丘を目指して
《1》
貸し馬車に乗ってアーサー君とローランド先生たち等が、ちょっと重たい理由でリメンス区へ出掛けて行くのを私たちは見送り、兄さまと私たちは玄関ホールへと戻った。
少しだけ床屋さんの色替えスキルが気になったけど 「有料だぜ?」って一言を床屋さんから聞き、秒でお断りした。
だって兄さまは、現在無給で働いているのだ。
まあ衣食住は騎士団持ちなので、無給ていうと語弊があるか。
つう訳で兄さまに、くっ付いているコウとヨウも現金収入ゼロ。 で、兄さまは、母の残した遺産でコウとヨウの面倒を見ている状況だとか。
とは言っても、現金が必要な事態に成ったら、兄さまの財産管理を任しているセオドア叔父さまが、用意して下さるのだけども。
万が一、セオドア叔父さまに財産管理を引き受けて貰えなかったら、ローランド先生がバリバリ本気を出して遣ろうとしていたので、心底助かりました。 何だか先生に頼むと、絶対あり得ないくらい私たち兄妹の資産を増やされそうで、兄さまと二人で(先生を)心配したり怖がったりしていた。
セオドア叔父さまは、あの野郎(父)を排除してから、兄さまのバローズ子爵家に残された正当な財産の取り分(案外母名義の遺産が多かったらしい)を確保してくれた。 だけど兄さまは13歳で未成年だったので、叔父さまが居なければ父方の親戚か母方の親戚に、財産管理を頼まなければ成らなかったのだ。
兄さまと私は、諸事情で出来るだけお貴族サマと距離を取りたかったため、セオドア叔父さまの申し出はとても有難かった。 感謝感謝なのです。
だからと言って兄さまたちが騎士になるまで、無収入なのは変わらない。
こんな時こそ、レッツ節約っ!
その節約を一方的に無に帰すのが、私たち兄妹を思い過ぎる先生の仕様だったりしちゃうのよね。
先生は、自分のお父様が「激重な溺愛体質」で、お義兄さまも「超過保護」と言っているけど、血がしっかりと繋がっているなと思うこの頃。
私は兄さまとずっと居れるのが嬉しくて、ちょっとハイテンション気味になっていて「兄さまとお出かけしたい。」ってポロリと言ってしまったの。
兄さまはスッと腰を落として私の顔を覗き込み、少し顎を上げて思案するように尋ねた。
「ジーンはどこへ行きたい?」
「うーん。」
薄いアクアブルーの目で尋ねられ、私は兄さまへの返事に惑った。
私の活動範囲ってブラウニー医院を中心にした東西を横に走っているホーステッド通り、そして角地のブラウニー医院から南に降りるイートン通り。
で、ホーステッド通りに面して角地にあるパン屋ロニーを南にS字に下るウェンズ通りと突き当りを走るローホース通りで仕切った、、、ブラウニー医院から西横6軒X東縦6軒の区画内のことしか知らないのだった。 24軒(ヴィさんの我儘プランで2軒はブラウニー医院と連結している。)プラス区画敷地内に小径でしか行けない中程の場所には、平屋で田舎家風の家が2軒建っている。空き家だったけど。
いやホーステッド通りから北の区画にあるケイトさんとゼツの住む集合住宅に一度お邪魔した事があるけども。
後は高級住宅地にある王都の図書館くらい。
そして駄犬たちの里地跡。
私は気付いた。
思わぬ行動範囲の狭さを。
うぉぉー、ヤバいよぉ。 こんなんで将来自活できるのか。
ヒョイヒョイと、路地内にある空き家の家々に瞬間移動で探訪していたから、活動範囲の狭さに気付くのが遅れた。
で、でもまあ、将来は個人配送業を目指して居たから、今はこんな所で勘弁して遣ろうかしら、、、。
「えとえーと。 私はあまり外に出ないから、兄さまが教えてくれますか? 裏の小径なら案内できるのだけど。」
「ええー、セシルと折角同じ休みなのに。僕たちだって。」
「そそ、無理に外へ出なくても良いよ。僕たちと部屋に居ようよ。」
(うっさい、駄犬2匹。 あっ!でも兄さまも、部屋でこ奴ら等と過ごしたいのかしら?)
