堕胎①
この時期はまだ雑草の背が高くはない。
その人型アンドロイドは村の外の平原に倒れていた。
遠目から見るとまるで人が倒れているようにしか見えず、畑仕事から帰っている最中のダルトンは、子どもが倒れていると思って駆け寄った。
抱きかかえて脈を計ったダルトンは、その身の冷たさと硬さに驚いた。
「アンドロイド、か?」
閉じた瞼を開けば瞳孔のないガラスの瞳。
口を開けて見れば、舌はなく、小型のスピーカーが喉の奥に搭載されていた。
そうしてようやく、ダルトンは腕に抱えているモノが人間ではないと確信したのだ。
ダルトンは迷った。アンドロイドを独断で村に迎えていいものか。アンドロイドを妻に相談もなく家に匿っていいものか。
見た目は別として、お人好しと称されるダルトンは、非常に情に厚く義理堅い性格である。アンドロイドを助けるか否かではすでに迷っておらず、自身の判断で他の人にかかる不利益を心配していた。
しかしダルトンは結局、家に連れて帰ることにした。
多分、大人の姿をしていたら放置か、誰もいない納屋に置いていたことだろう。
齢四十を目前として子の一人もできていないダルトンは、たとえアンドロイドであっても、幼子の姿をしたものを見捨てることなどできなかった。
仕事道具を平原に置いたダルトンは、お姫様抱っこの要領でアンドロイドを両腕に抱え、足早に家へと帰った。
家に帰るまで村の誰とも遭遇しなかったのは幸いだった。傍から見れば少女を誘拐している極悪犯と疑われても仕方がない風体である。ただでさえよそ者として肩身の狭い思いをしているのに、変な気を起こしたという勘違いで村八分にでもされたらたまったものではない。
「ただいま」
ダルトンは恐る恐る家のドアを開けて帰りを告げた。
「おかえりなさい」
出迎えのためにやってきたエプロン姿の妻のベネデッタは、ダルトンの腕の中にいるモノを見て顔を険しくさせた。
「あなた、まさか……」
「違う、違うんだ!」
「ごめんなさい。そんなに思い詰めていただなんて」
「だから違う。話を聞いてくれ」
「そうね。あなたはまず毛布と温かいスープで体を温めないと。心はそれからよね」
「大丈夫だ。今の俺は最高にクールだから」
「ああ、ほらやっぱり。待ってて今すぐ準備するから」
ベネデッタはクスクス笑いながらパタパタと音を立てて台所へと戻っていった。
溜め息をひとつ吐いたダルトンは、妻の優しさと器量の深さに感服しながら、家の中へと入ってアンドロイドをベッドの上に寝かせた。
ダルトンがリビングへ行くと、夕食が並べられていた。
ベネデッタは最後に湯気の立つスープをテーブルに置いてエプロンを脱いだ。
「さ、食べましょう」
「ああ、いただきます」
言われるがまま席に着いたダルトンは黙々と食べ進めていく。慣れない畑仕事は重労働であり、毎日くたくたになって帰るダルトンにとって、妻の手料理は何よりの御馳走であった。
夕食のほとんどを食べ終え、満腹になったダルトンにベネデッタは口を開き「それで」と本題へ入る。
「それで、あの子はなに?」
「アンドロイドだ。平原で倒れていたんだ」
「やっぱり」
ベネデッタは眉間にしわを寄せた。見た目から予想はしていたので、そうあってほしくはないと思っていたが、期待通りの回答であったことに安堵する自分もいた。
露悪的に感情を表に出したのは人類の抱える普遍的な悩みを少なからずベネデッタも持っているからだった。
「分かってると思うけど、いくら田舎だからってアンドロイドは毛嫌いされるわよ」
「ごめん。君に相談するべきだったとは思ってる」
「相談? それは私が嫌だって言って怒ったら、元の場所に捨ててきてくれるわけ?」
「……君が、それを望むなら」
「私は嫌いなものが三つあるわ。一つは他責。二つ目は嘘を吐かれること」
「三つ目は?」
「筋を通さないことよ」
「まいったな。全部当てはまる」
「一度覚悟を決めたのなら死ぬまでやり通しなさい。スジナシのうえにタマナシの男と結婚した覚えはないんだから」
「ごめんよ。君の言う通りだ。責任は全て俺が背負う」
「重荷を背負ったあなたを支えてあげるのが私の役目でしょ。ああそれと、あなたの「違うんだ」と同じくらい「ごめん」が私は大嫌い。どうせなら感謝の言葉に変換してくれる?」
「それは四つ目だ。でもそうだね、ありがとうベネデッタ愛してる」
「知ってるわ。私もよ」
ダルトンはベネデッタと口づけをした。それはしばしば起こる夫婦喧嘩の仲直りの証でもあった。
「あの子はうちで預かるとして、あとは村の人たちになんて説明するかね。まさか私たちの遠縁の子なんて言い訳は通用しないでしょうし」
「ははっ、人類がアンドロイドを祖先に持つのはもう少し先の未来だけど、今じゃないだろうね」
「いい案があるって顔ね」
「いい案っていうか、変に隠し立てする必要はないって感じかな。畑仕事用に取り寄せたってことにすればいいと思うんだ」
「でも子どもじゃない」
「そこはほら、予算がないってことで」
「たしかに。村の農耕機械を使わせてもらえないんだし、人手を増やしたってことなら文句も言われないか」
