだったのに邪魔しやがって。」
「わたしはロニーお坊ちゃまが嫌われないようにして差し上げたのですよ。此処まで無神経な方だったなんて。急にジーン様の身体測定をするなんて仰って。しかも世間知らずなジーン様を言いくるめて靴や靴下まで脱がすとは。しかもちょっと目を離した隙にねちっこい接吻迄も。こんな日が来そうだったから貴方の伯母マーサさんとわたしが協力し合い、なんとか平凡な結婚させようと年頃のお嬢さんを幾度も出会わせようとしていたのに。悉く掻い潜ってしまい、、、。はあ、ロニーお坊ちゃまの母君になんとお詫びしてよいのやら。」
「別に母に詫びなどいらん。あの人だって11歳の頃に33歳の父上と知り合い、13歳で俺を出産したんだ。両親二人に誓って何ら恥じ入る事など無い。年齢だけで言えばジーンは10歳、俺が30歳。20歳違いなど夫婦で他にいるだろう。」
「良くはありません。女性の年齢に問題在り過ぎます。理由は一番ロニーお坊ちゃまが分っている筈です。 それにジーン様は未だ普通の状態ではありません。三日前の衣服の状態を思い出して下さいませ。」
「うん、でもアレは、、、。」
と、言葉を続けようとして、三白眼に変化させギロリと睨みつけて来るトニーの怒り具合を知って、俺は口を噤んだ。
日頃は誰にでも騙されますよ?みたいな人の良さ気な柔和な目をしているのに、三白眼に変化した時のトニーの鉄拳制裁は、この年になった今でも怖い。
この見た目詐欺め。
年齢だって母と同じ位なのに外見はどう見ても20代半ば。
それに俺だって裸になって居たジーンを抱き上げた時、しっかり見て触ってチェックしている。
下半身の裂傷を心配して(本当にエロい気持ちは全くなく)下腹部から回復スキルを使ってみたが、全く発動しなかった。 局部からお尻とズラしてスキルを使ってみても発動しない。詰り健常な状態で無傷だった。
あのボロボロの衣服の状態でなぜ?
やっぱりセシルが「眩い光を浴びたら傷が全部直っていた。」と言うのは、言葉通りなのだろうと確信した。
次に気になったのは、ジーンの身体が痩せすぎているコトだ。
あばらも浮き上がって、太腿にも腕にも肉が付いていない。
幾ら俺が鬼畜だと言われて居ようとも、今にも死にそうな痩せ細ったジーンとコトを致そう何て、考えていなかった。
別に今夜だってキス止まりの予定だった。
それなのにトニーの奴は、人を理性の無いケダモノ扱いしやがって。
ジーンに心の傷が有ったら、癒えるまで俺が側で寄り添おうと考え、トラウマスイッチの在処を探す為に問診を行ったが、ジーン本人の事では平常心だった。
決して平気なフリとかではなく。
質問を重ねていると俺の意図に気が付き、凄く申し訳なさそうな表情になった。
問診していてあんな気恥ずかしい思いするのは、スキルを使いたての思春期前以来だ。
色々と気遣った痕跡まで見破られたみたいで、マジ小っ恥ずかしい。見悶えしそうな気持を隠して、話し始めようとしたジーンを見たら、、、俺を呼んで消えちゃったからな。
ほんと茫然自失。
此の侭ジーンが消えちゃったらどうする?から始まって、こんなことなら告ってたら良かったとか。もし俺の居ないとこで倒れたらどうする?キス位はしとけば良かった。いやペッティングまでなら許されるなんて妄想も混じって来て。 消えた先で襲われてあんなことやこんなことされて枯れ枝の様に細い腕を折られたりして居たら、俺が発狂する。多分セシルより暴発する自信がある。そこへ。
ドサっ!!
消える前までジーンが居た所へ薄汚れて気絶している臭く髭だらけのオジサンが降って来た。 流石にジーンがオジサンになったと思う程は混乱して居なかった。
やはり二度目ともなると衝撃も薄くなる。
シャツとかズボンとか所々血が付いているのに、無傷だった。
それを確認してついボヤいてしまった。
「あーあ。こりゃヴィンセント義兄さんへの報告案件か。くそっ。砦発光案件はジーン絡みだったのか。ヤダなーぁ。義兄に言いたくないなあ。」
ウダウダと如何にヴィンセント義兄さんと会わないようにするか?
