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憂鬱な駄女神  作者: くろ
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メタモルフォーゼ【閑話】

アーサー君を攫った自称父親 エリオット・ベリアノ侯爵を書いてみた。




《1》



あの日、わたしの全てが終わり変わった。




騎士団での私の生活は、或る男が副団長となり補佐を連れ始めて変わった。

ある男の名はガウェル・ベンウィック、そしてある男の友人である飄々とした卒のない男は、ニコラス・キャメロン。


ガウェル・ベンウィックは高々3代目でしかない騎士家系の騎士だ。 平民が名誉ある先陣を駆る第5部隊長の任を受けただけでも腹立たしいのに、その友人ニコラス・キャメロンは第五部隊の副隊長となった。

ニコラスは騎士の家系ですらなく父親は行商人だったと聞いた。




そして次いでガウェル・ベンウィックは、副騎士団長と成ったのである。



今までの騎士団では、騎士団長、副騎士団長などの名誉ある役職は、全て貴族が占めていた。

我ら貴族こそが、王家の為、家名の為、矜持と生命を賭し騎士として生きてきたのだ。

平民如きに何が分かる、 何が出来ると言うのだ。


ポピュリズムだと、この決定を成した宰相閣下に我らが提言するも一顧だにされず、上層部での決断だと素気無く返された。


ピキリと何かが歪む気がした。


ガウェルが副騎士団長になってから我ら貴族出身の騎士の歯車が、少しづつギシリと引っ掛かり回らなくなり始めた。

規則の適正化を唱え始め、当たり前に使っていた新兵の動きが、可笑しくなって来た。

新兵は我ら騎士に仕える使用人と同種の者であり、身繕いに洗濯など当たり前で、防具や武器を持ち運び手入れをする事など、言わずとも行っているモノである。

戦闘では我らの騎士の露払いは栄誉であり、我ら騎士の命令通りに作戦を遂行するのが、新兵たちの当然の任務である。

我らと違い新兵は持たざる者が、騎士になれるかも知れないと言う、我らによって与えられた希望に縋っているだけの賤しき存在なのだから。



しかしガウェルはニコラスと共に、新兵の鍛錬する時間が少ないと訴え、戦闘時の新兵の疲労を訴え、戦闘後には新兵の死傷者が多いと、強面の顔を怒りに染めて我らが誇りの騎士団長に気迫を込めた声で猛々しく物申したのだ。


高々3代続いただけの騎士風情が由緒正しい侯爵家の騎士団長に物申すなど騎士団内で無ければ無礼打ちに合う所だ。

社交の場で、割り切れぬ思いを告げれば、同意してくれた者は居た。

しかし中には、時代が違うのだからと嗜める奴が出て来ていた。


そして何より許せないのは、我ら貴族出身の騎士志願の者達に平民と同じく騎士団入団試験を課して、

新兵に為れと言うのだ。

生まれながらにして騎士の我らに新兵(騎士見習い)に為れと言っているようなものだ。


これには温厚な騎士団長を始め多くの者が彼らに反撃の狼煙を上げた。


新兵や平民上がりの騎士たち、貴族としての誇りを欠いた騎士たちにガウェルとニコラスは、持ち上げられ拍手を貰い人気を得て行った。

その増長する姿は、目を背けたくなる程に浅ましかった。



そして私が、腹立たしく一番許せなかったのは、ガウェルの補佐をしているニコラスだった。


気難しく愚直で社交に縁のないガウェルは、許せないが未だましだった。

しかしニコラスは、氏も素性も知れぬただの行商人の息子の平民だと言うのに、貴族出身に間違われる容姿と物腰で、根回しなどの社交を飄々と遣って退けるのだ。


ガウェルが、提言してきた案を何食わぬ顔で形にしている強かさに、反対していた私が何度煮え湯を飲まされたことか。


そして騎士団内の空気が何か冷たく感じ始めた頃、私は後頭部を槍で突かれるような衝撃を受けさせられたのだ。

ニコラスによって。



英雄白銀の騎士の血統を持つ第一部隊長ホーク卿の令嬢は、何とニコラス・キャメロンと婚約したと騎士団で知らされた。

ホーク卿は、高々騎士家系とは言ってはならぬ御仁だ。

国を救った英雄譚には登場し、当時の女王陛下から誇り高きホークの姓を賜り、ホーク家から騎士を輩出した際は、必ず王城の守護を任される第一部隊長に任じられる栄誉を戴いている。

分を知るホーク卿は、長い歴史の中で幾度も叙爵を断り、騎士としての家名を全うなさっている。


近々に行う公爵令嬢との再婚を決められていなければ、私が娶りたかった。

銀華と名高いホーク卿のご令嬢を。




そして。


────あの日。



公爵令嬢との婚姻後まもなく母上に私室へと呼ばれた。

いつもより酒量を召された様子の母上は、少々だらしない様でお気に入りの寝椅子に身体を預け、わたしにもブランデーを勧め、自分のグラスに自らの手で、デキャンタから注ぎ足しブランデーを口にした。


「ふふっ。今回の婚姻相手は、懐妊すると良いわね。エリオット。今度は北の公爵家のお嬢様だから前回みたいに簡単に離婚が出来無いから気をお付けなさい。ふっ。」


「何を言って居るのですか母上。アレは3年経っても懐妊しなかったのです。此方に非はありません。やはり伯爵家の娘程度では、王家の血に繋がる此のベリアノ侯爵の血を受け継ぐには、役不足でしたのでしょう。女神の采配ですよ、母上。」


