兄さまからの手紙
《1》
手紙すらなしの礫だった兄さまから、メモみたいな手紙が届いた。
『6月20日午後帰宅。元気だ。セシル』
いやぁ、分かってますよ。
騎士団外部には、色々知られてならないことがあるって。家族でも。
でもですね、兄さまが合同演習の遠征でオレンヂ王国に行ったことは、ローランド先生経由で知ってたりするのよね。
「3月~6月過ぎまで安息日(休日)がないなんて。 働かせ過ぎですよ、騎士団って。」
先生に、そう愚痴ったら「任務でオレンヂ王国へ遠征だ。」って答えられた時の哀しさよ。
きっと騎士の妻って、こんな哀しみを抱いて家を守って居るのだと、思うと切なくなってきた。 まあ私は妻ではなく妹ですけどね。
切なさの侘び寂びを思いつつ兄さまのメモを眺めていると、シュウから意外な一言が。
「そう言えばお嬢、少し前にコウがスキルで戻ってきていた。 スイの家で会ったよ。」
「はぁ? 何で?」
「うん? 影渡りのスキルで。」
「いや、そうでなく。 コウとヨウって兄さまと一緒に行動しているよね? 絶対。」
「うーん。 コウだけ班が別で暇だったらしいよ。 それに丁度おいらたちで話したいことがあったしな。」
「フーン。 まっいいか。 どうせシュウたちから、兄さま情報なんてないのでしょう?」
「まあな。 別にお嬢に意地悪してンじゃねーから。 コウだって騎士見習だから、おいらたち一族に関係ないことを喋ンねぇってだけ。」
「そう。」
トニーさんから受け取った兄さまからの手紙を右手でヒラヒラと弄びながら、私は二階の自室へ向かっていた。
これは私が兄さまの手紙を雑に扱っているワケでなく、騎士団からの手紙は基本的にピラ紙1枚で、巻いた物を蝋付けして届けられるのだ。
封書は、封筒もお高いが、届けて貰えるのかどうかが謎。
封書のお手紙は、各家で雇っている伝令人が届けている。 つまりお貴族さまかお金持ち専用って奴。
騎士団は、馬が多いし乗れる人も多いので、団員は書いた手紙と宛先を記載してから、騎士団から送って貰うのだ。 なので自動検閲済。(うわぁっ)て思ったのは秘密。
平民が出す手紙は、乗合馬車の御者さんに頼んだり、辻馬車の御者に頼んだり、チップ付きで行商人に配達して貰ったりする。
通信の秘密? ナニソレおいしいの?
秘密にしたいことを文字に記したら駄目だと思うのは、どうやら私だけのようだ。
ブラウニー医院の地下には、極秘文書保管室ってのがあるらしい。私は入室したことがない。
先日、食事室から左隣りにある部屋のドアを開き、先生とリクが出て来るのを目撃ドキュン。
(うわっ。何してたの?)
って目で先生を見てしまったら「いやココは、、、。」と、しどろもどろで「地下へ降りる階段のドア」だって先生からのアンサー。
ついでにってコトで、ブラウニー医院と繋がっている左隣の屋敷は、あからさまに見せたくない書類などをしまっているそうだ。
(極秘文書との違いって何?? 黒歴史ノートなのっ!?)
そう内心で突っ込む私は悪くないと思う。
だから秘密にしたいことは綴っちゃ駄目だってと、考えたのでしたマル。
《2》
私の朝は遅い。
ブラウニー医院に落ち着いて直ぐは、朝6時過ぎには目覚めていた。 それが此の頃では7時過ぎに一度目が覚め二度寝して、起きるのは9時くらいになった。
ロー先生にお願いしてサロンで朝食を食べるようになったからかも。
シュウが起しにきて、持って来てもらった濡れタオルで顔を自分で拭いている間に、シュウが今日着る服を出してくれている。 シュウがしていることって絶対に護衛とは違うよね?