「、、、オレは体力作りの為、時間が或ると走ってただけだからな。そういや走っている途中見晴らしのいい丘があった。 其処に行ってみるか?」
「おっ!あそこか。」
「うんうん。夜も素敵だったね。セシル。」
駄犬2匹はお勧めのデートスポットだったのか、黒い目を輝かし嬉し気に兄さまへとじゃれつき出した。 (はぁ、コイツらは、、、。 仕方ない。兄さまのお勧めだしね。)
「うん。行きたい。兄さま。」
「よしっ。ジーンを連れて行ってあげるよ。」
私の「諾」の声に応え、兄さまはヒョイと私を腕に抱えて、揺らぐことなくスクリと立ち上がり、私を胸板に寄せてバランスを取ると、玄関ホールを歩き始めた。
「ひえぇー。兄さま、私、重いです。トニーさんに頼んで、ば、バシャ、馬車で行きましょう?」
「ははっ。ジーンは重くないよ。 オレだと歩いた方が早い。」
「で、でも私って30kg近くあるし、、、。」
「大丈夫。遠征時の行軍リュックと同じ位だ。オレは慣れてるから、、、。」
「それにこうしてジーンを抱き上げるのは、騎士団試験を合格して以来だ。それがオレには嬉しい。ジーンは駄目か?」
そう言うと兄さまは私と目の高さを合わせ、少し不安気に問い掛けてきた。
「ううん、嬉しい。」
私の答えに兄さまは、ギュッと力を入れて抱え直した。
大きく長い足を開き歩く兄さまの力強い両腕と胸の温もりを感じて、私はホッとした。
兄さまの温もりなら大丈夫なんだ、私って。
これって兄さまと私の体温と鼓動のテンポが似ているからかな。
兄さまとのスキンシップなら緊張しないのだと、私は改めて認識した。
ううん、不味いデス。 それってブラコン一直線になってしまう気がする。
元より〔ジーン〕て、領主館で兄さましか見てなかったりしてブラコン過多だったのに、死に戻って良い年をした前世持ちの私が、「兄さましかダメ。」ってノリのブラコンになったら、、、自活して独り立ちするって言う夢に支障を来してしまいそう。
混雑する初夏のホーステッド通りの煉瓦作りの路面。
馬車や人々たちの意にせず、兄さまはスルリスルリと我が道を歩いていた。 隣りと後ろには、いつも見上げているコウとヨウが、黒髪の旋毛を見せながら飄々と歩いてくるし。
路面との距離、人々や馬車の見える視線の高さ。 そして家々の塀の位置や鉄製ポールの形の違い。 当然木々や草花の色や香りの濃度までが変わっている。
そして街路にある真鍮の標識に巻き付いて青い花を咲かせるヘブンリーブルの見える高さまで。
兄さまと私が見ている街並みの風景は、こんなにも違うのだと、私は驚き、感動する。
しかし道行く人々の目線は、皆、兄さまに行くのだなと。
抱えられている私などは、アウトオブ眼中。 もしくはヌイグルミ? いや羽虫かも。
流石兄さまと言うべきか、集まっている視線を華麗にスルー。 つうか見られているって意識もないのかも。
コウとヨウは、こんな状況に慣れているのか平常運航。
互いにじゃれながら、時折兄さまに接近して、声をかけていく。
雑踏の中、歩くスピードの速い兄さまとは会話を楽しむ余裕がコウとヨウでも難しいのかも。
もう直ぐ7月、夏が来る。
少し汗ばんで来た私を心配顔で見詰めて、触れ合っている場所の位置を兄さまは、手早くソフトに変えてくれる。
極まる美麗な容姿で、こんな気遣いまで出来る兄さま。
(惚れてしまうだろうぉぉ!!)
私は心の中で絶叫しつつ、兄さまに抱っこされた侭、東にあると言う丘を目指していた。
《2》
大きく真っ白な王城を北西に臨むなだらかな丘の上に兄さまに抱っこされた私と、ちょっと邪魔な黒犬二匹コウとヨウの4人で立っていた。 正確には3人だけども。
乾燥気味の地面を多年草の野趣溢れる緑の草々に混り、白や薄紫で、彼岸花のような咲き方をしているアガバンサスの花々。
こんな所にもラベンダーが伸び散らかして生えていた。
(キミらは雑草かっ!)────ああ、雑草だった気がする。
「あの王城敷地内の北東に騎士団本部が或る。」
そう言って私を抱きかかえた状態で、兄さまは騎士団本部が或る方向に、身体の向きを変えた。
(うーん。 兄さまにそろそろ降りたいって言ってもいいよね。)
「あの、、にいさま?」
「何か飲み物を持って来れば良かったな。ジーンの額に汗が、、、。」
私が声を掛けようとした時、殆ど同時に兄さまは、ボソボソと口を開いた。
「あっ、僕が下の露店で何か買って来るよ。スキル使えば直ぐだし。」
「えっ、コウお金は?」
