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堕胎②


 朝食を食べ終えたダルトンは、さっそくアンを伴って畑へと向かった。


 途中、平原に置いていった器具を持ち、新しく開墾作業をしている土地へと到着した。


 畑仕事と言いつつ、実際はまだ作物をなに一つ育てていないのだ。


 というのも、ダルトンたちはつい一、二ヶ月前に越してきたばかりであり、仕事もなく、耕す土地は余っているから自分たちでなんとかしろということで、ある土地の一画を借りて耕している最中だった。


 ここ最近のダルトンのやったことと言えば草むしりである。それも荒れ放題の根深い雑草たちだ。根っこから引っこ抜いたはずなのに、数日後には何食わぬ顔をして芽を出してくるのだから厄介なんてものではなかった。


 昨日の段階でようやく一区画の整備が終わり、今日からいよいよ畑とする土を耕していこうというところであった。


 ダルトンは(くわ)を上段に構え、地面に振り下ろした。鍬を引いて土を掘り返し、また鍬を振り下ろす、この繰り返し。その姿を見たアンも予備の鍬を使い、見様見真似で地面を耕しはじめた。


「ダルトン」


「なんだい」


 二人合わせて二列分の土を掘り返したところで、アンは手を止めダルトンを呼んだ。


「なぜ農耕機械を使わないのですか」


「当然の疑問だね。でも使えるなら使っているさ」


 ダルトンは思わせぶりな口調で言ったが、アンは何かを察するということをするわけでもなく、ただ首をかしげて「意味が分からない」とでも言いたげな雰囲気を醸し出していた。


「村長からの使用許可が下りないから、使わせてもらえないんだ」


 鍬の持ち手の先端に両手を重ねて顎をのせたダルトンは、遠くの山と空に目をやって、配慮と遠慮混じりの理由を語って聞かせた。


 村には内燃機関で作動する小型から大型の農耕機械が多数存在している。


 それらは全て村長とその直系が管理しており、数世代前のアンドロイド文明の煽りを受けて、機械の承認制を導入してしまっていた。つまり、村長かその血縁者の許可がなければ、機械を動かすことができないというわけだ。


