ニワトコの花
《1》
リクと俺のマッサージ・タイムが終わり、しばらくするとサロンのドアは静かに開き、そっと俺の位置を確かめるように愛しいジーンが様子を窺う。 そしてジーンは開いたサロンへ小さな足を踏み入れてチョコチョコ歩いて行き長椅子にトンと座る。
そして俺とリクの胸元を見てフッと息を吐いているような?
それから情けないモノを見ているような、何とも言えない諦めのような、なんだか色々なモノを混ぜ合わせたようなアンバーの瞳を陰らしてジーンは、一瞬の間を取り、ニコリと俺に笑いかけた。
少し待って、ジーン。
その笑顔は俺の胸に痛く響いてくるから。
ズキンズキンって来るよ。
俺ってジーンの真ん丸な両目は、透明な蜂蜜を固めた澄み切った琥珀の瞳のままで、いさせて上げたいのだよ。
コロンとした金色の飴玉みたいな瞳で。
そんな複雑系の陰りを帯びたアンバーな大人の目じゃなくて。
いやっこの俺の大きく開いた胸元は誤解だからね。
この所暑いから。
うん、ほゞ略毎日この恰好だけど、でも仕方なくてだなあ。
ホント暑くてだっ。
ジーンにどー言えばイイのか。
あれ、、、浮気現場を見られた夫の言い訳っぽい?
浮気浮気浮気、、、でも気は移って居ない!
これ絶対!!
はあぁぁ、仕方ない、認めてしまおう。
俺は、リクに誑し込まれている真っ最中だ。勿論だが性的な意味で、、、だっ。
だが俺はエロいことはしていない。
寧ろ、リクからされている側だ。
いや、しかし、、、、あれはエロいことなのか、、、?寧ろ精神性の、、、、、
「セ、、、せん。先生っ!おーい、ロー先生っ!起きてる??」
「あぉっ、おう。起きているよ。ジーン。」
「もう!ビックリしましたよ。目を宙に向けて、キョロキョロ空色の眼球動かして、呆けるのだから。大丈夫ですか?」
長椅子に座っていたジーンが身を大きく乗り出して俺の方を見ていた。
「いや、ちょっと寝不足かも知れないな、アハハハッ。」
「気を付けてくださいね。先生。リクは先生に無茶させちゃ駄目だよ?もう。」
「ハイハーイ。お嬢の仰せのままにッスか?」
「もう!」
リクの軽口に負けてジーンは頬を膨らませ小さな桜色の唇を尖らせた。
長椅子にストンと腰掛け直し、ジーンの短くなった柔らかそうな薄茶色の髪がサラリと揺れた。
ジーンは、夏に向けて一段と短く明るい薄茶色の髪を近所の床屋で切った。
耳の当たりで切り揃えた髪型は、平民街でも目を惹きそうだ。 〔オカッパ〕と呼ぶらしい。 ジーンは薄茶色した左サイドの髪を左耳にかけ、細い首回りを見せていた。丸襟の水浅葱色のワンピースが良く似合っていた。
セシルが見たらギョっとしそうだ。
やっぱりジーンには、年の近い女の子の友達が必要かも知れない。
周囲が一風変わった黒犬だらけなのも困りものだ。
「で、先生。ライさんとアーサー君は、暫くゼツさんたち駄犬3匹が、住んでいた屋敷に引っ越すのよね?」
「ああ、そうだよ。 侯爵が探しているっぽいから。 あそこなら、まあ安全だしね。ゼツもケイトと暮らしてるから部屋の空き的には、十分だと思うよ。」
「ほむほむ。 そういえばゼツさんとケイトさんの新居は?」
「ああ、パン屋の北にある集合住宅が2つ空いてたからソコに。 ホーステッド通りを北に渡って直ぐ近くだよ。行ってみる?」
「行きたいです、先生。結婚と引っ越しとのお祝いに、私がヒョイヒョイって荷物を運びますよ。」
「ふっ!それは良いね。叔母さんやケイト、、、ついでにゼツが喜ぶよ。」
「ふふっ。先生はゼツさんが微妙なんですね。私もです、クソッ。グッ、ケイトさんの良きバインバインが、、、。」
「はぁ、まあ複雑だよなぁ。ケイトは良い子なのに、、、。」
(なんであんなエロ魔人に。)
そう言いたい言葉を俺は飲み込んだ。
まだ未成年のジーンに聞かせて良い話じゃない。俺のコトも含めて。
ジーンの大人っぽい話し方に、ついつい彼女の年を忘れそうになる。
トニーが朝のパンを貰いに行った時、叔母とケイトの姉から「ヘルプ!」って、助けを求めて来た。
毎晩、夕食後からメス猫のサカリ声が延々と深夜まで続き、ゼツがケイトの部屋に住み着いてから叔母たちの睡眠不足が続いていたそうだ。
結婚する頃には、幾ら何でもケイトとゼツのサカりも落ち着くだろうと、考えていた叔母夫婦とケイトの姉夫婦は甘かった。
だろうな。
と、今の俺には分かる。
奴らの底なしの体力を舐めてはイケない。
地味で落ち着いて見えようが、ハッチャけた明るい奴だろうが、基本姿勢は同じだ。
ヤるならヤり尽くさなければ、モッタイナイ。
同郷の女性たちが、奴らをゴミ虫を見るような目で見ていた気持ちが分からないでもない。
シュウの姉マイの話は、大袈裟でも何でも無かった。
しかしゼツは、どんなに遅く眠ろうと、早朝にパン工房で叔母夫婦が動き出すと、しっかりと起きて手伝いに来るらしい。
力もあるし器用だし重宝はしていると叔母は話してた。
後、香草や街路に生えている街路樹の実や葉の効能に詳しくて、パン作りに役立っているらしい。
ふと思ったが奴らが、短命なのって睡眠不足なのに、活動し過ぎる所為じゃ無いか?
