車中活用法
《1》
今日の私は、久方振りに早起きだ。
だって兄さまの休日ですもの。
長らく安息日のなかった兄さまに三日間の連休が与えられました。
今まで安息日の休みを貰えなかった2個小隊の方たち皆が、一挙に休みを取ると言うのは難しいそうで、班で振り分け日頃の業務に支障に成らないよう調節し合って交代で休暇を取るそうな。 その後、何事もなければ五日毎に二日の休みを一ヶ月間貰える予定だとか。 あくまで予定だと念押しされちゃいました。
別に何するって訳ではないのだけど、やっぱり兄さまが近くにいてくれるのは、ちょっぴりワクワクしちゃうのよね。
きっちりシュウは、私に合わせて朝の7時過ぎに外の空気を入れる窓開けのついでなのだけど、身支度を整える為、私の部屋に来ているし。 シュウはいつ眠って居るのだろうと、思わないでもない。
窓を開けると、ミャウミャウと夏生まれの3匹の仔猫の鳴き声が、裏の小径から風と一緒に聞こえて来た。
シュウとサロンに入ると、兄さまが定位置に、コウとヨウはサイドテーブルと椅子を出して兄さまの近くに座っていた。
私は、急いで兄さまの隣に座った。 シュウは向かいのソファーへと腰を降ろした。
既にパン屋ロニーで焼かれたパンが籠に盛られ、野菜スープがスープ皿に入って並び、テーブルに置かれていた。
「おはようございます。兄さまは早いですね。」
「おはよ、ジーン。いつもコレくらいの時間だよ。サロンで食べる朝食もいいね。ゆったりとしている。」
「でしょ?先生にリクエストしたの。ちょっと食事室って私には堅苦しくて。 そう言えば先生は?」
「ローランド様は、もう少ししたら入らっしゃいますよ。 昨夜遅くまでセオドアさんと飲んでいらっしゃったので、起きるのが少しだけ。 ですので鍛錬の終わりが、いつもより遅れているのでしょう。」
トニーさんはそう答えて「肉と卵のプレートをお持ちします。」と告げ、ドアを開けた侭サロンを後にした。
「そうだなぁ、僕とセシルとが打ち合い出してからだった。先生とリクが鍛錬場に来たのって。」
「新しくアーサーって子が来てたな。」
「兄さま、その子がライさんの話していた相棒なの。兄さまと同じ歳よ。アーサー君も騎士を目指しているって。」
「セシル並に人見知りだよな。アーサーって子。でも14歳には見えなかったな?ヨウ。」
「うん。セシルに比べるとどうしても幼く見えちゃうよね。身長ってより大人っぽいから。セシルって。」
アーサー君の紹介を兄さまたちにしていると、トニーさんがベーコンとプレーンオムレツを盛ったらプレートをカートに乗せて運んで来た。
肉と脂の焼けた香ばしい薫りとオムレツに入っているバターの香りが、私たちに届いて食欲を刺激した。
そこへ先生とリクが乱れた髪と服装で急ぎ足で入って来て、先生はいつもの主人席で、リクは先生の一番近くの斜め向かいのソファーへと腰を降ろした。
おうっ、リクって、いつもヴィさんが座っていた身内席へと腰を降ろすとは。
ちょっとビックリしちゃいました。
パクパクと私がプレーンオムレツを3分の1ほど食べ進めていると、先生は私たちに「おはよう」とちょっときまり悪そうに挨拶をして、グラスに注がれた水をグィっと飲み、朝食を完食しつつあるシュウをチラリと見た。
「えぇーと今日はアーサーを母親と暮らして居たと言うアパルトマンへ連れて行ってみようと思っている。ああ、セシルとコウとヨウ。アーサーって言うのは、、、。」
「あっ、さっきジーンから聞きました。」
「「僕も」」
「それでシュウ。 いざという時の為に一緒に付いて来てくれないか? リクが、私ならシュウの影に入れると言うのだよ。頼めるだろうか?」
「はい、おいらは問題ないですよ。 お嬢は?」
