オレンヂで反逆者になれなかった者
《1》
王城内が騒然としてきた。
ブルーノ第二王子の計画が成功しようと失敗しようと、ワーレー侯爵に未来が無い事を彼自身が知っていた。
「そんな話が上手く行く訳が無いでしょう。 ワーレー侯爵、あなたは自国のオレンヂ王国からもロゼット王国からも目を付けられていますよ。 そのまま掴まるのも結構。 但し我らのことを洩らしたら死より辛い日々が待っているでしょう。 あなたが売った奴隷たちと同じように。 いいですか?帝国はワーレー侯爵、あなたとは何一つ関わった事がございません。 それはこれからもね。」
それだけを話すと帝国の幹部だと名乗っていた男は姿を消した。
ブルーノ侯爵は、王城から、嫌、オレンヂ王国から逃げ去ることにした。
《2》
現在、第二王子を王太子へと推しているワーレー侯爵。
このワーレー侯爵は、船舶での貿易で先代辺りから急激に力を付けて来た。 表向きは中立国トマト王国との貿易だとされているが、実は帝国と奴隷などの密貿易で多くの財を稼ぎ出していた。
しかし当主に現ワーレー侯爵がなり、暫くすると風向きは変わった。 オレンヂ王国で6年前に発生した疫病によって。
疫病と食糧不足に因り国内に混乱が起きた。
そこに隣接した北の大国ロゼット王国から食料物資の援助。 それに加えて、南の隣国で薬師の国ドルゴン王国に同盟国であるロゼット王国が働きかけ、発生した疫病に効く治療薬をドルゴン王国からオレンヂ王国へ輸出されることになった。
その取引条件は、オレンヂ王国が将来的に奴隷制度を撤廃し、奴隷非容認国へと段階的に変わる事だった。 援助をしてくれた2国に感謝した貴族達ですら、その条件には反対したが、国の安寧を重視した現国王たちにより契約は締結された。
現在のオレンヂ王国は、犯罪奴隷と借金奴隷のみが国内で許され、国内での奴隷売買は禁止されていた。 これに依って、ロゼット王国とドルゴン王国の2国とオレンヂ王国は、友好条約を結び友好国となった。
2国が友好国となり痛手を被ったのはワーレー侯爵だった。
各地に奴隷狩りを生業とするモノを放ち、中立国を経由し、帝国に商品として販売していたのだから。 そして奴隷を所有し労働力としても多用していたのだ。
その為、以前の国政に戻す努力をワーレー侯爵は、惜しまなかった。 国内だけでなく国外とも通じ、国王からロゼット王国の王族との距離を取らせようと裏で動いていた。 流石に大国であるロゼット王国に面と向かって「否」述べる勇気はなかったからだ。 オレンヂ王国で力を持つワーレー侯爵だったとしても。
ワーレー侯爵が、民の安寧を重視する生真面目な現国王と似た気質を持つアリスター第一王子を王太子の席から排除しようと考えたのは、長女のマチルダが11歳の頃だ。 丁度ロゼット王国が友好国となった年でもある。
それにアリスター第一王子は、ロゼット王国側に感化され、奴隷制度に対して悪感情を抱いていた。
その点、第二王子のブルーノは、プライドが高い割りに物事を深く考えない性格で、ワーレー侯爵が利用し易かった。 歳も娘のマチルダと2歳違いで婚姻相手としてちょうど良いと思えた。
王城でブルーノ第二王子と会う度、ワーレー侯爵に奴隷がいることの利点を語り聞かされる内に、ブルーノ王子は自然と奴隷制容認派へとなっていった。
しかしブルーノ王子は、ワーレー侯爵の誘導がなくても、奴隷容認派となっていた節がある。
幼い頃から優秀な兄のアリスター王子と比べられ続けたブルーノ王子は、10歳の頃には兄のアリスター王子に対し敵愾心が育っていたのだ。
だがブルーノ王子の敵愾心は、国王である父に隠していた為、オレンヂ王国内の社交界で兄弟王子たちの仲は良いと思われていた。 本当の所4人居る兄弟王子は、兄のアリスター第一王子以外、ブルーノ王子にとって第三王子や第四王子は幼過ぎて意識の外だっただけである。
大国ロゼット王国の手前、表立って口外されないが、ブルーノ王子は奴隷制容認派の旗頭になっていた。
そしてワーレー侯爵の努力が実り、15歳のブルーノ第二王子と13歳の娘マチルダとの婚約が決まった。
発育の良いオレンヂ王国では、ロゼット王国と違い、女性の13歳からの婚約や成婚が認められている。 友好国ロゼット王国の影響で、近頃は徐々に成婚年齢が上昇傾向にあるが。
