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四回目の告白を①


 カラカラとチェーンの回る音が二つ、歩道を占拠している。


 蒼太(そうた)一樹(いつき)の放課後は、自転車から降りて歩いて帰ることがこの頃の主流になっていた。


「俺さ、京華(きょうか)に告ろうと思う」


 意を決した蒼太の訴えに、一樹は「またぁ?」(わずらわ)わしそうな表情と声で返す。


「三度目の正直はどこに行ったんだよ」


「四度目があってもいいだろ」


「四度目は嘘つきじゃね?」


「仏の顔は?」


「多分、そっぽ向いてる」


 息ピッタリのやりとりは二人が昔馴染みの腐れ縁だからこそできる芸当であった。また、一度こうして茶化してから本題に入ることが、二人の間での暗黙の了解でもあった。


「で、なんでまた急に。もう諦めたんじゃなかったっけ」


「そうだんだけどさ……」


 蒼太は過去の自分の決意を踏みにじることに後ろめたさを感じながら語り始めた。


 蒼太の思い人は本名(みやび)京華(きょうか)という同い年で高校三年生の女の子である。


 一樹同様に、保育園の頃からの付き合いで、小中高と同じ学校に通っている。


 蒼太は過去三度、京華に告白をしてフラれてきた。


 一回目は園児の時のこと。昔過ぎて本人もよく覚えていないが、結婚してくださいと言ったらしい。


 二回目は小学五年生の時のこと。京華の友達が一樹に告白をして成功し、その現場を見守っていた蒼太が同じ理由で一緒にいた京華に勢いで告白をしてフラれた。今ではちょうどいいオチがついたと自分を慰める蒼太であった。


 三回目は中学の卒業式の時のこと。


 蒼太はこれが最後のチャンスだと腹をくくっていた。


 というのも、通う高校名を京華は頑なに教えてくれず、蒼太はてっきり高校が別々になって、いつもみたいに会うことができなくなると思っていたからだ。


 そうした思いの丈を全てぶつけた蒼太の告白に京華はあっさりと断った。


 理由は「同じ学校に通うから」である。「また一緒だね」惚れた弱みと言うべきか、そう微笑む彼女を見て、蒼太は自身がフラれたことなどどうでもよくなったのだ。


 それからはただの一度も告白はしなかった。いくらなんでもしつこいだろうし、これで最後と覚悟を決めて玉砕したのだから、潔く身を引くべきだと蒼太は考えていた。


 幼馴染というポジションもこれはこれで美味しいし、居心地がいいと自分を納得させた。


 ……はずだったのに。


 京華は都内の大学に通うと言っていた。


 その大学は誰もが一度は名前を聞いたことがあるであろう有名どころで、蒼太の偏差値では逆立ちどころか後方四回宙返りをしても届かない。


 高校を卒業すれば今まで通りの生活とはいかず、京華とは会うことすらままならなくなる。


 蒼太の考えていた平和と安寧はもろくも崩れ去ったのだった。


 加えて、蒼太はある女の子から告白されていた。


 華蓮(かれん)ちゃんというその女の子との出会いは、去年の十一月に遡る。


 陸上競技の県内指定強化選手に選ばれた蒼太は、ボランティア的な形で短距離専属のマネージャーとして参加していた華蓮ちゃんと初めて対面した。


 蒼太は相手のことをまったく認知していなかったが、華蓮ちゃんは蒼太のことを中学生の頃から知っていたらしい。


 大会や競技場での練習で時折見かけては、ついつい目で追ってしまい、しかし声をかけることもできずにいたところ、奇跡的にコミュニケーションをとる機会に恵まれたというわけだった。


 そうして知り合ったのち、度々連絡を取り合っており、つい一昨日、付き合ってくださいと告白されたのだ。


 蒼太はその返事を「考えさせてほしい」と言って保留にしていた。


 正直に言うなら、蒼太は告白を受けて舞い上がっていた。


 女の子から好きだと言われたのも、付き合ってほしいと言われたのも初めてのことだ。


 話してみた感じは楽しいし、性格はおっとりしていてまさしく女の子然としており、顔が可愛く、おっぱいが大きい。


 断る理由を探す方が難しいくらいには、蒼太はその返事で悩んでいた。


 唯一の心残りは京華のことだけである。


 たったそれだけが、何よりも大きく重たかった。


 告白してきたのが京華だったらと妄想した。こんなこともあんなことも、彼女との色々な行為で変換される相手は常に京華だった。


 そんな悶々とした夜を過ごして、蒼太は気が付いたのだ。


 やはり、自分が好きなのは京華であると。


 封印していたはずの蒼太の恋心に火が点いて、爆発した。


 さて、高校卒業までというタイムリミット、他の女子から告白されたという出来事というこれらの事情が、四回目の告白を蒼太に決意させたのだった。


「まずは華蓮ちゃんに返事してからじゃね」


「それはそう」


「で、勝算はあんの?」


「……ない」


「ダメじゃん」


「だって三回もやってたら、四回目なんて消化試合みたいな感じだろ。はいはいまたいつものやつですかって。絶対軽いやつって思われてるじゃん」


「まあ俺でもそう思う」


「それならいっそ、当たって砕けるしかないだろ」


「結局砕けんじゃねーか」


 そんなやりとりをしたのち、作戦も何も思い浮かばないまま、一樹と別れた蒼太は自宅へと到着した。


 玄関のドアを開けて靴を脱ぎ、「ただいま」と言っても誰もいない。両親は共働きで、兄弟もいない蒼太は、家にいる時間のほとんどを一人で過ごしている。


 自室のドアを開けてふと、机の上に見覚えのない真っ白なノートが置かれていた。


「なんだこれ?」


 今朝見た時は何もなかったはずだ。両親は蒼太より早くに出勤するため、他の誰かが置いたということはない。まさか泥棒かとも思ったが、ノートを置いていく意味が分からなかった。


 ノートを手に持ち、裏を見ても真っ白。


 蒼太は表紙をめくってみた。すると、その裏に文章が書かれていた。



『白紙ノート』

 〇ルール

 ・このノートにあなた自身の過去の出来事を書くと、なかったことになります。

 ・このノートでなかったことになった過去は、基本的に元に戻りません。



「デスノートかよ!」


 蒼太はツッコミを入れて、ノートを机の上に放り投げた。


 まあ共通しているのはノートという点だけで、デスノートは死と死に関連した未来を操れるのに対し、この白紙ノートは自分自身の過去を消し去るので、性質は百六十度くらい異なっている。


 というか誰かのいたずらに決まっている。現実にそんなことはありえない。大体、自分に消し去りたい過去なんて、と考えて、蒼太は急に真面目な顔になった。


「いや、ちょっと待てよ……」


 ——もし、過去三回の告白をなかったことにできたなら。


 ——京華は俺の告白を真剣に受け止めてくれるんじゃないか?


 蒼太のその考えが、ノートにペンを走らせる。


 誰かの悪ふざけでもいい。


 蒼太は藁にもすがる思いで、過去三回の告白をノートに書き終えた。


「これで、本当に?」


 何も変わった気がしない。と思った次の瞬間であった。


 蒼太の視界がぐらりと揺れる。


 貧血で視界が真っ暗になるのとは違い、酸欠で内臓がひっくり返るような感覚に襲われた。


 蒼太はそのまま意識を失ってしまった。

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