シャワシャワと鳴く蝉の声が聞こえて来た、、、気がした。
太陽の申し子である蝉が鳴き出すのは、もう半月後だろう。
《2》
二階の部屋の窓からも見えるたわわに咲く真っ白な花たち。
庭から見える裏路地にも、そこかしこにニワトコの木に白い花々が咲き、爽やかな香りを運んできている。
「今日はスキル練習終わりで良いわ、、、よね。」
「うん。良いと思うぜ。お嬢は、ヒョイヒョイ飛んでるだけなンだし。」
「うーっ。だっていっぱい使って、加減を学ぶことが大事って、スキル事典に書いてあったのだもの。 シュウだってそうやって練習したのでしょ?」
「むぅ。何かお嬢とおいらとは違う気がする。 何だろう?お嬢って何も考えてないよな?」
「し、失礼な。考えてますよ。飛ぶ前にイメージして。」
「んー。移動系スキルでも、やっぱおいらとお嬢のは違うなってのは、分かった。 アーサーの時みたいなのじゃなくて、今度はゆっくりおいらのスキルを体験してみない?」
「ヤダ。シュウの影って怖いし。」
「チッ。」
「さて天気も良いから小径を歩いてみようかな。」
「じゃあ、ついでにニワトコの花を摘みに行こう。そこそこに美味い。」
「おお。シュウにしては珍しく良いアイデア。 この間みたいに里へと飛んだ時、いきなり兎を狩って来るって駆けだしそうになったのより、100良いわ。」
「兎旨いのに。」
階段を降りて、左側の薄暗い通路を通り、裏口から出て、狭い木の門を押し開けてから右へ折れて小径へ抜ける。
左の小径は袋小路に成っている。
前方と左側が閉じられた袋小路は、ブラウニー医院の屋内と南の屋敷(鍛錬場)を繋ぐ通路で、木材と土壁で作られている。
南に下る馬車一台しか通れない狭いイートン通りから、ブラウニー医院と鍛錬所が繋がっているのを見せないように、ツルバラや棘のある草木を茂らせている。 個人的にデンジャーゾーンと呼んでいる。
こう言うマップが必要な面倒な屋敷の設計は、ヴィさんと先生のお父さまの趣味だとか。
絶対100年後とかには屋敷にまつわる怪談とか出来てそう。
そういや先生のお祖父さまって王城で雇われていた庭師だったのよね。
通りに面した家々の間にある小径や路地裏を彩る草木すら計算された植栽に思えるもの。
そう言えばイートン通りにある煙草屋さんは、先生の好みで配したような気がする。だって鍛錬所の横隣りにあったし。
と、思いつつ、シュウの真似をして、ニワトコの白い花を傷つけないように、シュウの持っている平籠へと置いていく。
珍しく私の前を歩いているシュウは、生成りのリネンのシャツに、チョコレート色の厚手のリネンのゆったりとしたズボンを穿いている。
チャームポイントをアピるリクとは違い、街の通りを歩いている人たちと変わらない服装だ。
ホーステッド通りの1つ南にあるローホース通りは、通称職人街と呼ばれる程、様々な職人たちが住んでいる。 ショウの衣裳は、その職人たちが着ている服装に近い。 ポケットがやたらと多いしね。
その地区の近くには、大きな市場があり、行商人が多く、彼らは使い勝手の良さそうなエプロンを身に着けている。 近郊の野菜農家の人たちや畜産農家から、品物を買い取っている仲買人たちが、そこの市場を仕切っている。 市場に卸している仲買人の中には、胡散臭い仲買人も居て、古着や怪しげな家具や調度品とかを売っている。 その怪しげな家具や調度品などをシュウや黒犬たちは好んでいて、給金を貰うと買いに行き、娼館〔ローゼ〕にセッセと運び込んでいるそうだ。
将来王都で古物商を開く気なのかしら。
「そういやさぁ、お嬢ってアーサーのことどう思ってるの?」
「ふわっ!?」
唐突に何を言って居るのかしら、この駄犬は。
ニワトコの花が咲いて、桜もミモザの花も終わったのね、、、と春の終わりを懐かしんでいる時に。
「いや案外お嬢は、アーサーに気ぃ使ってたし、ずっと〔アーサー君〕て君つけだし。アーサーを見ている時のお嬢の目が優しい。なのにサクってアイツ引っ越しただろ。だから。」
シュウがゴニョリと口に中で話した。
ヤダこの駄犬。
エロだけじゃなく恋愛脳でもあったりするの?