 機械がなければ手作業で作物を育てなければならず、それでは生活がままならない。


 ゆえに村民たちは機械を借りて作物を育て、村長は機械を貸す代わりに収穫した作物の何割かを徴収し、村民はまた機械を借りるという構図が出来上がってしまっていた。


 当然のように富と権力が集中した村長は、今や畑を耕すなんてことはせず、村民のことを農奴と呼んで蔑み、悠々自適に暮らしているのだ。


 そうしてまた、若い村長に代替わりをした現在では、横柄な様に拍車がかかっている。


「効率が悪いですね」


「そうだな。俺もそう思う」


 平淡な声で呆れるアンに、ダルトンは苦笑した。


 献上品が増えることを目的とするなら、さっさとダルトンに機械を貸してしまった方が、村長たちへのメリットは大きいはずである。


 相手側も当然それは理解している。


 だが、現状はそうなっていない。


 ダルトンが村長の許可を得て機械を使えるようになるには、献上する農作物がなければならなかった。


 必然的に、まずは手作業で土地を開墾し、畑を作り、農作物を育てるというプロセスを踏むことになった。


 まあ、有り体に言って、よそ者への嫌がらせである。


 すでに生活に困らない村長たちは、娯楽のために人を困らせて笑っているのだ。


「さ、休憩は終わりだ。作業を続けよう」


 ダルトンがそう告げた時である。


 エンジン音が遠くで聞こえてきたかと思うと、田舎にはまるで不釣り合いな高級車がやってきて、ダルトンたちのいる畑道で停まった。


 車の窓が下がり、運転席から顔を覗かせたのは村長のアイザックであった。


 アイザックはサングラスを上にずらし、「よお」ニヤニヤと笑みを浮かべてダルトンに声を掛けた。


「相変わらず大変そうだなぁ」


「やあ村長。おかげさまでね」


 作業の手を止めたダルトンが応じた。


「はっはっはっ、農奴には相応しい仕事だ。土地を貸してやってるだけありがたく思えよ」


「感謝しているよ。その大きな器に免じて、機械の一つでも貸してくれたら嬉しいんだけどね」


「おいおい、施しを受けておいてそれ以上を望むなんて卑しいにもほどがあるぞ。自分の幸運に感謝するんだな、今日の俺は気分がいいんだ」


「何かいいことがあったのかい」


「そうだな特別に教えてやろう。妻のカサンドラが妊娠したんだ」


「へえ、そりゃおめでとう。車を走らせて皆に知らせて回るくらいにめでたい話だ」


「これで村民も子宝に恵まれるなら村長としても嬉しいからな。おっと、お前のところはもう無理か」


「ご心配なく。こう見えてもまだまだ若くてね。夜は暖房いらずだ」


「なんだてっきりもう諦めて、養子でも取ったのかと思ったぞ」


「ああ、この子は養子じゃないアンドロイドだ」


「……聞き間違いか? アンドロイドだと?」


「そんなに怖がらなくていい、都市を壊滅させたのとは別だ。武装もないしネットワークの共有もしていない。ただの幼い見た目をした可愛いお手伝いさ」


「はっ、誰が恐れてるだって。俺に断りもなく余計なことをするなと言いたかっただけだ。まあいい、それくらいは許してやる」


「さすが、寛大な村長だ」


「寛大ついでだ。夜がお盛んなら、若い女でもあてがってやろうか」


「あいにく間に合ってるよ」


「二十年以上も子どもができない孕み袋なんて穴が空いた欠陥品じゃないか。今なら無償で交換してやるって言っているんだぞ」


 空気が明らかにピンと緊張の糸を張った。ダルトンとアイザックの視線が交錯し、今にも殴り合い、もとい殺し合いでも始まりそうな殺伐としたヒリつきがあった。


 突然、アイザックの乗る車のエンジンが鳴った。


 かと思えば、タイヤが勝手に回り、車が発進する。


「な、なんだ!」


 アイザックの慌てようを見るに、本人が動かしているわけではなさそうだった。


 車はそのまま道なりに走り去り、見えなくなってしまった。


 呆気に取られていたダルトンは我に返ると、アンに視線を移した。


「今のはアンがやったのか」


「はい。ダルトンへの敵意が危険域に達したので排除しました」


「すごいな、よくやった」


 ダルトンは頬を引きつらせつつ、その責任は自分にあると自身を戒めるとともに、機転を利かせてくれたアンの頭を撫でながら褒めた。


「でも今度からは本当に危なくなるまでやらなくていい」


「……わかりました」


「ははっ、アンドロイドにも感情があるのか。今君が不服そうなのが分かったよ」


「感情……?」


「心とも言うね。そうか、まあそれもそうだ。君たちを作ったのは人間だもんな」


 緊張の糸が切れたダルトンは、一つ息を吐き、「さあ、作業を再開しよう」と言って畑を耕しはじめた。




 それは陽がまた沈み稜線に光を走らせる頃合いを見て、今日の仕事を切り上げたダルトンたちが帰宅している最中であった。


「止まれ」


 後ろから声がして、振り返ると、そこにはライフルを構えて銃口を向けたおじいさんが立っていた。


「やあシャザールさん。物騒だね、熊でも出たのかい」


 ダルトンは両手を挙げて、努めて冷静に尋ねた。


「熊より恐ろしいもんを見たんでな」


「それはいったい?」


 皺枯(しわが)れた声のシャザールは、(たん)の絡んだ喉を鳴らして地面に唾を吐き、銃口をアンの方へと向けた。


「そいつ、アンドロイドだな」


「ああ、だが待ってくれ」


「何をだ。知らんとは言わせんぞ。その機械人形はわしの足をこんなにしやがったんだ」


「あんたの痛みはよく知っている。でも落ち着いてくれ。それをやったのはこの子じゃない」


「同じことだ。いいか、今すぐに始末させろ。そいつは必ず厄災を引き起こす、必ずだ」


「大丈夫だ。この子とは俺が契約している。暴走したアンドロイドは全て未契約か契約破棄をした個体群だ」


「……いいかダルトン。そいつらに情はない。あるのは合理的判断と結果だけだ。利害損得以外で何も考えやしない、人じゃないんだ。いつかわし以上に痛い目を見るぞ」


「それじゃあ、俺が被害にあっている内に逃げるなりしてくれ。時間くらいは稼いでみせるさ」


「いいだろう。今はその言葉を信じて見逃してやる」


 シャザールはそう言うと銃を下ろして行ってしまった。


 異なる意味で、アイザックとの邂逅よりも心臓を震わせたダルトンは、何度か深呼吸を繰り返した。


 その様子から落ち着いてきたと判断したアンが、一連の出来事について尋ねた。


「あのおじいさんは誰ですか」


「あれはシャザールって言う村一番の猟師さ。四メートルを超える熊を殺したこともあってね、その剥製は今でも飾ってあるんだ。俺も一度だけ見たんだけど、すごい迫力だった」


「なぜあれほどの敵意を向けてきたのでしょうか。私はまだ何もしていないはずですが」


「……うーん、これは俺が子どもの頃の話だから詳しくはないんだけどね。


 ひと昔前に人間を機械化させようってプロジェクトがあったらしいんだ。


 それも密かに、ね。


 それで足のつきにくい田舎の人間を誘拐拉致して、勝手に機械化手術をしたんだって。


 シャザールはその時の被害者らしい」


「ますます意味が分かりません。恨みはそれを実行した者たちへ向けられるべきです」


「そうなんだけど……」


 ダルトンはこの先を口にすべきかどうか、束の間の逡巡で言葉を詰まらせる。しかし、ダルトンの長所でもあり短所でもある誠実さはここでも如何(いかん)なく発揮された。


「それを実行したのが暴走したアンドロイドだったんだ」


 プロジェクト自体は人間が主導していたのだが、機械化の手術や実験サンプルの確保などはアンドロイドに一任していた。


 元々は病気や事故で手足が欠損したり内臓の一部が機能不全だったりした人たちを対象として、本人の同意に基づいた手術を実行していたのだ。


 それがある程度の成果を見込めたことにより、もう少し規模を拡大しようと、プロジェクトは次の段階へと移行した。


 規模の拡大と共に、さらに多くのサンプルが必要になった結果、アンドロイドたちは秘密裏に人間を調達するようになっていった。


 データ上ではサンプル数が順調に増えていき、当初は満足していた人間たちも、次第にその数の多さに疑念を持つようになった。


 そうして調べていくと、アンドロイドたちが人間を誘拐拉致し、勝手に機械化手術を行い、データを収集していたことが発覚したのだ。しかも、その人間たちには記憶改ざん手術のおまけを付けることさえあった。


 これらを簡単にかいつまんで語って聞かせたダルトンは、少し、後悔した。


 アンは伏し目がちに顔を背け、何か思い悩むように口を閉ざしていた。


「さ、早く帰ろう。ベネデッタが御馳走を用意している」


 ダルトンは明るく言って歩き出す。


 その後ろをまるで影のように、ぴたりとついてアンも歩いた。


 遠く、微かに、夕餉(ゆうげ)の香りが風に乗る。


 慌ただしい一日は終わりを告げていた。

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