17. 傭兵と鍛冶職人
「一文無しと来たか。教会だからね、働いたら食事と部屋は貸してやるよ。」
「ガーディットさん、良かったですね。追い出されずに済みそうですよ!」
「無責任に追い出すなんて、主に仕える者がするわけないだろう。」
ムタがシェルマと軽口を言い始めるなかで、ガーディットは茫然自失に立ち尽くしていた。シェルマがそれに気が付くと、えいっと一五○に満たない背を伸ばして手のひらをふらふら振って反応を伺ったが、男の反応は薄かった。
「ムタ、どうしましょう。」
「色々聞きたかったが仕方ない。シェルマ、ロクに陽の光を浴びてないそいつを散歩に連れ出しておいで。今日のお前の仕事は村の案内だよ。」
シェルマはムタの言葉に従って、ガーディットの背中を押しながら教会の客室からガーディットを連れ出す。魂が抜け落ちながらもガーディットは鍛冶屋に寄る頭はあったので、大剣を背に、ぼろの鎧はまとめて袋に入れて縛ったのを持って歩いた。
*
正気を取り戻したガーディットはシェルマに案内されて、村の中を歩いていた。森の中に大きく開けた集落。空から村を発見することは難しくないが、そのような技術がなければ、秘されたままでいられる奥深くに眠る秘境。司祭が駐在しているため、国家単位で把握はしているものの、存在は公になっていないのがトランである。
シェルマが最初に連れてきたのは村の鍛冶屋である。漆喰とレンガで出来た家。それの外に立派な工房が備え付けられていた。村で使う農具や調理器具、馬の蹄鉄、祭具など、ほとんどの道具はここで素材を加工して作られている。
丁度、鍛冶工房で火をくべている職人がいたのでこれ幸いとシェルマが声をかけた。
「こんにちはジルハさん。今日も毛むくじゃらのお髭が素敵ですね。」
「おう、シェルマか。よせやい、照れるじゃねえか。」
炭で黒くなった手で、自慢の髭を得意げに伸ばす。この男が村で唯一の鍛冶職人で名はジルハという。横に広がった体格のいい中年男性で、大きな分厚い手だが手先は器用。最近食べすぎだと妻に怒られている男である。
「で、そっちが例の色男か。」
調子が良さそうにガーディットに笑いかけるジルハ。
「待て、なんだ色男って。」
およそ初対面の男に投げかけられる言葉ではないと思い、犯人候補のシェルマの方に顔を向けるガーディット。
「ガーディットさんのあだ名です。顔も見たことないけど色男だって評判です。」
「そうか。」とガーディットは気のない返事をする。本来であればこんなことで動じる男ではないのだが、既にドッと疲労を感じていた。毒気が抜かれたのか一文無しになった影響か、トランに来てから気が緩んでいる自覚が彼にはあった。
「ガーディットっていうのか。安心しな。お前さんの顔立ちなら文句なしに色男だろうよ。見たところ、女に困らなさそうな顔付きだしな。」
がははと豪快に笑ってジルハはガーディットの背中を叩く。ガーディットは思った。ムタが静かなだけで、この村には、陽気な奴しかいないのではないだろうかと。
「俺の顔については好きにしてくれ。それよりジルハさん。これの修繕を頼みたいんだ。費用を教えてくれると、助かる。」
ガーディットは最後の方、少しだけ目を逸らしながら、鎧一式の入った袋を両手で持って前に差し出す。
「なんだ、途中から声が小さくなって。」
「ガーディットさん、お金盗られちゃったんです。」
「あらまぁ! 一文無し!」等とジルハはうるうると悲しそうな顔をしてみる。井戸場会議中の奥方の真似である。
「そうか。若そうなのに苦労してるんだな。どれどれ。」
ジルハは袋を受け取ると、作業台の上に鎧を並べる。一つひとつのパーツをじっくりと観察し、雷に打たれたような金属の有様に神妙な顔をした。
「お前さん、なんだ。騎士か何かか。こんなに上等な鎧、そこいらじゃあ取り扱ってないだろ。背中の剣もいくらしたんだ。」
少々気まずそうにジルハが尋ねる。朗らかな空気が一瞬張り詰めた。
「生憎、騎士なんて良いご身分じゃなくてな。傭兵だ。こいつらに関しては、雇い主が用意したものだ。」
ガーディットは言いながら、これはしくじったと思った。傭兵なんて血生臭い職業の人間に融通を利かせるのは、武具の納品で生計を立てる職人だけだ。こんなのどかな村で、穏やかな気性の人間が嫌な顔せず傭兵の依頼を引き受けるはずはない。
ジルハは職人らしくしばらく鎧の材質や形状を確認するついでに何やら思案した。
「いつからだ。傭兵なんざ始めたのは。」
ガーディットの目をしっかりと見ながらジルハは言う。何故そんなことを聞くんだ。同情でもくれるのか。ガーディットは、踏み込んだことを聞いてくる目の前の職人に、幼少期の苦い記憶をこじ開けられそうになったことに怯んで、すぐに答えられなかった。
「……十二のときだ。」
互いの視線を交わして、時が経つ。ジルハはふと、目じりを緩ませる。
「あぁ、費用について何だが。こいつは魔鉱石なんて高級品を使いやがる。一から作らなくていい分、時間は二、三カ月貰えれば充分だが、仕入れの問題もある。金の用意が出来てからじゃねえと、流石に作ってやれん。鉱石の質を下げて怪我でもされたらたまらねえしよ。つうわけだ、二千ゴールドそろえて来たら作ってやるよ。がはは。」
ジルハは初めに会ったときのように豪快に笑った。
一方、ガーディットはジルハの発言に拍子抜けしてしまっていた。何に拍子抜けしたかと言われれば、引き受けてもらえる算段が着いたことと、破格の修繕費を提示されたことである。相場を考えれば五千ゴールド以上を言い渡されてもおかしくはないのだ。一人の王宮騎士が鉄で鎧一式を新調するような額は、割に合うはずがない。
「ガーディットさん、働き口を探さないと! 大金ですよ、大金。もたもたしていたら鎧を直す前におじさんになっちゃいますよ。」
沈黙を貫いていたシェルマが口を開くと、威勢よく若者にとってそこそこに嫌な事実を突きつけてくる。
「いいんじゃねえか? 十年、二十年、村に居座ったっていいだろ。じいさんばあさんしか居ねえが、のんびりする分には最高だぞここは。」
「駄目ですよ。ガーディットさんにも人生というものがあるんですから。」
シェルマとジルハが好き勝手言い始める。理由を尋ねようと思ったのに、ガーディットはこの陽気な空気の中で聞くに聞けなくなってしまった。
「ジルハさん、ありがとう。二千ゴールド用意出来たら、必ず貴方のところへ頼みに行く。」
口元をほんの少しだけもごつかせながら、ガーディットは丁寧に言葉を口にする。粗雑ではない、年相応な好青年らしい明るい顔をしたので、ジルハは顔を綻ばせて「おう、待ってるぜ。」と返事をした。




