オレンヂの報酬
《1》
やっぱり何回頭の中で『この愛をロゼット王国とあなたに』のゲームシナリオを思い出し巡らせてもエレノーラは、自分とオレンヂ王国のアルスター第一王とが婚約するシナリオを探し出すことが出来なかった。
(だいたいアルスターと婚約するのはヒロインで妹のフェリシアでしょう!なんで悪役王女と攻略対象者が婚約ごっこなんてするのよ。あいつストーリー通りならオレンヂ王国の王太子になるのよ。他国に婿入り何て出来ないでしょうがっ。)
心の中で現実に悪態を付くエレノーラだった。
今日は、エレノーラ第一王女殿下が成人の儀を行う16歳の誕生日だ。
母親のアントニア・ロイヤル・ケレス女王陛下。
父親のアルバート・ロイヤル・ケレス王配殿下。
摂政のヴィンセント・ロイヤル・ケレス王弟殿下。
そして成人を迎え王族として公務につくことを認められるエレノーラ・ロイヤル・ケレス第一王女殿下。立会人として、ジョエル・ブレイン宰相。
成人の儀を執り行うは大神官。
古来の伝統にのっとり雪花石で作られた祭儀の間で、しめやかで厳かな成人の儀は、粛々と神官たちの手により執り行われた。
ロゼット王国の信仰対象が、女神であるケレス女王の血族。 その歴代女王であったとしても、王族の祭儀を取り仕切るのは神官たちだった。 (日頃、大神官は王城の元老院で特殊契約書を作成。神官たちは各公民館で立会人としての役目をこなしている。)
王族と大神官との成人の儀が終わると、王侯貴族たちと騎士たちとの成人式典と祝賀会が開催され、燦然と輝く王城の祝祭の間は、一気に華やいだ。
女王陛下の祝賀挨拶の後、成人を迎えたエレノーラ第一王女殿下を来賓の方々へと紹介した。 そしてエレノーラは祝辞を受け挨拶。その言葉に続き、新たな王族の近衛騎士となった4人の騎士が紹介され、忠誠の儀をエレノーラと近衛騎士とで交わし、彼女の側へ侍り、祝祭の間でセレモニー開始の音楽が奏でられ本格的な祭典が始まった。
近衛騎士の中には、当然のようにランスロー。ベンウィックの誇らしげな顔があった。
エレノーラは、憂鬱な想いを社交用の笑顔で隠し、他国からお祝いに訪れた王族たちに挨拶を返していた。憂鬱の元凶オレンヂ王国のアリスター・ロイヤル・クレスト第一王子のキューティクル増し増しのミッドナイトブルーの背中まであるロン毛を見つめながら。(睨みつけてるってのが正解)
裏有りの婚約の話をエレノーラが聞いたのは3ヶ月ほど前のこと。
ジョエル宰相からエレノーラは念押しされてい。 今回アリスター殿下はあくまで友好国の第一王女の成人祝いに訪れているだけ。 「表向きは、婚約者として接してはならないですよ。さり気なく、さり気なーくですからね、エレノーラ様。」
本番は、エレノーラがオレンヂ王国に訪問し、合同演習を終えた互いの騎士団を称える祝賀会の際、エレノーラとアリスターとの婚約発表を両騎士団の見守る中で行われことになっていた。
これまで幾らエレノーラが、婚約何てヤダと駄々をこねても母上や父上、叔父上、宰相が総スルー。頼みの綱の心優しきヒロインのフェリシアへと縋っても。
「姉さま、私たちは王族です。ロゼット王国の民の為に生きるのが王族の務め。王会で決められた政略的な婚姻は王女の心のみで断ることは無責任の誹りを受けかねません。賢くて強い姉さまなら乗り越えられると信じています。それにアリスター殿下は麗しく善き方だとお聞きしています。ねっ、姉さま頑張りましょう。」
フェリシア第2王女は愛らしい笑顔を姉のエレノーラへ向け、正論を述べてグイグイとアリスターとの婚約を鈴が転がるような声で押して来るのだ。
エレノーラは一瞬、王女業をブッチして、王城から逃げ出そうと本気で思った。
