18. 傭兵、仕事受注中
鎧をジルハのもとに一度預けたガーディットは、その後シェルマにトランを連れ回され、軽い挨拶回りをした。
村人は気の良い人間ばかりだったので、他所から来訪したガーディットに皆親切だった。
農作業中の村人たちからは果物をもらった。井戸端会議中の女性陣に出くわし、洗濯を手伝った。罠にかかった魚を獲るのに手を貸してお裾分けをもらった。
他にもあるが、そんな様子で少しずつ挨拶回りは完了していった。ちなみに、その日中にガーディットの一文無しを村人全員が把握することになった。シェルマが自己紹介のとき大々的に話したのだ。村人の同情を誘って、ガーディットにはさっさと仕事を手に入れてもらおうと思ったためである。そのおかげか、本人の能力が高いためか、ガーディットは小さい仕事を少しずつもらった。
例えば、村長の家へ挨拶に行ったときのことである。
家を訪ねると、老齢で深いしわのある小さい村長夫妻が二人を温かく出迎えた。「若いわねえ。」「若いねえ。」「お仕事探してるんですよ。」などと和やかに老人と少女は談笑した。このとき、ガーディットは老人二人にとって良い獲物だった。折角若い労働力が村に滞在するなら自分の仕事を少しでもこの若者に頼んで楽にしたいな、という思惑があったためである。
しばらく話し込んでいると、突然、村長がすすすと村の帳簿の一つをガーディットにぎゅっと握らせた。「何だ?」とガーディットは言葉を発さず内心困惑した。
「こういうこと、出来る?」と、村長は目的を言うわけでもなく、帳簿の記録の付け方や計算の基礎等を小出しに聞いた。いくつか尋ねて、これは出来ると判断したら複雑なことも聞き始めた。「どうしてそんなことを聞くんだ?」とガーディットは不自然に思いながら小さい頃の記憶を頼りに答えられてしまっていると、「じゃあお仕事あげるね。月一だから、そんなに手伝わなくていいからの。」と、村長から経理の仕事の一部を任されることになってしまった。
「いやあ、まさか商人でもないのにお金に強い子が来るなんての。今年は楽ができるわい。」
村長は大変喜んだ。ガーディットは仕事が貰えるのはありがたいと思いつつ、村の金回りを他人に教える危機管理の無さが心配になった。
*
昼間の日光が、トランを照らしている。
挨拶回りを終えて帰る前、ガーディットとシェルマは一息つくことにした。村に生えている太った木の陰に入ると、涼やかな風が頬をくすぐる。
二人は村人から貰ったかなりの量のお裾分けを脇に置き、ガーディットは草叢の上で寝転び、シェルマは適当なところに腰を下ろした。
「商人か。」
ガーディットはぼーっとした頭でぽつりと呟いた。彼にとって、この半日は既に濃いものであった。ジルハといい村長といい、狙う狙わないにかかわらず、ガーディットの過去を掠める言葉を投げかけてくる。
「村長さんのお仕事、断らなくて良かったんですか。」
「ん? どうしてそんなことを聞くんだ。」
「他のお仕事のときは、引き受けても嫌そうな顔してなかったからです。」
威勢の良さは鳴りを潜めて、寄り添うような穏やかな声でシェルマは尋ねた。
若干顔は強張っていたかもしれないが、嫌そうな顔に見えたのか、とガーディットは頭を捻った。
「嫌だとは思ってない。ただ、子どものときに学んだことが、今さら使えるなんて考えもしなかったから、困ったんだ。」
「困る?」
シェルマは、子どもの頃の話題は敢えて聞かないことにして、困ったの部分だけを気にすることにした。
学んだことを使えるのは、嬉しいこと。シェルマはそのように認識していた。だから「困る」は彼女にとって結構不思議なことだった。
「一生使わない知識だと、もてあますつもりで生きてたからな。いざ使えると言われても複雑なんだ。色々。」
「複雑。」
誰に言うわけでもなく虚空に小さく呟いて、「複雑」に対してシェルマは考え出した。
シェルマは触れられたくない個人的な話に限って、深入りして聞くことはしなかった。聞けないと判断したら話を逸らす。気になるようだったら自分で考え始める。直接どんな「複雑」さなのか聞かないのも、今回がその類いの話だからである。
ガーディットは、シェルマの、必要以上に詮索してこない距離感に心地よさを覚えていた。ただ、こうも真面目に取り合ってくれると、悪いことをした気分になるので良くなかった。
「そんな真剣に悩むんじゃない。感情を二つ以上同時に相手取ることなんざ、年を取るたびに少しずつ出てくるんだ。そのうち俺の気持ちも分かる。……分からない方がいいか。」
ガーディットの気持ちが分かるようになることは、人生が絶望のどん底まで落とされるのと同義だった。抵抗する術もない子どもの頃に、誰かの都合で勝手に不幸にさせられて、お前は一生普通のところへは行けない。正しい道を歩いている人と一緒の道を歩くことは出来ない。そう言い渡された人間の気持ちなんて、一生分からない方が良いに決まっている。
「お前、司祭になりたいんだったな。」
「よく覚えていましたね。」
「ここ最近、ほぼお前としか話してなかったからな。」
ガーディットが横になっているときにシェルマが話したことの一つである。ガーディットはまだ幼いのにお堅い夢だと内心思いつつ、養母の影響だろうということで、温かい気持ちで聞いていた。
ガーディットは身体を傾けて、座っているシェルマの顔を見上げてみる。視線が交わされたので、シェルマは考えるのを止めて、ガーディットの声に耳を傾けることにした。
「なりたいならなるんだぞ。後腐れがなければなんだっていいけどな。」
この男は、たまに死にかけのときに発した優しい声でシェルマに語りかけることがある。
トランの村人は、シェルマが司祭になりたがることに全員薄っすら反対してくる。それとは違って、目の前の男は自分の夢とやらを応援してくれるらしい。漸く自分の味方が現れたので、そんなこともあるのだなと、シェルマはガーディットに笑いかけた。