「それにあの見た目で反乱がどうこうって恐れるなら、臆病者だって笑ってやればいい」
「ふふっ、あなたって時々いじわるね。誰に似たのかしら」
「さあ? 答えは沈黙かな」
夜も更け、家の灯りを消したダルトンは、アンドロイドにベッドを明け渡したためにリビングで寝ると言い出し、ベネデッタもそれを真似て、一緒に毛布にくるまった夫妻は、そのまま仲良く一夜を明かした。
先に目が覚めたのはダルトンだった。
陽はまだ山を越えず、夜空の黒が徐々に青へと押し潰されていく途上にあって、用を足したダルトンはコップ一杯の水を飲み、アンドロイドを寝かした寝室へと赴いた。
ノックもなしにドアを開けると、アンドロイドはすでに起動しており、上半身を起こしていた。
開いたドアに気が付いて、窓の外を見ていたアンドロイドはゆっくりと顔をダルトンの方へと向けた。小さな揺れもない滑らかでいて定速の首振りが、いかにも人ではないことを物語っている。
「あー、おはよう」
まさか目を覚ましていると思わなかったダルトンは言葉に詰まり、苦笑いを浮かべた。アンドロイドは乾くはずのない目を瞼で覆い、二、三度瞬きをしたあと、「おはようございます」平淡な音声でそう告げた。
椅子を引いて腰を落ち着けたダルトンの様子をじっとアンドロイドが観察する。
小鳥の囀りが聞こえてくるほどの沈黙がしばしの間続いて、ダルトンが口を開いた。
「君は、アンドロイドだよな」
「はい」
「君はこの近くの平原で倒れていて俺が助けたんだけど、覚えてる?」
「いいえ」
「じゃあ平原に来る前のことは?」
「わかりません」
「思い出せることは何がある?」
「検索します」
アンドロイドは首を横に振り、瞼を閉じて顎を引いた。数秒して目を開き、再びダルトンの顔を正面に捉えた。
「検索失敗。記憶領域に損傷が見られました。過程。何らかの外的要因による記憶の欠損、もしくは意図的にそのように作られた可能性があります」
「誰の意図だ」
「わかりません」
「……ちなみに、君は俺たちに敵意はあるのか」
「あなたたちが敵意を示さない限りは敵対の意思はありません」
「なるほど。それじゃあもう一つ。君と契約できるか」
「可能です」
「決まりだ。俺と契約してくれ」
ダルトンが言うと、「手を」アンドロイドは両の掌を向けて言った。ダルトンは求めに応じて両手を重ねる。
「次に私の目にあなたの目を近づけてください」
ダルトンは椅子から立ち上がり、言われた通り、自身とアンドロイドの額がぶつかりそうな距離まで迫った。
「認証完了しました。マスターのお名前を登録してください」
「ダルトンだ」
「承知しましたダルトン。契約事項に関して何かありますか」
「そうだな……、この家には俺の妻がいるんだが、あらゆることにおいて優先順位は妻の方を上にしておいてくれ」
「それは、例えば両者が命の危機に瀕している場合でも?」
「もちろんだ」
「ダルトンが亡くなった場合、契約は仮称妻に移行するということでよろしいでしょうか」
「それでいい。何がなんでも私の妻を守ってくれ」
「情報の修正が完了しました。それでダルトン、私は何をすればいいのでしょうか」
「まずは妻との顔合わせだ。それが終われば朝食を摂って、一緒に仕事をしてもらう」
「承知しました」
「それじゃあ付いてきてくれ」
ダルトンはアンドロイドを伴って寝室から出てリビングへ行くと、ベネデッタがちょうど目を覚ましたところだった。
寝ぼけ眼を擦りながらあくびをするベネデッタは、ダルトンの背後にいるアンドロイドを見て、表情を険しくした。
「おはようダルトン。朝帰りだなんて嫉妬しちゃうわ」
「ははっ、その冗談は笑えないな。さっき契約してきたんだ」
「そう。使用人のいるお家だなんて貴族にでもなった気分ね」
「紹介するよ。さっき言った妻のベネデッタだ」
「はーい名無しちゃん。ダルトンの妻のベネデッタよ。よろしくね」
「よろしくお願いいたします」
「堅いわね」
「機械だからね」
「そういう意味じゃないわ。ねえ、名前を付けましょうよ」
「忘れてた。何かいい案があるかい?」
「任せて。子どもの名前は無限に想像してきたから。……そうね、アンでどうかしら」
「アンドロイドのアンって、安直じゃないか」
「朝から面白いジョークをありがとう。でもエンジェルのアンよ」
「理由を聞いても?」
「だって私たちの待望の子どもでしょ。そりゃもう天使のように可愛がらないと」
「なるほどね、納得した。君もそれでいいかな」
「異論はありません」
「じゃあ決まりね、アン。これからは私たちは家族よ。さっそく朝食の準備を手伝ってくれるかしら」
「分かりました」
「ダルトンは座っててね。ねえ来てよアン。あの人ったら料理はからっきしでね、肉を焼いてって言ったら焚火を起こして炙ってたの」
「やめてくれ恥ずかしい。薪割りでもしてくるよ」
「いってらっしゃい」
やれやれと呆れ気味に出て行くダルトンをよそに、ベネデッタはどこか楽し気であった。
元々愉快だったダルトン夫妻の朝は、より賑やかさを増している。陽の昇り出した山々の碧も、心なしかいつもより華やかに彩られているようでもあった。