前世の記憶があるから、平民になっても何とか成ると謎の自信を持っていた。
が、そこで叔父のヴィンセント王弟殿下から声が掛った。エレノーラの逃走を読んだように。
「エレノーラ、わたしと取引をしよう。」
「叔父上と取引ですか?(ちょっと怖い。)」
「そうだよ。エレノーラは確か収監中の罪人グリードを前々から傍に置きたいと申していたな。現在もアレコレと無駄な動きをしているようだが。」
「ぐっ、ぅぅ。(なぜそれを。コッソリ減刑の署名活動してたのに。)」
「もし今回、アリスター殿下との婚約が成り、無事オレンヂ王国との同盟締結が出来たら、グリードをエレノーラの側近に置く策を授けよう。オレンヂとの報酬だ。エレノーラ。」
「えっえっ!本当ですの?叔父上。」
勢い込んでエレノーラは、叔父のヴィンセント王弟殿下の大きな右手を自分の身体に引っ張り寄せ、白く細い両手でギュウギュウと握りしめ、真偽を問うた。
豪奢な寝椅子に座るエレノーラの近くにいたジョエル宰相と宰相補佐マイルズは肩を竦めて呆れたように互いの目を見合わせた。
(叔父様は、また企まれたのですね。姉さま動かすのは叔父様の得意技ですものね。)
エレノーラの隣に座り話を聞いていたフェリシアは、近くにいたヴィンセント殿下を引き寄せ、王女にあるまじき行いと姿を見せるエレノーラとヴィンセントを交互に見、ニコニコと笑みを浮かべながら、そう考えて居た。
「こほっ。落ち着きなさい、エレノーラ。」
「は、はい。申し訳アリマセン叔父上、遂、嬉しくて取り乱して。」
「此れは姉上、女王陛下も懸念なさっていたことだが。エレノーラは別段、罪人グリードと婚姻を望んでるワケではないのだね?異性として慕っているとか。」
「け、け、結婚なんてお畏れ多いデスわ。そ、そんなメっ滅相もない。 ワタクシそんな不埒な王女ではなくってよ。 推しは唯、愛でて、時折聞かせて頂ける声だけで生きて行けるモノ。ワタクシ正しいファン活動をしたいだけでっ! ただグリードが、このまま収監され続けていても彼は救われないの。 何とかして差し上げたいけれど。 で、でもい、異性と慕う何て、とんでもないことですわ。 そ、そんなのワタクシの矜持が許しません!!」
しどろもどろになり辿々しく答えるエレノーラ。
色々前世の記憶が焦って駄々洩れていたが、それを知らぬ王弟ヴィンセントは強かに微笑み、現状、憧れだけで罪人グリードに恋愛感情をエレノーラが持っていないことを彼は改めて確認し、王弟ヴィンセントは企みを実行することにした。
現在、ロゼット王国東南の隣国オレンヂ王国は、北の中立国(※中立国=帝国側とロゼット王国側の争いにも参戦しないと宣言した国)や海から入港している貿易船などが、怪しく動いていると報告があった。
そしてオレンヂ王国内では、4人居る王子たちが第一王子派と第二王子派に別れ、水面下で貴族達が一緒になり、争っているとオレンヂ王国の国王陛下から密使が届いたのだ。
両国が同盟締結に向けて動いていると、オレンヂ王国の有力貴族にどうやら気付かれたのだ。
オレンヂ王国がある南方5カ国は、オレンヂ王国を除き奴隷非容認国4か国で、昔からロゼット王国と友好的に付き合い、現在は同盟国とし親交がある。
山脈と山々で蓋をされたように南の国境を挟んでいた為、西南のプラム王国と東南のオレンヂ王国には、山道を造りロゼット王国と直接通行が可能となっている。
帝国側の属領地を使った他国侵攻が増えて来た昨今、東南のオレンヂ王国が奴隷容認国へ再び戻り帝国側勢力になってしまうのをロゼット王国側としては、何としても防ぎたかった。