「いや気を使うわよ。普通。 一応シュウにだって気を使うつもりだったのよ? 初っ端に玄関ホールであんたたちの痴態を見るまでは。 私がスキル使って駄犬たちを助け出し、そして目覚めればそこは酒池はないけど肉林だった。 気遣いが一瞬にしてゼロになったわよ。 アーサー君は兄さまと同じ年だし美少女だもん。 シュウに君付けしないのは根っからの駄犬だから。 優しい目かどうかは分からないけどアーサー君にワンピース着せたいと思って見てることはあったわよ。つうか引っ越したと言っても2軒左隣。正確に言えば一軒隣。 朝会えば挨拶出来る距離でしょうがっ!この恋愛脳!駄犬!」
言っている内に段々とシュウに腹が立ってきた。
シュウが「助けて」って言うから助けに行けば、女神ルミナスさまから「ええー?黒の一族助けちゃったの?」って、私が間違ってるみたいなことを言われて。
でも「私は助けるっ!」って覚悟したのに、里の男同士でエロエロしてるわ。兄さまに速攻手を出されるわ。
思い返せば思い返す程、駄犬のエロに煩わさせられる日々。
私には、考えたく無いけれど、考えなければならないコトがある。
レッツ自活っ!
いや駄犬たちに出逢うまでは、兄さまは騎士団に勤めて、年頃に成れば素敵な彼女さんと結婚。
それまでは、あったか父さんみたいなローランド先生とまったり日々是好日で過ごし、偶に女神ルミナスさまとの約束を守り女神スキルを使って生きて行く。
兄さまが結婚したら、子供の顔を見に行って~~~とか言う転生後の人生プランが狂ってしまった。
駄犬たちのせいで!
なーんかあの駄犬二匹って絶対に兄さまから離れなさそうな雰囲気だし。
実際に騎士団までついて行ってるし。
兄さまの私生活なんて、駄犬二匹に「とってこい」等と犬と戯れるだけに終わりそう。
男同士だと姪っ子も甥っ子も望みゼロ。
ぐっ。
優しい家族に包まれている兄さまの笑顔を見たかったのに。
そして先生とリク。
アレは絶対にリクが先生を狙っている。
陥落も間近いと私は踏んでいる。
そうなると私って邪魔だよね?
案外ブラウニー医院での生活が居心地よくて、すっごく眠っている。
朝食食べて腹ごなしにスキルで飛んで少し散策。
戻って昼食を食べて、先生のマッサージ・タイムだからって、私はお昼寝タイム。
その後先生と午後ティーして、一息入れたらスキル練習。
そしてお風呂に入って、それから皆とサロンで夕食して夕食後にお茶して寝る。
このテンポは、優秀なトニーさんのお陰で、先生が居ても居なくても一緒。
ケイトさんと会いにパン屋ロニーへ行って、バインバインユッサユッサなお胸を見ながら、ガールズトークを嗜む事も駄犬ゼツのせいで駄目になった。
どれもこれも大体は駄犬たちのせい。
その大元は、駄犬シュウ、、、お前だっ!
この苛立ちを如何してくれようぉぉ。
そう思ってシュウを見ると、傾いた夏の陽がシュウの姿を強く照射し、発光した。
シュウは逆光を浴びて、光に遮られてソコに居るシルエットを見せている。
姿のハッキリしないシュウをねめつけて、私は息を荒くしふぅーふぅーと気を逆立てる。
「ぷふっ。アハハハハッ。久々にお嬢はよく喋ったね。駄犬て言うし。 いや、おいらがいきなり自分の影にお嬢を引っ張り込んで、ナンか距離取られってから気になってた。 もう突然にあんなことしないから、さっきみたいに本音で喋ってよ。 寂しぃっからさ。おいら。」
発光したまま喋ンな!
バカっ、駄犬!
「善処します。」
思わず手を握りしめた。
摘んでいたニワトコの白い花は、リンゴの爽やかな匂いを濃くして、シュウとの間に立ち込めた。




