初夏の風
《1》
オレは、3月に念願が叶って騎士団へ入団した。
まず新兵である自分たちが、行うことを先輩たちから教わった。
騎士たちが行う演習の準備、片付け。 そして騎士団の日常生活で手の足りない部分への補助。 意外なことにシーツやタオルなどを畳み、各騎士たちの部屋へ届ける作業が多かった。
洗濯物を乾かすのは、騎士団所属の洗濯係(風スキル有)でこと足りるのだが、畳むと言う作業は難しいらしい。 10年前までは、洗濯、掃除、食事の準備まで、大量に雇っていた新兵の仕事の1つだったと言う話だ。 騎士たちの遠征任務には、従士として従軍させられ身の回りの世話をさせられた。そのまま戦闘にも参加させられていたと言う。 その頃の新兵の死傷者の多さは眉をひそめる程だったと、年配の洗濯係が話していた。 「今は良い時代だ。」 ポツリと彼は呟いて話を締め括った。
今年の騎士団入団者は、自分を含めて156名。
毎年5月に在るトーナメント方式の試験に合格して騎士になれるのだ。
志願者の全新兵との勝ち抜き戦になり、上位5名~10名だけが騎士になれる狭き門だ。
入団試験は、志願者たち同士で試合をし、勝った方が合格する。
入団試験自体は、13歳から受けられ上限は18歳までとなっていて、本人が望む限り何度でも挑戦出来る。 ただ大抵は3回程で落ちれば諦める人が多いと聞く。
入団試験は、剣を使った試合になる為、一定程度の教育水準が必要となるなと、コウとヨウの2人の入団試験を見て改めて考えた。
2人とも格闘やナイフ投げ(尖らせた小枝)は得意だが、オレがクラークさんと剣の練習をしていると、剣による試合を初めて見て驚いていた。
コウとヨウは、身体能力に優れていた為、幾度かクラークさんから手解きを受け、剣を振れるようになったが、組手よりはかなり不得手だった。
二人の籤運が良かった為か、どうにか無事に入団することが出来た。
妹のジーンは、とても喜んでくれて、それがオレにはどうしようもなく嬉しくて、ウッカリ目を潤ませてしまった。
そして夢が叶って、唯でさせ嬉しさで咽てしまいそうなオレにジーンは、宝物を入団祝いに与えてくれた。
上等なリネンで作られた水色のハンカチに、金糸で丁寧にオレの名を刺繍して、オレへと手渡してくれた。 世界一大切なオレの宝物が、この日初めて出来たのだ。
ジーンを守り切れなかったこんなオレが、小さな天使から、これほど心の籠った宝物を贈って貰って良いのだろうか。
未だオレは、救って貰うばかりで何一つジーンに返せていないのに。
思わずジーンを抱き締め、そして両腕で抱え上げた。
「一生大切にする。」
誓いを込めてジーンに告げるた。
「使って下さい!約束ですよ!!」
ジーンから一方的にそう言い渡され、オレは返事が出来なかった。
その大切な宝物のハンカチは、汚れないように薄紙で包装し直して、今も団服の胸ポケットの奥へソっと保管されている。
幾つかある広い演習場の1つ。
B演習場は、第4部隊と第10部隊とが陣取り戦の演習をしていた。
B演習場で狭い悪路に見立てた場所を作る為、オレたち新兵が事前準備の手伝いをし終えて、演習場へと入って来た憧れの純白の騎士たちを立ち上がり見守った。
コウとヨウは、違う班に振り分けられ此処には居ない。
貴重な純白の騎士の団服は、春の終わりの眩い光に輝きオレの憧憬を深めて行った。
早くオレも騎士見習の白い団服では無く、誇り高い純白の団服を纏いたいと、胸ポケットのある場所にそっと左手を当て、強く願っていた。
《2》
(早くジーンに会いたい。)
オレがそう願うのは、入団してからの安息日が消えてしまったからだ。
それは、オレたちが入団する前に急遽決まった任務によるものだ。
