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憂鬱な駄女神  作者: くろ
25/51

兄さまの帰還


《1》


 手紙の知らせから二日遅れで、疲れた顔をした、いや憮然とした表情の兄さまが、ブラウニー医院の玄関ホールへ到着した。 おまけのコウとヨウは、「全く。」「あの女は。」と声を潜め、不機嫌そうな顔で兄さまの後ろからホールへと入ってきた。


「お帰りなさい、兄さま。で、犬2匹。」

「ただいまジーン。元気そうだね。変わりはなかったか?」

「はい。兄さまは、、、大丈夫ですか?あの、、、?」

「うん。オレは元気だよ。手紙にも書いてあっただろう?」



玄関ホールで駆け出た私を抱き止め、尖った顎を私の頭に乗せた後、憮然とした表情と空気を解いて、兄さまは自分の元気具合をアピッていた。



「兄さまは、サロンへ行きますか?此の侭、部屋に戻ってから着替えてからサロンに来ます?今日はパン屋ロニーのブリオッシュがあるんですよ?」

「ああ、着替えてから行くよ、ジーン。」

「あっ、僕は濡れたタオルを用意していくね、セシル。」

「おジョウサマ、せめて犬じゃなくて黒犬って呼んでよね。 僕たちは大変だったのだから。」

「えっ、兄さまに何か遭ったの?」

「コウっ!」

「あっ、ごめん。セシル。」

「悪いね、ジーン。騎士団の方のことだから。ジーンは心配しなくて大丈夫。じゃあ、早く食べたいから着替えて来るね。」

「はぁい、兄さま。」



くつ、ここでも秘匿の壁がっがっがっ。

兄さまは、ロー先生みたく言って良いことと悪いことを分けて話すのではなく、すっぱりと一律に口を噤んじゃうのよね。

ぶぅぶぅ。

まあ、私のこの見目では幼いちっこい妹にしか思えないから、私を守るために余計なことを話さないと兄さまは決めたのだろうけども。



ブラウニー医院へ女神ルミナスさまのスキルで飛ばされた後、事情説明のために兄さまは父から受けた誕生日プレゼントの内容を私の前でぶっちゃけたこと、、、凄く後悔したと言ってたから。

私は自ら知りたいと願ったのに。

そのせいで私が兄さま同様に誕生日を厭うようになってしまったって。

それは少しあるかもだけど、でもあの時、私は死んでいたってことがショックで、色々な想いが私の中にあるから、兄さまだけのせいではないのに。

全くもう。

兄さまは、未だ本当の13歳なのだから、もっと私にだって色々な感情を出してくれて良いのに。


まっ、その為にコウとヨウを近くに置いて居るのだろうけど、、、。

負けた気がしてしまう。


二階へ上がる階段のドアを閉めた白い団服姿の兄さまの細い背中と黒髪の細マッチョなコウの後姿を私は、明るい玄関ホールから見送った。




《2》


サロンの楕円形のテーブルの上には、パン屋ロニーで焼いて貰った雪だるま型のブリオッシュが白い陶器の二つの大きなプレートに並べられていた。

冷たいミルクが入ったミルクポットや微かにオレンジの香りのする紅茶がティーポットで蒸らされていた。


チーズや燻製肉のスライス、そしてメロンなどのフルーツも盛り飾られていた。

エールやワインなどもカップに注がれて、兄さま帰還の祝賀会の呈。



主賓の兄さま、オマケのコウとヨウ。

そしてロー先生とリクに私とシュウ。


でもってお久しぶりなセオドア叔父さまと奥様も兄さまの無事を祝って来てくださったそうです。


先生は、普通のシャツを着て(暑くなってから薄いテロンとしたシャツの前の留め具を外し、首元を深くVネックにして開襟。胸筋チラ見せ状態だった。)少々畏まり、兄さまの無事を祝し、、、、



