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憂鬱な駄女神  作者: くろ
29/51

敵わないなあ


《1》



 泣き疲れて眠ったアーサーをリクが馬車から降ろし、俺はライに母親が、やはり亡くなっていたことや家主からの話を伝え、彼らが住んでいる屋敷〔スイ家〕を後にした。


「何でアンジェリカ(アーサーの母親)さんはアーサーを捨てたンっすかね?」


 リクの問いは、きっとアーサーの件に関わった者なら、誰もが皆抱くだろう疑問だ。




 サロンにリクと入った俺は、いつものように俺のソファー(特注品)へと腰を掛け、リメンス区の家主の言葉を思い返していた。




(銀髪の女性、銀髪の幼子。銀髪銀髪、、、。)


「白銀の騎士っ!」

「うん?先生、誰っすか、それは。」

「ああ、ロゼット王国の英雄だ。 チッ、何で出て来なかったんだ。クソッ!」


 俺は独り言ちて、(自分にとって)生き字引のトニーをサロンに呼んだ。

 いそいそと現れたトニーは、ジーンたちは散歩に出掛けたと言う伝言を俺に伝えた。



 俺はうろ覚えの記憶をトニーに話し、白銀の騎士の末裔が約10年前に騎士団を辞めた理由を尋ねた。


「全く我が誇り或る騎士団の大問題でしたのに、もう少し興味を持って於いて下さいませ。 ロニーお坊ちゃまが普通に回復スキルを使えば騎士団に入隊も可能でしたのに。」

「五月蠅い。俺が入団年齢に達した時の騎士団の評判は悪かったし、父上も俺に騎士は合わないと反対したじゃないか。」

「まあ、あの頃は少し。」

「それで白銀の騎士の末裔は、何故騎士を辞めたんだ?」

「、、、一言で言ってしまえば、出奔した娘さんの責任を負って辞任したと言うことです。」

「はぁ、家出娘の責任を取って辞任したって?幾ら十年前でも父親が騎士を辞める理由などないだろう。それとも娘は、違法な罪でも犯したのか?」


「まあ当時は、ロニーお坊ちゃまのような言葉で女王陛下を始め王族の皆で、ホーク卿の辞任を引き止めに掛りました。 王家にとっては信頼に足る得難い騎士でしたので。」

「もしかしてだが、その出奔した女性の名とはアンジェリカだったり?」

「流石ロニーお坊ちゃま。あの時代の騎士団の話に興味を示しませんでしたが、しっかりホーク卿のご令嬢の名は御存じでしたか。アンジェリカ・ホーク嬢は、銀華と名高い華麗なご令嬢だったそうですよ。 ニコラス・キャメロン副団長の婚約者でした。それが突然、、、」


「はぁーぁ?キャメロン副団長の婚約者だったって?いつ?」


「当時は噂になったものです。14年前ですかね。 31歳のキャメロン殿と16歳のアンジェリカ嬢が婚約なさったのですから。 一方は伝説の白銀の騎士家系で、第一部隊長ホーク卿のご令嬢。 その時は、第5部隊の副団長であったキャメロン殿。 しかし辛辣な噂が多かったですね。 ただの平民の行商人の息子が口先三寸で友人のガウェル・ベンウィック副騎士団長を丸め込んだとか何だとか。 あの当時は良くあった負け犬の遠吠えですな。 」


「うん。俺とジーンの年齢差より多いじゃないか。全く問題ないな。」


「しかし暫くしてアンジェリカ嬢は失踪されてしまいました。 その為口さがない者達は、オジさんの平民に嫁ぐのは若く由緒正しい令嬢にしてみればやっぱり嫌気がさしたのだろうと。 王族の守護たる正しき騎士のホーク卿にしては、ご令嬢に酷な婚約を強いたものだと噂雀が騒がしかったのを覚えておりますよ。」


「おい、トニー。 31歳をオジさんというのは止めろ。 妙にイキイキと喋っているがキャメロン副団長の話だよな?」

「勿論ですとも。 他に誰の話をしていると仰るのやら。 全くロニーお坊ちゃまと来たら。」

「コホっ。では2人の婚約は解消に?」

「キャメロン副団長は解消などしたくなかったようですが、一年後にホーク家から除籍しアンジェリカ嬢の死亡通知を縁の在った方々に届けられたそうです。その半年後にホーク卿は惜しまれながら騎士団を退団されました。」


「アンジェリカ嬢とキャメロン副団長の婚約時期と年頃的には合うな。」

「はい?」

「トニーは、アーサーを見て誰かに似ていると思ったことがないか?」

「さて?私が顔を知る程お会いしたことがあるのは、キャメロン副団長くらいですが。 キャメロン副団長と似ているとは断言できません。 色味が違いますし、アーサーは未だ発育途上で少女の様ですからね。」


「アンジェリカ嬢やホーク卿にはどうだ?」


「銀華のご令嬢にはお会いしたかったのですが、成人を迎えた前後の淑女に私が会えるとお思いで? どっかのお坊ちゃまが貴族と会うのを嫌い、社交界とは全く無縁の主人を持つこの私に。 それに王族近辺で護衛任務を任された方と私を過保護なヴィさまが会わせるわけがないでしょう。 ホーク卿は、護衛任務の責任を負っていた方なので、向うが登城した私を知っていても可笑しくないですがね。」


「ふーむぅ。ホーク卿は退団されてからは?」

「家屋敷などは御子息に譲られ、本人は現在、黒の一族の居た山々と隣国へ抜けられる山道警備をされているそうですな。 本人の希望で騎士団を辞めた状態で、取り敢えず傭兵扱いらしいとヴィさまが苦笑いで仰っていました。」

