19. 孤児の少女
「十二の孤児で、川から流れてきた。孤児と言えば、シェルマは孤児だ。ただ、村の若い夫婦が揃って亡くなったときに引き取っただけなんだよ。川で拾ったみたいな突拍子のない話はないんだ。力になれずすまないね。」
ジルハから鎧を回収し、村人からの貰い物を持って、教会から出かけていた傭兵と少女が帰って来て、ひと段落した頃のこと。ムタはシェルマに貰い物を保管するよう頼んでその場から追い払い、ガーディットに村へ来た目的と身分を尋ねた。
ガーディットは簡潔に、自分が傭兵であること、とある偉い方から人捜しを頼まれたことを伝えた。偉い方がどんな人物かは伏せた。また、捜し人は孤児で、今年で十二になること、水辺に流したのでここだと川で拾っているかもしれないということも付け加える。傭兵なので詳しい経緯と事情は知らない、という体で説明をした。
「あいつ、貴方を育ての親だとか言ってたが、そうだったのか。」
「私が見たところ、元気に育っているみたいだが、危なっかしくて見ていられなくてね。親代わりとしては肝が冷えることもある。」
ムタは毅然とした態度で返答した。険しい皺が少し緩むのを見るに、少女を我が子同然に思って見守っているのをガーディットは感じた。
ところで、シェルマが十二であることに、ガーディットは引っ掛かりを覚えていた。目の前の司祭が嘘を吐いている可能性だってある。その考えが一度頭を過ったが、ムタは司祭で、聖職者が安易に嘘を吐くかは判断に困るところである。さらっと話が出てくるあたり、変な勘繰りをすることも失礼かもしれないと思った。
それ以上に、シェルマが命の恩人であることが、男の思考を鈍らせた。違和感を覚えていながら、あまり詮索する気になれないのだ。
「人捜しは、地道にやるつもりだ。だから、そんなに気にかけなくていい。それに、今は金も持っていない。すぐに捜そうとも思えないからな。」
「そういえば、あんたに頼む仕事、決めておいたよ。」
「それは助かる。衣食住の世話になるんだ。何だって引き受けるつもりだ。それで、内容は?」
「そう大したことじゃない。あの子が突拍子もないことをしなければだがね。」
ガーディットは、その後ムタに依頼を受けて、そんなことでいいのかと不思議に思いながら仕事を引き受けることにした。
*
ギムジンに教えてもらった罠を仕掛けて、川辺で魚が引っかかるのを待っていたときのことである。
「お前、何してるんだ。」
「シェルマの、お浸し。」
シェルマは、川へ入ってゆらゆらと水中を漂っていた。ガーディットは、なんの小ボケだと思いながら、少女が流されないよう川辺で見守っていた。
ムタからの依頼はこうだ。
『あの子、シェルマの目付け役になってほしい。目を離すとすぐにどこかへ行く悪癖があってね。気づいたら森からひょっこり帰ってくるなんて当たり前なんだ。』
シェルマはシェルマで、ガーディットの面倒を見てやれと仕事を言い渡されていたので、村の外を出ることも基本的にしなかった。そのため、ガーディットは、村人から引き受けた仕事をしつつ、シェルマの遊び相手になってやっていた。
「泳いだりはしないのか?」
「浮かんでいる方が楽しいのでしないですね。」
「その言い草だと泳げはするんだな。海に行く用事はないのか。」
「ないですよ。ムタの付き添いで城下に行くことがありますけど、あそこは海に面していませんから。」
「海、見たことあるか?」
「ないです。遠方に、港町があるのは聞いたことありますけど、行く機会もないので。」
この少女が箱入り娘というほど、村に閉じこもっているわけではないことが分かって、男はそれに安堵した。トランはシェルマ以外に若者がいない。若くても狩人のギムジンがそろそろ四十になる歳だった。同世代に会う機会が少ないのは、教育上あまり良くなかろうというわけで、外に行くかそれとなく尋ねてみたのである。
「機会があったら、見られるといいな。海。」
「ガーディットさんは、見たことあるんですか?」
「俺は、この大陸の外から来たからな。船の世話になったことはいくらでもある。」
ガーディットは言いながら、子どもの頃、家の窓辺から見た海の風景を思い出していた。今でこそ、船に乗って大陸間を横断するようになり、海は仕事のときに見るものとなってしまっていた。だが、海と聞くと、船の上にいる間の荒々しい波の音より、浜辺を緩やかに行き来する波の静かさを思い出す。
「船。知らない世界の話ですね。」
川で浮かぶことに飽きたのか、シェルマは岸へと上がり、服を絞る。ガーディットが居るから魔法で乾かすのは控えた。そのため少女の身体は全身水で濡れている。あまりにもシェルマが物を乾かすのに無頓着なので、髪の水も絞れよとガーディットはあれこれ言いながら、帰ってからタオルで拭かないといけない等と考える。
安易に海へ連れて行ってやろう、船を見せてやろうなんて、無責任な約束をガーディットは出来なかった。司祭になるな、聖職者になるな、と薄っすら少女の夢を反対する村人たちの気持ちをガーディットはじわじわと理解し始めていた。若いうちから村に定住し、質素な暮らしに努めなくてもよい。広い世界を見る機会を持てる、自由な暮らしをしてみたっていいというのが、人生の先輩として思うところである。
「ガーディットさん、一度魚見に行きますか?」
「身体を乾かすのが先に決まってるだろ。一度行くのは家だ。」
近いからいいでしょうというシェルマを無視して、ガーディットは教会の居住まいの方へ歩いて行ったので、少女は男の背について仕方なく歩き出した。