待てよ。
俺が何も気付かなかったコトにすれば大丈夫。
丁度ジーンが消えた時にはトニーも居なかったし。このオッサンは俺が拾った事にでもしようかな。
と、思っているとジーンが帰還した。
姿を見た途端、もう考えて居た事なんてどうでもよくなって、唯ひたすら抱き締めて、ジーンが此処に存在すると言う実感を噛み締めた。
やっぱりジーンを手放して遣るなんて絶対無理だと思った。
純白のマント姿のジーンは、ほんとに雪の妖精のようで、俺が気を抜くと違う世界に帰ってしまいそうで、年甲斐もなく涙が滲んでいるのをジーンに気が付かれませんように。
「ただいまローランド先生。」
「お帰りジーン。」
その言葉が嬉しくて腕の力を強めたら、膝からジーンが崩れ落ちた。
呼吸や脈を確かめたら、気絶と言うよりは疲れ果てて寝入ったようだった。
寝てるだけなら、そりゃね。キス位するさ。
あっ、トニーには気道確保の為とか言えば、、、やっぱり誤魔化されてはくれないな。
俺が静かにご高説を拝聴していると如何やらトニーの怒りも静まってくれたらしい。
ジーンの身体を静かに動かして、膝枕に変えたらトニーの満足度もアップして、いつもの人の良さ気な顔に戻っていた。
「トニー、色々言われたけど俺はやっぱりジーンと結婚する。その為にセシルを絶対落としてやる。但し俺以外が。一緒に計画を練ってくれるか?トニー頼むよ。」
「ロニーお坊ちゃまへ協力するのは、まあ考えて置きましょう。唯一つロニーお坊ちゃまにわたしめが訊ねたい事がございます。」
「なんだ、急に声の調子を重々しく変えて。」
「ええ、とても肝心なことでございます。特に市井の者の結婚には。」
「なんだ?焦らすなよ、トニー。」
「それで何時ジーン様がロニーお坊ちゃまを好きになったのか、もしくは好きと仰られたのか、わたしめにお教え願えませんでしょうか?この三日間程ジーン様が、この屋敷で過ごされていらっしゃるのですが、そのような言葉を聞いたことが御座いません。 嫌っていらっしゃらないのは感じますが、ロニーお坊ちゃまを異性として見ているかどうか、、、。」
「お父さん、、。」
「はい?」
「サロン迄抱っこしていた時、ジーンはそう呟いた。もしかしてお父さんとは、好きだと言う意味ではないのか?ほら、貴族令嬢なら父上と呼ぶだろう。何か一種の隠語とか、暗号とか。」
「お父さんはお父さんの意味しか御座いません。このトニーの名を掛けて断言致しましょう。」
「いや、何だろう。ちょっと俺って可笑しいよな。」
「はい。サロンへジーン様といらしてから、大暴走でございますよ。」
「うん。人間が急に消失する現象は良くないな。アレは駄目だ、絶対。」
「はぁ、少し落ち着かれるようブランデーをお持ちいたしましょうか。そろそろセシルさんが帰られる頃でしょう。」
「ああ、頼む。」
結局は、ジーンが消えたショックで、俺はパニック状態に成っていたのか。
俺ってなんて恥ずかしい奴になっちまったのだろう。
さて、俺が先ずすることは、
今夜はサロンの長椅子で、此の侭ジーンに眠って居て貰おう。診察室はイヤだ、ジーンがまた消えそうで。それにセシルならあのオジサンが居ても大丈夫だろうし。
そしてずっとジーンの寝顔を見続け、朝一番に「おはよう」と挨拶して「おはよう」ってジーンに返して貰ったら。「好きだよ」って告白しよう。
ジーンの返事は、「ありがとう」かな、「わたしも」かな、やっぱり「好き」って言われたいな。
いや、朝から告白は早過ぎるか。
くそ、分からない。
よく考えたら俺って自分から口説いた事なかった。
そっとサロンに戻ってきたトニーは、ブランデーの入ったグラスをテーブルに置きながら、溜息を飲み込む。
1人の少女の出現でお馬鹿になってしまった我が主人ローランド・ブラウニー。
彼は、初めての恋を知り、現在前のめりに逆走しております。異母兄になるヴィンセント・ロイス・ケレス王弟殿下への報告書の出だしをそう綴り始めた。




