引っ越し
パイズリ鳥の鳴き声「ビーチク ビーチク」
↑から↓が生まれました。なんでだろうね。
冷気が飛び込んできて身を震わせた。
「さむっ」
声が出て、うたた寝から目を覚ますと、トラックのドアを開けた先輩が運転席に座った。
「そろそろ行くぞ」
表示したままのナビの画面を見ると、現在時刻は午前六時、出発には早すぎる。
昨日の引っ越し先はかなり遠くで、会社にも家にも帰らず、トラックで一夜を明かしたので、なるべくなら休憩は多くとりたい。
目的地まで余裕をもって一時間くらいかかるから、あと二時間はゆっくりできるはずだった。
「まだ時間あるじゃないすか」
「店員に怒られたんだよ」
「店長に許可取ったんじゃ?」
「シフト代わって連絡受けてねーってよ」
「マジかぁ」
先輩はコンビニの袋からホットの缶コーヒーのプルタブを開け、タバコに火を点けた。少し開けた窓の上部から先輩の吐いた煙が、井戸から這い出る貞子のように外へと出る。入れ替わりで舞い込む一月の風が、暖房を突き抜けて、鼻の奥を凍らせた。
「これお前の分な」
そういって手渡してきたのは先輩が飲んでいるものと同じ缶コーヒーだった。
「あざっす」
お礼は言うけど、コーヒーはあまり好きではなかった。苦いしゴクゴク飲めないし料理に合わない。ビールみたいにのどごし楽しむみたいなこともない。今でもただの黒くてまずい水だと思う。
でも、早朝のまだ水すら口に入れていない寝起きの一杯は別である。
俺はプルタブを開けて、一口、喉を鳴らした。
独特の風味が鼻を抜け、尾を引かない苦みがテレフォンパンチが飛んでくる。胃に落ちて少しすれば、カフェインが酸素と共に脳みそに回って意識を覚醒させた。
巨大な古代のロボットが、あるプロセスでのみ電源が入って動き出す。長距離移動をしたトラックで明かす早朝の寝起きに飲むコーヒーは、そんな感覚をさえもたらしてくれるのだ。
すっかり目が覚めた俺は、コンビニで用を足し、先輩と共に目的地へと向かった。
今日は二件回らなければならないが、そのうちの一件は数年前の震災に見舞われた人たちが住む仮設住宅地である。
その道中は、道路こそ真新しく舗装されているが、家も建物も何もかもが更地になっていた。
何度も見ている光景ではあるものの、何度見てもその被害規模に面喰らってしまう。
俺の地元も同様の地震で大変な目にあったが、これほどの災害を前に、それでもなお生きようとする逞しさは素直に感心させられた。。
途中、時間調整のために長めの休憩を取ってから、引っ越し元となる仮設住宅へとたどり着いた。
住んでいたのはおばあちゃんだった。
聞くところによれば、というかおばあちゃんが世間話のついでに一方的に話していたのだが、どうやら息子夫婦と一緒に新居へ引っ越すらしい。
孫と暮らせるのも楽しみだと語っていた。
震災で亡くされたのかは定かではないが、ご主人と撮った写真の入った写真立ては自分の手で持っていくのだと言った言葉が、妙に耳に残った。
家の中の物はあまり多くなく、荷物の積み込みはすぐに終わった。
一足先に引っ越し先へと到着し、家主の方に挨拶と簡単な説明を済ませ、荷下ろしを始める。
積み込みと同じで、特に重たい物も大きい物もないので、荷下ろしはすぐに終わった。
もろもろの後片付けが終わるというタイミングで、先ほどのおばあちゃんがやってきた。
「ご苦労様です。これよかったら食べて下さい」
そう言って渡されたビニール袋の中に入っていたのは、おにぎりやらお茶やらであった。
「ありがとうございます」
お礼を言ってありがたく受け取り、次の目的地に向けてトラックを走らせる。
こういった差し入れをもらうことはあまりないけれど、ご年配の方からが多い印象がある。そして、大体が食べ物や飲み物であり、人数に対して量が多かったりする。
もちろんありがたいことに変わりはないんだけど、その日一日を賄える分量をもらっても困る時もあった。
袋の中身を見ると、今回は少し多い朝食といった量のようだ。
もらったおにぎりの具材による争奪戦を先輩として、俺はツナマヨと鮭と牛カルビをゲットした。
途中でさらに休憩を挟みつつ、午後一時を回ったくらいに次の家へと到着した。
その家もおばあちゃんが一人で暮らしていたが、一件目の仮設住宅とは比較にならないくらい大きい。長らく家族で暮らしていて、息子たちが都内へ行ったことでご主人と二人になり、そのご主人も亡くなられたため、息子夫婦の家に引っ越そうと決めたと語っていた。
さすがに、長年住んでいただけあって、荷物の量も半端ではなかった。
中でも木製のバカみたいに重たいタンスと、やたら豪勢に見える大きな仏壇は運ぶのにも一苦労だった。タンスの方なんて二階にあるうえに、急な傾斜と幅の狭い階段のせいで、神経をめちゃくちゃにすり減らした。一歩踏み外したら間違いなく死んでいただろう。
そんなこんなで積み込みが終わる頃には午後五時を回っていた。
天頂にあった太陽も、すでに稜線に光を走らせるばかりで、ご尊顔はすっかり山向こうへと隠れてしまっている。
この荷物は別日に引っ越し先へ持って行く予定なので、今日はこのまま会社に直帰し、トラックごと荷物を保管しておく形となる。
会社へトラックを走らせている最中に先輩のスマホが鳴った。運転しながら電話に出た先輩の顔は面倒くさそうなものへと変わっていった。
「村井んとこ行くぞ」
「なんかあったんすか」
「冷蔵庫が運べないらしい」
村井さんは先輩と同期の恰幅いい人だ。ガタイがいいとか、ゴリマッチョとかいうのではなく、単に太っているだけである。まあ、この仕事は体力が必要だけど筋肉はそれなりでいいので、太っていても体力があるなら問題はない。
トラックを走らせること一時間、村井さんのいる現場へと到着した。
「俺だけで行ってくるから待ってろ」
そう言うと先輩は行ってしまった。
その背を目で追いかけると、どうやら市営住宅の五階から荷物を持ってこなければいけないらしかった。しかもエレベーターはないし、階段も成人男性一人分くらいの幅しかなさそうである。
しばらくすると、冷蔵庫を一人で抱えた先輩が階段を下りていくのが見えた。
たしかに冷蔵庫は大きく、一人で持つのには大変そうだったが、村井さん一人でも移動させることはできるように思える。だが、五階分の階段を下りるとなると、村井さんには無理そうだし、二人での移動は逆に危険な気がした。
まあ、そんな大変な作業を一人でできてしまう先輩が異常とも言えるのだけど。
冷蔵庫を運び終えた先輩は村井さんと少し話をしてからトラックへと戻ってきた。
「お前もあのくらいできるようになれよ」
「いやぁ、無理じゃないっすか」
軽口を叩きながら、先輩はトラックを走らせ、俺たちは会社へと戻ってきた。
勤怠カードを切って、一足先に会社をあとにする。
自分の車に乗って、俺は一日ぶりの自宅への帰路に着いた。
明日は休みだ。
何をしようかな。
いや、でもまずは風呂に入って寝よう。
そんで、飯を食って、また寝て、それから考えよう。
俺は大きくあくびをした。
仕事はしんどいし嫌なことも多いけど、一日の終わりはなぜか充足している。
悪くはないな。そう思える午後八時であった。
本当は渡り鳥の話を書こうと思ってたんだけどね。