「お帰りセシル。コウとヨウ!乾杯っ。」

「「「「「お帰りなさい、乾杯。」」」」」

「「「ただいま、ありがとうございます。」」」



今日は私も形だけワイングラスの足を持って、赤い葡萄酒に口を付けた。

久し振りに私たちは揃って兄妹の指定席の長椅子に腰を降ろし、横に並んで互いの無事を祝い合った。

私の後ろには、鬱陶しいけどシュウがいて、陶器のカップに入ったエールを飲んでいた。


コウとヨウは、兄さまの側で立った侭、トニーさんが出して運んでくれたサイドテーブルにエールの入ったカップとワイングラスを並べていた。

先生は、ゆったりとした主人席でホッとした表情で兄さまを眺めていた。 駄犬リクは先生の後ろでワイングラスを片手に濃いオレンジ色のワインを飲んでいた。


セオドア叔父さま夫婦は、私と兄さまの対面のソファーに、それぞれが掛けていて互いに色の違うワインを取って、比べ合っていた。


私は、胸がほんわかして嬉しくなって来た。


兄さまの無事で元気な姿を待ち望んでいた人たちが今、ここに集っている。

それがとっても嬉しい。

去年までの兄さまは、屋敷で独り、あの変態たちの仕打ちに耐えていた。

そして私も耐えている兄さまの姿をただ3階の窓から独り見つめていることしか出来なかった。


でも今は、優しく微笑んだ瞳で兄さまと私を見ていてくれる、駄犬たちを含め7人もの人がいる。

瞼の奥がちょっと熱くなってきて、酔った訳でもないのに、私はふわふわとした気分に成っていた。






《3》


コウとヨウから、オレンヂ王国にあるクレープ高原の話を聞いたりして皆で和気藹々と和み、ケイトさんとゼツさんがヤっちゃ婚をしたと言う話や、私が助けた赤いライさんの相棒アーサー君が見付かったことなどを留守だった兄さまへ報告したりした。


ケイトさんとゼツさんの話に(18禁な話なので報告は先生がした。)セオドア叔父さま夫妻は、頬を2人して赤らめ驚いていた。

久々に大人として、真っ当な反応をする2人に、妙な新鮮さを感じてしまった。


今だに若干緊張感を伴うセオドア叔父さまに上品で可愛らしい奥様の話を聞いてみたくなった。

(表情は全く違うけど父と流石双子って思う程、セオドア叔父さまと父の容姿は似通っていた。現在叔父様は34歳。)

兄である父からの策謀で、九死に一生を得た後、結婚を考えられるって相手って凄い素敵な女性ヒトなのだろうと思えたからだ。


「あのぅ、叔父さまはいつご結婚を?父と色々あったようなので気になって。ごめんなさい。」

「ははっ。そんなに遠慮しなくても良いよ?ジーン。彼女は、兄から逃げる前の婚約者だった人なんだ。今は正真正銘の僕の妻だけどね。」

「ふふっ。こうしてお会いするのは2度目ね。セオドアの妻エイミーよ。よろしくね。」



エイミーさんは癖のあるチョコ―レトブラウンの髪を編み上げ、後頭部で青いリボンを使い、品よくアップにしていた。

柔らかな表情で笑むエイミーさんは、落ち着いた赤みが差した黄色のヘーゼルナッツ色の瞳だった。

私より30cmくらい高い背で、女性らしい身体を包むのは、白の襟が付いたシックなサックスブールの長いワンピース。

とても親しみやすい魅力的な奥様に見えた。


父が惚れたのは、この可愛らしいエイミーさんだったのか。 母の貴婦人のイメージとも全く違う女性で、意外な気がした。



「あの、前にヴィさんのお話でエイミーさんに父がプロポーズしたとか。、、、迷惑お掛けしていたら、ごめんなさい。」

「いえ。でも、、、。」


私の謝罪に口籠ったエイミーさんは、そこでセオドア叔父さまの濃い水色の瞳を見た。


「フッ。まあ兄がエイミーに幾度もプロポーズしていたお陰で僕がエメ(エイミー)と再会出来たようなものだから、、、、。」



そう言ってセオドア叔父さまは、青にも見えた水色の目を細め、知的な表情になり思い出すように奥様のエイミーさまのことを話し始めた。







16歳の時、父に渓谷へ突き落とされた叔父さまは、川に落ち下流で流れている所を仕事で訪れていたヴィさんたちに救出された。

助け出された後、バローズの領地には帰りたくないこと。 そして自分が生きて居れば必ず息を止める計画を練られる恐れと憎む相手に対して異常な執念を持つことをヴィさんに話し、平民として王都で働きたいことを告げた。


ヴィさんは、その頃、母親を亡くして1年経っていなかった義弟ローランドのことを思い出した。

丁度、回復スキルを発現させていた義弟のローランドに、父(前王配)とヴィさんが一緒にブラウニー医院を建設中だった為、3歳年上のセオドア叔父さまを左隣の空き家に住まわせることにした。