ロー先生は、「トニーは当たり前にやってるぞ。」って言ってるけど、アレ? トニーさんて先生の護衛だったの?
出来る男のトニーさんは、執事から護衛、そして私の子守りまでオールマイティーだ。 極め技は、逆突き。 私が見るに、トニーさんは間接技の方がエグいと思ってしまった。 兄さまは未だ勝っていない。
トニーさんやシュウに甘やかされて、日々日々自堕落な生活になっている私。
兄さまは、遠征から戻ってきて、こんな自堕落生活を送る私を見て、吃驚して呆れ返りそう。 でもでもこれは屋敷の主であるロー先生の指示なのですよ、兄さまっ。 誰も逆らえないもの、家主の命令は絶対。
しかし、そんなロー先生の朝は早い(らしい)。
朝の6時前から、ブラウニー医院の南隣にある鍛錬場で、剣術や護身術の稽古を毎朝行っている。
大体、8時くらいまで稽古し、トニーさんが先生の汗を拭って身嗜みを整え、前までは食事室にGO。今はサロンに来てくれている。
ロー先生は、31歳になっても日々肉体強化に励むから疲れ過ぎて、リクの意味深なマッサージに頼っちゃうのでは?って私は考えている。
いえ、別に私は良いのだけど。 チラチラと私の様子を窺うように先生が見て来るので、若干って感じることもある。
先生は私の機嫌を取るように「薔薇園に行こう。」「馬場に行こう。」少し前だけど「花祭に行こう。」などなど「~とかに行こう」攻撃を繰り出してきて、面倒、、、いえ、申し訳なかった。
兄さまが騎士団に入団してから、潮が引くようにブラウニー医院から患者さんが減り、暇を持て余して居たのかしら?
いや駄犬たちの世話や熊さん(ライ)の世話とか、ヴィさん伝手の来客も来ていたし、私と違い大人の先生は、忙しかったハズなのに。
そう言えば娼館ローゼ在住の駄犬もとい黒犬たちは、体力を持て余して鍛錬場でブラウニー医院の隠れ使用人たちとチャンバラをして貰い始めた。
それをスイさんの家で聞いたアーサー君が「おれも!」って言ってスイさんたちと、鍛錬場に通い始めた。
アーサー君は、ベリアノ侯爵から囚われて居た時期、食欲が全くわかなくて、余り食べて居なかったらしく、とても痩せていた。 思い返せば兄さまもアーサー君みたいに細くてガリっていたけど、騎士団入団試験時には、細いってレベルまで回復した。 今アーサー君は、ライと暮らせて精神的に安定し始めたようだから、後、半年もすれば練習用の模擬剣を扱えるようになるかしら?
「おれは剣が使えるようになったら騎士団試験を受ける。」
て、アーサー君は言っているそうだし。
相棒の赤い熊さんは微妙そうだったけど。
「ライはベリアノ侯爵にアーサーの居場所がバレるのを心配しているのだろう。」
ライの微妙な様子をロー先生に伝えると、そう教えてくれた。
ベリアノ侯爵は、アーサーが消えてから必死に捜索を始めているそうだ。 シュウからの話によるとだけども。 ロー先生からは、大っぴらに探せないのは、後ろ暗い所と、成人したアーサー君を後継者として認可を得る為、王家に届ける予定だからだとのコト。
ロー先生の話だと、どうやら屋敷を脱出時にスキルを使用した者の捜索を兼ねて探しているそうだ。 見張りをしていた使用人たちが、「アーサー以外の話し声が聞こえたから部屋に突入したら彼が消えていた。」と、ベリアノ侯爵に報告したそうだ。
(シュウに突然スキルを使われて、私が驚いて叫んだのは、やっぱり不味かったみたい。)
その時に不安になった私は、ロー先生に思わず訊ねてしまっていた。
「スキルは誰が使用したのかって、分かってしまうのですか?」