その間にワーレー侯爵は、アリスター王子の評判を貶める為、社交界を暗躍していた。
海神マリノスの尊き色を髪色に持つ美貌のアリスター王子は、〔瑠璃色王子〕と呼ばれ貴族や民たちから人気があった。
おまけに文武両道で品行方正だった為、16歳の頃には王太子として、周囲から認められていた。
しかしこの頃既に一部の者達の中では、アリスター王子が同性にしか興味を示さないのではないか、と言う噂が、実しやかに囁かれていた。
初めは年頃の淑女たちから。
そして徐々に社交界での噂が大きくなり、父の国王の耳にまで届くようになっていた。
オレンヂ王国の国王の否定はしたのだが、噂は否定すればするほど怪しく感じられる者が、それなりに居た。 その噂を鎮静化させる為に国王はアリスター王子に社交活動の自粛を命じたのだった。
発端は、アリスター王子にアプローチを仕掛けていた貴族令嬢たちだった。
剣術や船の操舵術の習得に打ち込んでいたアリスター王子は、無駄のない筋肉で作り込まれたセクシーな色香を纏う肉体をしていた。
そして艶めいた長い瑠璃色の髪の間からは、溜息が出る程の整った顔が見えた。
近付いて顔を見れば、海を写し取ったような美しいマリンブルーの瞳が、貴族令嬢たちの心を掴み捉えた。
令嬢たちが、誘いをかけてもアリスター王子は、靡かずにスルーしていく。
そんな中、騎士たちと鍛錬に励むアリスター王子は、貴族令嬢たちに見せた事もない笑顔をキラキラと騎士たちに浮かべていた。
どれ程それが、貴族令嬢たちの想いを傷つけ悔し涙を流させたか、年若いアリスター王子が知る由もない。 しかし彼女たちが、船に乗って居たら船乗りたちにも、きっと同じような笑顔を見せるアリスター王子を目撃で来ただろう。
「アリスター王子は騎士サマたちがお好みなのね。」
そんな悔し紛れの言葉を聞き付けたワーレー侯爵は一計を案じた。
その噂を取り巻きの子女達に嘘に成らないレベルで噂させたのだ。 ブルーノ第二王子へも協力を頼み、見目の良い騎士たちとアリスター王子に頻繁に練習試合をさせたり、ワーレー侯爵の息が掛った見目の良い者たちをブルーノ第二王子は、友人だと兄へ紹介させて共に酒を嗜んだりして周囲に見せた。
アリスター王子は、相変わらず貴族令嬢たちの人気は高かった。 だが素気無く振られた彼女たちは「やっぱり女の私ではダメなのね。」と憂いてみせ、自他共に慰めるのだった。 淑女のプライドの為に噂が利用された形だ。
多寡が噂と思う勿れ。
オレンヂ王国で親しまれている海神マリノスは、生き物の全てを生み出し海の恵みを齎す神。
海神マリノスは海から食物を人々へ与える。 人々は子を成し増やし海神マリノスに祈りを捧げ、海神マリノスへ力を返して行く。
その想いがオレンヂ王国の王から民草までに根付いている。 それ故、子の産めない同性との交わりは忌避されているのだ。
オレンヂ王国では、王侯貴族を始めとして、民たちも子沢山だ。 飢えがなかった温かいオレンヂ王国は、それが許される自然環境だったのだ。
宗教国家では無いけれど、昔からのしきたりと言う形で、海神マリノスの物語が生き続けているオレンヂ王国。
「第一王子は異性を愛せない。子を成せない者に王太子が務まるのか。」
それは国王ですら否定を許されない噂となっていた。
結局、アリスター王子は貴族たちの噂を打ち消せない侭、エレノーラとの婚約の話になったのである。
オレンヂ王国としては、恥ずかしく忌避したい噂だった為、王族や高位貴族はこの醜聞を他国に隠した状態だった。
国王や宰相たちは、優秀なアリスター王子なら噂の無いロゼット王国で遣っていけるだろうと望み、能力的には凡庸だが(アリスター王子と比べ)、悪い噂もないブルーノ第二王子に王太子を任せ、大人しいが芯のある第三王子が補佐をすれば、奴隷制容認派を抑えれるだろうと楽観的な結論を出していた。
エレノーラとアリスターが婚約し両国が同盟国に成りそうだと言う話が漏れて、貴族たちが慌しく動き出す前までは。
ワーレー侯爵は、高笑い状態だった。
勿論それはエレノーラとの婚約とロゼット王国と同盟話を聞くまでだったが。