毎年恒例で行われていた南東の隣国オレンヂ王国騎士団の新兵とロゼット王国騎士団の新兵との合同演習が、両国友好5周年を記念し、新しく決定した場所での交流試合を5月に開催することになったのだ。
本来は新兵が慣れた10月に行われていた。
理由は色々あるそうなのだが騎士団長は、「我ら騎士団は、女王陛下が為せと申された命令に全霊を持って従うのみ。」と告げ、任務の説明に入った。
日付、行軍経路は部外秘になる為、行軍演習に当たる者は、合同演習が終了し帰国するまで、騎士団で宿泊することとなったのだ。
勿論、合同演習を辞退することは出来る。
騎士を目指すオレに事態の2文字など無いが。
「暫く任務で帰れなくなった。心配するな。」と言う手紙を騎士団本部にある郵送局へ渡し、ブラウニー医院に居るジーンへ届けて貰った。
コウとヨウは、オレが帰宅出来ない状態だとシュウが知れば、納得するから連絡は不要だと笑っていた。
(まあ、あいつらはあいつらだし。)
ジーンが駄犬と呼ぶ黒の一族の彼ら。
駄犬とは思わないが、オレに懐く姿は、黒髪黒目の2匹の黒犬に見えないこともない。
彼らがオレの目の前に初めて現れた夜。
ジーンの穢れなき優しさで救い出したことを知り、オレは又ジーンに何一つ手を貸せなかったことに独り挫折感を憶えていた。
これほど多くの人々をあの小さな身体で、生命ごと助け出したジーンへの畏怖と憧れ。
それと共に大きな力を使用したジーンの疲れた青白い表情は、ジーンを失うかもしれないと言う恐怖が湧き起こり、独りで立って居るのが急に苦しくなった。
何の力も持たない自分の無力さに絶望し始めた時、コウと名乗る黒い犬とヨウと告げた黒い犬が、オレになら力を渡して上げられるかも知れないと、純粋な欲を露わにした声と表情で絡みついて来た。
断れないと思った。
彼らの影スキルが、オレに渡るとも思えなかったが、二人のオレを渇望する清々しいまでの欲は、負の感情に飲まれそうだったオレを心地良く刺激したのだ。
それにイカれた野郎共に蹂躙され続けて来た肉体の記憶を誰かに上塗って欲しいとも、ジーンに助け出された日から願っていた。
そしてこんなことを願う薄汚いオレに、ジーンやローランド先生、トニーさんたちは、どこまでも暖かく優し過ぎるのだ。
身体を鍛えるだけでは、眠れない夜は長過ぎた。
穢れなきジーンからは、軽蔑される位がオレには、ちょうど良く感じたのだ。
オレには情は分らない。
ただ幼い一歳のジーンだけは、オレに無心で笑んでくれた。
あの笑みのお陰でオレは、バローズ子爵家で正気の侭、自分を保って居られたのだ。
ジーンは、敬愛すべき我が天使。
ローランド先生やブラウニー医院で知り合った人々は感謝すべき方々。
そして黒犬の二匹は、純粋にオレの肉体だけを求め、快楽に真っ直ぐで分かり易く単純だから、侍られていても楽だ。 彼らのお陰で、独りの夜を過ごさないで居られた。
(でも、やっぱり全く天使なジーンの顔を見られないのは堪える。)
4月の半ばの終わり、新兵合同演習での班分けを発表され、オレと班が分れたことを不服そうにしているコウを見ない振りをし、新たな班になった7名と挨拶を交わした。
背が高いせいで、年齢を言う度に驚かれてしまう。
先輩新兵が5名で、同じ年に入団した者がオレを含めて3名。ヨウが少し得意そうだった。
同班で騎士になる為5月のトーナメント戦に出る先輩新兵は3人。
そして今年は、エレノーラ第一王女殿下が成人を迎える為、彼女の近衛騎士を決める騎士たちによるトーナメント大会も騎士試験と同時に開催される。
誕生祭のセレモニーで、新たな騎士と決定した近衛騎士のお披露目を行うと、騎士団長が集まった騎士たちに告知し、朗々たる声の侭、「一同解散」を告げた。