セオドア叔父さまは、身体強化のスキルを使えたので、年の近い友人兼護衛に良いと考えたのだ。


セオドア叔父さまは、16歳で成人になり商人になる予定だったので、日常生活のことは殆ど1人で熟せるように学んでいた。


 仕方なかったとはいえ突然別れたエイミーさんに罪の意識を感じていたが、自分の婚約者であるとエイミーさんのことをアノ野郎(父)に知られてしまったため、下手に連絡を取り自分が生きていることを知られたら今度はエイミーさんに迷惑を掛けると叔父さまは考え、連絡を取らなかった。


ヴィさんは、部下にアノ野郎(父)の経過報告を命じていた。


するとセオドア叔父さまの喪が明けてからあの野郎は、エイミーさんに恥知らずにも求婚したのだ。 弟からキミのことを任されていた」とかなんとか。

求婚される度にエイミーさんは、丁重にあの野郎(父)に断りを入れていた。


しかしエイミーさんは男爵家の令嬢で、古い子爵家からの求婚に断ることに限界を感じていた。

そこでエイミーさんの父親は、男爵領の隣領にある修道院にエイミーさんを行かせることにした。 地方の領地では、理由があり婚姻を望まないモノ、夫の暴力などに耐えかねて離婚の出来ない女性が身を寄せる修道院があった。


修道院がある領主と出家したい娘の当主が、許可を出した時に修道女に成れるのだ。


但し、出家して修道女に成った者は、女神に祈り、慈善活動に生涯を捧げなくてはならなくなる。


そのことを知ったエイミーは父親を説得し、修道院へと行くことに成った。

セオドア叔父さまが貴族籍を抜け、商人になる理由を察していたエイミーさんは、あの野郎に心が許せず、またセオドア叔父さまの死にも関わっているのでは?と疑念を持っていた。

だから何としてでもあの野郎(父)から逃げ出したかったのだ。


その状況を知ったヴィさんは、セオドア叔父さまにエイミーさんの現状を伝えた。


セオドア叔父さまは、エイミーさんの身を案じた。 自分の求婚を断り修道院に逃げるなど、傲慢なあの野郎(父)はプライドを傷つけられたと思い込み、きっとエイミーさんを憎み、許さないだろうと。


そこでヴィさんにセオドア叔父さまは、自分の人生の時間全てを渡すから、エイミーさんを助けて欲しいと頼みこんだ。 ヴィさんの部下の人たちは修道院へ向かう馬車を事故に見せて谷へと落とし、エイミーさんを王都に居たセオドア叔父さまの元へ届けてくれたのだ。


こうしてエイミーさんは、あの野郎(父)の魔の手から逃げおおせたのだった。

良かったあぁ、、、、ホントに。

実は、ヴィさんは怖い人に見えて良い人だったのかしら。



と、気が付いたらセオドア叔父さまの語り口調に魅せられ、サロンに集まっていた皆が静かに叔父さまのアドベンチャーと、エイミーさんとのラブロマンスを拝聴してしまっていた。



 しかしあの野郎(父)って何なんでしょうかね。

 ろくでなしってのは、分かって居るのだけども。







《4》


 兄さまと私に爪痕を残しただけでなく、セオドア叔父さまと通りすがりのようなエイミーさんにまで、何やかにかにやとジクリと爪痕を付けて行ったあの野郎。

今は毒杯を煽ってあの世ですが、是非、地獄めぐりをしていて欲しいモノです。


叔父さまやエイミーさんは、今は息子も2人居て幸せな毎日だから、過去は気に成らないと明るく笑って居てくれてます。



 

でもですね。


私は、隣に座る兄さまの左手が強張って行くのが見えたのですよ。

セオドア叔父さまの昔語りを聞いている内に。


思わず私は、そっと静かに兄さまの左手の甲に右の掌を乗せ、冷えて行く兄さまに私の高い体温を移していた。

微かに頭を下に俯かせ、サラリと落ちた淡い金の前髪の隙間から、透明な水色の目で私をそっと見、「ありがとう。」と、声に出さずに兄さまは呟いた。



そんな兄さまを見て、私は少し前から考えていたことを実行することにした。


問題は、シュウが手伝ってくれるか、どうかなのだけどもなぁ。

『止めろよ、お嬢!』

って言う割合が6割位かなあ、、、。


 

兄さまの4カ月ちょいぶりの帰還の日。

私は悪い子になるのを決めた。




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