それからのワーレー侯爵は、取引のある中立国トマト王国を通じて帝国側と連絡を取り、他の帝国属領地やトマト王国の全面協力の元、先ず、ロゼット王国とオレンヂ王国との関係を絶つ為、合同演習を潰すことを考え、エラノーラ第一王女殿下を攫うことをにした。
エレノーラ第一王女殿下の誘拐は、帝国側からの逆らえない指示だった。
おまけにワーレー侯爵の王都の屋敷には、帝国の幹部を名乗る者が居座って、ワーレー侯爵の焦燥感を煽っていた。
そこに王城の一室で、第一王女殿下の誘拐失敗。 そして合同演習場の襲撃失敗するという2つの報が届いて、ワーレー侯爵が臍を嚙んでる所に訪れたブルーノ第二王子から提案があった。
「この侭だと兄上(アリスター王子)が王太子になりそうだよね。 ワーレー侯爵、いや近い内に私の義父上になるのかな。 どうせなら絶対に兄上が王太子になれないように工作しておこうか。」
「そ、それはどのように。ブルーノ第二王子殿下。」
「フっ。兄上の噂を真実にして上げれば良いよ。」
「しかしアリスター殿下は、そのような趣味はなく、、、。」
「それ位は知っているよ。 確か今王都に来ているよね。 トマト王国のブリーズ伯爵が。 アイツって少年食いだろ? この前会った時に躾の行き届いた男娼を紹介されて困った記憶があるよ、兄上にどうぞって。」
「そ、それは、、失礼を、、、。」
「それは良いのだよ。 それと例の薬を用意して。 どうやら明後日の夕方、ロゼット王国のお姫サマと兄上が会うみたいでね。 それをブチ壊そうと考えてみたのだよ。 珍しく私がね。 本当は殺せば楽なのだろうけど、それだと私を疑う奴も出て来るしね。 王太子になるなら私は身綺麗な方が良いだろ? と、いう訳で今夜、私の部屋に兄上を呼ぶから、準備を色々と頼むよ。 みらいのちちうえ。」
満面の笑みを浮かべてブルーノ王子はワーレー侯爵の前から立ち去った。
ブルーノ王子の後姿を見送ったワーレー侯爵は、急いでブリーズ伯爵に伝令を送り、ブルーノ王子の要望を整えていった。
今まで傀儡として扱っていたブルーノ王子から使われる不快さを覚えながら。
《3》
セシルは、エレノーラからの何となくの推測を聞き、行動に移した。
「行きますよ。エレノーラ第一王女殿下。」
「えっ!?どこに?それに私はエレンよ。」
「それいいから。コウ、エレノーラ第一王女殿下を運んでっ。」
「はいよっと。」
突然、抱き上げられてギャーっと吠えたエレノーラを無視して、コウはセシルのご要望通り荷物の様に俯せ状態のエレノーラを左肩に乗せ、ガウェル・ベンウィック騎士団長が居る本部テントへ向かって、駆けだした。
その後ろからセシルとヨウは同じように駆けて追った。
コウがエレノーラを抱えた時、ヨウはエレノーラが暴れ過ぎないように影糸縛りをコッソリと行っていた。 自由に動けなくなるので何かスキルを使われたという感覚をエレノーラは感じていた。
5分後。
日頃よりスピード遅めで走ったため、セシルたちが本部テントに到着するのに時間が掛ってしまった。
一応は自国の王女様を担いでいた為のコウなりの配慮で会った。
夜着の上に新兵用のコートを羽織っただけのあられもないエレノーラ姿にガウェル・ベンウィック騎士団長は、顔を赤面させつつ、唖然とした。
当然騎士団長の周囲に居た騎士たちも。
面倒なことを嫌うセシルは唖然としている赤面の騎士団長を無視して「かくかくしかじか、、、。」とアリスター第一王子のピンチを推測していたエレノーラの考えを述べた。
「エレノーラ第一王女殿下は、断固として夢見スキルでないと念押しして居りました。 詳細はエレノーラ第一王女殿下よりお願いします。 報告は以上に成ります。では失礼します。」
そうして礼をしてセシルは立ち去ろうと、、、、、。
「嘘つきっ!秘密にするって約束したじゃなーーーーーーいっ!!!最低最悪っ!!」
「約束はしていません。 オレは団規に従ったまでです。」
「だよね。」
「うんうん。」
わなわなと怒りに震えるエレノーラ第一王女殿下。
なんら間違いはないと飄々としているセシルとセシルに同意しているヨウとコウ。
そしてエレノーラ第一王女殿下に色々な意味で怒声を上げようとしている赤面のガウェル・ベンウィック騎士団長。
オレンヂ王国のブルーアワーの夜は更けていく。




