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Reunion in Blue  作者: 花伊 浮音
第三章 在りし日の日常、その安寧
21/25

21. 深夜徘徊につき、逃走劇開幕

 事件は起こった。

 真夜中、司祭館の一室を借りていたガーディットは、夜中にどこかの部屋の窓がほんのわずかに音を立てて開いたのを確かに聞いた。その音に反射で立てかけていた横の大剣を引っ張り出してしまい、完全に目が覚めてしまった。

 侵入者かと思い、自室の窓を開けて外を確認すると、見覚えのある小さい後ろ姿を見たような気がした。その影は、すたすたと教会の裏手にある森へ向かったように見えた。


 ムタに報告をするのも忘れて、思わず、悪くなった足癖で窓を飛び越えた。念のため、シェルマが使っている部屋の窓を外から確認したが、閂がされていて開かない。念のため外からすべての窓を確認したが、すべて同様に開かなかった。

 あれは何なんだ。シェルマだった気はする。ただ、はっきりと姿を目撃できていないため、確信は持てなかった。

 

 ガーディットの仕事内容には、村の警備が含まれている。それに加えて、男はシェルマの目付け役でもある。

 理性では、ムタを起こして確認してもらった方がいいとはわかっているが、ガーディットはそれが出来なかった。夜中に脱走するならそれなりの訳があるはずだ。育ての親に言えない何か特別な事情が。

 もし、これが日常的なシェルマの行為で、それをムタに言って禁止されたら、それは彼女の自由を奪うようなものではないだろうか。

 ガーディットは、人の親になるには若すぎた。理性的な判断で報告するという選択肢は、孤児というシェルマの特徴を考慮して、あっさり捨てられてしまった。

 

 まだ遠くへは行ってないと踏んで、ガーディットは、シェルマだったのか確信も持てない影を追いかけるために、森へ走った。もしシェルマでなかったとしても、怪しい人影を追いかけるのは十分に理にかなった行動だと自分に言い聞かせた。

 

 こうして、ガーディットが仕事を任されて二週間目、脱走犯のシェルマと夜中の追いかけっこが始まった。


*


 この事件は三回目に片が付いた。

 まず、一回目、脱走初日の詳細である。


 村の中が完全に静まり返った真夜中。シェルマは、自室に持ってきていた本を読むのを止めて、二週間ぶりに森を闊歩しようと企んだ。息抜きという感覚が当人に在ったかはわからないが、ともあれ村から、正しくは人気のある場所から離れてしまいたいという定期的に訪れる衝動が、その夜シェルマにやってきた。

 

 いつもは裏口からひっそり抜け出すのだが、今回はガーディットという未知の存在がいる。裏口の扉は若干建付けが悪いため、ムタには聞こえない音もガーディットには聞こえる可能性を捨てきれなかった。

 その点、窓は軋むことなく開くので、当分は窓から抜け出そうと決めた。

 

 堅苦しい革靴を脱ぎ捨てて、素足になる。こちらの方が自分に合っていると、シェルマは思ってしまった。

 念のため、寝台の中身の嵩を増やしておく。

 ふわりと地面から身体を浮かせる。足音の軋む音は、脱走するときの邪魔である。シェルマはそのまま窓に近寄ると、閂を退かして、そっと木の扉を開けた。その後は外に出て、閂をいつも通り、呪文も知らないまま浮かせて、窓が開く前の状態に直してやる。

 これで完璧、誰にもバレずに森へ行く。そんなシェルマの習慣が戻ってきたはずだった。


 深夜の森の中。二つの足音が森に響いていた。一つは、初めは穏やかだったが、徐々に速度を上げていき、一つは初めから息が切れない程度の速さで地面を蹴っていた。


 ガーディットが夜中の森に侵入して数分後、彼は耳をそばだてながら、人影の位置を特定してそちらの方へ向かって駆けていた。

 一方シェルマは、誰のかわからない足音に気づき、「明らかに、追いかけられている。」と判断して、闊歩していた足を変えて、しばらく全速力で走ることにした。


「消えた?」


 突然、一つの足音が森から姿を消した。

 ガーディットは地面を踏みしめる音が消えたのを不審がって立ち止まった。音が消えたのは、シェルマが、全速力で走った後に空中へ飛び、上空から追跡者の様子を覗うことにしたためである。ゆらゆらと風を切って空を移動すると、ガーディットが大剣を背負って左右を見渡しているのを、シェルマは漸く発見した。