「フッフッ、アハハハハッ。」

「は、母上?」

「フフッ。 あーあ。おかしくておかしくて。 変ねぇ。だってエリオットには、ベリアノ侯爵の血なんて一滴も入ってないのにそんな所が似てしまう何て。 あぁ、おかしい。 ふふっ。」

「、、、何を、、いって、、、。」

「でもエリオットは、私に感謝して欲しいわ。男の子に生んであげたのだもの。 ふふ。他の子供はみーんな女の子ですもの。 前妻の子も愛妾の子も。 ベリアノ侯爵の爵位も財産も全てエリオットのモノになるのだから。」




わたしは聞いた。


わたしは自分の中にあるもの全てが、砕け散って行く音を。 そして心臓を突き刺し砕かれる痛みと共に聞いたのだ。



父上の血が入っていない?

ベリアノ侯爵の血が一滴も入っていない?


なんだそれ。

なんだそれは?


わたしが、わたしを造り上げていたモノが崩れ落ちて行く。

血が、矜持が、、、わたしが、、、。



駄目だっ!


そう思った瞬間に頭の芯が急速に冷えて来た。




「所で母上、この話を知っている者は、他に居りますか?」

「ふふっ。居る訳ないでしょう。 エリオットだから話したのよ。 今後のために。」

「わたしの実の父となる者は、ご存じでしょうか?」

「まさか。 そんな弱みになるような事。 あら、エリオットは実の父親が誰かを知りたいの? フフっ。」

「いえ全く。 安心しましたよ。 母上。」



わたしはニッコリ微笑み、腰に佩いてた剣を抜き、母上の心臓へ深く深く深く突き刺した。

母上は大きく目を見開いた。

そのだらしなく空いた紅い唇から音に成らない音が聞こえた気がした。




「母上、わたしは死ぬまで母上に口を噤んでいて欲しかったですよ。」





その夜、わたしは死んだ。






母上の葬儀などの後片付けを侍従たちと恙なく執り行い、わたしは騎士団を辞する為、騎士団本部へと出向き、退団の手続きを取った。


母上の喪が明けてから父上からわたしが襲爵することを告げるとスムーズに騎士団での手続きが完了した。

苦さしか残らない今の騎士団にわたしは、何の未練も、、、、。




騎士団本部の裏門から出ようとしたその時、わたしの目に飛び込んで来たのは、幸せそうに笑むニコラス・キャメロンとはにかみながら笑むアンジェリカ・ホーク嬢だった。

日の光を反射し輝く銀の長い髪は、銀糸のように美しく、風で乱れた彼女の銀糸を愛しそうに整えるニコラス・キャメロンへ、わたしの底にあった黒く焼け付く怒りがふつふつと湧き上がり、血が沸騰していくのが分かった。


彼女をニコラスが呼んでいた辻馬車に乗せ、甘やかな空気で見送るニコラス。



壊したい、そう思った瞬間にわたしは駆けていた。




下り道へ入る前に御者を呼び止め、彼女へ騎士団からの用だと告げ、強引に馬車へ乗り、彼女が声を出す前に意識を失わせた。

御者には、別邸に進ませ薬師を呼ぶと帰した。




 わたしは何かを、壊したくて壊したくて壊したくて壊したくて壊したくて。

 ニコラス・キャメロンの笑い顔を壊したくて壊したくて壊したくて壊したくて、砕きたくて。






彼女を抱いた、、、半年後に、アンジェリカ・ホークが失踪したと言う噂が、社交界に出回り、ホーク卿は退団して行った。




そしてわたしの心は、凪いでいた。





《2》



それから3年。


王配殿下からの命でガウェル・ベンウィックが騎士団長になり、ニコラス・キャメロンが副騎士団長となった。 

ガウェルとニコラスの理想に近い騎士団へと大きく様変わりしたことを王侯貴族からも祝され称賛されていた。

お陰で、その祝賀会は不快でわたしは最低の気分に成った。


その帰りに市井の娼館へ行くことを決めた。



最近は苛立つと市井にある娼館でストレスを解消するような遊びをし、ドロドロとした黒い炎を静めていた。

娼館から辻馬車での帰り道、銀色の髪を結った女と銀色の髪をした幼子が歩いていた。

わたしの乗った馬車を振り返って見た女と目が合う。

一秒一秒が止まり、動き、表情の1つ1つがハッキリと目に映った。



「アンジェリカ!」



わたしが呟いた瞬間、時が流れ出し、彼女は細い腕で銀髪の幼子を両腕で抱き上げ、踵を返して足早に去って行った。




「不味いゾ!これは。」



彼女が生きていた。

3年間も消息不明だと聞いていたから、てっきり死んでいるものだと思っていた。

何かの弾みで、あの日、わたしが彼女を犯し、その挙句に身籠らせていたなどと分ったら。

そのせいで英雄の血筋であるホーク卿を退団までに追い込んだ等とバレてしまったら。


わたしは気を取り直し、彼女の消えた路地へと辻馬車を止めて、小径を急いで歩き始めた。




その時わたしが、どのような表情をしていたか等、わたし自身知る由もなかった。



そして隠れてわたしの表情を見たアンジェリカが、死を覚悟する程の恐怖と戦い、どのような覚悟を決めたのかをわたしは最期まで知ることが出来なかった。





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