《3》
日課になりつつあるB演習所の整備を行っていると、唐突にブラッド・クラム10番隊騎士隊長から、ヒュッとナイフを投げられた。
此方へと歩いて来て予備動作なしに唐突に。
叫ぶ間もなく左足を後ろへ引き、銀色のナイフを躱した。
思わずクラム10番隊長の顔に視線を投げると「ニヤリ」と笑って、そのまま俊足で騎士団本部へと駆けて行った。
「な、何、何なんだ?」
オレは意味が分からなくて呆然と立ちすくんだ。
「ああ、気にすんな。あの人は偶に目についた団員にナイフを投げる趣味が或るんだよ。大丈夫、よっぽどセシルがヘマをしない限り怪我しないから。クラム隊長はプロだから、アハハハ。」
先輩新兵の人が、クラム隊長の行動で戸惑っていたオレの肩を叩いて、笑いながら説明してくれた。
納得出来ないが、クラム隊長にとって日常茶飯事らしいので、そう言うモノだと諦めることにした。
残りの作業を一言二言先輩新兵たちと話して続けた。その合間に投げられたクラム隊長の思ったより重いナイフを乾いた地面から拾い上げ、近付いて来たヨウへヒョイと投げ渡した。
瞬間、ヨウがビックリした顔をした。
もしかしたらクラム隊長は、新兵のこんな顔を見たくて、唐突にナイフを投げているのかも知れない。
迷惑な話だが。
演習場の片づけを終え、同期や先輩新兵たちと自主的な鍛錬を2時間ほど済ませて、寮のある騎士団本部へとコウとヨウたちと駆け足で向かった。
途中、王城勤務の騎士たち出会ったので、挨拶をし、また歩き出した。
王城に詰めている第一部隊の騎士たちは、貴族の子息が多いので、目の前にすると若干緊張する。
一応、オレやジーンが奴隷として父親に売られ、あの砦に収容されていたことや父親であるバローズ子爵が上層部の審議会で有罪になり、死を賜ったことは公にされて居ないが、全く貴族たちに漏れないわけでないと、ヴィンセント王弟殿下から忠告を受けていた。
先ず、審議会後に離婚したあいつ(父親)の再婚相手であるあの女の実家・ベリアノ侯爵家周辺などは、信頼が出来無いだろうこと。
そしてバローズ子爵家関連から漏れる可能性がある。
父の双子の弟セオドア叔父上が、当主代行としてバローズ子爵を継いでくれて居れば上手く情報操作が出来たらしいのだが、オレはどうしても父の被害者としては、バローズ子爵の跡を継ぎたく無かった。 叔父上は、薬師としてヴィンセント王弟殿下の部下として有能だった為、あくまでオレが成人を迎えるまでの繋ぎの立場しか取れない。 だからオレがバローズ家から抜け市井に下ると決断した時、叔父上は遠縁の者を当主へと据え、財産管理の後始末だけを済ませ、今まで通りホーステッド通りの屋敷で家族と暮らし始めたのだ。
それに当主が、急遽病に罹り蟄居中に離婚し表に一切出ないなど噂に成らない筈がない。
(オレは大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、、、、、大丈夫、、)
「大丈夫か、セシル。」
「行こう、セシル。晩メシが待ってるよ。」
コウに右肩を叩かれ、ヨウからは背中を押されて、オレは止めていた呼吸を思い出し、口から息を吐き出した。
騎士団の敷地内では、二人に過度な接触を禁じていたが、こうして触れられコウとヨウの耳に馴染んだ声を聴くと、呼吸が落ち着き薄暗くなっていた視界がクリアになってきた。
「お前ら仲いいな、相変わらず。」
一緒に居た同期の騎士たちがオレたち3人を茶化して来たので、「普通です。」とオレは答え、騎士団本部の建物を目指し、皆と歩き始めた。
広い広い敷地に夜の帳が居りて、夏を感じる風がオレの頬を前髪を揺らして吹き抜けていった。
もうそこに夏が来ている。




