16. 哀れなるかな、一文無し
ガーディットという男がいた。男の人生はそれなりに波乱万丈、十二のときに武器を持つようになり、真面目に仕事をこなしては倹約をする生活をしていた。稼ぎも悪くはないので、二十一にして家を一軒買うのに造作もない所持金を持っていた。
「俺の、一万五千ゴールド。」
教会の客室の扉から、男の低い悲壮さを纏った声が漏れた。男は現在、一文無しである。
*
一文無しの事実が発覚する少し前に遡る。
ガーディットがトランに滞在して一ヶ月が過ぎようとしていた。腹の傷は傷痕や痛みがほとんどない程度に回復し、そろそろ怪我人から客人の扱いをしようというときのことである。
シェルマが回収しておいたガーディットの私物を確認するべく、客室にあれこれ物を広げていた。外装が貫かれた甲冑、光に焼かれてぼろぼろの外套、革の水筒に、ナイフ、腐った非常食は処分して、と一つ一つ確認していく。
「何に襲われたらこんなことになるんですか? 鹿? 猪?」
以前何となしにシェルマが尋ねると、ガーディットは寝具の上で天井をぼーっと見上げながら「鹿、だな。」と覚束無い返事をした。
今思い返しても、鹿(聖獣)に襲われてこれで済んでいるのだから大した男である。
「これだけだな、真っ当に使えそうなものは。」
一八〇メートル超えの、黒い細身の大剣。シェルマが客室に持ってくるときは重くてそこそこ苦労したのに、ガーディットは軽々と持って剣の状態を確かめている。
「壊れた物はどうします? 鍛冶屋があるので、修繕を頼んでもいいかもしれませんよ。」
「それもそうだな。費用も賄えなくはないだろう。」
お金もないのに、費用のことを考えているガーディット。賊の制圧で兵士が駆り出されることはあれど、戦が起こることのない平穏な時勢において、対人用の武器・防具を調達するには多額の対価を必要とする。
当初、一万五千ゴールドを大金だとシェルマは捉えていたが、一人旅であれこれ装備を拵えないといけないのなら、ガーディットからしたら足りないくらいの額だったのかもしれないと思い直す。
「ガーディットさん、お金持ってるんですね。」
「何があってもいいように、と思ってな。そうだ、これくらいの布袋なかったか? 俺の全財産がそこに入ってるんだ。」
暗くて残酷で、しかし自業自得な真実を、シェルマは突きつけなければなかった。心ある者なら、男の憂いを帯びた赤い瞳が、まだ現実を知らない少年少女の無垢な瞳に映っただろう。
しかし、シェルマは特に容赦なく、「ありませんでしたよ。」と、一か月前の出来事はなかったことにして、堂々と白を切った。




