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Reunion in Blue  作者: 花伊 浮音
第二章 運命的ではないのです
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15. メウム・マールム

 シェルマはトランに帰って、早速ムタにレイカソウを渡しに教会へ向かった。村に入ったとき、入り口の木にもたれて横になっていたギムジンが気難しそうにシェルマを見たが、「無事そうならいいか。」と言って手を振って見送られた。綺麗に洗った短剣を返すときに、血の匂いでも残っていただろうか。若干の気がかりである。


 ムタは籠に入れられたレイカソウを見て、シェルマの方へ向き直ると気難しそうな顔が少しだけ綻んだ。

 

「よく働いたね。薬草はこれでいいから、お前は怪我人の部屋に行っておいで。喋り相手がいなくて退屈する頃だろう。」


 時刻は夕方である。

 シェルマは折角ならと思って、調理場に行ってすりこぎとくだものナイフ、カトラリーのスプーンを見繕った。林檎が食べられそうなら、栄養のない病人に果物を食べてもらおうと思ったのである。

 

「起きてますか?」


 こんにちはの代わりに、間延びした声を発してシェルマは部屋に入る。つま先立ちになって遠目からベッドを覗き込むように近づくと、男は身体の痛みに加えて、軽い発熱、何もできない焦燥感で、つまらなさそうな顔をしていた。相当に暇だったらしい。


「まぁ、可哀想に。林檎をお土産に持ってきたのですが、食べますか?」


 心底憐れんだ声で意気揚々と少女が尋ねると、男は何か口に運びたかったのか、静かに頷いた。


「すりおろしたのと、剥いたのどちらがいいですか?」


 シェルマはくだものナイフとすりこぎ棒を両手に持って、どちらがいいか聞く。はた目から見たら、殺人でも起こしそうな絵面だなと男はぼんやり思って、すりこぎ棒を持った手の方に首を倒した。「すりますね。」とシェルマは返事をする。半分は自分で口にするから、器用に林檎を切って、半分だけすりおろした。


「この林檎はですね、うちの村で獲れた物です。農家の方に感謝して食べてください。ついでに味の感想があれば教えてください。評価する人数は多ければ多いほど、公平性が保たれますから。」


 上体を起こしたいが、起こしたら傷が開くため動けないでいるので、シェルマが無遠慮にスプーンで林檎を掬って口に入れてやることにした。


「……」


 口に林檎を入れられた瞬間、男はしばらくの沈黙の後、咳を一つした。わなわなと口が震えて、ぎゅっと目を瞑っている。後で聞いた話だが、トトが言うには、未熟で酸味が強く、渋い林檎だったらしい。気を急ぎすぎたと反省したトトが、お詫びに林檎のジャムをくれたのは少し先の話である。


「お砂糖、入れて来ますね。」


 それなりに高価なものなのにいいのだろうか、と男が聞く前にシェルマは自分の部屋のある別棟に戻って砂糖を入れに行った。


*

 

 シェルマの部屋には、使う機会がないと思った貰い物がたくさん眠っている。砂糖もその一つで、手のひらサイズの瓶がいっぱいになる程度は所持していた。


「これ、どれくらい入れれば良いのでしょう。」

 

 さじ一杯入れればいいか、と感覚で砂糖と林檎を混ぜる。すりおろした林檎が艶やかに見えたので、きっといいだろうとシェルマは思った。

 

「どうでしょう。」


 男のいる部屋に戻って、先ほどのように口に林檎を入れてやると、今度は穏やかな顔で林檎を味わっている様子だった。分量は丁度良かったらしい。人の顔をじっと見るのなんて、あまりない経験だったので、シェルマは男の顔を呑気に眺めていた。


「今日はですね、あの後、お使いを頼まれて森の中に行ったんです。」


 話し相手らしい相手も居ないので、シェルマは勝手に今日起こったことを、嘘を混ぜて話す。森に行って、迷子にならず、一人で花を摘んで来る。本物の小さな冒険話は、話者の編集によってありふれて平凡な日常の話に変化する。それでも、男からしたら小さい子どもが遠くまで出かけて帰って来たことを小さな冒険話として評価していた。シェルマにとって森は危険だと思わなくても、男からしたらそうではないのである。


 男のそんな心境は知らず、シェルマは話しながら切った林檎を齧った。しゃく、しゃくと実が削られていく音は素晴らしかった。足りないのは甘さだけである。とは言っても、味の良し悪しとか、シェルマには関係がないので、きっと渋いんだろうなくらいのことを思って、食べ物への責任だけを抱えて林檎を食べた。


 男は、こいつ、味覚おかしいのか?と本気で思った。貪るように林檎を食べている少女の姿は、男にとってはちょっと信じがたい光景だった。


 シェルマはシェルマで、林檎のおかわりかと思って、スプーンで林檎を口にねじ込んでやった。初対面のわりにずっと図々しい態度なので、肝が据わった子どもだなと、男は思った。成人男性と十二歳の少女が渋い味の林檎を食べながら話をするという妙な光景が続いた。


「というわけで、私が摘んできた花の根は貴方の薬になるのでした。明日には煎じたものが来ると思うので、今よりきっと元気になれますよ。」


 緩やかな時間が流れていると、ムタが部屋の扉越しにシェルマを呼ぶ声が聞こえた。夕食時になっていたらしい。シェルマは適当に返事をして、もうお話は終わりか、と残念そうな顔をしてみる。


「明日もしつこくお話に来ますね。一人で考え事をしたければ出ていきますので、遠慮なくどうぞ。私は面白い話を温める作業がありますので。」


 そう言ってシェルマは道具を揃えて部屋を出て行こうとした。


「おい、少し、こっちに。」


 絞り出すような声で、低い声がシェルマの耳に響いた。あれ、と思って、シェルマは片づけをしていた手を止める。夜明け前に聴いた、優しい音の男の声だった。何か良くないことでもあったのか、と思って、男の枕元に近づく。林檎みたいな赤い瞳、と林檎を食べたばかりの少女の頭にそんな考えが過った。

 男は、動かしてもいい右手の方をちょいちょいと動かして、囁き声が聞こえる距離まで、シェルマの耳を近くまで持って来させた。


「ガーディット、俺の名前。」


 それだけ言い終わると、男は不貞寝を決めることにした。見ず知らずの人間に対する少女の献身に、今できる範囲で一番意味がありそうな報酬を渡したいと思って、身体が痛いのを堪えて、それだけ言おうと決めていたのである。平気で話せるようになるのは、時間がかかりそうだったので、名前を教えてくれという願い事をさっさと叶えることにしたのだ。

 シェルマは、男のその言動に鳩よろしく、次に何を言えば上手くこの場が納まるか考えられない程度には、感心を示していた。聖獣エトワが、男を「悪い男」と評価していたことを思い出す。


「ガーディットさん。」


 男は名前を呼ばれて、そうだと頷いた。巣食った熱で、気怠そうな男の顔がシェルマの水色の瞳に映る。

 シェルマは、男の名前の響きを確認しながら、嬉しそうに顔を綻ばせた。少女は、なんだ、良い人ね。と、忠告してくれた聖獣とは正反対の感想を抱いてしまったのだった。

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