「何で?」

「そこまでは、流石に判り兼ねます。」

「うーんと、トニー、なぁ。 実は俺がアーサーの出生を貴族名鑑で調べている時、薄々は気付いていただろ? アーサーの母親のことを!!」


「何とも。ただヴィさまに、ロニーお坊ちゃまがご自分で気づくまで、私に何も喋るなと言われておりましたので。 それに墓を暴く時は重々お気を付けください。 傷の全く癒えていない者がおりますれば。」

「、、、ありがとう、トニー。気を配ることにするよ。 それと少しきつめの酒を頼む。」

「畏まりました、ロニーお坊ちゃま。」



 ニッコリと人の好さげな笑みを浮かべて、トニーはどこか嬉し気な足取りでサロンを後にした。

 つまり俺は、ヴィとトニーの掌で上手く転がされてたのかと癪に障ったが、でもまあアーサーの母親を貴族名鑑で調べていた俺のお頭の出来を考えれば、アーサーが住んでいた場所に辿り着けていたかどうかも怪しいことに気が付いた。


 今回の件は、ライから俺に「相棒の気持ちに踏ん切りをつけさせたい。」と相談されたのが始まりだ。


 ヴィからの仕事を請け負うようになったライは、時折、屋敷を留守にする。

 その度にアーサーは不安になって、ライはフォローに手こずるようになったらしい。「それは別に良いのですが、、。」と言ったライに「良いのかよ!?」と思わず突っ込んでしまったが。


 アーサーに取って、自分のせいでライが攫われ奴隷として売られたと言う傷が、俺たちが見ていたモノより大きくて、ライの姿が見えないと不安と焦燥感で感情のコントロールが出来なくなってしまうようなのだ。

 今はまだ雛鳥のようにライの後ろを付いて回る生活でも許されるが、いつまでも此の侭という訳には行かないだろうと、寂しそうな笑顔をライは俺に向けた。


 特に騎士になりたいと今まで口にしなかった未来を言葉にした。


 しかしライから見ればアーサーは未だ迷っているように思えたらしい。


 5歳の時に聞いた母親が死んだと言うリメンス通りでの噂。 きっとアーサーは捨てられたと思うより、そう思っていたいから曖昧な噂だが、母親が死んだと言うことにして一度踏ん切りをつけたのだろうと、短く切り込んだ赤毛の髪を掻きながらライは話した。


 ライ自身も3歳で出会った時に「母は死んだ」と聞かされていた為、ジーンとシュウに助け出されたアーサーから、母は生きていたと聞かされた時は衝撃だったらしい。

「確かに泣き止まないと殺す。」と3歳だったアーサーを脅したが、と肩を落として打ち明けてくれた。



 しかしアーサーが自分なりに折り合いを付けていたのに、ベリアノ侯爵との邂逅で全てが変わった。


 先ずライと唐突に引き離され、目が覚めたら自分のせいでライは掴まり売られたと言われ、次にこのままでは帝国にスキル持ちのライを手渡すとベリアノ侯爵から脅された。

 そして母親とベリアノ侯爵との関係を勝手に語ら、実の父親だと言い聞かされた。 その上で、母親の死をライの仇と思っている相手から話された。


 ライが、アーサーから聞いたベリアノ侯爵と母親の話は、胡散臭いの一言に尽きたらしい。


 全く信用の成らない相手だとライと裏稼業で生きて来たアーサーには思えたが、そんなベリアノ侯爵の「言うことを聞けばライを買い戻し自分の傍に置いてくれる。」という言葉に縋らねばならないほど、アーサーの精神は打ちのめされていた。


 十カ月に及ぶ軟禁生活は、アーサーの知る現実を曖昧にされていったそうだ。



 そして突然の救出でブラウニー医院に連れ出され、求めていたライと再会出来た。


 だがアーサーは、ふとした瞬間に、今が現実か夢か分からなくなっていくそうだ。


 その為に一つ一つアーサーの身に起こって来た現実を知らせ、踏ん切りをつけさせたいとライは目を潤ませて、俺に話した。


「先ず母親の死は現実かどうか。 何か捨てられたと言うことで忘れていることってあると思うんですよ。 アーサーは絶対に母親が好きだった筈なんですよ。 だって母親に貴方のお父様は立派な騎士様だったのよ、って言われて居たからって、自ら騎士になりたいって口にするくらいだから。 好きでもない相手の望みとか知ったこっちゃないでしょ?普通。 それにおいらは親には成れないから。 何と言ってもアーサーの相棒ですからね。」 


 俺からすれば3歳の頃から14歳の今まで近くにいて、今だってアーサーの気持ちに寄り添うことに必死なライは、アーサーの親にしか見えなかったが。


 そんな話をしてから暫くすると「何か思い出した事があった」とリメンス通りのことをライが俺に話し、それから少し経つとライと仲の良い黒犬に調べて貰ったとアパルトメンのことを俺は教えられ、其処の家主が居そうな場所って言うのを黒犬から聞いた。



 そして今日で或る。



「敵わないなあぁー。」


 俺が空気を漏らすような情けない声で、そう呟くと、、、。


「当然ッスよ。シュウだって歯が立たないヴィさんですよ?今更っス。」


 リクは涼しい顔でそう言った後、クスクスと笑った。


 はぁ、黒犬が情報提供して来た所で、変だと思えよ。

 俺。



 (全く敵わないなあ)と口の中で呟いた時、トニーが南国でサトウキビから作られたと言う酒を珍しい形のデキャンタ―に入れて運んで来た。

 相変わらず人の好さげな笑みを浮かべて。




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