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Reunion in Blue  作者: 花伊 浮音
第三章 在りし日の日常、その安寧
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20. 失態の責任、必要に応じて取るべし

 ガーディットがトランに来て約二カ月の時が過ぎようとしていた。

 仕事を始めた数週間は、三度起こった事件を除いて、非常に順調だったと言って差し支えないだろう。

 男が引き受けた仕事は傭兵業とは無関係のものばかりで、畑作、鳥や馬などの家畜の世話、掃除・洗濯、家事手伝い、月一で手伝えと言われた村の帳簿管理の仕事、魚釣りなどその他必要に応じて雑務をこなし、村の何でも屋としての立場を確立しつつあった。


 中でも、ガーディットの適性に合っていたのが、狩猟と村の警備である。狩猟は外部に卸す革製品の材料集めと、村の食料を確保する目的で行われている。

 狩猟では罠を張り、獣が現れたら仕留めるか、必要に応じて捕獲することになっている。

 男は、ギムジンが貸した弓を剛腕で真っ直ぐに引くと、百発百中の域で必ず獲物を仕留めた。

 ここまでは良かったのだが、解体については適性があまりなかったので、試しにやった後、ギムジンから狩猟の手伝いのみをするよう言い渡された。


 解体自体は、男は器用に出来てしまう性質だった。基礎自体は元々あったのか久しぶりにやると言いつつ、覚えが曖昧なところだけギムジンに聞きながら、鹿を器用に捌いてみせている最中だった。


「顔色悪いですよ。」


 鹿の顔周りの皮を剥ぐときに付き添いのシェルマからそう指摘を受けた。命を奪う段階までは、精神的に擦り切れない術をガーディットは得ていた。目の前の命が、世界から完全に切り離された存在であると無理矢理認識し、己の心を防衛するというかなり強引な手法で、傭兵として生きるための、ガーディットなりの技術である。

 しかし、命を最後まで大事に使い切ろうとする解体という行為は、対象の死と真正面から向き合おうとすることそのものである。考えないようにしても、仕事で今まで手にかけた人間の顔が脳裏を過ぎる。今まで使っていた防衛機制が使えないのだから、この手の行為はガーディットにとっては厄介なのだ。

 解体自体は出来る。ただ、精神的な面において、男に解体作業は圧倒的に向いていなかったのだ。何より、今後傭兵業へ復帰した際、解体作業を続けるのは、将来の痛手になりかねない。命を大切に扱うことを意識させられるのは、男にとってかなり酷なことだった。とっくの昔に、日の当たるところで過ごすことを諦めていたので余計に良くなかった。


 一方、村の警備については、順調にせざるを得ない事実をガーディットは初日に突きつけられた。ギムジンは言った。


「丁度、ガーディットが来た頃だったか。トランに、猪やら鹿が寄ってくるようになったんだ。作物を荒らしに来るなんて話は今まで聞いたことはなかったんだが、その時を境に急に獣が農地へ現れるようになった。幸い、夜中に狼がなんて話はまだ聞かない。村はムタさんの〈ツェカル〉があるから、オレたちと家畜はまだいい。だが、農地は別だ。どのみち、警戒するに越したことはない。

 警備の仕事としては、夜中は農地を程々に見回りつつ、昼間も余裕があれば森に異常がないか見て回る。獣を見つけたら笛を貸すからそれを吹くか、お前に余裕があるなら最悪狩っても構わない。売れば金になるようオレが解体してやるよ。

 つまりだ。オレの昼寝の時間が増えたのは決して怠けてたわけじゃないんだぜ。」


 最後の一言はシェルマへの弁解である。最近昼間に寝ていることが増えたと言っただけなのだが、ギムジンは小さい子に仕事をしていないと思われているんじゃないかと思って、良い機会だからそんなことを言ってみた。

 

 村の居住区と農地は離れている。司祭の仕事の一つに、獣除けの結界として〈ツェカル〉を居住区に使い、人を身の危険から守ることがある。魔力の消費もあるのと、毎日の仕事なので必要最低限の保障で魔法を使う回数は抑えている。そのため、人がどうにかしないといけない仕事として、村の警備業務が生まれたのである。


 ガーディットは、話を聞きながら横腹が少しずつ痛くなってきた。そういえば、トランへ来る直前に聖獣の角を片方折ったな。聖獣は、大陸に住む善良な人々へ恩恵を与えることがあると聞いたことがある。もしかして俺がその恩恵を一部台無しにしたのではないか。いや、殺そうとしてきた向こうが悪い。悪いが、俺の責任はかなり非常に重いのではないか。良心の呵責がじわじわとガーディットを苛む。

 元よりトランには恩があるので、労働力としてそれなりに貢献しようと思っていたが、それでは話が違ってくる。


「是非働かせてほしい。ギムジンさん、俺はそういうの、昔から慣れてるんだ。」


「そう言ってくれると思ってたよ。オレ一人だと身体が足りなかったから助かるぜ。早速、どの順でやるか決めるか。」


 ガーディットは顔に似合わない労働意欲を見せ、内心、冷や汗が凄かったが涼し気な顔で仕事の内容を詰めていった。シェルマは、二人の様子を眺めつつ、聖獣エトワが言っていたことを思い出していた。


 『角を折られた結果、森で発動していた結界に揺らぎが生じましたから。』

 

 聖獣の恩恵をトランは確かに受けていたのだ。シェルマは、ガーディットの様子がいつもと違って仕事に対して前のめりなのが少し不思議で、聖獣と対峙した自覚があるのかもしれない、と彼を観察しながら静かに推論を立てていた。


「森についてだが、うちには猟犬がいなくてな。あまり気は進まないが、シェルマに森を案内してもらうといい。目印はあるんだが、村の外のやつだと高確率で迷子になるのが、この森の特徴だ。一人のときはあまり遠くへいかないようにしろよ。ほんと、何でだろうな。」


 ギムジンは頭を掻きつつ、迷いの森の所以である、村外の者の迷子事情に頭を悩ませる。

 

「私、森、大得意です。ガーディットさんの保護者として頑張ります。」


 そんなギムジンを他所に、仕事を貰えたのでうきうきとガーディットに出来るという意思表明をシェルマは始めた。

 

「小さい保護者だな。よろしく頼む。」


 軽口は叩きつつ、こいつを守ってやらないとな、とガーディットはもしものときの逃走手段を立案し始めていた。それと同時に、ムタが言っていた、目を離したらどこかへ行ってしまうという悪癖を未だ見られないことが気にかかった。流石に、自重しているということなのだろうか。男のシェルマへの評価は、この時までは善良で元気のよい村の子どもというものに留まっていた。


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