8. 嘘をほんの一つまみ
短髪に揃えられた白髪の老女を連れて、シェルマが部屋に戻ってきた。白い祭服を着た、険しい顔つきの皺が多い司祭、それがムタの容貌である。ムタは適当に挨拶を済ませると、男の様子をまじまじと観察し始めた。
「口が聞けたらよかったんだがね。」
ムタは訝しむような顔つきで男を覗き込んだ。
男は聞けないわけではない、そう反論しようと口を開こうとしたが、「頑張ったらいけませんよ。」とシェルマに釘を差されて黙ることにした。男は痛いのはごめんだったので、全く動きたくなかった。
「治るまで置いとくしかないね。」
「治るまで置いてもらえるそうですよ!良かったですね。」
厳しそうな司祭と軽快な態度の少女。男は二人の関係をまだ知らないが、司祭と少女の関係が良好そうなことから、司祭が善人であることは容易に想像がついた。
「一か月で治ればいいがね。」
ムタは来たついでだからと、男に対して〈エトヨ〉と呪文を唱えて、目に見えない精霊に指示を送った。体力を与える簡易的な魔法であり、精霊が効果を与えたと示すように男の身体を一瞬光らせた。痛みで体力が削られるだろうと思っての処置である。
「定期的に世話には来るよ。この子もたまに来る。お喋りな子だが、よく働くからそこは勘弁してやってほしい。お前さんが倒れてるのを教えてくれたのもこの子だからね。よく感謝しておくといいさ。」
ムタは用事は済んだからと部屋から出ていった。シェルマがムタに知らせて、村人と協力して自分を運んだということだろうか。男は、自分の置かれている状況をそのように想像して補完した。
「実は第一発見者なのでした。血だらけで驚いたんですよ。あんなにひどい怪我、見たことなかったから。運んだ人へのお礼は、いつかしてください。いつか。」
シェルマの前半の発言が本心なら唖然としてあの声音だったのだろうか。男は森で聞いた声を反芻する。それであの落ち着きようなら大分問題がある。事件に慣れているか、他者に無関心な立ち振舞だったように男は感じていた。
「私がお喋りなのは事実なのでそろそろ失礼します。お話出来るようになったら、名前を教えてくださいね。」
男がコクリと頷く。任務を受けるようになってから名乗る機会もそうなかったので、男にとってシェルマの提案は悪くない約束になった。




