百年後のあなたに綴る思い
少し離れた隙に、ちゃぶ台に置いていた手紙が消えていた。
誰かがゴミだと思って捨てたのかもしれない。
あるいは、メモ用紙として使ったのかもしれない。
理由はいろいろ考えられるけど、私は手紙のことなんてすっかり忘れてしまい、十日ほどが経ったある正午のことだった。
三つに折り畳まれた便箋がちゃぶ台の上に置かれていた。
それは私が書いた手紙に使ったのと同じ便箋で、しかも二枚に増えていた。
また家族のうちの誰かが、勝手に使ったことを申し訳なく思って、新しい便箋を買ってきてくれたのかもしれない。
それなら一言くらい言ってくれればいいし、三つに折らないで欲しいと思って、私はその便箋を広げてみた。
/
お手紙ありがとうございます。
僕の名前は神田翔と言います。
高校一年生の十六歳です。
そして突然のお手紙ですみません。
朝起きたら、僕の机の上に二枚の便箋が置かれていました。
一枚目は未来はどうなっているのかという質問で、
二枚目は白紙でした。今はその白紙の方に書いています。
僕の時代には、手紙を書くこと自体が珍しいですし、
このようないたずらをする家族でもないので、
手紙が過去から来たのだと信じて、返事を書いてみました。
届いているでしょうか?
もし届いていたら、返信をいただけると嬉しいです。
僕の話ばかりですみません。
次回からはもう少し、僕の時代のことをお話しできたらと思います。
ちなみに、こちらは2023年の6月です。
翔より
/
まさか本当に届いているなんて!
私は驚きよりも嬉しさや楽しさの方が勝っていた。
面白半分で、暇つぶしに書いてみた百年後の未来に向けた手紙が、本当に届いていてしかも、返事まで返ってくるなんて想像もしていなかったのだ。
私はさっそくとばかりに、白紙の便箋に筆を走らせた。
/
お返事ありがとうございます。
私の名前は千代田里子って言います。
私も翔君と同じ十六歳です。
あ、勝手に翔君って呼んじゃいましたが、いいですか?
お手紙が届いていたことも、返事があったことも驚きでいっぱいで、
今少し、舞い上がっています。
こちらは1923年の6月です。本当に百年後に届いているんですよね?
すみません、まだ半信半疑で。
なにか、「これが未来だ!」みたいなことってありますか?
でもこれから起こることみたいなのは、あまり聞きたくないです。
なんだか、それを知ってしまうのが怖くて。
注文が多くてすみません。
翔君のこともたくさん知りたいです。
お返事、楽しみに待っています。
里子より
/
そんなこんなで、私と百年後の翔君との文通が始まった。
最初は未来と今について確かめあった。
私には確認のしようがなかったけれど、翔君の方は私が過去に実在している人物だって信じてくれたみたい。
それから、翔君自身のことや、その周囲のこと、東京がどんな街になっているのかとか、未来のことを曖昧に教えてもらった。
翔君の時代では、女子も高校や大学に通っている人がほとんどらしい。
今は期末試験っていう時期で、勉強をたくさんしないといけないって翔君は嘆いていた。
勉強をしないといけないのに、ついついすまーとふぉんっていう機械を触ってしまうのだとか。
すまーとふぉんの説明はいまいち分からなかったが、とても便利なものだってことだけは分かった。
便利な機械でいうと、私にも身近なものがあることを教えてもらった。
例えば洗濯機なんかがそうだ。なんと、服を入れたら勝手に洗われて、しかも乾くらしい。
床の掃除も雑巾がけなんてしないそうで、これも勝手に掃除してくれる機械があるんだとのことだった。
未来って、すごい。私の時代にもあったらなって、羨ましく思うものがたくさんあった。
でも、あまり多くのことを知るのはよくないことなんだって翔君は言っていた。
便箋は一枚しか送れないので、一度にたくさんのことが書けないってこともあるんだけど、翔君が言うには、たいむぱらどっくすがどうのってことで、よくないことが起こるんじゃないかって懸念があるみたい。
私には難しくて分からないことが多かったけれど、どんな内容でも、こうして翔君と手紙のやりとりができるだけで楽しかった。
便箋が届くのは十日くらいの間隔があって、次は何を書こうって考えながら、待ち遠しい日々を過ごしていた。
でも、ある日突然、十日経っても手紙が届かなくなってしまった。