折しも2年前、成人を迎えたアリスター第一王子が、オレンヂ王国の表舞台に立たなくなった理由をロゼット王国側が知りたかったこともある。
それまでアリスター第一王子は、心優しき才或る王子殿下だと、ロゼット王国の社交界でも囁かれていたのだから。
また今回を期に、個人行動を許されている騎士団の第10部隊の幾人かの騎士をオレンヂ王国へと出向させ、オレンヂ王国で蠢いている者達を調べることにしたのだ。
中立国や友好国との間に結ばれているスキル保持者、通行・滞在条項により、他国での情報収集は人手がないと難しいのだ。 同盟国では、かなり緩やかなのだが。それでも禁止スキル保持者の入国は厳しく制限されていた。
王弟殿下を始めとした王会の者達は、何としてもエレノーラ第一王女とアリスター第一王子の婚約を成し遂げたいと思っていたのだ。
近頃、とみに問題行動の多いエレノーラに些かの懸念を憶えつつも。
ヴィンセント王弟殿下は、落ち着いたエレノーラをチラリと見ながら、これからのスケジュールを聴き取り易い声で淡々とエレノーラたちに告げ、摂政の厳しい表情で、エレノーラの私室を後にした。
《2》
成人の祝典を王女らしく乗り切ったエレノーラは私室に戻り、最近エレノーラ付きのメイドになったマイに紅茶を頼み、ドレスの着替えを終えて長椅子に座り背中を預けた。
(第一ミッションクリアよね。 後は1週間後にマイルズと近衛騎士たちと共にオレンヂ王国へ行き、騎士団の皆を讃えて婚約発表が第二ミッション。
でも叔父上には悪いけど、シナリオ通りならアリスターは会場に現れないのよね。
とは言っても。
アリスターとの婚約イベントは、相手がフェリシアで、フェリシアが16歳になってから。アリスター王子は20歳だったから、2年後の話になっちゃうのだけども。
まあ私は現れなかった原因を知っているから、シナリオの様に同盟交渉凍結、友好条約の見直しなんてさせませんけども。
だってロゼット王国の北側ってヤバい状態だもの。
結構北側は帝国側の息が掛っているし、此れで南側まで帝国色に染まったら、オセロだったら駒色が変わって大陸の四角の一部が取られそうだしね。
奴隷制度が国是なんて、ロゼット民として、前世持ちとして受け入れられない、絶対に。
さて、何は兎も角、今世ではじめての海外旅行。
ちょっとドキドキしてくるわね。 これを上手く乗り越えれば、叔父上がグリードを側近に出来る策を授けて貰える。 オレンヂ報酬とか笑えない冗句だったけど。 ウシっ婚約は御破算になるけど、大丈夫でしょう。 フェリシアのシナリオでも一度婚約が駄目になってから、事件を解決し、再び婚約をし直して、アリスターとフェリシアはハッピーエンド。 アリスターがオレンヂ王国の国王になり、フェリシアはロゼット王国の女王陛下になって、それぞれの王子に国を継がせるのよね。 別居婚ってなるけどマイルズのスキルがあれば楽勝だったハズ。さて私はオレンヂ王国で変装する為の衣裳を探して置かないとっ。)
エレノーラは、気分が持ち直しひとりニヤニヤ笑んでいると、黒髪黒目のスレンダー美女メイドもマイが紅茶セットと焼き菓子をカートに乗せ、エレノーラの居るテーブルへと運んで行った。
《3》
騎士団本部に在る重厚な団長室で、ベンウィック騎士団長に呼ばれた各部隊長と新兵を指揮する小隊長が集合し、キャメロン副騎士団長はオレンヂ王国へ行く真の目的と行程を発表していた。