「私は、兄さまと留守番しているわ。余りゾロゾロとアーサー君について行っても目立つだろうし。」
「了解。セシルと一緒なら、おいらは安心だ。でもアーサーの髪色が目立つよな。」
「ああ、それなら床屋に色替えをして貰う。 私も王城へ行かねば成らない時は、髪色と目の色を変えて貰っている。」
「ええ、先生。 床屋さんに一体いつから、そんなに便利なサービスが?」
「変装スキルの1つで色替えってのが或るのだよ、ジーン。 彼には、お世話になって居るんだ。」
「何か、近所の酒屋さんも便利なスキル持ちって言ってましたよね、先生。 この近所ってスキル持ちが多くないですか?異常に。」
「まあ、父上とヴィのせい、、、じゃなく、お陰だな。はははっ。」
先生は少し遠い目をして、小さく笑った。
私が「どうしてアーサー君の元住所に行くの?」って先生に訪ねると「少々危険を冒してでも、母親の生死を確認して於きたいのだ、今後の為に。」そう覚悟を決めた声で答えた。
(アーサー君の。)
私は、そう言葉を続けたかったけど、それも何だかヤボな気がして、先生の綺麗な空色の目を見つつ、カップに注がれているアプリコット水をコクリと飲み込んだ。
《2》
ブラウニー医院の右向かいにある貸し馬車屋から、貸し馬車を先生が借り、おいらとアーサーが御者台に乗って、箱馬車の中に先生とリクが並んで座っていた。
先生とアーサーは髪色を黒に変え、瞳の色を褐色にした。
随分とイメージが変わる。
先生は金髪を黒髪に。 アーサーは銀髪を黒髪にかえた。
そして瞳は先生が空色から褐色に。アーサーは淡い水色から褐色へと変えた。
床屋が色替えスキルを2人に使った時、お嬢が「アーサー君。私のワンピースを着て行ったら?安全安心よ。」と言い張った。
一瞬「そうだよな?どうだ?アーサー。」とチョロイ先生は、お嬢の口車に乗せられそうになった。
「先生、考えてみてください。お嬢は身長約130cm。対してアーサーは160cm近くある。どう考えたって無理でしょう? 裾丈的に。 アーサーを目立たせてどうするンですか?」
「むぅぅ!駄犬シュウのバーカ。」
こればかりは、幾らお嬢が拗ねても譲れないラインだ。
アーサーみたいな美少女が脹脛見せて歩いて見ろ。
お嬢の苦手な変態が、ホイホイとアーサーを目指して来るぞっ!
あっ、そういやおいらの影にアーサーは入れられなかった。
(先生をおいらの影に入れて行ける!)ってのに気がイっていてアーサーの存在を忘れていた。
くっ、前にお嬢に話していたのになぁ。
そのせいでお嬢を怒らせちまったのに、、、、しくった。
「あのシュウさん。本当はライも一緒にって、考えてえていたケド、、、でも。」
「あっ、シュウで良いよ。 但し駄犬て、おいらを呼んで良いのはお嬢だけなんでソコは忘れないようにっ。 まあ、ライさんは色々マズいっていうか。 裏稼業の連中にツラとか憶えられってからアーサーの判断は間違っちゃいないって。」
「良かった。 おれ二度とライが奴らに掴まって欲しくなくて、、。はぁ~。っ本当はライにそう言えれば良いのだろうけど。何か言えなくて、、、。」
「ははっ。ライさんなら分ってるって。あの人は凄い人だし、で、優しいしなっ。だろ?」
「うん、ライって、そうなんだよ。へへっ。」
ライさんのことを話したアーサーは、ふにゃりと笑ってみせた。
うーん。今度一度アーサーとお話し合いをしなくては。
美少女のアーサーが、そんな無防備な笑顔を振りまいては駄目だって。
おいら以外の黒犬ならモーションかけまくられて、ハントされっからな。絶対に。
良かったなアーサー、隣に居たのがおいらで。
ライさんを師と仰ぎ、お嬢から「アーサー君にエロいことしたら、野良犬に戻して、外へ放逐して遣るから。」と釘を刺されている以上、おいらの理性は勝つる。