「幾ら何でもそれ位は持ってるよ、お嬢サマ。」
コウはそう言うと自分の影に入って消えた。
強くなった来た陽射しに目を細めながら、私はなだらかな丘から古い街並みを見降ろした。
小さな木々の緑地が、石や煉瓦造りの家々が重なり合うように見える間にポツリポツリと点在している。 そして建物やその周囲を彩る夏の花々。
街路に植えられている背の高いマロニエの並木が白やピンクの花々を開いていた。
抜けるような高い青空。 そして白く見える日差しを遮るように濃くなった木々の緑が萌えていた。
「兄さま、素敵な景色ですね。何という丘なのかしら?」
「名もない丘? ただ走っている時、オレがここを丘と呼んでいるだけだ。 丁度一息入れる場所に良いんだ。 だがジーン、、。 景色は夜の方がずっと良かった、、、とオレは思う。」
「へっ、へぇ。」
「プふっ。セシルって。ホント、クっクっク。」
兄さまには、ロマンティックな想いってのが迷子で行方不明みたい。
私は別に兄妹だから良いのですよ、ええ。
私もいつか夜に来られると良いなあ。
ちょっと拗ねた私は「降りたい。」と兄さまに宣言して、やっと地面に足を降ろせた。
長い花茎を伸ばし一面に咲く一夜薬草の上に、腰を降ろした兄さまを見習って、私は兄さまの隣に座った。
ぶわぁぁっと草いきれが立つ。
「ここって便利な場所にあるのに、人が少なくて静かだよね。 夜とか男同士が多いしムードも良い。 ちょっとお嬢サマには向かないかも?」
「、、、ヨウっ!貴方たち知っていたのねっ! 兄さまも、なんだってココをチョイス?」
「遠征や任務以外で、オレが居るのは騎士団本部かこの丘だから。 騎士団は無許可の移動スキルの使用は禁止されているからジーンが来るのは無理だろ? でもこの丘にジーンを連れて来ていれば、何か在った時に飛んでこれるだろ? 休日にオレが走りに出ていても用が有ればジーンがココに来れば会える。 そう思ってジーンを連れて来たんだ。 それにオレがジーンを抱えて散歩をしたかった、、、だけなんだ。」
うぐっ、最後のセリフに胸がズキュンときた。
妹のハートを打ち抜いて兄さまはどうする気? ちょっとクラリとしちゃった。
でもでも、これは兄さまに言っておかなければ。
「あのぉ、兄さま。私も兄さまと抱っこ散歩は愉しかったです。ありがとうデス。でも、あのですね。私の瞬間移動は、親しい人の元ならスキルを使えば飛べるのですよ。 スキル事典に載って居ました。」
「ジーンっ!」
「はい、兄さま。」
「なら何で一度もオレの所へ飛んでこないのだ?」
「えっえっ? それはですね。 私が嫌なのです!」
「「何だって!」」
「ち、違います、兄さまの元へ行くのが嫌なのではなく、誰の元へ行くのも移動スキルを使うのはイヤなのですよ。 だって私の前に誰かがスキルで突然現れたらメッチャ怖いじゃないですか。 それに一度女神スキルが発動した時、夜着の状態で突然真冬の雪の中に落とされたんです。 あの時思ったの。 これが入浴中ならって。 スキル発動して兄さまやローランド先生の前に行って、兄さまがコウやヨウとラブイチャの真っ最中ならどうする? とか先生がリクと良からぬことをしている最中だったら?って考えたら使えなくて。 でもヤバい時は使っちゃうと思うけども。 ちゃんと兄さまにスキルのことを伝えて無くてごめんなさい。」
「いやずっと居なかったのはオレだし。ジーンは悪くないよ。ちっとも。」
「あ、ありがとう。兄さま、、、。」
「僕は、別にセシルとヤってるところをお嬢に見られても平気だよ?セシルもだよね?」
「あぁあ。まあ。だって幼い頃からオレのアノ姿は、ずっとジーンは見て知っているだろ。だからジーンには視られ慣れているしな。 オレは気にしない。でもその所為でジーンがオレに助けを求めないのは嫌だ。それならオレはコウとヨウとのエッチは辞めても良い。」
「「ええええーぇ!!!」」
「早まるなよ、セシルっ。」
「うんうん、兄さま。唐突に言われたら幾ら駄犬でも可哀想というか。」
初夏の風が心地よく吹き抜けるなだらかな丘の上。
白と薄紫の草花の上に座り込んだ3人組は、何気ない一言からワチャワチャと小さく修羅場り始めた。
そこにラズベリージュースをポットに入れて貰ったコウが影から戻って来て、その修羅場へと当然のように参加し始めた。
白亜の王城と抜けるような青空を背景にして、セシル13歳、ジーン11歳、コウ18歳、ヨウ17歳たちが初夏の朝の賑やかな休日は丘の上で始まった。