「皆も薄々は気付いていると思うが、今回の合同演習は、エレノーラ第一王女殿下とアリスター第一王子殿下の婚約発表のカモフラージュでもある。 不穏な気配を察した為、オレンヂ王国へ向かわれるエレノーラ第一王女殿下が合同演習場へと行かれる道を3本に分け、3つの王族専用馬車にはそれぞれ王女殿下に変装した者を乗車させて置く。そして王女殿下は新兵の2つの小隊に紛れて、オレンヂ王国とロゼット王国の国の境に位置するクレープ高原を目指す。向かって来た敵は捕縛が望ましいが、難しい時は処理して構わない。 例え友好国の団服を着た者でも。オレンヂ王国の国王陛下にも許可を頂いている。 新兵たちは本体の動きに惑わされないよう小隊長は、指示を確実にして欲しい。 各部隊の配置、道程などもう一度確認の上、各隊員への説明と指示を頼む。 あー、後、変装したエレノーラ第一王女殿下は、出立日の早朝、此処で新兵としてマイルズ殿と一緒に挨拶される。新兵として接して欲しいそうだ。 では解散っ!」
明々とした声で任務の説明をしたキャメロン副騎士団長だったが、エレノーラの新兵変装を告げた辺りから、力が抜けて行き、解散を告げる頃には整えられた金茶色の眉は、情けなさそうにハの字になっていた。
部隊長や小隊長たちも色々言いたい言葉を飲み込み、騎士団長室の分厚い木製の開かれた扉から、足早に出て行った。 それは副部隊長や今回任務を受けた部隊員の面々と話したい事が山のように脹れ上がって居たからだ。
様々な呼吸音で騎士団長室を満たしていた彼らが、靴底の固い音を立てながら艶やかな褐色の扉から去り、補佐官が重厚な扉を閉め、騎士団長室を密室にした。
「はぁ、相変わらず飛んでも合い事を仰るお方だ。エレノーラ殿下は。成人されても何も変わらんな、なぁガウェル。 (ガウェル・ベンウィック騎士団長)」
「いやニコラス。 (ニコラス・キャメロン副団長) 今回の発案者は、どうやらヴィンセント王弟殿下らしい。」
「それは、また。、、、ガウェルも難儀なことだ。それ程オレンヂ王国までの道行きは危険なのか。」
「うぅむ。アレがあっただろう、ニコラス。黒の一族の里の襲撃事件。」
「ああ、凄惨な現場だったと報告があった。」
「その時の里の者が北の隣国から土のスキルを使って山を渡り、150人以上の襲撃者が、ロゼット王国に侵攻して来た。 今も1割弱の騎士たちを再び国境から侵入させない為、北の公爵領の山々に派遣している。」
「お陰で人員不足気味だがな。それがあってヴィンセント王弟殿下は、東南の山々を抜ける道を警戒されているのだよ。 王都から延びるオレンヂ王国王都までの3本の道には、一応警戒網を事前に引いているが。万が一のことを考えたらしいぞ、ニコラスよ。子煩悩な女王陛下も万全を期すよう命じられた。」
「はぁ、王族同士の婚約とは面倒なモノだな、ガウェル。」
「おい、ニコラス!不敬だぞ。」
「ははっ、スマンスマン。そういやお前の息子のランスローは不服そうだったぞ。折角近衛騎士になった初めての任務で、新兵の団服を着なきゃならないってな。」
「馬鹿々々しい。何が遭っても守り切ることが一番大切なことだろうに。中々アイツは成長せんな。ニコラスが甘やかすからだろっ。」
「ふははっ。ガウェルみたいにいつも怒鳴ってばかりじゃランスローが不憫だぞ。まっ、しかし上手く行けば良いな。 この任務が終われば、選ばれた新兵たちにやっと休暇が与えられる。」
「任務は完遂させるモノだぞ、ニコラス。」
「そうだな。」
政治の事は、相変わらず関わらない主義のガウェル・ベンウィック騎士団長だったが、此の所の周辺諸国のざわめきに、首の後ろがサワサワと泡立つような微かな不快感を覚えた。
そんなガウェルの不快感を払うようにニコラスは目尻に横皴を幾重にも浮かべて、いつもの笑顔を見せ、仏頂面のガウェルの肩を陽気に叩いて、軽い足取りで扉の外へ出た。
ニコラスが、重厚な扉の外の廊下を歩くと、開け放たれた窓から初夏の風が騎士たちの声を耳へと運んで来た。




