再会(アーサー)
《1》
風景が切り替わった私の部屋で銀髪の少年が立っていた。
「あ、あのうぉ、これは?」
キョトンというよりギョっとした顔で整った女顔の少年は、目を見開いて水鏡のようなアクアブルーの瞳を丸くした。
うん。分かんないよね。
だって私もわけがわからないモノ。
「シュウ、説明。誘拐だったらタダじゃ置かないからっ!」
ヘラリと笑いながらシュウは黒曜石の瞳を細めた。
「誘拐じゃないよ。保護。彼はアーサー君。ライの相棒だよ。」
「ライっ!」
「アーサーっ!ええー!」
「本当にライを知っているんですかっ?アイツ、奴隷狩りに捕まっているんじゃ。」
「今、ライは掴まって居ないよ。とある人が助け出した。 だから言ったろ。ライに会わせるから、おいらと来いよって。」
「もうもう!シュウはっ!ライさんが探していたアーサー君を見付けたなら、そう言いなさいよ。」
「あははっ、悪りぃ。ずっとベリアノ侯爵領で秘密裏に人を匿えるような屋敷を探していて。でっ、それらしい屋敷に潜り込んで探索してい居たら、銀髪に青い瞳の綺麗な顔をした少年って子に行き当たって。
おいらのスキルで連れ帰ろうとしたら、相性が合わなくて、おいらの影に一緒に入れなかったンだ。で、アーサー君に言うことだけ言ってお嬢の所まで戻って来たってわけ。」
「はぁ、だとしてもよ。勿体ぶった言い方してる間に話せるでしょっ!馬鹿!駄犬っ!」
「あのうぉ、それよりもライは。」
「ああ、そうね。もうマッサージタイムが終わってる頃だから、サロンに行ってローランド先生にライを呼んでもらいましょう。付いて来てくれる?アーサー君。」
「う、うん。」
「行くわよ。駄犬っ!」
実は私、相当怒っているのだ、シュウに。
行き成りシュウの影に引っ張り込まれ、真っ黒なシュウの世界へ閉じ込められるのかと、一瞬、恐怖が脳裏を過ったのだ。
先ずは「ホウレンソウ」。
シュウは給金を貰っている一応社会人。未だ成人じゃ無いけども。
ちょっと私がプリプリモードで、初対面のアーサー君に気を使わせたのは申し訳ない。
一階のサロンのドアの前まで来て、そう思った。
ドアの前で先生に声掛けして「はーい、どうぞ。」って穏やかな先生の声がしたのでサロンへと入って行った。
いつもの主人席のソファーにローランド先生が強い金の前髪を乱して座り、ソファーの背凭れから少しずれてリクが立っていた。
暑いせいか近頃先生は、リラックス第一で、薄手の艶がある淡色なリネンのシャツを広く開襟させて着ていることが多い。(リクに比べると肌の白さが甘かった。血色の違いかしら。)
外出時は、今まで通り上質な素材の紳士服姿なのだけど。
ローランド先生は、細マッチョかと思って居たけど、見かけより逞しく胸筋が発達して居るのが知れて、私は嬉しい? しかしやっぱりちょっとシャツの前をV字に開き過ぎじゃなかろうか。
絶対にリクの悪影響だと思う。
そして先生の近くに侍ってる黒髪黒目の駄犬リク。
フェイスラインを軽く包む柔らか艶々な細い黒髪で、後ろ肩のあたりで尻尾みたいに短く1つに括っている。
童顔で丸顔なのにボクサーのような身体つき。
コイツは、此の所、肌魅せすぎだっ!見せるじゃなく魅せるなのが腹立たしい。
3月頃の肌寒い間は見習い執事(トニーさんから貰った)風な服装だったのに、今ではVネックの袖なし薄墨色のリネンシャツ。
何でシャツの袖が無いの?