翔君に何かあったのだろうか。
それとも、私とのやりとりに飽きたのかもしれない。
たしか、最後に送られてきた内容では、夏休みの宿題が多すぎて忙しいってことだったから、単純に手紙を書く暇がないだけという可能性もあった。
今は八月三十一日で、翔君は明日から学校が始まるって言っていたから、来月になれば返事が寄越してくれるはずだ。
そう信じて、私は眠りについた。
次の日の九月一日、その正午手前のことである。
経験したことのない地震が東京を襲った。
命からがら逃げ出して、家族も含めなんとか助かったものの、私の住んでいた場所は完全に崩壊していた。
まるで空襲でも受けたんじゃないかってくらい、何もかもが壊れていた。
建物が崩れるだけじゃなくて、火災による二次被害もすさまじい。
火事場泥棒をする人や、被災者を襲う人なんかもいて、地獄みたいだった。
——なんで翔君は教えてくれなかったの。
何も悪くないのに、私は、翔君を悪者にして恨んでいた。
このどうしようもない、やり場のない怒りを吐き出したかったのだ。
だけど同時に、信じたい気持ちもあった。実は、翔君は報せようとしていてくれたんじゃないのか。たまたま手紙が届かなかっただけで、教えようとしてくれていたんじゃないのか。たいむぱらどっくすを無視してでも、私を助けようとしていたかもしれない。
そう信じたかった。
ある程度落ち着いてから、私は焼け崩れた家を見に行った。
手紙が届いていて欲しいという気持ちと、私の期待が裏切られて欲しくないから、届いていないで欲しいという気持ちが半々でせめぎ合う中、家の前にはあの見慣れた便箋が落ちていた。
/
里子さんへ
お願いがあります。今すぐに大切な人を連れて東京から逃げてください。
突然こんなことを言われても困ると思います。
詳しいことも話せず、すみません。
でも、僕を信じてください。
あなたが大切なんです。あなたに生きていて欲しいんです。
お願いします。どうか、この手紙が届いていますように。
落ち着いたらでいいので、お手紙待っています。
いつまでも。
翔より
/
短い文章で、急いで書き殴ったような字で、手紙にはそう書かれていた。
少しでも疑ってしまった自分が恥ずかしかった。
その場で私は泣き崩れてしまった。
——会いたい。翔君に会いたい。
気持ちがあふれて止まらなかった。
それから、避難所に帰って急いで手紙を書いてみたけれど、百年後に送られることはついぞなかった。
私はあれから歳を重ねて、八十歳になった。
地震のあと、結婚をして、子どもができて、孫までできて、いろいろなことを経験してきた。
翔君が言っていたように、洗濯機ができて、掃除機ができて、街がどんどん発展していった。
残念ながら、まだあの時代に追いついてはいないし、どうやら私はそこへ行くことはできないようだった。
病気でもう、長くはないのだ。
結局、手紙を送ることはできなかった。
どれだけ翔君の住所に送っても、宛先が存在しないということで返ってきてしまう。
百年間生きていれば、直接渡せるかと思っていた。
それも叶わない。人生で唯一の心残りである。
だから、手紙を息子に託すことにした。
手紙が届く可能性は低いと思う。
本当は、翔君なんていなくて、ただの不思議な出来事だったってことかもしれない。
それでも、二度とあなたを疑わないと決めていた。
あなたを信じていると決めたのだ。
この手紙が届くことを願っています。
/
翔君へ
お手紙ありがとう。返事が遅くなってごめんなさい。
私はあの震災から奇跡的に生き残りました。家族も無事でした。
今も元気に、毎日大変だけど、頑張って生きています。
お手紙は震災のあとに、家の前で発見しました。
私たちを助けようとしてくれてありがとう。
今思い出しても涙があふれてきます。
何度か返事を書いてみましたが、もう、届かないみたいです。
だから、直接渡そうと思います。
私はもう少しで八十になるので、あと数十年もすればあなたに会えます。
翔君、あなたに会いたいです。
あなたに会って、お礼を言いたいです。
あの頃の気持ちをそのまま届けたいです。
それまでどうにか生きてみようと思います。
でも、実はちょっと難しそうなので、
念のため、私の息子にこの手紙を託すことにしました。
直接渡せなくてごめんなさい。
この手紙があなたに届くことを祈っています。
里子より