「いや普通は分らない。 余程有名なスキルと人物でないとね。 ベリアノ侯爵には、アーサーとジーンやシュウとの繋がりなど知りようもないからね。 だからジーンは大丈夫、勿論シュウもね。」
「ほぅっ、良かったぁ。」
「そうそう王城の特殊な場所と王居エリアには侵入防止の結界スキルを張っている。 それと騎士団にもね。 許可された移動スキル持ちじゃないと弾かれるからジーンは気を付けて。 ただ影スキルは、弾かれなかったからなぁ。 ふぅ、、、全く面倒な。」
「あのロー先生、弾かれるって?」
「ああ、単に移動スキルが発動しないだけだよ、ジーン。」
「はふぅ使用者が爆発とかはしないのね。 良かったぁ。」
「にしても何で爆発? フフっ。」
「いや何となく。後は壁の中とか。(いやあれは前世のゲームの記憶か。) でもベリアノ侯爵は、どうやって目的のスキル使用者を探すのかしら?」
「恐らく裏ギルドに依頼するんだろうなぁ。 はぁー。 アーサーを諦めりゃいいのに。」
「裏ギルド?」
「一応、王都にあるって言われている。通称闇ギルド。それなりに大きな裏稼業の組織のボスたちが作ったって話だよ。 裏稼業の組合だったモノって言われてる。 ヴィの話だとロゼット王国が純血主義の中頃に出来たのじゃないかって。 スキルについての情報にも詳しいって話だった。」
「げっ、そんな老舗は厭すぎます。 ヴィさんとロー先生で何とかして下さいよぉ!」
「まあまあジーン。 普通に生きてれば大丈夫だから。 それにヴィも何とかしたいと考えたから黒犬を飼い始めたのだろうし、、な。」
「あのう、それって全然私が大丈夫じゃない気がしてきました。 全く普通に生きていける気がしないのですが、私って。」
「大丈夫だよ。ジーンは私が守るからね。」
八重歯を閉じてキリリとしたロー先生の顔を私が思い出したところで、静かに部屋のドアが開いて、シュウが起しに来た。 そして間仕切りを抜け私のベットの近くまで歩いてきた。
「お嬢、おはよ。良い朝だよ。」
「、、、オハヨウ、駄犬めっ。」
「えっ?なんで寝起きで不機嫌なの?お嬢。」
「うっさいっ。」
シュウたち駄犬に関わってたら絶対、普通になぞ生きられない気がする。
ただでさえ私には女神スキルってハンデを持っているのに。
私の機嫌を無視したシュウは、窓の鎧戸を開け、閉じていたカーテンを開き、窓を上げて6月中旬の風をバラの香りとニワトコの花の匂いと共に室内へと流し入れた。
その時、ふとウッソリと笑うヴィさんの笑顔が私の脳裏を過った。
《3》
セシルは最低の気分で帰国し騎士団本部へと戻って来た。
何が間違っていたのかセシルには、サッパリ理解出来なかった。
騎士団長に「オレンヂ王国の第一王子がヤバイ。そのせいでエレノーラ第一王女殿下との婚約もヤバイ。」そうエレノーラの推測を素直に報告した。
オレンヂ王国の正直ワーレー侯爵やブルーノ第二王子の馬鹿な計画に至るまでのエレノーラの説明は、何かを誤魔化している様でセシルには、今三つくらい分からなかったが。
エレノーラから騎士団長にする話は、すっごい説明に時間が掛った。
で、そこからクレープ高原の館に居たオレンヂ王国騎士団長へとロゼット王国騎士団長のガウェル・ベンウィックとが話し合い、通信兵を使い、オレンヂ王国王城に居る騎士たちと本国に居るヴィンセント王弟殿下とジョエル宰相へと連絡を取り、夜明け前、オレンヂ王国の王城の王居で騎士たちや衛士たちが、アリスター第一王子を捜索。