何でも里で着ていたシャツの形らしい。そういやコッチに来たばかりの頃は、奴らって簡素なウールのシャツに毛皮の上着で、同じく皮のズボンを穿いていたような。(うろ覚え)
確かにリクの細く締った両腕は白々として肌も滑らかで綺麗だけども。
リク曰く首筋や鎖骨がチャームポイントだとか。
しかしリクのピッチリしている服装を見ていると、コイツその内、黒革の首輪とか嵌めそうだ。
きっとアーサー君もリクの見慣れぬ服装に驚いているだろう。
「えっと、その子は?」
「あっ先生、そうでした。彼はアーサー君。ライさんが探していた相棒です。ベリアノ侯爵領からシュウが探して連れてきました。そうだっ!シュウ、ライさんを探して連れて来て。」
「はい、お嬢。」
「アーサーって呼んでもいいかな?私は、ここで治療師を営んでいるローランドだ。ああ、其処に座ってくれ、リク。」
「はい。」
リクは先生に促され、緊張して立った侭固まっているアーサー君を私が座る長椅子の対面のソファーへ誘導した。
ローランド先生は、私が長椅子に座ったのを確認して、アーサー君を見ながら口を開いた。
「粗方の事情はライから聞いている。それで君は何時ぐらいからベリアノ侯爵の所へ?何か酷い事はされていないかい?」
先生は、兄さまの件を知っているから美少女のアーサー君の身を心配しているようだった。
兄さまには負けるけど、こんな美人さんは、やっぱり下層民区では危険だと思う。
だってベリアノ侯爵は、街で彼を見かけてから、アーサー君を手に入れようとして、ライさんを罠に嵌めアーサー君を攫って行ったのだもの。
「侯爵様にされた酷いことはライと離されこと。それに見知らぬ侯爵様から父上と呼べと言われたこと。おれが侯爵様の息子にならないと、奴隷にされるライを買い戻してくれないと、言い続けられたこと。」
アーサー君は、アクアブルーの瞳を真っ直ぐに向けて、先生の問いへ答えた。
「それは、、、。買い戻す気なぞハナからあるはずがない。クズがっ。」
先生がベリアノ侯爵をそう吐き捨てた時、立派なマホガニーのドアがバンと乱暴に開け放たれ、真っ赤な熊さんが勢いよくサロンへと駆け込み、アーサー君の姿を目に止めると息を止め、そして駆け寄り抱き上げた。
流石、赤い熊さん、ち、力持ち。
「あ、あっ会えた。会えた。会えた。あーさーぁぁぁっ!」
「痛てぇーよ。ライ、馬鹿っ!ホント馬鹿だ。ライ、ライ。」
きっと数か月ぶりのライさんとアーサー君の感動的な再会の筈。
でもですね、私にはマッチョな赤い熊が、銀髪の美少女に襲い掛かっているようにしか見えない。
しかも二人の顔は目を真っ赤に充血させて、涙と鼻水でグチャグチャだ。
私は思わずシュウにタオルを用意するように頼んだ。
だっで「バビバセン」とか「ゴーンゴーンガ。」って何言っているのか分からないし。 こういう時は気配り名人のトニーさんの出番なのに。
「そう言えばローランド先生。トニーさんは、いらっしゃらないのですか?」
「今は、ヴィの所。 それとケイトたちの新居を探して居るハズだ。」
「フーン、、、。」
呆けた寝顔を見られたくなくて、てっきりトニーさんをサロンから追い出したのかと思っていた。
先生とリクが、兄さまみたいなイチャラブしているとは思っていないケド、唯、リクからマッサージしてもらっているだけとも思えない。
ムムムっ謎だ。
相変わらず足音を立てないシュウは、気が付いたら畳んだ生成りのタオル二つと露草色のピッチャーをさり気なく持って来てガラスのコップをそれぞれテーブルに置いた。
私の対面で並んだソファーに座っているライさんとアーサー君2人は、別種族並に全く似ていないのに同じような空気を感じた。
シュウから差し出されたタオルを2人は、それぞれ頭を下げて受け取り、タオルで顔を隠して、肩や背中を震わせていた。
暫くして二人が落ち着いた雰囲気になったのを見計らってローランド先生は、アーサー君に尋ねた。
「アーサーに尋ねたいのは、本当にベリアノ侯爵のご子息ではないのだね?」
「うん、はいっ。」
「しかし何かあったから執拗にアーサーを狙い、連れ去ったのだろうからね。ちなみにアーサーの母君は、どの様な方だったのだろうか。」
「うーん。おれと同じ銀色の髪で青い目をしていた。 優しい人だったと思うけど、でも乳母に頼み、おれを捨てた人でもある。」
「おい、アーサー。おいらには母親は死んだって言ってたじゃねーかっ!」