 慎重さが足りなかったのだろうか。いや、ムタが気づかないのだから、ガーディットが凄まじいだけだと少女は思い直す。聖獣に一太刀浴びせた男の能力が、規格外でないわけがなかった。


「隠れていないで出てこい。悪いようにはしないから。」


 大きな声だといらないものまで呼び寄せそうなので、ガーディットは闇に語り掛けるように周囲に聞こえる声で話す。ガーディットはガーディットで、人影の正体はシェルマだと証拠もないのに直感的に決めつけていたので、声のトーンを優しいものに変えていた。


 シェルマは、悪いようにしないのは本当だろうと思ったが、見つかるのはばつが悪かったので出て行く気はなかった。叱られて、ムタに言われるのがオチなのだろうと疑わなかったのだ。


 このままでは、埒が明かない。このとき、シェルマはガーディットに出会したときのことを思い出していた。あの男は、眠りの魔法は効く男であった。初めて会ったときは、無理矢理寝かせてから連れ出したのである。今回も出来ないかと思って、シェルマは試してみた。


 瞼が段々重くなる。周囲にはどうしてか甘い香りが漂っていた。覚えのある香りに意識が朦朧とする。昼間の畑仕事の疲れが残っていたのだろうか。眠気にやる気が全て吸い込まれていく。夜の森で寝るなんて、危険極まることをするには支度が整っていないというのに、ガーディットは、抵抗できず地面に緩やかに倒れ伏して、眠ってしまった。


 対象が眠ったのを確認するとシェルマは、空中から地上へ降りていく。


「ガーディットさん。」


 上からうつ伏せで寝ている男を見下ろす。寝息を立てていて気持ちよさそうだなと、シェルマは思った。


「次は上手くやらないと。」


 硬い地面で寝るのは可哀想だったので、大剣は浮かせて、ガーディットは隙間に手を入れ、横にして抱える。今よりずっと幼い頃、眠ったふりをしている自分を抱えて寝室に連れて行ってくれたムタの行動を、少しだけ真似してみたくて、思わずガーディットに同じことをしたのだ。

 シェルマの素の力では絶対に持ち上がらない、服の上からでは細身に見えてしまう筋肉質の男を、「持ち上げてみたいな。」程度の気持ちを込めることで、簡単に持ち上げてしまえた。


「ムタ、どんな気持ちだったんだろう。」


 ガーディットは長いまつげを持った瞼を伏せて、規則正しく寝息を立てている。シェルマは、寝ているという事実以上のことは何も心に浮かばないまま、ガーディットを寝室へと運ぶために、その日は村へと帰った。


*


 目が覚める。見慣れてしまった天井が、視界に入った。


「俺、部屋に戻った覚え、ないよな。」


 寝台から身体を起こして、ガーディットは掛けていた布団をたたむ。身体の疲労はすっかりなくなっているが、どうにも昨夜のことが気にかかる。夢ではないはずだ。大剣も元の位置に置いてあるが、踏みしめた地面の感触はしっかり覚えている。


「お前、昨日は眠れたか?」


「きちんと寝ましたよ。見てください、この隈なき瞳を。」


「綺麗な目だな。」


 朝食の時間。

 昨夜の一件で、それとなくシェルマに体調を聞くが、簡単にいなされてしまう。シェルマは眠らなくても常に完全な状態でいられる身体なので、隈が出来るはずはないのである。

 長丁場になりそうだ、と疑念を振り払えないガーディットは、この娘をどうしてやればいいのか、必要もないのに悩み初めてしまった。

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