ブルーノ第二王子は、強烈な睡眠薬で爆睡。
ブルーノ第二王子の寝室では、艶々とした瑠璃色の長い髪をサラサラと揺らし、古の彫刻のような筋肉美の裸体で真っ裸な少年を組み敷いて、ガクガクと自動人形みたいに腰を動かすアリスター第一王子を発見したと言うか、された。
陶然、陶酔、忘我の表情をしているアリスター第一王子。
海を切り取ったようなマリンブルーの瞳は充血し淀み、目に光が宿って居なかった。
アリスター第一王子の自我の喪失を確認したオレンヂ王国の騎士団と薬師たち。 意識が戻るのは最低でも三日かかるそうだ。
アリスター第一王子は、ヤバめの劇薬に近い媚薬を摂取されていたそうだ。
ブルーノ第二王子から事情を聞こうにも、こちらも二日間は目覚めないだろうと言う薬師の話。
アリスター第一王子の救助した通信映像の視聴を終え、エレノーラはガウェル騎士団長から着替えを指示された。 呼ばれていたランスローを始めとする近衛騎士たちとマイルズ宰相補佐とが通信兵を連れ、エレノーラと共に用意されていた館の部屋へ戻って行った。
それを見送りながらセシルは、自分は何の為に上の人たちとの通信の会話に参加させられ、見たくもない自動人形の映像を見せられていたのか理解不能だ思っていた。
そしてヨウとコウの見慣れた顔を眺めて心を落ち着けた。
当然その日は、クレープ高原での両国合同演習は中止になった。
それから両王族やエライ人達との話し合いが続き、10日間後に一先ずの解決をつけた。
エレノーラとアリスターとの婚約の話は解消。
これは公にならないが、理由はアリスターの童貞喪失。
元々、婚約の話が出ていただけで、二人が正式な婚約契約をした訳でないので、この件に関しては互いに傷にならなかった。
そして昨今の国政と外交上の危機(帝国とかトマト王国とか)に鑑みて、ロゼット王国とオレンヂ王国との同盟が締結された。
同盟後、1年かけ法整備をして、オレンヂ王国は奴隷制度全面禁止を国王自ら発表する予定だ。
オレンヂ王国で、ロゼット王国の通信兵や他のスキルを今回は案外無許可で使用した。 その為同盟締結の日付を6月1日と過去の日付とした。 一応友好条約的に、スキルの使用は相手国の許可を得てからという建前があった為。
そして体調が戻れば、アリスター第一王子は王籍を抜け、ロゼット王国でオレンヂ王国の大使になることに決まった。
流石にアリスター第一王子が、少年とイタしている所をあれ程多くの騎士や衛士、使用人たちの目に触れさせてしまった状況での王位継承は難しく、国王を始め本人も王城での暮らしの困難さを感じ、今回の処置となった。
クレープ高原で新兵たちは、テントを撤収後、ざわざわと今回の顛末を語り、帰国の準備を整えた。
「ねぇセシル。 童貞喪失と処女喪失、どちらの方がアリスター第一王子のダメージが少なかったのかなあ?」
「同じだろ、ヨウ。オレンヂ王国は同性同士の交わりは忌避されってから。」
「オレンヂ王国って面倒だね。」
「別にどうでもいい。 これでオレは、やっとジーンの元へ帰れる。 さて、ジーンへの手紙を書くか。 ジーンは心配しているだろうな。」
丸一日悩み続けて書いたジーンへの手紙を通信スキルの騎士へと渡し、行きと同じように隊列を組み、一行は一路ロゼット王国の騎士団本部を目指した。
帰国したセシルたちを出迎えるエレノーラ第一王女殿下、ヴィンセント王弟殿下とジョエル宰相、ガウェル・ベンウィック騎士団長たちに取り囲まれ、滾々とクレームと云う名の説教が待ち受けていることを彼ら3人は、未だ知らない。