「だって捨てられた時、死んだって思いたかったンだ。それにあん時、らいはおれを殺すって言うし。どうでも良かったの。あん時は。」
「じゃあ、アーサーの母君は、生きている可能性があるんだね?」
アーサー君とライが言い合いになりそうなのを邪魔するように、先生は問いを重ねた。
するとアーサー君は、頭を強く左右に振った。
「5歳になった頃、ライと中層民が暮らす地区へ、おれがライの仕事に付いて行った時、地区の街並みに見覚えがあって、、、。ライが民家に忍び込んでいる時に暮らしてた集合住宅へ訪ねて行ったら、母親も誰も居なかった。べ、別に何かを期待したワケじゃないけど。 でも母親は死んだのだろうなって何故か分かった。」
「うーん。その場所は憶えているかい?アーサー。」
「うん。何回もその地区にライと行ったから。」
「あぁ、アソコか。リメンス通りの。良い奴が多くて、あそこは仕事が遣り易かったなぁ。リメンスに住ンでたのかアーサーは。」
「うるせぇーってぇの。ライは!」
何だかライの良からぬ呟きが聴こえたよね。
「でも亡くなられたかどうか分からないだろう。」
「うーん。でも侯爵様は、おれが母親とそっくりだって言って。昔母親と付き合っていておれを身籠って消えたって。で、その後母親を探したらしいけど、死んでたって言ってた。」
「じゃあ、ベリアノ侯爵と母君の間に君が生れたってことでは?」
「ううん。母親は、おれが小さい頃から『アーサー、アナタのお父様は凄く立派な騎士サマなのよ。』っておれに子守歌の様に繰り返してたから。それにあの侯爵様がオヤジなんて絶対嫌だ。」
そう言うとアーサー君は唇を一文字に結んだ。
アーサー君の隣りで「おいらには何を話さなかったのに!」と拗ねて騒ぐライさんと「あんたは騎士が嫌いじゃねぇーか!」と吠えるアーサー君と、昔のことで口喧嘩を始めた。
取り敢えず先生は、騒がしい2人をライさんが寝泊まりする部屋へとサロンから送り出し、リクに「軽食を出すように」と疲れた声で命じた。
そして(自分は関係ないよ)って様子で私の傍に立っていたシュウへ、落ちて来た金の前髪を払いながら向き直って、空色の目を細めて訊いた。
「それで何故シュウは秘密裏にアーサーを探して居たのだ?万が一、侯爵の御令息なら大変な事だぞっ!」
「あぁー。だからアーサー君探しの腰が重かったのかぁ。」
「そう言う理由じゃない、シュウ。領主が居る領地で、証拠もなしに騎士団を好き勝手に動かせるモノじゃないのだ。キチンとした手続き行い、宰相から騎士団長へ指令が行き、動かせるようになるのだ。特に今は色々と重要な案件が重なっているから難しいのだ。」
「そこいら辺は別に良いですよ、先生。 単に自分らはライさんに恩義を勝手に感じているだけ何で。物知りなライさんを尊敬もしてるし。自分の〔おいら〕って口調もライさんを真似たんだ。恰好いいっしょっ。」
えっ!?そうなのシュウ。
恰好が良いかは別にして。
「シュウが恩義?」
「別においらだけじゃないよ。色々な事があって、皆が焦ったり悶々としていたりとナーバスに成って居た時、おいらがヤれる娘を探していら、ライさんに娼館〔ローゼ〕を教えて貰って、其処で衝撃と奇跡に出逢い、おいらたちの新たな時間が始まった。 お嬢は生きているおいらたちを救い出した女神で、ライさんは新たな道を示してくれたおいらたちの師だ。 その師が『アーサーは元気だろうか』『会いたいなあ、アーサーに』と屋敷の雑用をしながら呟いていたんだ。やっぱり放って於けないだろう?大体、攫ったのは侯爵の方だろ?」
「はぁ。で、シュウは恩返しのために軟禁されていたアーサーを勝手に連れ出したと?」
「あっ、でも先生。連れ出したのは、私の瞬間移動のスキルでして。つい弾みで、あははっ。」
「またヴィに報告しとかなきゃ」と先生は言いつつ肩を落として項垂れた。
※
その後、落ち着いたライさんとアーサー君の話を纏めると、、、。
ベリアノ侯爵とアーサー君の母親は、昔交際していてアーサー君を身籠った。が、母親は失踪。
「可笑しいな、その頃ベリアノ侯爵は、結婚していたはずだ。」とはローランド先生の弁。
貴族名鑑を閲覧しつつアーサー君の年齢から先生は逆算して首を傾げた。
アーサー君がベリアノ侯爵から聞いた話では、侯爵は母親を探して居たそうだ。
そして理由は不明だけど乳母から家(集合住宅)に居たら殺されるからと、下層民地区にアーサー君は投棄された。 ライさんの話ではゴミ置き場だったとか。