かなりの距離を馬車で南東に進み、安っぽい娼館通りを抜け、馬車で進むのが難しい家並みがある通りに着いた。 アーサーの案内で小径を行くと積み木を重ねたようなアパルトマンが並んで立っていた。
リクと先生が、ヒョイヒョイと歩いて露店でアパルトマンの家主を尋ね、知らされた家に行った。
先生が、家主に銀髪のアンジェリカって母親と銀髪の子供のことを尋ねたら、珍しい髪色の彼女たちを50代くらいの女の家主は憶えていた。
「彼女なら10年くらい前に亡くなったよ。その子がね。坊やだったのだが、3つかそこいらの頃、彼女は急に怯えだしてね。そんな感じの娘じゃなかったんだ。 こんな地区じゃ見ないような上品で垢抜けた娘でね。でもとっても朗らかな娘で、坊やといつも一緒で楽し気に笑う子だった。 それが暗い表情をし始めて直ぐに坊やが消えてね。 私らの周りじゃ坊やの父親が連れ去って、あの子はしょ気ているのだろうって話していたんだ。 それからみるみる痩せ細ってしまって。あの子にずっと付いていたメイドが一生懸命に看病していたんだ。 それから二年もしない内に亡くなって。あの子の亡骸は故郷へ帰しますと言って、荷馬車で運んで行ったんだよ。 少ししてからそのメイドが世話に成ったと挨拶に来てね。 ホント良い子達だった。 坊やは、幸せに暮らして居ると良いのだけどね。」
「アンジェリカさんたちの故郷は分りますか?」
「それが、、、知られたくないのだと詫びられて。済まないね。分からないのだよ。」
「そうですか、、、。それで、私たち以外にアンジェリカさんのことを尋ねにきたことは?」
「それが坊やが居なくなって直ぐ、ガラの悪い連中らが、この路地裏で銀髪の親子を見てないかって探し始めてさ。 私らだって一応人を見るんだよ。 こんな連中に関わっちゃいけないと口を噤んでね。 あんまりしつこい奴には、親子は亡くなったって答えていたのさ。 実際に彼女は臥せっていたしね。 しばらくしたら、その連中はここいらで顔を見なく為っちまったよ。 ホント、ヤレヤレだった。」
先生は、家主からそれから2~3話を聞いて、家主にお礼を言って馬車へと、おいらとアーサーは少し離れて先生たちについて行った。
アーサーは顔を俯かせ、黒い髪を前に垂らして、鼻を啜っていた、
いつの間にかアーサーに握られていたおいらの左手は、少し荒れたカサついた右手と固く繋がっていた。
きっとおいらたちの親への想いと、アーサーの母親への想いは、全然違うのだろうと考えながらも、大切な人が自分の知らない理由で、自分の知らいない内に、亡くなっている辛さは分かるつもりだ。
遣り切れなくて頭の中と胸の内が、グチャグチャになっちまうんだろうな。
半年ちょい前のおいらたちのことを思い出す。
でもまあ、おいらたちには使命があったし、それは現在も継続中だから、前へ進むしかない。 まっ、前にしか、おいらたちは進めないが。
そしてアーサーには、偉大な師ライさんがいつも近くで見守っている。
でもって一番重要なのは、おいらたちのすぐそばには、女神ルミナス様の現身がいて下さるってことだ。
ライさんなら、お嬢が発したあの神々しく眩い白光を目に全身に感じた事が在るから、その奇跡に平伏したくなる想いを共に語り合えるのだけどなぁ。
アーサーは、ヒョイってする瞬間移動のお嬢しか知ンないしな。
零れて行く涙が酷いのでアーサーを御者台から降ろし、貸し馬車の箱へと移した。
貸し馬車の車内でグシグシボロボロ泣いているアーサーに先生とリクは、黙って手と胸を貸していた。
おいらは、馬車がガタガタ強い音を立て揺れている内に、(胸の奥から溢れ出す思いを車内で流し尽しまえ!)と、アーサーに思っていた。