下層民区って一応は王都に分類されているけど、舗装された道はないし、井戸とかもない。
王都周辺の荒れ地に人々がいつの間にか住み着き広がった土地なのだ。 昔は中層民区との境界に土壁や石壁を築いて居たらしいが、作っては壊されてを繰り返される内にその名残はあるけど、壁は作られなくなったそうだ。
でもってライさんが、罠に嵌められた裏稼業からの仕事の話は、完全にフェイクって訳でもなかった。
農業主の娘の結婚を邪魔して欲しいと依頼したテコイ男爵令息の話も本音なら、ゴビオン村の商会の息子を蹴落としたかったのも本音。
只1つ違うのは、此れはライさんとアーサー君を分断させる計画で、上塗りされていたコト。
どうやらライさんのスキルは、高火力の特殊スキルで戦闘力バリ高だった。
それまでライさんは、スキル持ちであることを隠して居たのだが、王都で攫われそうなアーサー君を守って逃げたりしている内に裏稼業の人間に知られたそうで、実はライさんも捕獲対象だったのだ。
(後日のヴィさん推測談)
まあライさんの警戒心を解く為に用意されたおシゴトだったのだ。
貴族からの依頼に成ると侯爵を警戒していたライさんは、アーサー君を隠して、依頼主に会いに来ると踏み、準備万端整えてライさんを捕獲した。
ライさんが離れた時点でアーサー君は既に捕獲完了だった。
現在、奴隷商は戦闘力の高いスキル持ちを探して居る最中で、ライさんの価格は売人にとって一生笑いが止まらない高額商品になるらしい。
通りでヴィ(王弟殿下)さんは、早々とライさんと契約を結んだハズだ。
で、その高級品のライさんは、買主の命令を聞くように、くっそ寒かったメメシス属領地の収容先で、教育(洗脳)の真っ最中に私が勝手に発動した女神スキルで、ブラウニー医院へと拾って来たのよね。
一方アーサー君は、眠らされてヒョイヒョイとベリアノ侯爵領地の屋敷へ。
広い領地のあっちこっちに、それらしい屋敷が何カ所もあって、シュウなりに大変だったようです。2月くらいからアーサー君の捜索を開始。今は5月の終わり。
「お嬢の相手の合間に探していたから時間が掛ってさぁ。」
別に私の相手など要らなかったけどね。
掴まった初めの頃、アーサー君は逃げ出そうとしたらしい。
するとベリアノ侯爵は、「余り逆らうとライをザクロン帝国に売る事になる。」って、そう脅されたのだと。
昔を知らないが、今のロゼット民にとってザクロン帝国は、諸悪の根源と認識されている。
掴まればロゼットの民は拷問を受け、スキル持ちは操り人形のように洗脳されて、死ぬより悲惨な目に遭うと、噂されている。
その為、アーサー君は大人しくしていた。
やがて暫く経つとアーサー君に「教育を施し、いずれ息子として紹介する」と、ベリアノ侯爵から言われたそうだ。
その内、隙を見てライを探しだし、一緒に暮らすことを思い、監視される毎日をやり過ごしてきたアーサー君は、その命令を拒絶した。
その時、アーサー君の母親とのことをベリアノ侯爵は語り、実の親子であることを告げた。
そして「大人しく教師から学び、私を父と呼ぶなら奴隷商からライを買い、アーサーの近くにおいてやろう。 早くライに会いたいなら、侯爵の子息らしい振舞いを身に着け、私を父上と呼ぶように。」と、ベリアノ侯爵から言い聞かせられた。
(嘘だ。)
(でも若しかしたら、、、)
ベリアノ侯爵の言葉に2つの想いを抱き、アーサー君の心は千々に乱れた。
そして逃げそうと思う気持ちは徐々に萎えて行った。
7月の終わりからシュウがアーサー君の前に現れるまで、およそ10カ月、想像すると長い時間である。 それに逃げ出そうとしても多くのガタイの良い侯爵領の衛士たちに侯爵家の使用人達が軟禁された居た屋敷に詰めて居た。
間口の所に人の気配があったし、私のスキルだけでは絶対アーサー君の救出は無理だったろう。
悔しいけども。
何とも言えないアーサー君2重誘拐事件の顛末途中経過をサロンに集っているローランド先生、リク、ライさん、アーサー君、シュウ、私たち6人が互いの目を見合って、話し合い、答えが分からず口を閉じ、そして息を詰めた。
暫くして先生は、パンと左右の掌を打ち鳴らして、それぞれの思考にハマり、 停滞していたサロンの空気を強引に動かした。
「さて、アーサー君とライさんをこの後どうしようか。」
えっ!?
それを考えるのは、先生のお役目では?




